135話 契約成立
俺たちは約束の三日後まで待った。この三日間複雑な感情を抱いていた。アプサラスと契約したい気持ちと家族の不安な思い、長老のアプサラスを危険な目に遭わせたくない思いなど様々な思いが俺の中に渦巻いていた。そんな俺とは裏腹にリベルとジュナはアプサラスと契約できるかも知れないとウキウキしていた。一方ユディはついこの間ダナフたちから離れた身からすると不安なところがあるのだろう、不安そうな顔をしていた。どちらかと言うと俺もユディと同じ感情なのだが、俺はアプサラスの意見を尊重したいとも思っている。俺たちはアプサラスが迎えに来るまでの間そんな感情を抱きながら待っていた。すると水面からアプサラスが出て来て言った。
「お待たせ!」
いつもと変わらないアプサラスに、良い結果だからそのままなのか、悪い結果だから表面上だけでも取り繕っているのかという二通りの考えが浮かんだ。
「どうしたの?」
俺の表情を読み取ってアプサラスが言ってきた。俺は何もないと答え今まで通り風魔法を出現させてアプサラスたちの街に向かった。いつもは何か話してくれるアプサラスが今日ばかりは何も話さなかった。だからか俺たちとアプサラスの間は妙な空気感になった。見慣れた場所を通りアプサラスたちの街に着くといつもとは違うことが一つだけあった。それは街の前に長老がいたのだ。俺が提示した長老が結果を伝えるというのを実行するためだろう。そんな長老を見て俺は心拍数が上がった。どんな結果であっても俺は受け入れる側であるのになぜ心拍数が上がるのかは俺には分からなかった。そんなことを考えていると長老の目の前まで来てしまった。
「おはようございます。契約の証にこの子に名前を付けてあげてください。」
「ん?え…?」
俺はあまりにもスムーズな結果発表に俺は動揺した。もっとこう勿体ぶったり時間をかけて言うものだと思っていたから俺はすぐに返事できなかった。
「ねぇ名前付けて!」
幼いアプサラスにそう言われて俺は一旦リベルたちと相談することにした。
「ど、どうする?こんなすぐだと思わなかったから心の準備まだだったんだよ。ど、ど、どうしたら良い!?」
俺のあまりの動揺にみんなが落ち着けと俺の肩を掴んで言った。俺はゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせた。
「で、どうする?名前付けてあげるんだよな?」
「そうらしいね。」
リベルの他人事の様に言ってる感じに俺は疑問を持った。俺はジュナとユディを見たが二人もリベルと同じ感じだった。
「何で俺だけで決めるみたいな感じになってるんだ?」
俺がストレートに聞くと三人は声を揃えて言った。
「「「リフォンが指名されたじゃん。」」」
「えー…」
コイツらマジかと反応したら俺の後ろからアプサラスの声が聞こえて来た。
「嫌…?」
俺はその声にすぐ反応した。
「嫌じゃないよ!俺一人だと可愛らしい名前付けられるか心配だったからみんなと相談したくて…」
俺が早口で弁明すると幼いアプサラスはニコッと笑い言った。
「可愛い名前にしてね!」
そう言うと幼いアプサラスはどこかに行ってしまった。私がいない間に考えてねというメッセージだと受け取り早速考え始めた。ここは異世界だからそれに見合う名前にしなくてはと思うとあまり思いつかなかった。とりあえず可愛い響きの単語を挙げることにした。ミ、サ、エ、ネ、リ、ル、俺の中ではこの六つが名前の文字の候補になった。俺の名前にもリが入ってるからリは入れて、他はリミ、リル、リネ、リサ、リエ、二文字だと異世界っぽくないな。ミサエリ、サネリ、リーサ、ルリなどできる限りの案は出したが、これだと思える名前は思いつかなかった。俺は三人に助けを求めることにした。
「今色んな名前を考えたんだけどピンと来るものがなくて…リベルからリの一文字を貰ったからあの子にもリをあげたいなって思ってるんだけど良い名前ないか?」
俺が三人に聞くとリベルがニマニマしていた。俺はそんな顔のリベルを見たことがなくどうしたのか聞いた。
「ど、どうしたんだリベル。そんなニマニマして。」
「リフォンは僕のこと大好きなんだなって嬉しくて。」
そう言うリベルはさっきよりも口角が上がりニマニマ度が上がっていた。俺は少し恥ずかしかったが、そんなリベルは置いておいてジュナとユディに聞いた。
「二人は何か良い案はない?」
「結構難しいですね…」
「俺もパス。」
二人も俺と同じく良い案は思いつかないらしくリベルに頼ることにした。
「リベルー何か良い案ないか?」
「リの一文字を入れる考えは良いと思うけど、率直にリフォンが可愛いと思った名前でも良いんじゃない?僕の考えを使ってくれるのは嬉しいけど、あの子に合う名前が思いつかないのなら変えるのも手だよ。」
俺はその言葉を聞いてもやっぱりリの一文字は使いたいと思った。俺の人生を変えてくれた大切な人が付けてくれた言葉を紡ぐという意味でアプサラスに付けてあげたいなと思ったのだ。その結果異世界っぽくはないかも知れないが、考えた中で可愛いと思った名前を付けることにした。俺が決めた瞬間幼いアプサラスが俺たちの元に来た。
「決まった?」
ワクワクが隠せないアプサラスに俺は名前を告げた。
「あぁ決まったよ。君の名前はルリだ。俺とリベルからリの一文字を取ってルリだ。そして俺の名前はリフォンだ。よろしくなルリ。」
俺がそう言うとルリの体が発光した。あまりの光度に俺たちは目を閉じた。しばらくして目を開けると何の変化もないルリがそこにはいた。俺たちは何が起こったのか分からず首を傾げていると長老が教えてくれた。
「今のが契約成立の証です。ちなみに名前を付けるのが契約なんですけど、相手がそれを承認しなければ契約成立にはなりません。ですから無闇矢鱈に名前を付けても意味がないのです。むしろ拒否された場合は相手の不快度によって反発が来るのです。物理的な攻撃がくることもあれば、嫌と突き飛ばされた感じになることもあります。貴方はルリに認められたってことです。」
長老の話を聞いているとルリが視界の端に映った。その表情はどこか恥ずかしそうな感じがした。俺はその様子に可愛いところあるんだなと微笑ましく思った。
「ルリ、もう挨拶は済ませたの?」
「うん!さっき済ませた。」
「きちんとお兄さんたちの言うことを聞くんですよ。」
「はい!」
長老の目は我が子を見送るお母さんとは違い、種族のリーダーとして一人の代表を世に送り出す感じだった。
「それでは次の階層に上がる階段に案内致します。」
「お願いします。」
俺たちはそこに向かう道中ルリが何を食べるのかやどんな物が好きなのか聞いた。アプサラスは水さえあれば生きていけるとのことらしく何か食べ物が必要ということはないそうだ。でもお菓子や果物など甘い物は食べてみたいらしい。そんな話をしていると階段についてしまった。ルリと長老が最後の会話をした。
「帰ってくる時はお土産をお願いしても?」
「もちろんです!行って来ます!」
「行ってらっしゃい。」
俺たちは八階層に上がった。長いような短いようなアプサラスたちとの交流は終わり、ルリとの新しい日が始まった。
次回もお楽しみに




