114話 ギルド内でのあれこれ
侯爵領は子爵領とは打って変わって武装国家らしさがあった。外壁の大きさ、冒険者の多さ、騎士、魔法使いの多さ、簡易的な断絶壁のようなものまである徹底ぶりだ。子爵領では冒険者はほとんどいなかったのに侯爵領では道を歩くたびに冒険者を見かけるほど多くいる。子爵領に滞在している冒険者だけでこの多さだから討伐に行っている者も含めたら裕に千人は超えるだろう。その人数を収容しても余りある領地にも目がいく。ここなら理想的な冒険者ライフが送れると期待していた。
俺たちは希望を胸に冒険者ギルドに向かった。外見から分かるその繁栄度合いと人の多さがひしひしと伝わって来た。ギルドの大扉を開けるとそこには期待以上の冒険者の数と施設があった。俺たちは早速依頼を受けようと依頼ボードを見るとそこにはワイバーン討伐やマガルマチ討伐、さらには知らないシィーと言う名前の魔物討伐まであった。子爵領では領主直属の部隊を持ってしても討伐が困難なワイバーンを、ここでは一介の冒険者に依頼させるほど数が多いのか、冒険者が強い可能性が浮上した。俺はこんな環境に身を置けることが光栄でならなかった。俺たちはシィーと言う知らない魔物について情報収集をすることにした。三人で手分けしてギルド内にいる冒険者に聞いて回った。
「すいません、シィーと言う魔物について聞きたいんですけど良いですか?」
俺は近くにいた好青年に話しかけた。好青年はルイバディのリーダーティスタのような雰囲気のイケメンだった。周りに女性を侍らせていたのだけが残念だ。
「ん?何だお前は!俺様は今上機嫌なんだお前みたいなガキに構っている暇はない!」
そう突っ撥ねられた俺を周りの女性たちは哀れな目でかわいそーと感情の込もっていない声で言った。俺は今まで親切にされてきたから今回もいけるだろうと慢心していた。でも現実は違った。ここは異世界で人は皆優しいとは限らない。いつ死ぬかも分からない。そんな世界だと思い出した。俺は悪態をつくでも不機嫌そうな顔をするでもなく爽やかに笑い言った。
「あなたみたいな弱い人は他人に生きている理由を押し付けないと生きていけないんですね。俺よりよっぽど惨めですよ。」
俺がそう言うとその男は怒ったのか去ろうとする俺の肩を力強く掴み言った。
「俺様を誰だと思ってるんだ!?俺様はザック・フィーリス・テラフォーンだぞ!侯爵家に歯向かったらどうなるか教えてやる!」
まさか喧嘩を打った相手が侯爵家だとは思わず俺は驚愕した。まさかこんな素行、態度、言葉遣い全て悪い貴族がいるとは知らなかったのだ。俺たちの騒ぎが大きくなると俺たちを取り囲むように冒険者が円形に広がりリングを作っていた。ザックはいつの間にか女性を安全な場所に避難させファイティングポーズを取っていた。俺もそれに応えるように見様見真似でファイティングポーズを取った。すると周りの人の一人がレフェリー役を買って出た。レフェリーの合図でバトルが始まった。
俺はしばらく様子見をすることにした。これだけ横柄なやつのことだから怒りに任せて適当に戦うに違いないと思ったのだ。俺の予想は見事的中。ザックは俺に一発も当てられないまま息が上がってきた。俺はザックの大振りなパンチの合間に隙を見て何度かカウンターを喰らわせた。流石は侯爵家と言ったところか息が上がっても尚戦い続ける。パンチを喰らっても戦い続ける。
「避けるなよ!」
ザックが必死の形相で言ってきたが、俺はそんな要望受け入れるはずもなく優雅に躱してはカウンターを打ち込みを繰り返した。次第にザックの体力がなくなってくると、ザックは立ち止まり防御の姿勢を取った。俺は待ちの相手に突っ込むほど愚かじゃないので構えながら待った。膠着状態になりバトルに面白みがなくなってくると周りの人たちが野次を飛ばし始めた。ある者は両者を罵倒し、ある者は攻めない俺を罵倒した。ザックは一定の人望があるのか侯爵家だからか分からないが、応援する声があった。応援されたザックは力を取り戻したと言わんばかりに自分を奮い立たせた。
「もう手加減はしねぇ…」
ザックがそう言うと両手に火と氷魔法を出現させた。俺が周りにも被害が出るだろと思い同様していると、誰かが風魔法で俺たち二人の空間を覆った。粗末な物だったから今イメージした即席の物だろうが、これを作り出せることに感心した。それと同時に周りの心配がなくなった。俺はザックを打ち負かすことにした。風魔法で体をほんの少しだけ浮遊させいつでも最高速度に到達できるようにイメージした。
「喰らえ!」
ザックの声と瞳孔が光った瞬間俺は風魔法でザックの背後に回り込み首に氷魔法を突きつけた。何が起こっているのか理解できなかったザックと周りの人たちは唖然としていた。勝敗が決まったであろうにレフェリーが全然仕事をしないから直接聞いた。
「これって俺の勝ちですよね?」
俺の言葉を聞いたレフェリーは我に帰ってジャッジを下した。
「勝者新顔!」
俺たちがここに来て日が浅いことから新顔と呼ばれた。勝ったは良いが何も賭けていないし何か目的があったわけでもないバトルはこれにて幕を閉じた。と思ったその時ドスの効いた声が響き周りの人たちが声のした方を恐る恐る振り返った。俺もそちらを一瞥するとそこには二メートル以上ある筋骨隆々な大男がいた。その腕や顔には生々しい切り傷が、首にはビリヤーのような魔物に噛まれたであろう咬み傷があった。やはり歴戦の冒険者は一生傷が無数にあるんだなと感心していると、その大男がこちらに近づいてきた。
「お前たち何してるんだ?」
ザックは毅然とした態度をしているが足が震えているのが丸わかりだった。かく言う俺も足が震えそうになったが、ワイバーンに比べると大したことないなと思い案外大丈夫だった。そんな俺が起こったことを説明した。その大男は静かに話を聞いた。俺が話し終えると口を開いた。
「問題が解決したのならそれで良い。だが、今度からは外でやってくれ。他の冒険者の邪魔になる。分かったな?」
「はい。」
「はい…」
俺は普通に返事をしたが、ザックは怖いのか声が小さかった。その様子を見てザックが侍らせていた女性はどこかに行ってしまった。大男もどこかに行ってしまった。俺が気を取り直してシィーの情報を集めようとすると周りにいた人たちが一斉に俺のことを取り囲んだ。口々に称賛の言葉や俺の正体を知りたいなどの言葉が投げかけられたが、まともに話ができない状況だったので俺は風魔法で浮遊しその場から離れた。その様子をその人たちは呆然と見ていた。俺がリベルとジュナを探していると冒険者ギルドの広さに驚いた。思っていた以上に広く、リベルとジュナを探し出すのに十分以上かかった。
二人にバトルをしたことや侯爵家のザックのことを伝えるとリベルからザックは分家だと教えられた。どうやらフィーリスという分家らしい。この世界ではファーストネームとラストネームの間にある名前が分家を表すそうだ。
「話が脱線したから戻すけどシィーについて何か分かった?」
俺が二人に聞くと二人は好感触だったのか良い反応を見せた。二人の話を要約するとシィーはライオンのような四足獣の魔物らしく、群れで行動していて討伐するにはかなりの労力が必要なのだとか。さらに一匹一匹の戦闘力はかなりのものであり、ビリヤーを遥かに上回るそうだ。さらに他の魔物とは違い魔法を感知できることから魔法使い殺しの異名が付いているとのことだった。二人はこの情報を聞いてさらに討伐意欲が高まったらしく俺たちはシィーの依頼を受けるために受付に依頼書を持って行った。
「お願いします。」
俺たちが受付に依頼書を出すと容姿端麗な女性が依頼書と俺たちのことを何度か確認した後話し始めた。
「君たちが何歳か分からないけど、ベテランの冒険者五人でようやくシィー一匹と渡り合えるのよ。さらに、魔法を感知するから魔法使いも補助的な役割しかできないからかなり討伐難易度の高い魔物なのよ。等級で言うとワイバーンと同じレッドなのよ。本当にやるって言うの?」
あまりの真剣な説得にシィーの強さを実感した俺の心拍数は少し上がった。でもそれ以上に二人は鼻息を荒くしていた。早くそんな強敵と戦ってみたいと思っているのだろう。俺は呆れて流石としか言えなかった。でも実際強い魔物と戦う他強くなる術を知らない俺たちはシィーの依頼を受けることにした。俺たちが受付を離れるのと同時に受付の女性が他の受付の人に何かを伝えている様子が見てとれた。
次回もお楽しみに