102話 若人講師
「おはようございます。」
俺たちが寝ているメガフォーン家の離れに誰かがやって来た。俺たちは昨日の疲れからすぐに目を覚ますことはなくまだ寝足りないと文句を言った。
「起きてください。」
それでも起こされる俺たちは目を擦り誰が起こしに来ているのか確認した。でもその人物像に心当たりがなく寝ぼけた頭をフル回転させた。そんな俺たちを気にすることなくその人は言った。
「朝食の準備ができておりますので身支度が済まれましたら本館一階左角の部屋にお越しください。それでは私は失礼致します。」
そう言い終えるとその人は出て行った。俺たちはようやく頭が回り出しさっきの人がメガフォーン家のメイドだと気がついた。俺たちはこんなにのんびりしていられないと急いで身支度を終え、言われた通り一階左角の部屋に向かった。
「おや、おはよう。」
言われた部屋の前に着くと同じタイミングでウェリルと出会った。
「「「おはようございます。」」」
急いで身支度をしたおかけで恥はかかずに済んだ。四人で部屋の中に入るとそこにはペタフォーン家で食べていたような懐かしさすら感じる食事があった。
「食べようか。」
ウェリルが俺たちに着席を促すと俺とリベルはすんなりと座ったが、ジュナはまだ慣れていないからぎこちなく座った。ウェリルが食事に手をつけると俺とリベルも食べ始めた。俺は何回もリベルたちと食事をしていることから見て覚えたから家族顔負けのテーブルマナーが身についたのだ。俺とリベルでジュナに食器の使い方などのテーブルマナーを教えた。その様子を見ていたウェリルがこう呟いた。
「本当の兄弟のようだな。」
本当の兄弟じゃない俺たちからするとそう見られるのは嬉しくニヤけてしまった。その様子を見てウェリルも自然と笑みが溢れていた。
「公爵家扱いはしないようにと仰っていましたが、本当によろしいのですが?その場合私は三人をなんとお呼びすれば良いですか?」
ウェリルの質問にリベルが応えた。
「私たちのことは知り合いの子ども程度の扱いで良いです。名前は呼び捨てで良いです。親し過ぎず離れ過ぎない距離感でお願いしますね。」
俺はリベルの絶妙な回答に条件が厳しくないかと思ったが、ウェリルはさすが貴族というべきか一切嫌な顔をせず受け入れた。
俺たちは食事を終えウェリルと騎士団の所に向かった。道中世間話をしているとあっという間に騎士団の訓練場に着いた。騎士たちは訓練に集中しているから俺たちが来たことには気がついていなかった。そこでウェリルが声を張った。
「注目!」
その一言にその場にいた者全てがウェリルの方を注視した。そしてウェリルは周りを見てその場にいる者が話を聞いているか確認してから話し始めた。
「本日より特別講師としてリベル、リフォン、ジュナの三名を雇った。契約期間は決まっていない。私を含め、君たちの態度次第では明日にでもこの契約は解消されるかも知れない。そのことを念頭に置いおくように。」
「「「はっ!」」」
「それでは私は魔法師団の者たちにも説明して来ますから自由にお願いします。」
そう言ってウェリルがその場を離れるとその場にいた者たちの視線は俺たちに向いた。騎士たちだけならまだ耐えられたかも知れないが、その場にはメイドと執事もいたため小っ恥ずかしくなった。リベルとジュナはそんなこと一切思っているような素振りはなく毅然としていた。俺も負けてられないなと思い二人を見習った。その時ディーノが俺たちに問いかけた。
「今日の訓練はどんな訓練をするんですか?」
俺とジュナのは剣術が一番達者なリベルを見た。リベルはまぁ僕だよねと言わんばかりの顔をして指示を出した。
「まず一人一人の実力を知りたいから一対一をしてくれ。午前中に終わったら午後からは別メニューをする。でも午後までかかるようだったら今日の訓練はなしにする。一対一は実力が近い相手もしくは自分が戦いたい相手と組むこと。はじめ!」
「「「はっ!」」」
リベルがはじめの合図と同時に手を鳴らし騎士たちに指示を出すと、皆一斉に相手を見つけてものの数分でペアができた。
「それじゃあ右の二人から始めて行って最後は左の二人になるようにやること。」
指を刺された右の二人から一対一をし始めた。待っている騎士たちが左右に別れて、その中央に一対一をする二人がいる形式で始まった。俺たちは指示を出す少し高い所にいたから中の状況が見えた。ガインとリベル、リーンの剣術を見てきた俺にしたら騎士たちの剣術はちっとも満足できないものだった。俺はこの間に魔法師団の方に行こうとしたが、リベルに首根っこを捕まれて阻止された。
リベルは真剣に立ち合いを見ていたが俺とジュナは剣術に興味がなく大きなあくびをするほどだった。そして木剣がぶつかり合う音が心地よく聞こえてきて俺とジュナは互いにもたれながら眠ってしまった。
俺が目を覚ますと日は俺たちの真上まで昇っており正午だと分かった。そして騎士たちを見るとディーノと同じぐらいの風格の人と立ち合っていた。その様子はどこかガインを彷彿とさせるものがあった。でも太刀筋や剣を振る速さはガインには遠く及ばなかった。
「そこまで。」
ディーノが一本取るとリベルが止めた。全員終わったのかリベルが騎士たちに指示を出した。すると騎士たちは一様に木剣を置きどこかに行ってしまった。指示を出し終えたリベルが俺たちの元に来ると昼食を食べようと促した。俺はまだ眠っているジュナを起こして朝食を食べた部屋に戻った。
その部屋にウェリルはいなかった。グロウと同じで書類仕事が忙しいのか用事で屋敷から離れているのだろう。俺たちは早朝起こしてくれたメイドたちが運んでくれた昼食を食べた。
俺たちが騎士団の訓練場に着くと騎士たちはもう揃っており直立不動で立っていた。その様子に俺は大変だなと思った。
「やすめ。」
リベルが指示を出すと騎士たちは少し体勢を崩してリベルの指示を待った。
「午後の訓練は魔法の対処法を学ぶ訓練だ。準備開始。」
その言葉に一部の騎士は身を緊張から体が固まり、一部の騎士は武者震いをしている。俺は騎士たちの反応とリベルの指示に違和感を覚えた。基本的に相手をするのは魔物なはずの騎士たちに魔法の対処などいらないと思ったのだ。リベルの真意を知るために俺はリベルにテレパシーで問いかけた。
(なんで魔法の対処法なんてやるんだ?)
(魔物の中でも魔法を使う奴がいることがあるんだ。それに子爵領の治安警備も仕事のうちだろうから悪党退治に使えるだろうから、やって損はないだろうなって。)
(なるほどな。ちなみに魔法を使う魔物ってどんな奴なんだ?)
(ドラゴンとかワイバーンとか基本的に外界にしかいないような強い魔物だけど、稀に普通の魔物でも魔法を使えるレア個体がいるよ。)
(俺たちは魔法を使う個体に当たってないからラッキーだったってわけか。)
(そうだとも言えるけど、魔法を使える個体なんて本当に一握りだから出会ってないだけだよ。)
俺はその言葉にレア個体の出現確率は0.1パーセント以下だと考察した。そんな会話をしていると騎士たちの準備が終わったようで防具も剣もフル装備だった。
「よし。さっきの一対一で負けた者は僕とジュナの元へ、勝った者はリフォンの元へ!」
勝手な指示に俺の口は黙っていなかった。
「き、聞いてないぞリベル!」
「全員雇われたんだから仕事するのは当然でしょ?」
「わ、分かったよ…」
俺はリベルの正論にぐうの音も出ず渋々了承した。
「「「よろしくお願いします!」」」
俺は騎士たちの声量と迫力に気押されたがなんとか喰らい付いた。
「皆さんの実力がどれほどか分かりませんが、とりあえずやってみますので避けてください。」
俺は十五人の騎士の周りに人数分の火の玉を出現させた。スピードはカタツムリの歩みのように遅いが、周囲を囲まれており避けるのはかなり難しいものとなっている。騎士たちはどう避けるか困惑していた。でもディーノは違った。火の玉のスピードがかなり遅いのを確認すると火の玉の間を縫うように避けて火の玉の包囲網から抜け出した。他の騎士もディーノに倣い火の玉の包囲網を抜けた。
「急すぎますよ!」
「何か合図をください…」
騎士たちが口々に文句を言った。俺はその様子に疑問を感じて言った。
「魔物が襲ってくる前に一言合図してくれますか?」
俺の言葉に全員黙ってしまった。先ほどの俺のように正論を言われてぐうの音も出ないのだろう。その様子を見て俺はさっきより少しだけスピードを速めた火の玉を出現させた。
「ま、またかよ!」
「落ち着け!」
各々の反応を見ていると適応能力の高い者とそうでない者の差が顕著に見れた。そんな反応を見ているとまたしても一番に包囲網から抜けたのはディーノだった。やはり経験の差が出ているのだと思った。少し危なげのある騎士もいたがなんとか全員包囲網から抜け出せた。そこで俺は別の訓練に移ることにした。試しにディーノを呼んだ。
「ディーノさん来てください。」
「は、はい!」
ディーノは俺の前方三メートルほどの所に立った。俺はちょうど良い所に立ったディーノに指示を出した。
「今からさっきの火の玉と同じ速度の火の玉を打ちますからそれの対処法を見せてください。剣を使っても盾を使っても良いです。火の温度は極低温にしているので武具の損傷はないと思います。」
「分かりました!」
俺は剣で魔法を切ったりするのだろうなと期待を込めて見ていたが、その期待はあっさりと裏切られることとなった。ディーノは盾で火の玉を受けたのだ。実に堅実で賢い判断なのだが、俺はもっと迫力のあるシーンを期待していたから残念だと落ち込んだ。その時ディーノが言った。
「先ほどの訓練と何が違うのでしょうか?」
俺は思っていたことを話した。
「真正面からの魔法の対処法を知るためだったんだけど…ディーノさんなら剣で切ったりしないかなって思ってたんだ。」
その言葉を聞いて騎士たちは小さくふふっと笑った。俺はその反応に恥ずかしくなって俯いた。するとディーノが説明してくれた。
「リフォンさん聞いてください。一般的に剣で魔法は切れないんです。切れるとしたらそれは魔法剣士ぐらいですよ。魔法は魔法で、剣は剣でしか防げないんです。」
俺はその言葉を聞いてアイテムの防御魔法で物理攻撃を防げない理由に気がついた。
「ディーノさんたちは魔法は使えないんですか?」
俺は魔法が使えるのなら魔法剣士になれるのではと思い聞いてみた。
「簡単な火魔法は使えますが、それ以上は使えません。魔法は才能ですので…」
そう言うディーノの表情は暗く悲しいものだった。俺はその表情を見て申し訳なくなった。
「なんかすみません…」
「い、いえリフォンさんが謝るようなことではないですよ!さ、訓練に戻りましょう。」
「そ、そうですね訓練に戻りましょうか。それじゃあ次は魔法を打とうとしている魔法使いの対処法です。魔法使いの力量によりますが、基本的に魔法使いは五秒前後で魔法を打つことができます。ですので最初の五秒が肝心なのです。俺が見本をやりますので、ディーノさんそこで手を前にかざして五秒数えてください。」
「分かりました。」
そう言うとディーノが手を前にかざし五秒数え始めた。俺はその刹那一気に走り込みディーノの懐に潜り込んだ。ディーノは二秒を数える前に懐に潜り込まれ、驚きのあまり後退りした。
「こんな感じです。」
「「「できるか!」」」
俺は騎士たちに総ツッコミされてしまい困った。正直言うと俺は風魔法を使ってスピードを飛躍的に上げたからできた代物だから騎士たちにできるとは思っていない。これは絶対にできないよと教えるためにやったものだから、俺は説明を続けた。
「そうです。普通ならこんなことできません。だから盾を使って防いだり魔法を使った後隙を狙うんです。これは限定的な話にはなりますが、魔法使いは魔法を使う瞬間瞳孔が光るんです。だから小さな魔法の場合なら左右に避ければ当たらないかも知れないんです。これは本当に限定的ですので頭の片隅に置いておく程度で良いです。」
俺の話にリベルとジュナたちの方の騎士たちもへーと頷いていた。
「ということは魔法使いには不意打ちが有効なんですね?」
「そうです。どんな人に対しても不意打ちは有効ですが、魔法使いに対しては特に有効です。まぁ魔法使いには魔法使いを当てるのが一番です。ですので騎士の皆さんは魔法使いと二人一組で行動するのが一番安全で無難です。」
そんな話をしていると日が落ちてきた。するとリベルが全体に指示を出した。
「今日の訓練はここまで!」
「「「はっ!」」」
騎士たちは一気に緊張の糸が解けて大きなため息をついた。俺たちも初めてのことで疲れが溜まっていたのか同様にため息をついて一日を終えた。
次回もお楽しみに