1話 貧しかった俺は貴族の飼い猫に転生する
あなたは転生するならどんな転生をしたいですか?
これはある一人の不幸な男が家族の猫に転生し異世界生活を満喫していきます。
俺は自分が生まれてきた理由を見つけられなかった。貧乏で毎日を生きるのに必死で何かを楽しむ余裕すら無かった。
明日も生きている自信が無いほど衰退し誰の目にも付かない山の麓で寝転がっていると一匹の野良猫が近づいてきた。
「ニャーニャー」
「どう…した?」
俺はどうにか声を出すも掠れた声しか出なかった。空腹と喉の渇きで声を出すことすら苦痛だ。
ゴロゴロと喉を鳴らし俺の体に自分の匂いを付けている。俺が死んだら食べるために印を付けているのだろう。
仰向けで寝転がっている俺の上にその野良猫が乗ってきた。撫でてやりたいがそんな体力も無い自分に少し腹が立った。
「ご…ごめんな。」
俺が生活に困っていなかったら自分の家で飼い幸せになれたであろうその野良猫に謝った。
「ニャー」
その野良猫は俺の上で眠りについた。本当に野良なのかを疑うほどに人間に慣れているそいつを見ながら、俺も眠りについた。
目が覚めると野良猫はいなくなっていた。どころか俺が寝ていた山の麓ですらなかった。俺はようやく理解した自分が死んだことに。
「やっと目が覚めましたね。」
頭の上から声がした。俺はそんな超常現象に驚きつつ上を見た。そこには何とも美しい女性が浮いていた。女神というのはこういう方のこと言うのだろうと1人で納得した。
「何か言ったらどうですか?ここが何処なのかとか、自分は死んだのかとか。」
俺は何だか親しみやすい方だなと思い質問した。
「じゃあ俺は死んだのですか?」
「そうです。」
「じゃあ次は、俺はこの後どうなるのですか?」
俺は今まで幸せのしの字も知らない人生を送ってきたのだから天国には行かせて欲しいと思った。
「あなたの頭の上に猫の肉球マークがあるでしょう、それがあるお陰であなたは一応自由に転生出来ます。でもそのマークをつけた方はどう思うかは知りませんが。」
俺は何を言っているのか全然理解できなかった。そもそも肉球のマークが何なのか、何故肉球のマークがあれば自由に転生出来るのかそれを聞くことにした。
「二つ質問していいですか?」
「どうぞ。」
「まずこの肉球のマークって何ですか?」
俺は頭の上にある肉球のマークを指差ししながら言った。
「それは八百万の神が付けたマークです。あなたの場合は猫の神に付けてもらったようですね。」
肉球のマークが猫の神様に付けてもらえた事は理解出来た。そして、俺が死んだら食べるために印を付けたなんて罰当たりな事思ってすいませんと心の中で謝った。
「もう一つ何故肉球のマークがあれば自由に転生出来るのですか?」
「そのマークは前世不幸だった人や殺されてしまった人、幼くして亡くなった子供などに対して、八百万の神が可哀想だから転生していいよという同情のマークです。私はそれを見て死者を転生させます。理解出来ましたか?」
「はい。ありがとうございます。」
とりあえず返事をして少し考えた。おそらく肉球のマークを付けたのは死ぬ間際にいたあの野良猫だろう。でも何故猫なのかは分からずじまいだ。
「ところであなたは転生するのですか?転生するのなら何に転生するのですか?八百万の神の意思を尊重するのなら猫になりますけど、それでいいですか?」
「ちょっと待ってください。その転生する動物は選べるけど転生する場所とかは選べないのですか?」
「選べますけどちょっと面倒なんですよね。」
小声で女神がそう呟いた。毎日何万もの死者を相手にしているだろうから大変ではあるだろうけど、ここだけは妥協できなかった。
「お願いです。前世では毎日生きるのに必死で幸せを感じたことすらなく、辛く寂しい毎日を送っていました。だからどうかお願いします。」
「わかりました。ならどういう場所がいいか条件を言ってください。」
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げて感謝を伝えてから条件を言った。
「現代とは違う異世界で、魔法があって、お金持ちの貴族で、家族仲も親戚仲も良好で、魔法が使える猫がいいです!」
「はあ…」
女神は大きくため息をついた。
「最後に猫がいいと言っていたけど本当に猫でいいんですね?」
「はい。だって俺を転生させる権利を与えてくれた神様は猫の神様なんですよね?だからその神様の期待に応えるって感じですかね。」
「本当に猫でいいんですね?」
女神は念押ししてきた。
「はい。あ、猫種はメインクーンでお願いします。あと俺は家族と親戚から愛されてる猫がいいです。あと喋れる猫がいいです。」
「随分と図々しいですね。それ以外に何か要望や聞きたい事は無いですか?」
「じゃあ俺が転生する先の世界の魔法などについて教えて欲しいです。」
「まず転生する世界の事から話します。あちらの世界は現代ほど治安は良くありません。貴族ですから余計に狙われる可能性もありますが、逆に貴族だから狙われないという考え方も出来ます。そして、魔法についてです。魔法の種類が火、水、雷、風、氷、光、闇の七つがあります。そして、魔法を学ぶ学校もあります。ここまで大丈夫ですか?」
「はい大丈夫です。」
「次に妖精、使い魔がいます。あちらの世界では妖精、使い魔の存在は一般的なものです。そういう世界を選びました。彼らの事を学んだり共に戦う術を身につける学校もあります。そして、彼らは喋る事が出来る者と出来ない者がいます。人型であれば基本的には喋る事は当たり前ですが、動物であればかなり珍しい存在となります。そして彼らにはランクがあります。人型が最上位で虫が最下位です。猫なのでおよそ真ん中辺りだと思います。このぐらいでいいですか?」
「はい。ありがとうございます。あと俺が使える魔法はどの属性なんですか?」
「希望はありますか?」
俺は少し考えた。流石に全ての魔法を使えて尚且つ喋れるとなると略奪、誘拐、実験対象になるの心配もある。さすがにそんなことにはなりたくない。
「向こうで一番メジャーな属性は何ですか?」
「光と闇以外は全てメジャーですよ。」
そう言われると余計にその二つが欲しくなってしまう。
「なら火と水そして光と闇でお願いします。」
やっぱり異世界、魔法という言葉には弱い。前世では噂程度にしか聞かなかったせいか、今になって憧れが爆発してしまった。
「わかりました。なら転生させますがよろしいですか?」
「はい。お願いします。」
俺は目を瞑ってしばらく待った。
「やった!成功だ!お父様!お母様!」
10代の前半の子供が大喜びする声が聞こえ目を開けるとそこは自分が想像していた通りの貴族の家だった。
「お父様、お母様見てください!」
俺の前に現れたのはドレスコードのきっちりとした身長180センチはあろう男性と、華々しいドレスを着用したモデルのような女性と、まだ幼いながらもしっかりとした少年だ。
「猫か、初めての使い魔召喚で中位クラスの猫を召喚出来るとは流石私の息子だ。」
「ありがとうございます。お父様!」
嬉しそうに頭を撫でられるその少年は幸せそのものだった。
「よくやったわね、リベル。」
家族仲は良好そうで何よりだ。
「そろそろ俺も構ってくれないか?」
意を決して喋ってみた。3人は一斉に俺の事を凝視した。しばらくして3人は今起きている事が現実なのかを確かめるように目を合わせた。
「何か喋ってくれないか?こちらとしても喋ってくれないと気まずいんだけど…」
「「「えーーー!!!???」」」
3人はひとしきり騒いだ後各々面白い反応を見せた。父親は幾度もガッツポーズをしている。母親は誰かに報告するのか真っ先に部屋を出て行った。少年は部屋中を走り回っている。俺はこの家族の元にこれて良かったと思った。
「あはは!面白い家族だな。今日からこの家族の一員として認めてくれるだろうか?」
「ああ、もちろんだ。」
父親は冷静さを取り戻し俺の右手を取り握手しながら応えた。
「ところで大層豪華な屋敷に思えるが、ここはどんな家柄なのか教えて貰えないだろうか。」
「ああ、わかった。なら私の部屋に来てくれ。」
父親は少年を落ち着かせようとしたが、少年はまだ興奮冷めやらぬという感じだった。
「少年、俺はあなたを何と呼べば良いのだ?」
「リベルで良いよ!」
新しい玩具を買って貰った少年のような目でその少年は応えた。
「リベルはついてこないのか?」
俺がリベルを父親の部屋について行くのに誘うと、リベルは俺を抱き上げ父親の横まで走ってくれた。
「あなたはリベルの父上とお見受けする。名前を伺っても良いか?」
俺はなるべく丁寧に聞いた。心優しい人だとは思うが、相手は貴族だ。初対面だし最低限の礼儀は守らなくてはいけないと思った。
「まだ伝えていなかったな。私はグロウ・ペタフォーンだ。好きに呼んでくれて構わない。」
「ならグロウと呼んでも良いのか?」
俺は貴族だから名前の呼び方やマナーには厳しいのではないかと疑った。
「ああ、構わない。リベルと同じでお父様と呼んでくれても良いぞ。お前は家族だからな。」
この父親は市民からの信頼が厚い領主だと確信した。
「ここが私の部屋だ。」
「お父様の部屋久しぶりだな。」
「やはり貴族は書類仕事が多いから家族団欒の場以外ではあまり親しくしないのか?」
「いやそんな事は無い。私だって子供たちから癒しを貰いたいが、それぞれ多忙なのだ。」
「そうか。」
貴族は社交界や市民からの視線など様々な場でマナーであったり立ち振る舞いが求められるだろうから大変なのだろう。
「これが我がペタフォーン家の紋章だ。中央にある盾の右上には国王の住居であるエクサフォン城が、その左には我が国エクサフォン国を戦争から守ったとされる黒龍が、その下にはエクサフォン国に伝わる伝説上の存在であるユニコーンがあり、その右にはエクサフォン国の金貨が描かれている。そして、その盾を守るように左右に炎龍が佇んでいる。この炎龍はペタフォーン家と友好関係を結んでいたそうで、この炎龍が遠い昔の国王を守った事がキッカケで公爵を叙爵する事になったそうだ。」
由緒正しい公爵家なんだなと感心した。
「その炎龍はもういないのか?」
「それは私にも分からないんだ。いなくなったのか殺されてしまったのか。」
部屋の外から複数人の足音がこの部屋にやってくるのを感じた。
「誰か来るな。」
「え?何の音もしないよ?」
リベルは俺を抱き抱えながら不思議そうな顔で覗き込んできた。
「猫だから人間より耳が良いんだ。」
「あ、確かに足音するね。」
俺たちはその足音の本人が来るのを待っていた。
「やっと見つけた。」
「リーン兄さん遅かったね。」
リベルをそのまま大きくしたような青年がやってきたが、走ってきたからか息が切れているようだ。
「大丈夫か?」
俺が気にかけると待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。
「母様から聞いたよ、リベルの使い魔が喋るってお前の事だったのか。」
リーンに遅れて母親とメイドがやってきた。
「リーンそんなに急がなくても良いじゃない。」
母親はヒールを履いているから早歩きで来たようだ。
「そんなのどうでも良いよ。それより名前は?」
俺とリベルはあっという顔をした。
「まさか名前決めてないの?!」
「えへへ、忘れてた。」
「俺もうっかりしていた。」
その場にいた者皆呆れていた。
「リベル、俺に名前を付けてくれ。」
「良いの?」
「もちろんだ。」
リベルはうーんと言いながら考えている。その間にリーンと母親と挨拶を済ませる事にした。
「俺はリーン・ペタフォーン。リベルの5つ上の兄だよろしく。」
「私は2人の母親のマイヤー・ペタフォーンよ。よろしくね。」
「ああ、2人ともこれから家族としてよろしく頼む。」
俺たちの挨拶が終わったと同時にリベルが言い放った。
「リフォン!」
「理由を聞いても良いか?」
「リベルのリとペタフォーンのフォンでリフォンどうかな?」
「リフォンか良い名だな。」
「良かった!」
リベルは笑いながら俺の頭を撫でた。猫になって初めて頭を撫でられる幸福感を知った。
リフォンのこれから先の猫生を楽しみにしていてください!