126話 抗争
「抗争ってどこでやるんだ?」
俺がユディに聞くと机の上に地図を広げて説明し始めた。
「ここが俺たちの住処でこっちの谷に人狼族の住処がある。スアルギーがいた場所がちょうど両地点の中央に平原あってある程度の広さがあるからそこで正面衝突になると思う。でも人狼は俺たちに特効の魔法が使える。だから半分は正面もう半分は左右に展開して、人狼たちの背後を取るように囲む。こういう戦法だ。幸い人数はこちらの方が多い。でも人狼は脚力が凄まじいから取り囲んだ後お前らが魔法を打ったとしても避けられるだろう。だからお前らにはダナフたちの守護を頼みたい。」
俺たちは静かに頷いた。するとダンが口を開いた。
「オレは人狼族レベルなら近接でも対処可能だ。流石に鬼人レベルは無理だが、役に立てると思うぞ。ある程度の魔法なら防げるし近接戦闘もできる。」
「それは心強い。ならダンは俺たちと前線でリフォンたちは後方で人狼たちが打ってきた魔法からダナフたちを守ってくれ。リフォンとリベルが左右に展開した部隊の守護でジュナが正面の部隊の守護で大丈夫か?きっと正面より左右の方が多くヘイトを買う。リフォンとリベルに任せるのはそれが理由だ。」
俺たちは大丈夫だと自信を持って答えるとユディは嬉しそうに微笑んだ。戦術は分かったが、肝心の日時は聞かされておらず俺はユディに聞いた。
「日時はいつなんだ?」
「まだ分からない。相手が動いてからだ。そのために偵察を送っている。いつ始まってもおかしくないそんな状況だ。」
俺たちの間に一気に緊張感が走った。今こうして話している最中にも抗争が始まるかも知れない、そんな現状にほんの少し恐怖心を抱いた。今までそんな経験がないからどうなるのか被害の大きさがどれほどなのか心配だ。それに相手は人狼族、魔物じゃない。抗争じゃなくて話し合いで解決できないのかと再び考えた。でも、もうここまで来てしまっているのだから無理なのだろう。俺は深呼吸をして覚悟を決めた。相手の犠牲は最小限に、でも、こちらとの力の差は歴然とだということを痛感させること。俺はこれが最善策だと思った。それから夜になり俺たちは緊張感を保ちつつ眠りについた。
「ウガ!ウガガ!」
ダナフがユディの家の扉を開けながら叫んだ。俺たちはその声に飛び起きた。俺たちはダナフの言葉は分からないためユディが話を聞いた。
「人狼族が行動に移したらしい。俺たちも行くぞ。」
俺たちはすぐに必要な物を持ち行動に移した。俺とリベルは左右の別動隊、ジュナは正面の主力部隊の後方、ダンはユディと共に前線についた。準備を終えた俺たちは早速中央の平原に向かった。無駄な体力は消費しないために俺たちが各部隊のダナフたちを暖めておいた。火魔法が見えてしまったら人狼に先に気取られると思い風魔法で見えなくして対策した。しばらく起伏のある所を進んでいると開けた場所に出た。俺とリベルの別動隊は左右に展開しユディの指示を待った。夜中ということと雪がかなり降っていることから視界がかなり悪い。吹雪とまではいかないがかなり視界が悪いので戦場の状況判断に支障が出ることが少し心配だ。そんな心配をしていると雪を踏み締める音が聞こえてきた。ユディとダンも聞こえたのか構えた。
「お前がダナフたちのリーダーか!?」
人狼の一人が前に出てきてその場にいる者全員に聞こえるように大きな声で言った。
「そうだ!」
ユディは端的に答え警戒していた。
「今宵の戦闘、我らとて犠牲者は出したくはない。手を引いてはくれぬか?」
俺はなぜ人狼族が譲歩しろと言っているのか理解できなかった。先に住処にしていたのはダナフなのだから立ち去るのは人狼族の方だろと言ってやりたかったが、別動隊なため気づかれては意味がなくなるから口出しできなかった。するとユディが言った。
「俺たちだって犠牲者は出したくない。それに先に住処にしていたのは俺たちの方だ!お前ら人狼族こそここから離れろ!」
ユディが怒った口調で言った。すると人狼が反論した。
「我ら人狼族のナワバリの獲物を取ったのは貴様らダナフたちだ!我ら人狼族のナワバリ意識を侮辱されたも同然だ。だからその報復として貴様らの住処を明け渡すか、我らに殺されるか選べ!」
人狼族のナワバリ意識は想像以上で、正直獲物取られたぐらいで怒らない知性はあるだろと言いたかったが、人狼の怒り心頭な様子に俺は口を噤んだ。
「なら俺たちは全力で対抗するだけだ!」
「かかれー!」
人狼族が主力部隊に突撃して行った。半分の人狼は少し後ろの方で魔法を打っていた。個人のスピードが見たこともない速さで俺は心底驚いた。このスピードの人狼族に魔法を打っても当たらないのは火を見るより明らかだった。前方の人狼族が主力部隊の前線とぶつかると同時にユディが別動隊に合図をした。
「今だ!」
俺たち別動隊は後ろから主力部隊と挟み撃ちにした。人狼族は狼狽えており陣形が崩れていた。だがすぐに陣形を組み直し後方の魔法を打っていた人狼の半分が俺たち別動隊に向かって魔法を打ってきた。俺とリベルは各々魔法を出現させダナフたちを守った。後方にいた人狼たちは近接戦闘が得意ではないのかダナフたちに次々と打ち負かされた。それを見た前方の人狼の一部が後方の人狼たちの前に躍り出た。俺はダナフたちの犠牲は出したくないと思い、俺が護衛担当をしていた別動隊を火魔法で囲んだ。リベルも俺に倣い火魔法で囲んだ。ダナフたちは何か文句を言っていたが、俺はそれ以上に魔法と近接戦闘の二段構えにダナフたちの一部が犠牲になると思い守ったのだ。俺はその火魔法から前方に向けて火魔法を散弾のように放った。
「痛ぇ!」
そんな声が聞こえてきたら俺は火魔法を消した。人狼たちの体には俺の火魔法による火傷がいくつもあった。致命傷ではないが戦意喪失させるには十分な傷だった。俺はそれを見て後方の人狼族を風魔法で囲み外に出られないようにした。後は前方の人狼たちだけだった。俺はリベルに別動隊の守護を任せて風魔法で空を飛び主力部隊の方に向かった。そこには後方とは全く違う惨状が広がっていた。主力部隊の数は人狼族の前方部隊を上回っており一方的な虐殺に見えた。でもよく目を凝らして見ると人狼たちは一人も死んでおらず、足を切られたり腕を切られたりしているだけだった。俺は安堵の息を吐いた。すると人狼族のリーダーが言った。
「情けなんぞかけるな!我ら人狼族を誇り高く死なせろ!」
するとユディが言った。
「無駄な殺生はしないのが俺たちダナフだ。分かったらさっさと去れ!」
「クソッ!帰るぞ!」
俺は風魔法を消して人狼族が帰れるようにした。人狼族がその場を離れるとリベルたち別動隊が戻ってきた。怪我人はかなり出たが、幸い犠牲者は出なかった。ユディとダンも軽傷で済んでおり俺の光魔法もいらないほどだった。ダナフたちの住処に戻ると抗争に勝った宴が始まった。俺たちはユディに大いに感謝された。人狼族の後方部隊がかなり多かったことから俺たちがいなかったら犠牲者はかなり出たと思うとのことだった。ユディから何か報酬をあげたいと言われたが、宴という楽しい場でそのような堅苦しい話は明日にしようと俺たちは全力で宴を楽しむことにした。
次回もお楽しみに