134話 契約
昨日散々楽しんだ俺たちはファンタジーリュックにミーラアヤースクを入れてアプサラスの長老の元に届けに向かった。前回の反省を活かし今回は俺の風魔法でアプサラスたちの街まで行けるように二酸化炭素を酸素に帰る量を少なくした。俺たちの呼吸に支障はなく魔力効率が上がり、風魔法の囲いの後ろから風を出して推進力とした。しばらく進んでいるとあの幼いアプサラスがやって来た。
「おはよ!今日は早いんだね!」
「おはよ。いつも通り案内してくれるか?」
「良いよ!」
俺たちはアプサラスの道案内でアプサラスたちの街まで向かった。道中アプサラスが日頃何をしているのか教えてくれた。魚と追いかけっこしたり、綺麗な貝殻を見つけたり、家族から言葉を教えて貰ったりしているそうだ。まだ子どもだから日常会話程度しかできないらしく家族から難しい言葉を教えて貰っているらしい。そんな話をしていたらいつの間にか街に着いていた。長老の家でファンタジーリュックから掘ってきただけのミーラアヤースクを出した。その量は広い長老の家の床を見えなくするほどだった。俺たちは少しやり過ぎたかと思ったが、とりあえず長老を待つことにした。
「お待たせしました。少々予定が立て込んでて…って何ですかこの量!?」
長老は今まで見たこともない表情で驚いた。俺たちはその驚き様に目を見合わせた。リベルとジュナは少しニヤついていた。長老の驚き様が面白かったのだろう。俺も笑いそうになったが、失礼だと思い堪えた。
「えっと…やり過ぎましたか?」
俺がそう聞くと長老は顎に手を置き少し考えた。
「想定していたよりもかなり多いのでそれに見合った報酬を用意しなくてはいけませんね。」
「いえいえ大丈夫ですよ。僕たちが勝手にやったことですので。」
リベルがそう言うと長老はそれに被せる勢いで答えた。
「いけません!労働にはそれに値する対価があってこそ成立するのです。」
長老の熱量に俺たちはそこまで言うのならと渋々了承するしかなかった。
「ところで報酬っていうのは?」
ユディが長老に聞くと長老はさっきより悩んでしまった。俺は刻一刻と魔力が減っているから早くして欲しいと思っていた。そんな俺とは裏腹に長老は長考していた。そして長老が導き出した答えに俺たちは困惑した。
「私たちに報酬としてお渡しできる物はありません!」
「「「ん?」」」
俺たちはその言葉に耳を疑った。報酬を用意しなくてはいけないと言っていたのに報酬として渡せる物はないのだから耳を疑って当然だ。
「お、俺たちはどうすれば良いですか?」
俺が長老に聞くと長老は答えた。
「貴方たちが満足してくださる報酬を用意できる自信がないのです。アプサラスゆえ文明的な物を作ったり使ったりしないのです。だから…」
長老がそんな話をしている最中俺たちの後ろからあの幼いアプサラスの声が聞こえて来た。
「私が報酬になるー!」
俺たちはその言葉に頭を悩ませた。アプサラスは水の精霊とは言え報酬にして良いのかと倫理観が訴えて来たのだ。
「なりません。アプサラスがおいそれと人と契約してはいけません!」
俺たちはその言葉を聞き逃さなかった。俺とリベルの様に人と精霊が契約できるのだ。この世界に精霊がいるのは知っていたが、契約できるとは思わなかった。でも使い魔と精霊が一緒に挙げられることから契約できることは推測できたかも知れないが、俺の頭脳ではあまりにも思考力が足りなかった。そんな考えを巡らせているとユディが言った。
「ダメなのか?」
ユディの言葉に幼いアプサラスは答えた。
「良いよー!」
「いけません!」
長老がすぐに反論した。すると幼いアプサラスが言った。
「長老に私の意思を否定する権利はないよ。」
「い、いつの間にそんなことを…」
長老は幼いアプサラスの正論にぐうの音も出ていなかった。そこで俺が長老に助け舟を出すことにした。
「俺たちと契約しても良いのか?俺たちは強くなるためにこのダンジョンの攻略に来たんだ。このダンジョンを攻略した後も強くなるために色んな所に行く。ここにいるみんなには一生会えないんだぞ。それでも良いのか?」
俺がそう言うと幼いアプサラスは眉間に皺を寄せて考えた。このままならアプサラスが諦めてくれると思っていたが、そこでジュナが言った。
「別に契約しても良いんじゃないですか?俺たちにデメリットありますか?」
その言葉に幼いアプサラスは一気に表情を明るくした。
「そうよね!私がいてもデメリットないじゃない!」
俺はその言葉に反論した。
「俺たちにデメリットはないかも知れないけど、家族はどうだ?お前がいなくなったらきっと悲しむぞ。」
「でも…でも…」
俺がそう言うと幼いアプサラスはもじもじしていた。俺はここぞと追い討ちをかけた。
「俺たちと契約したら死ぬかも知れない。家族と一生会えないかも知れない。そんな生き方で良いのか?」
これで俺たちと契約するのは諦めるだろうと確信した。俺は見ず知らずの俺たちについてくるメリットなんて無いし、危険な目に遭わせたくないと思っていたからこれで良いと思った。でもそのアプサラスの考えは違った。
「私は強くなりたいの!ここでずっと同じ毎日は嫌!ここで同じ毎日を送って天寿を全うするぐらいならリベルさんたちと戦って死ぬ方がマシ!」
今までの拙い口調とは一変して大人らしく説得力のある言葉に俺は認めるしかなかった。ここまで覚悟して言ってくれたのだから答えない方が失礼だ。
「分かった。そこまで言うのなら俺はお前の意見を尊重する。でも長老と家族の許可を得なさい。もし否定されても説得しなさい。説得できないのなら契約しません。」
「はい!」
「俺たちは一度地上に戻ります。三日後また来ます。その時に説得できたか否かは長老が教えてください。ミーラアヤースクの報酬は契約で大丈夫です。」
俺がそう言うと長老が重い面持ちで頷いた。俺たちはひとまずその場を後にした。みんなから何か言われるかなと思ったら案外好感触だった。みんなあの幼いアプサラスのことを気に入っていたのだろうか。
次回もお楽しみに




