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四十二光年のディセプション

作者: 宍戸詩紫
掲載日:2024/12/09

五人の少年少女による、異能力人狼っぽいこと、開催!

1 悠かなる地点にて


「ちょっと!私のお肉取らないでよ!」

「はっはー。早い者勝ちだぜー」

 二人の少年少女が、どたばたとカフェテリアを走り回る。その騒々しさに、微笑む少年が一人と、眉を顰める少年少女が二人。その三人は既に席についているが、二人の喧騒が気になって食事が始めれない、といった様子だ。

 すると、優しい笑みを浮かべていた少年が二人に何かを言った。それを聞いた二人は、尚もぎゃあぎゃあと口論しながらも、大人しく着席する。

「もうエム!あんたのせいでメヤ君に怒られちゃったじゃない!」

「知ったこっちゃないな。ルナが油断してたのが悪い」

 そんな二人のやり取りを目にし、メヤと呼ばれる少年はふふ、と笑いながら目の前の食事に手を付け始めた。

 それを見て、他の四人も各々食事を開始する。

 今日の昼食の献立は、ハンバーグにポテトサラダ、コンソメスープといった、洋食風の品揃えだ。食事当番はカリナだったから、どれも絶品には違いない。

 エムにこのハンバーグを盗られたのだとしたら、ルナが怒るのも尤もだな。

 メヤは先程の騒動を思い出して、一人くすくすと笑い声を零した。

 と、メヤの隣の席に座っていたカリナが、メヤに向かって、依然として険しい顔のまま口を開いた。

「あまりルナとエムを甘やかさないの。まだ共同生活は続くのに、この調子だと参っちゃうのはこっちよ」

 カリナのその言葉に、一つ離れたテーブルに座っていたリクも、眼鏡の位置を直しながら続いた。

「メヤが相手する必要無いですよ。馬鹿がうつるだけなので」

 直後、遠くの席から、

「誰が馬鹿だー」

「そうだー馬鹿はルナだけだぞー」

「何よ!」

 などという会話が聞こえてくるが一旦スルーして、メヤはにこっと笑って答えた。

「二人共、そう言わずに。僕は皆との共同生活を楽しんでいるし、皆にも楽しんでもらいたいんだ。だからこの位、大したことじゃないよ」

 メヤの笑顔に、カリナもリクも黙り込む。

「まあ、メヤがそう言うなら良いけど……」

 渋々とカリナが口ごもると、リクもこくんと一つ頷いた。

 その様子に、ルナはキャー!と金切り声を上げて立ち上がると、

「ねえ、本当にメヤ君ってかっこいい!大人だしイケメンだし!もう大好き!」

 と、食堂中に響き渡るような声で叫んだ。  

 槍玉に挙げられたメヤは変わらずにこにことしていたが、

「ルナ声が大きい!食事時くらい静かにしなさい!」

 その代わりにと、カリナが声を荒げた。

 はーい、と返事し、すごすごと再び着席するルナの姿を、ニヤニヤと笑って見ているエム。そして、大きな溜息を一つつくリク。

「全く……、本当に同じ十四歳なの!?」

 横で怒り続けるカリナにまあまあと声を掛けながら、メヤはカフェテリアを見渡す。

 白い壁に、白いテーブル、白い椅子が数セットずつ。そこまで広くは無いが、清潔感に溢れたこの空間をメヤは好んでいた。それだけでなく、どこか温かみを感じられる床の茶色い板張りのデザインも、気に入っている。

 仲の良い(一部はそうでも無いかも?)友人達と、美味しい食事。メヤにとっては、それだけで十分、幸せだと思えた。

 食事を終えると、全員で連れ立ってカフェテリアを出る。別に、各々好きなタイミングで食事を始め、退出しても構わない。それなのに、何故か全員でカフェテリアを後にするのが、この共同生活を開始して以来の習慣になっている。

「あ、満月だ!」

 廊下に備わっている窓を覗いたルナが、歓声を上げた。

 メヤも釣られて、窓の方に視線を投げる。

 確かに、見事な満月だった。

 雲一つとして、その姿を覆い隠すものは無い。太陽の光を浴びて全身をカナリートルマリンの様に輝かせているに、メヤも思わず舌を巻いた。

 だが周囲の反応は、ルナが期待していたものでは無かった。

「もう見慣れたでしょう、満月なんて。いつまでもはしゃげる君の脳みそがつくづく羨ましいですよ」

 と、冷たく言い放つリク。

「まあ、毎日嫌でも目に入るしね。お子ちゃまは記憶が一日しか保てないから仕方ないのかもしれないけど」

 と、エムも続けて嫌味を言う。

 彼らの言葉に、むう、とルナは頬を膨らませた。

「ルナのルナは、お月様のルナなんだもん!だからルナは、お月様大好きなんだもん!」

 みるみる瞳が潤んでいくルナを、カリナがよしよしと宥めてその場をやり過ごす。

 彼ら彼女らにとって、いつもの光景。変わらない、日常の一幕。

 ここで暮らし始めて一週間。メヤはこんな風に繰り広げられる、何気ない皆との営みが愛おしく思えて仕方がなかった。

 メヤは再び、窓の外を見る。

 リクとエムの言う通り、ここでは満月を毎日目に出来る。でも、好きなものは毎日見ても楽しいというルナの気持ちも理解出来る。他でも無いメヤも、皆で食事を取った後に、この窓から外を眺めることが好きだった。

 いつ見ても、神々しい光を放っている月。

 そしてその傍らには。

 目も覚めるようなブルーに煌めく、地球が浮かんでいる。 

 そんな船窓からの景色に、メヤは相好を崩した。

 


2 彼ら彼女らは


「速報です!只今、政府から発表がありました!この日本に、一か月後、隕石が落下するとの事です!繰り返します。この日本に、一か月後──」

 ある日を皮切りに、テレビはその話題で持ちきりになった。複数のテレビ局で連日報道される隕石の情報に日本国民は戦慄し、間もなく恐慌状態に陥る事となる。

 窃盗、暴行、殺人が横行し始める世間に焦りを感じたのか、政府は世界中の科学者、天文学者、物理学者等々を掻き集め、対策本部を急遽設置。より詳細な隕石の情報と、解決策を練った。

 研究の結果判明したのは、こちらに向かってくる隕石のサイズは直径約十メートル程。衝突すれば、間違いなく都市が丸ごと壊滅する威力の大きさである。それが、東京都中央区目掛けて、落下を続けているとのこと。そしてそのⅹデーは、二月十六日だった。

 この事実に、政府関係者は益々焦りを募らせる。

 首都壊滅。それは、日本全体への大打撃になる。通信、物資、ライフラインの供給ストップ。大勢の死者。放射線。問題は山積しており、そもそもその後、日本という国家を維持できるのかの瀬戸際に首脳陣は立たされていた。

 しかし、日にちまで確定出来ていたのは、日本人にとって僥倖だった。何故なら日本人には、ある能力が備わっていたからだ。

 十五歳の誕生日にのみ、発現する異能力。

 それは、例えば浮遊する力だったり、掌から炎を出したり、透明になる力だったりと、千差万別だった。

 いつの世代かを境に、十五歳を迎えた少年少女が、その日に限り異能を使えるようになったのだ。しかも能力の内容は、本人にも、当日になるまで分からないという。 

 世界中の注目が集まり、もちろん、有識者の誰もがその原因を解明しようと躍起になった。だが結局誰も、そうなった原因にも起因にも真相にも、何にも近付くことが出来無かった。

 対策本部のメンバーは、日本人のこの特性に頼る他無かった。だが、本人にも何が発現するか分からない異能力に全てを託すのも如何なものか、という議論には当然行き着く。

 よって、リカバリーが効くようにと、日本全国で、二月十五日に十五歳の誕生日を迎える少年少女を五名、無作為に選出した。

 誰かが何かは出来るだろう。或いは全員の力を合わせれば何とか、という思惑により、とある五名は集められ、否応なく最新の宇宙船に乗せられた。

 誕生日である二月十五日に発現した能力で、翌日には地球に落下する隕石を破壊する。

 それが、選ばれた五名に与えられた使命であり、命令だった。

 そして、来るべき二月十五日に向けてその二週間前から、彼らは船内での共同生活を余儀なくされた。

 その五名が、メヤ、エム、ルナ、カリナ、リクである。


東京都出身のメヤは、典型的な優等生タイプ。さらさらの黒髪に整った顔立ち、すらりとした体躯を兼ね揃えており、その上、常に微笑みを絶やさない温厚な性格をしている。メヤがその場に居るだけで空気が和み、また、五人のまとめ役も買っているため、皆メヤの事を慕っていた。

 そんなメヤと対称的なのは、沖縄出身のエムだ。少し長めの金髪に、浅黒い肌、ラフな格好。その外見には一見近寄りがたい印象があるが、その実、自由奔放な性格で、軽口を叩きがちである。特にルナはからかい甲斐があるのか、よくちょっかいをかけている。

 そのルナはというと、明るい茶髪を高い位置でツインテールにし、小柄な体型と大きな目、小さな顔がまるでフランス人形の様な、北海道生まれの可憐な少女である。ただ、精神年齢が極端に幼く、子供じみた言動をする事がままある。

 そんなルナを制御したり、或いは宥めたりするのは、福岡から来た、皆のお姉さん的立ち位置のカリナである。長い黒髪をさらりと流した、涼し気な目元と白い肌が印象的な美少女。メヤの手助けも良くしてくれる、頼れる存在である。

 そしてリクは福井を代表する天才少年だ。眼鏡と低い身長から幼く見られがちだが、その内側に貯えている知識量は大人をも凌駕する。幼少期に気象予報士の試験をパスしたという事実からも、リクの異才ぶりは誰の目にも明らかだ。だがそのせいもあってかかなり皮肉屋で、毒を吐くことは良くあった。

 五人五色で始まった共同生活は、意外とすんなり上手くいった。個性が運良く互いにハマったのか、メヤの仲裁能力が高いのかは定かではないが、宇宙船に搭乗して一週間、作戦当日まで残り一週間となるこの日まで、恙なく宇宙での生活は行われていた。


「ねえ、なんで俺達って二週間も前から集められたの?十五日集合で、それから打ち上げてもらって仕事して、ハイ終わり、でも良くない?」

 と、エムが突然ぼやく。

 メヤ、リク、エムは宇宙船内のリビングに集まっていた。三人掛けにしては大きなソファに一人寝転んだエムは、真っ白な天井を見上げている。

 その疑問に、眼鏡の弦を一度押し上げたリクが答えた。

「恐らくだけど、土壇場で僕らが逃げ出さないようにしたんじゃないか?直前召集で誰も来なかったら、それこそ日本の壊滅に直結する。その前に宇宙に飛ばしちゃえば、逃げ場なんてどこにもないだろ」

「あら、私が聞いた話では、発現する異能の内容はその直前の環境も影響するって事だったわ。だから、五人の関係を密接にすればする程、五人で力を合わせて隕石を壊せる能力になるんじゃないかって。早くから一緒に生活しているのはそのためだと思っていたのだけれど」

 手をハンカチで拭きながらリビングに入ってきたカリナが口を挟む。その後ろからツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら、ルナも続いた。

 メヤはありがとうと、夕食の後片付けをしてくれた二人にお礼を言い、カーペットの空いている所を手で示した。

 迷わずメヤの隣にすとんと座るルナと、溜息をつきながら、そんなルナの隣に腰を下ろすカリナ。

 カリナの言葉を聞いたリクは些か不服そうだったが、カリナの説の方が正しいと判断したのか、何も言わなかった。

「ずっと思ってたんだけど」

 と、自分が振った話題に既に飽きたのか、エムが別の話を始める。ごろんと仰向けから腹ばいになり、メヤに視線を向けて続ける。

「メヤって、何でメヤって名前なの?」

 その質問に、その場の一同が、メヤに顔を向ける。皆、今まで口にしなかっただけで、常々気になっていたようだ。

 そんな熱視線を浴びても、メヤはにこにこと笑っていた。そして、答える。

「僕の苗字ははと言うんだ。その最初の二文字を取って、メヤ。ちょっと呼びにくかったかな?」

 眉を下げて、申し訳なさそうにメヤは言った。

 そんなメヤに真っ先に反応したのは、メヤの事が大好きなルナだ。

「そんなことないよ!私、メヤ君のメヤって呼び方好き!何なら女八木って苗字も好きだよ!いっそのこと、苗字お揃いにしよって言ってくれても……」

「こら、ルナ!あんまり調子に乗らないの」

 頬を紅潮させ捲し立てるルナに、カリナがすかさず制止をかける。ぶす、と黙ってしまったルナにメヤは微笑みかけ、その後、エムに話し掛けた。

「どう?エムの悩みは解消された?」

 エムはそれに対し片手を挙げ、応える。

 と、ここでリクが口を開いた。

「そろそろ宇宙服を確認しておきませんか?僕達が隕石を破壊しに行く日まであと一週間な訳ですし、どんな装備が与えられているのか予め見ておきたいです」 

 そんなリクの提案に、異を唱える者は誰も居なかった。全員で格納庫に赴き、用意されている五セットの宇宙服をチェックする。

 隕石を破壊するには、一度宇宙船を出て宇宙空間に飛び出し、隕石に近付かなくてはならない。

 そのため、世界最高峰の知能と科学力が詰まった銀色のスーツが各々に支給された。宇宙空間においても、どんな異能力でも遺憾なくその実力が発揮される様、工夫を施されている至高の代物だ。

 中々高性能だな、と各自自分の体格に合うよう特注されたスーツを眺めていたが、

「ちょっと、どういうこと!?」

 というカリナの悲痛な叫び声に、一同は肩をびくっ、と跳ねさせた。

「カリナ、どうしたの?」

 メヤが冷静に、カリナに尋ねる。しかし、当のカリナは青ざめた顔でブルブルと震えながら、スーツのある一点を指さしている。

 様子が変だと、ゆっくりカリナに近付いたメヤは、カリナの指が示す方を凝視した。そしてすぐに、あ、と声を上げた。

「メヤもカリナも、一体どうしちゃったの?」

 と、ルナが不思議そうな顔をして言った。

 そんなルナに対して、そしてエムとリクに対しても、メヤは一つ深く呼吸をして、努めて冷静に言葉を紡いだ。

「スーツに搭載されている酸素が、片道分しかないんだ」


3 疑心暗鬼に陥る


「片道分しかないって、どういう事?」

 未だに状況が飲み込めていないエムが呑気にとてとてとメヤに近付く。メヤとカリナが一心不乱に見つめている方向に目を向けるとそこには、スーツの背中に付いた生命維持装置と、そこに搭載されている酸素の内容量を示す、赤いメーターがあった。

「えー、何が変なの?メーターも動いてるし、ちゃんと酸素も入ってそうじゃん」

 まじまじとそれらの装備を見つめるエムに対し、メヤ達と同じ事実に辿り着いたリクが震える声を発した。

「いえ、余りにも量が少な過ぎます、エム」

 その言葉に頷きを返しながら、メヤがその続きを引き継いだ。

「そう、リクの言う通り、僕達に支給された酸素がこれだけだとすると、圧倒的に不足している。

 そもそもこの宇宙船は、一定の場所に留まり続けるよう設計されている。だから動き続ける隕石を壊すには、僕らもある程度は移動しなくてはならないんだ。でも……」

 言葉を濁したメヤをサポートするように、カリナが後を継いだ。

「私達がこの宇宙船から隕石に辿り着くのに最短で三時間。皆に発現する能力にも拠るけれど、隕石を地球に損害を与えない程度に破壊し尽くすのに凡そ二時間。そこからまた宇宙船に戻るのに三時間。つまり、計八時間分の酸素が必要なの。それなのに、このスーツには、五時間分しか搭載されていないのよ」

 カリナが紡いだ結論に、五人全員が黙り込んだ。

 宇宙空間での活動にあたっては、背中に設置されている生命維持装置から真空状態のスーツ内に酸素を供給し、二酸化炭素を排出することになっている。

 そして、生命維持装置に備わっている酸素量を示すメーターは、一から十まである数字の中で、五を示している。

 五時間の五。その事実に、気が付いてしまったのだ。

「単位が違うって事じゃないの?五リットルとか、もしかしたら五年とかかも!」

 ルナが悪い空気を払拭するように、あえて明るい声で言った。

 しかし、メヤは悲しい顔で首を横に振る。

「ここに、単位が明示されてあるんだ」

 メヤの人差し指の先、メーターの右下に小さく、『時』の表記があった。

「政府の重大なミスよ!早く連絡して、追加の装備を貰わないと……」

 耐えられないとばかりに、カリナが叫ぶ。

 しかし、そんなカリナにさえも、リクは平静に、事実を伝えた。

「それも不可能です。こちらから地球に連絡を取る機能は、この宇宙船には備わっていません。快適な空間を提供する代わりに、余分な設備はカットされているらしいので」

「そんな……!」

 今度こそ、言葉を発する者が居なくなってしまった。あのエムでさえもだ。 

 しん、としてしまった格納庫の中で、メヤはまるで裁判官の様に、誰もが知りたく無かった事実を告げた。

「隕石を壊しに行った人は、生きて帰ることが、出来ない」

 

 衝撃の真実が発覚してから、六日が経過した。

 皆、宇宙での非日常的な日常を変わらず過ごしていた。他愛ない会話に、何てことないやり取り。溢れる笑顔。

 どの場面を切り取っても、誰もが楽しそうだ、と評価するだろう。

 だがそれは、表面上の話だ。

 地球を守ったら死ぬ。この事実は、五人の信念を大きく揺るがした。

 隕石を破壊する為に集ったはずだった。賜った能力で隕石を壊して地球に戻れば、限りない名誉が約束されているはずだった。莫大な謝礼が国から貰えるはずだった。

 栄光が、待っているはずだった。

 しかしその当事者になれば、地球に戻ることは叶わない。

 もうすぐ十五歳。まだ十四歳。

 そんな彼ら彼女らにとって、到底受け入れられない現実だった。

 生きていたい。

 死にたくない。

 どうしようもない生存本能が、恐怖が、少年少女を臆病にさせた。

 どんな異能力が自分に備わるのか、震え、緊張し、怯えながら。

 どうか、自分が授かるそれが、隕石を壊せるものではありませんようにと祈りながら。

 二月十五日。

 その日を迎えた。


●二月十五日 午前零時

「まずは、お誕生日おめでとう、皆。十五歳を無事に迎えられたことを、今は喜ぼう」

 緊張感が漂う空気であるにも関わらず、メヤは朗らかな笑顔を浮かべて言った。

「ま、この中の誰かは間もなく享年十五歳になる訳だけどね」

 頬杖をつきながら、エムが気怠げに呟く。その言葉に、他の三人の表情はぴしり、と固まった。

 カフェテリアの一つのテーブルを囲んだ五人。日付を超えた瞬間にも関わらずこうして集まっているのは、各々判明した異能力を発表し、誰が隕石を壊しに行くかを話し合う為だった。

 しかし、零時丁度から五分経てど十分が経てど、自分の能力を言おうとする者は誰も居なかった。

 下手に発言をして死への片道切符を手にする訳にはいかないと、誰もが考えているのがメヤには見て取れた。だから、

「じゃあ、僕から言うね」

 と、先陣切って口を開いた。

 一気に雰囲気がぴりつく。エム以外の三人が、はっ、とメヤの方へ顔を向けた。六つの視線を一身に浴びつつ、それでもメヤは臆することなく穏やかに、声を発した。

「僕の能力は『真実のみを言える』だ。力及ばず、申し訳ない」

 頭を下げ、謝罪するメヤ。そんなメヤに、リクが慌てて続いた。

「いえ、それを言うなら、僕の方が申し訳ないです!僕の能力なんか『明日の天気が分かる』ですよ……。たった一日しか使えない能力がこれだなんて、情けない」

「ルナはねルナはね!」

 俯くリクに相対して、ルナはぱあーっと顔を明るくし、そして、高らかに言い放った。

「お月様の大きさを変えられるの!これならお月様を大きくして、隕石を止められるよ!あ、でもそしたら、隕石壊しに行かなきゃだめなんだよね……、死んじゃうんだよね……」

 と、自信満々だった声が段々と小さくなっていくルナ。そんな彼女に、

「いや、自慢したいのかしたくないのかどっちなんだよ。ていうか、それだとお前が大好きなお月様は地球のために粉々になるけど、それは良いのか?」

「ダメ!良くない!」

 と、エムとルナのいつもの掛け合いが始まる。一瞬笑いが起こって、普段の団欒をしている様な幻覚を、その場の皆が見た。

 だがそんな幻は、誰でもない、その空気を作ったエムが即座に叩き壊す。

「つーかさ、そんな能力ばっかりな訳なくない?噓ついてるでしょ、誰か」

 たちまち凍り付く四人の表情。笑顔を崩していないメヤでさえ、目は鋭く光っていた。

「どういう意味かな、エム。あまり無暗に人を疑うべきではないと思うけれど」

 メヤは、普段より少し険のある言い方をした。明らかに気を害しているメヤに、それでも尚、エムは突っかかる。

「いやいや、隕石を壊すために二週間前から軟禁されている俺達だぜ?それが、嘘がつけない、とか、天気とかの能力なの、有り得ないでしょ。何のために集められたって言うのさ」

 切れ長の目をさらに細くし、全員の顔を見回しながら、エムは言う。 

 やけに挑戦的なエムに、メヤは負けじと反論した。

「そうは言っても、仕方ないじゃないか。これが、僕たちに授けられた能力なんだから」

 その発言にうんうんとリクとルナが頷く。

 しかし、エムは怯まず言葉を続けた。

「無駄だって。だって俺の能力は『一度だけ人の能力が分かる』だよ。嘘ついたって、俺には分かるけど」

「え!」

 皆が驚愕する中、大きな声を出したのはカリナだった。これまで沈黙を貫いていただけに、凛とした声はここぞとばかりに響き渡った。

「何か文句でもあるの、カリナ」

 エムが鋭い目付きで、カリナに言った。そんなエムに、カリナは両手を横に振って、全力で否を唱える。

「違うの。そんな能力もあるんだって、驚いただけよ」

 ふーん、と一旦矛を収めたエムだったが、今度は別ベクトルからの弓矢がカリナに突き刺さった。

「そんなカリナこそ、何の能力なの?」

 ルナが不審そうに、カリナに問う。確かにこの話し合いが始まってから、カリナは一言も発していなかった。

「私は……、私の能力は……」

 口ごもるカリナを、皆で見守る。誰かは、どうか隕石を破壊出来るものでありますようにと願いながら。誰かは、ご飯がもっともっと美味しくなるやつだったら良いなと思いながら。

 そして、桜色の唇から放たれた申告は、次の物だった。

「『料理が抜群に美味しくなる』よ。ごめんなさい、私も役に立たなくて」


●二月十五日 午前一時

 再び訪れる、沈黙。

「よし、今日は一先ず休もう」

 ぱん、と手を叩き、メヤはわざとらしい程に陽気に言った。

「え、でも……」

 カリナは不安げな声を発した。

 隕石が地球に落ちるまでもう時間が無いのに、という心情が透けて見える。

 そんなカリナに、ひいては四人に、メヤは提案した。

「眠いままだと、冷静な判断が出来ないだろうから。また九時にもう一度集まって話し合う方が効率的だと思うんだけど、どうかな」

 他でもない、メヤの発案だ。皆、それに賛同し、カフェテリアを出る。

「おやすみ」

 五重奏の挨拶を交わしながら、各々部屋に戻り、今後の人生を考える時間に充てたのだった。


●二月十五日 午前三時

 私はコツコツと足音を立てながら、船内の廊下を歩く。昼も夜もない宇宙の中では時間感覚が失われがちだが、空気に混じる独特の寂しさが、私に深夜だということを思い知らせる。

 ふと前方に、一人、廊下に備え付けられた窓から外を眺めている少女が居るのを見つけた。

 ルナだった。

 私に気が付いたルナは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。私はルナの隣に行き、一緒に外の景色を眺めた。

 私自身も同じ宇宙に居るというのに、近付いたどころか尚も遠くで黄色く、白く、光を放つ星々の海。

 どれだけ宇宙が広大で、対する私がどれだけちっぽけなのかを、改めて痛感する。

「ルナね、お月様大好きなの。だから、どれだけ地球を守ることが大事でもね、お月様を壊すのは嫌だなあ」

 ぼそりとルナが呟いた。横を見ると、月明かりに照らされたルナの顔。金色の光を浴びて、スポットライトが当たっているかの様に美しく輝いている。例えそれが太陽からの借り物であったとしても、この場に揺蕩う美に偽りはなかった。

 だいじょうぶだよ、と私は言った。

 え?と無邪気に、それはもう、子供みたいな笑顔で無邪気に、私に聞き返したルナ。

 ああ、何て可愛いんだろう。

 可愛くて、可哀想で、堪らない。

 私は思い切り、ルナの鳩尾を殴りつける。

 何が起こったか分からない、といった表情のまま、呻き声一つ上げず、ルナは倒れ込んだ。

 だいじょうぶだよ。

 そう、私は意識の無いルナに話しかける。

 ルナがそんなことを思い悩む必要は、今後一切、必要ないから。


●二月十五日 午前九時

 カフェテリアには、続々と人が集まってきていた。円形の白いテーブルに、順に席に着いていく。メヤ、カリナ、リクが集合時間五分前には居て、

「おはよー」

 と、五分遅れてエムがやって来るのも、よくある光景だった。

 しかし、いつもと異なる点が一つ。

「ルナ、遅いわね」

 大体時間通りに来るはずのルナが、十五分経っても現れないのだ。

「大方、寝坊でもしてるのではないですか?」

 呆れたように、リクが言う。確かに、昨夜は皆で夜更かしをしてしまったから、その可能性は十分にあった。

「私、部屋に行って様子を見てくるわ」 

 カリナが颯爽と、ルナの個室へと向かう。

 迎えを寄越したのならすぐ来るだろう、と男性陣は油断しきっていた。

 ところが。

「キャーーーーー!」

 カリナの絶叫が、突然響き渡った。

 何事かと、慌てて三人がルナの部屋に行くと、ドアの前でへたり込んでいるカリナの姿があった。

「どうしたの、何か問題でも……」

 そう言いながら、メヤはルナの部屋を覗き込む。

 そこには、ナイフを心臓に刺され、ベッドの上で絶命しているルナが居た。


●二月十五日 午前十時

「んで、誰がやったの?」

 カフェテリアに戻ってきた四人は、殺人事件の発生、そしてルナの死に、畏怖や悲痛な思いを抱き、押し黙っていた。 

 が、唐突に発せられた配慮も遠慮も無いエムの言葉に、揃って絶句する。

「ちょっと、何言ってるの!」

 涙を流しながら、カリナが目くじらを立てる。

 しかしエムは飄々とした態度のまま、でもさ、と否を唱える。

「隕石は壊さなきゃいけないし、この中に犯人がいるのも確定している事じゃん。泣いてたって仕方がないよ」

 カリナはぐ、と詰まる。そして、それもそうだ、とメヤも納得した。

 外部の人間の犯行の可能性は無い。何故ならここは宇宙だから。犯人が船内に二週間前から隠れていた説も有り得ない。狭い船の中で、誰にも見つからずに生活するのは不可能だ。

 となると、この四人の内、誰かがルナを殺した事になるが──。

 努めて穏やかに、メヤは口を開いた。

「もし自白出来そうなら、今ここで頼むよ。

僕達は協力しなくてはならないんだ。疑い合うなんて、したくない」

 しかし、彼に続く者は居なかった。

 しばらくして、青い顔のリクが、震え声で呟く。

「当たり前です、正直に言えるなら、そもそも始めから殺す訳ないです」

 沈黙が、その場を支配した。

 誰が隕石を壊しに行くのか。誰がルナを殺したのか。結論を出すべきことは決まっている。それなのに、時間ばかりが悪戯に過ぎていく。四人は焦慮に駆られていた。 

「じ、自殺ってことはないですか?隕石を壊しに行きたくなくて、とか」

 突然リクが、視線を右往左往させながら、言葉を発した。

 考えられないことも無い、と、メヤは思うが、今度はカリナが首を横に振った。

「ルナはそんな事しないわ。困った言動は多いけど、あの子は真っ直ぐな子よ。ああルナ……」

 カリナの瞳に涙が溜まり始めた。哀傷に満ちた声に、メヤも同情する。

 が、

「ていうかさ、なんだかんだでリクが一番怖がってるよね、隕石を壊しに行くことを。六日前からずーっとオドオドしてたし。

 もしかして僕達に何か嘘、言ってない?」

 その場の空気に水を差すが如く、リクに白羽の矢を立てたのは、エムだった。

「何ですか?根拠もなくそう言われるのは心外なのですが」

 今度は顔を赤くして、反発するリク。そんなリクに対しても、エムはどうだか、と肩を竦めるばかりだった。

「今、その話は重要かい、エム」

 と、メヤもエムの暴挙に苦言を呈す。

 しかしメヤは素っ気なく言い返した。

「リクが能力でルナを殺したかもしれないだろ?それに、目下俺達の最優先事項は変わらず隕石の破壊だよ」

「そこまで疑うのだったら」

 リクがきっ、とエムを睨み、口を挟んだ。

「今ここで、能力を使って見せましょうか?それなら納得できるでしょう?」

 勝ち誇った様な表情で、リクは言う。

 だがエムは、

「いや、その必要は無いよ。だって意味無いし」

 と、手を横にひらひらと振った。

「意味が無いですって!エム、人を馬鹿にするのも大概に……」

「そうだね、エム。今の発言の理由を聞かせて貰っても良いかな?」

 激高するリクを抑えながら、メヤも思わず割り込んだ。

 エムはつまらなさそうな面持ちで、説明を始める。

「だって明日にならないとその能力が本物か分からないし。それに、もし当たっていたとしても、天気を当てること位、リクにとっては造作もないことだよ。だって」

 一度言葉を区切り、エムはリクを一瞥する。そして、言った。

「リク、気象予報士の資格持ってるじゃん」

 これにはメヤもカリナも、そしてリクも言い返せなかった。しかし、エムはまだ言葉を止めない。

「元々出来る事を能力って事にしておけば、嘘を疑われた時に言い逃れできるもんな。だから俺は最初からリクが怪しいと思ってるんだよね。俺の能力なんか、使うまでもなく、さ。まあ、これに該当する人、もう一人居るけど」

 と、エムはぎろりとカリナの方へ視線を向ける。カリナはその目にびくり、と肩を震わせた。 

 重苦しく、呼吸のし辛い空気が蔓延していた。 

 そんな雰囲気を何とかしようと、メヤがリクに優しく話しかける。

「まあまあ、リク、あまり気にすることは無いよ。エムも悪気があって言っている訳ではないから」

「いや、全然悪気あるけど」

 リクの肩を優しくさすって慰めるメヤの努力も虚しく、エムが追い打ちをかける。

「くそっ!」

 ガタタッと音を立てて、リクは突然立ち上がると、走って出て行ってしまった。 

 メヤは一つ、大きく溜息をついた。

「全く、ここで言い争ったって何も始まらないだろう……」

 ぺろりと舌を出し、そっぽを向くエムと、黙りこくってしまったカリナを前に、メヤはもう一度溜息をついた。


「一体何なんだエムの奴は……!僕を吊るし上げて、どうするつもりなんだよ!」

 忙しなく短い足を動かして、廊下をあてもなく歩くリク。誰にともなく呟いたその口調は怒気を孕んでいるものだったが、その実、心の中は不安で一杯だった。

 ──何故、嘘がばれたんだ?

 僕の本当の能力は『物体の核を破壊する』だ。でもこれが四人に知られたら、真っ先に隕石に向かわせられる。だから尤もらしい嘘をついたし、きっとばれないと思っていた。それなのに、エムがああもずばりと指摘してくるから。 

 どうしよう、僕の能力、ばれちゃうかな。

 冷や汗をかきながらここまで考えて、リクはいやいやと首を振る。

 エムが能力を使わない以上、僕の本当の能力が知られる可能性はかなり低い。

 だから僕がすべきは、このまま能力を隠し続ける事だ。日本が壊滅するなんて知ったことではない。地球に帰還したら海外にでも逃亡して、そこで家族と暮らせばいい。

 ああ、早く今日が終わらないかな。

 窓の片隅で輝く青い地球が、憂鬱な気分のリクの目に映ったその時だった。

 ピピピピピ。

 首元で小さな電子音が鳴った。不思議に思って首を傾げ、肩の辺りを確かめる。

 そこには、小さなタイマーの様な物が付いていた。

「なんだこ──」


 ドオオォオン!


 爆発音が、宇宙船内に、木霊した。

  

●二月十五日 午前十一時

 そこは、一面の赤だった。

 大きな音がカフェテリアにまで届いて、三人で走って来た所だった。

 壁にも、床にも、窓にも、血。血。血。

 真っ白だった面影が無いほど、真っ赤に染まった廊下。

 そのど真ん中に、何かの下半身だけが転がっていた。

 それがリクのものだと理解するのに時間はかからなかった。

 心が受け入れないだけで。

「ぐ……っ、うう……!」

 がくり、と膝を地面に着き、両手で口を押さえるカリナ。だが、表立って動揺しないだけで、顔色が悪いのはメヤもエムも同じだった。 

 少しの間、誰もその場から動けなかったがふいとメヤがどこかへ消え、その後、どこからか持ってきたシーツを、遺骸に掛けた。

「これなら、リクも休めるだろう」

 そう呟いたメヤの声音には、哀しみが滲んでいた。

 カリナはその声を聞いて、我慢が出来なくなった。様々な葛藤や怖気を振り切って、叫ぶ。 

「エムがリクを殺したんでしょう!いいえ、リクだけじゃない、ルナもよ!一体何が目的なの……!」

 突然騒ぎ始めたカリナを、メヤは驚いて見つめる。そしてさらに瞠目する。それ程に、カリナの瞳は憤怒に燃えていた。

「一体どうしたんだ、カリナ……。エムが、どうしたって?」

 恐々と、メヤがカリナに声を掛ける。並々ならぬ剣幕に、メヤも出方を伺う他無かった。

 冷然としているエムとは対称的に、怒りに震えながら、カリナは糾弾を続ける。

「エムが自称している能力は嘘よ!」

「何を根拠に……」

 メヤは戸惑う。それはこれまで幾度と無く交わされてきた議論だが、カリナまで加わるとは思わなかった。

 しかし、カリナの叱責は止まらず、さらなる混沌をもたらした。

「だって、私の能力が『一度だけ人の能力が分かる』だもの!」

「え……」

 メヤから驚嘆の声が零れ出る。が、当のエムは驚く程静かな表情をしていた。

「大方、人を爆破出来るとか、そんな能力なんやろ、この殺人鬼!こいつには始めから地球を救う気なんて無かったんよ!私達を殺して、楽しんどるだけばい……!」

 確かに、状況的にリクは何者かに上半身を爆破された可能性が高い。そしてそれが能力に拠るものだとも。だとしたら、未だ能力不祥なエムに容疑がかかるのも頷ける。

 だが、

「余りに論理が破綻しているよ、カリナ」

 益々ヒートアップして行くカリナに、エムは冷酷に言い放った。

「仮にそうだとしたら、ルナをナイフで殺す意味が分からない。わざわざ手間を掛けずとも、リクと同じ様に殺すだろう。それに、僕に殺人の趣味があるという証拠もない」

 カリナは何も言い返せず、ただぎりぎりと歯を食い縛っている。メヤも、エムの意見の方が正しいと思った。カリナの主張は最早、八つ当たりとも言える。

 だがそうなると──

「後、僕を犯人だと決めつけるのは些か短絡的だよ、なあ、メヤ」

 目を眇めて、メヤを見るエム。

 そうだ。カリナにとってエムが犯人では無いとした場合、二人を殺した犯人になるのは

 ──僕だ。

 エムの示唆を察したメヤは、しかし、焦ることなく首を横に振った。

「いいや、僕は犯人じゃないよ。何故なら僕の能力は『真実のみを言える』だ。だからこの時点で、僕は犯人ではないことが確定している」

「その能力が嘘だったら?メヤの能力も、大概怪しいよ」 

 エムの冷たい視線は、真っ直ぐにメヤの瞳を射貫いている。メヤもそれに怯えることなく、厳しい視線を返す。

 その場の気温が二、三度下がったかと感じる程の、苛烈な睨み合い。

 そんな空気に斬り込んだのは、とても良く通る、澄んだ声だった。 

「私はメヤを信じる」

「カリナ……」

 メヤは思わずはっ、とカリナの方を見た。

「メヤの能力の真偽は定かではない。それは確かだけど、少なくともエムの様に不明では無いわ。それに、これまで一緒に過ごしてきた感覚として、メヤの方が信頼できる。ちゃらんぽらんな、貴方よりはね」

 きっぱりと言い切るその目には、揺るぎの無い信念が宿っていた。

「今この場で最も怪しいのは、貴方よエム。さっさと自分の能力を白状したらどうなの?」

 エムはちっ、と舌打ちする。二対一の圧倒的に不利な状況。これをひっくり返すには、かなり確定的な証拠や証言が必要だが……。

 と、エムはくるりと背中を向けた。そのまますたすたと歩き始める。

「おい、逃げるのか!」

 メヤは去ろうとするエムの肩を掴み、引き留める。

「お前の本当の能力は何なんだ!」

 メヤが一歩、詰め寄る。

 しかしエムは、

「メヤには絶対言わなーい」

 と舌をべーっ、と出し、それからカリナの方をちらりと見て、今度こそその場を離れていった。

「逃げられちゃったわね」

 悔しそうに、カリナが独り言ちる。

「まあ、良くも悪くも、この宇宙船に逃げ場は無いから。

 だいじょうぶだよ。何があっても、カリナは僕が守るから」

 カリナの透き通るような肌に、ほんの少し朱が差した。


●二月十五日 午後十二時

「ああ、何だか疲れたな。カリナ、昼食、作ってくれないか?」

 唐突な普段通りの会話に、え、とカリナは声を上げた。

「構わないけれど……、そんな呑気にしてて大丈夫なの?殺人の犯人は分かったけれど、隕石の問題も残っているし……」

 不安な顔つきのカリナを、しーっ、とメヤは人差し指で制した。そして、爽やかな笑顔を浮かべて言う。

「頼むよ、今は、カリナの料理が食べたい気分なんだ」

 メヤにこう言われては、カリナは只頷くことしか出来なかった。

 二人でカフェテリアに向かい、メヤはテーブルで待機、カリナはキッチンに立つ事になった。メヤも手伝いを申し出たが、丁重にお断りされてしまった。

 三十分後、キッチンから出てきたカリナが持っているお盆には、オムライスとじゃが芋のポタージュが乗っていた。

 出来立てでほかほかの料理が目の前に並べられ、メヤはわあ、と歓喜の声を上げた。

「本当に、能力が『料理が抜群に美味しくなる』だったら良かったのだけれど」

 そう言いながらカリナも席に着き、一緒に食事を始めた。

 カリナはああ言ったが、メヤは謙遜だと思った。金星のように艶々と輝く卵に、丁度良い塩梅のケチャップライス。口当たりまろやかな、冷えた心も温まるスープ。

 食べる事に夢中になり過ぎてつい無口になるのをぐっと堪え、メヤはカリナに言った。

「その能力じゃ無くても、カリナの作るご飯は抜群に美味しいよ」

 それを聞いたカリナは、照れたように笑った。

 人数は減ってしまったが、こうやって誰かと食事をする時間が、相変わらずメヤは好きだった。だからか、ふと本音がまろび出てしまう。

「最後にこうして一緒に食事を取れて良かったよ」

 だがメヤの声は小さくて、カリナの耳には入らなかった。

 絶品オムライスを食べ尽くした後は、カリナと一緒に後片付けをした。

 二人でシンクに並んでいる、その時だ。

「これから私達、どうしたら良いのかな」

 白い食器をタオルで拭きながら、カリナが浮かない顔で、誰にともなく問いかけた。しかしこの場には、生憎メヤしか居ない。うーん、と言葉を選びながら、戸棚に食器を片付けつつ、メヤは答える。

「そうだね、一旦隕石の件は置いておいて、エムの処遇を決めよう」

「エムの方を優先するって事ね?」

「ああ。まだ正午だし、隕石への対処についてはまだ五時間ほど猶予がある。それより、殺人鬼を野放しにしておく方が危険だ」

 メヤの話にカリナは、こくり、と青ざめた顔で頷く。

「だから頼みがあるんだけど……」

 メヤはとても真剣な面持ちで、カリナの顔を見つめた。

 カリナはその熱視線にどぎまぎしながら、

「わ、私に出来る事なら何でもするわ」

 と、了承の意を示した。

 メヤは安堵したように微笑みながら、ありがとう、と言った。そして、続ける。

「じゃあ早速なんだけど、エムの能力、調べてくれないかな」 

 その言葉に、少し戸惑いを見せるカリナ。

「ええ、別に構わないけれど……、彼に使ってしまって良いの?他に使い道があるかも……」

 しかし、メヤは首を横に振った。

「いや、ここでエムの能力を知っておかないと、対策が出来ない。隕石を壊す前に僕達が殺されてしまっては、元も子もないよ」

 メヤの力強い説得に、カリナは何も反論できなかった。

「分かったわ……。今、能力を使うわね」

 シンクの前に立ったまま、カリナは瞼を閉じた。

 それから十数秒。

 突然カリナはかっ、と目を見開いた。さらに、

「どういう事なの……?」

 と悲鳴の様な声を喉から振り絞る。

 カリナの手から、するりと地面に落ちる食器。ぱりん、という耳に触る音が、キッチンに響いた。

 そんなカリナに向かって、メヤは戸棚の前からゆっくり近づいていく。

「どうしたの?あいつの能力は何だった?」

 その言葉に、首を横に振るカリナ。そして

震える声で、メヤに言った。

「『殺した人数分の威力の自爆が出来る』って一体、どういう事なの……?」

 カリナの言葉に思いがけず、メヤも動揺する。

「何て恐ろしい能力だ。僕達も危うく殺される所だったよ……!助かったよカリ、」

 メヤは形だけでも感謝を述べようとした。が、カリナは未だに首を横に振っている。

 そして、恐ろしいものを見る様な眼付きでメヤと視線を合わせた。

「いえ違うわ。私は、貴方の能力を調べたのよ、メヤ」

「…………何だって?」

 聞き捨てならないセリフに、メヤは聞き返す。しかし、カリナは一歩、また一歩と後退っていた。

「私の直感がメヤ君を調べるべきだって……。メヤ君、貴方だったのね。私達を騙して、殺していたのは!」

 その瞬間、メヤはカリナに飛び掛かり、全身の力を込めて首を絞めた。

「ぐう……っ、や、め……」

 カリナの必死の抵抗も、メヤには全く効かない。首を締め付けるメヤの両手を引き剝がそうとカリナは苦心するも、己の力はどんどん抜けていくばかりだった。

 呼吸が出来ない。酸素が脳まで回らない。

 段々、目の前のメヤの顔がぼやけていく。その表情がどんなものかすら判別が付かない。

 何か、幻覚が見える。ああこれは、福岡に残してきた両親だ。手を振っている。

 ──ああ、会いたい。帰りたい。

「ぅ……、あっ……」

 突如、がくり、とカリナの全身の力が抜けた。

 カリナは死んだ。


●二月十五日 午後十二時 同刻

「カリナへ

 突然こんな手紙を寄越されても困るかもしれない。

 だが、君の命が危ないんだ。直接伝えようにも、あいつに知られてはまずい。だからこうして、書にしたためる事にする」

 ──急げ。急げ。あいつがいつ行動を起こすか分からない。逃げたフリをして部屋に戻ってきたのはこのためだ。早く、カリナに事実を伝えなければ……!

 エムは必死に、ペンを動かす。

「驚くだろうが、僕の苗字は女八木という。そう、メヤと同じだ。それは何故か。

 俺とメヤは異父兄弟だ。

 俺は両親と三人で暮らしていた。だから他所に兄弟が居ることはつい最近知ったんだ。そしてその兄弟の父親が、日本の首相だってことも。

 二週間前に初めてメヤに会った時から薄々そうかもって思ってた。昔の顔写真を見た事があったから。そして、苗字を聞いた時に確信した。あいつは俺の兄弟で、首相の息子だって。それから、メヤに何らかの企図があるって事も。

 だって首相の息子だぜ?いくら無作為とはいえ、そんな重要な存在が宇宙に飛ばされるかよ。俺は、リク以上にあいつをずっと疑っていたんだ。

 偶々ついた嘘の能力がカリナの能力と被ったのは驚いた。俺は『他人の能力が分かる』って言っておけば、メヤの注意は俺にだけ向くと予想したんだ。

 他の、メヤの画策を阻止できる能力を持った奴を、守るために。

 俺の能力は『自分の命を引き換えに、他人の命を一度だけ守れる』だ。だからその対象に、カリナを設定する。

 理由は不明だが、やはりメヤは何かを企てている。それが、仲間の殺人に繋がっているんだ。

 カリナが鍵だ。その能力で、メヤの真意を暴いてくれ。そして、生きて地球に──」

 ここまで書いた瞬間、ぐっ、とエムは胸を押さえた。

 急激に痛み始めた心臓。

 ああ、間に合わなかった……っ!

 ずきずきと絶え間なく襲ってくる苦痛に我慢できず、ペンを落とし、地面に蹲る。

「うぅ……、痛い、いたい……っ!」

 カリナに何としてもこの手紙を渡したかった。だが、タイムリミットが訪れたらしい。

 ──ああ、カリナはメヤの魔の手から逃げられるだろうか。 

 エムは痛心しながら、その両目を閉じた。

 

●二月十五日 午後一時

「げほっ……、っごほごほ……!」

「あれー、おかしいな。確実に殺せたと思ったのに」

 息を吹き返したカリナを前に、メヤは幼児が虹を見たような、不思議そうな顔をしていた。

 しかしカリナとて、意味が分からない。確実に意識を失ったと、死んだと思ったのに、何故か生き返ったのだ。

 だが、メヤは再びカリナに近付いて行く。そしてその意図をいち早く察したカリナは、泣き声を漏らした。

「もうやめよう、メヤ君……」

 知らず知らずのうちに涙を流しながら、カリナは懇願する。

「メヤ君が自爆してまで、日本を守る必要があるの!?そこまでしなくちゃならないの!?ねえ、メヤ君、一度冷静になろう……?まだ、方法はあるよ……!」

 カリナ自身、何故泣いているのか分からなかった。死が怖いのか、メヤの狂気が怖いのか、はたまた、メヤの覚悟を悼んでいるのか。

 そんなカリナに対し、メヤはどこまでも冷たく、告げる。

「申し訳無いけど、それは不可能だ」

 そう言うメヤは、キッチンにあった包丁をすらりと抜き取り、その鋭さに笑みを浮かべた。

「リクみたいに地球から持ってきた爆弾で殺しても良いけど、こんな美人を木っ端微塵にしちゃうのは勿体ないよね」

 ──これは一体、誰なんだろう。

 きらりと光る包丁の切っ先を目にしながらカリナは思う。

 いつも柔和な笑みを浮かべていた貴方。

 ルナとエムの喧嘩に、困った様に眉を下げながら微笑んでいた貴方。

 料理を美味しいと言ってくれた貴方。

 もう全てが、戻ってこない夢なのだと、思い知った。

 涙がもう一筋、頬を伝う。

 その時。

 ぐさり、と冷たい刃が胸に突き刺さって。

 私は初めて、メヤ君の、満面の笑みを見たのだ。



4 勝者は涙する


●二月十五日 午後三時 

 それにしても、任務の遂行に危険が及びかねない能力が多かった。

 宇宙服を身に纏いながら、メヤは思う。

 恐らく、直前の環境の影響が強かったのだろう。互いを疑い、他人に責任を押し付けようとしていた思考が露骨に現れたのだ。他人の命を守ったり、能力を判明させるなどの特殊な能力の発現は、そのせいだ。

 宇宙空間に飛び出しながらも、メヤは思考を止めない。

 殺す順番には迷わなかった。

 ルナが自己申告した能力は本物だと思った。あの馬鹿に、嘘を吐くなんて頭が回る訳ない。リクも同じ。隕石を破壊可能な能力を隠しているのはバレバレだった。だから問答無用で殺せた。

 問題はエムだった。下手に手を出して、カウンター系の能力だった場合、取り返しが付かない。だからカリナを使って、慎重に事を進めた。だがそのせいで違和感を与えてしまったらしい。

 さっきエムが残した手紙を見たけれど、やはりあいつが彼らの中で一番の曲者だった。

だから、一応爆弾をあいつにも設置してはいたけど、カリナを殺すついでに始末できたのも、運が良かったと言える。

 メヤはふふ、と笑みを零しながら、真っ暗な宇宙を遊泳した。


●二月十五日 午後六時

 隕石の上に降り立った。

 後は、自爆するだけだ。何せ四人分の命を貯めている。この隕石程度、破壊し尽くすのには申し分無いだろう。

 リクに任せれば良かっただろうって?それじゃあ、ダメだ。ダメなんだ。

 僕が。この僕が隕石を壊すことに意味があるんだ。

 父さんに言われたんだ。

 初めて会った父さん。この国の首相で、母さんも居ない僕の唯一の肉親で。

「期待している」

 たった一言だったけれど、嬉しかった。

 こんなの、応えないわけにはいかないだろう?

 両親の居ない、これまでの寂しかった生活を払拭する程の充足感を、この瞬間、得たのだから。

 だから、国家機密レベルで開発された、特定の能力を植え付けられる注射を打たれた時も。その能力が、自爆するものだったと知っても。

 さして問題は無かった。

 宇宙船での生活も、嫌いではなかった。

 これまでずっと独りで食事をしてきた。誰かと過ごす一日が、こんなにも楽しいものなのだと、生まれて初めて知った。

 それでも。

 ただただ、父さんの期待に応える事しか頭に無かったんだ。

 これに成功すれば。

 きっと愛してもらえる。

 家族にしてもらえる。

 僕にとって大事なことは、ただ、それだけなんだ。

 隕石に掌をかざし、能力を発動する。

 白く、白く、シリウスの様に光り始める自分の身体。

 間もなく、僕は死ぬ。

 でも、怖くないよ。

 これでやっと、僕には家族が出来るんだ。

 身体から放たれる光が、益々強くなる。身体の芯が、マグマの様に熱く滾る。

 熱い、熱すぎる。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 だけど。

「やったよ、父さん」

 メヤは涙を流しながら、笑った。

 数多の星が己の光を主張する宇宙の中で、ひと際眩い輝きを放ちながらメヤは言った。

「僕はやっと、貴方に認めてもらえるんですね」

 直後、凄まじい轟音と共に、大きな爆発が起こった。

 それは、地球から遥か五十万キロも離れた地点での事だった。


 隕石の消滅報道が世間を賑わす中、首相官邸では次の様な会話がなされていた。

「良かったですね!これで、隕石の危機も去り、貴方の地位も脅かされることは無くなりましたよ、首相!妾の子が居るだなんて知られたら評判がた落ち、後に失脚、何てことになりかねませんからね。今の時代、何が種火になるか分かりませんから。一石二鳥というものです」

 秘書が捲し立てる言葉に、大きな革張りの椅子に腰掛けたまま、ああ、と返事をする首相。

 聞き手に興味が無さそうなのも構わず、秘書は嬉々として話を続ける。

「他の四名は巻き添えとなってしまいましたが、名誉の死という事で遺族とは話もついています。後は、夫人との一人息子が立派な政治家になってくれれば今後も安泰ですね!」

 そうだな、と首相は淡々と頷きを返す。

 喋りたいだけ喋ると秘書は、

「それでは私はこれにて。失礼致します」

 と、部屋を出て行ってしまった。

 パタン、とドアが閉まってもしばらく、首相は動かない。じっ、と座ったままだ。

 それから、徐に立ち上がると、部屋に備え付けられている電話へと手を伸ばした。掛けた先は、隕石の対策チーム。

「ああ、私だが。今回散った隕石はどうするつもりなんだ?そうか、回収するのか。今後の宇宙科学の為に分析する?ああそうか、分かった、なら良い。それで一つ頼みがあるんだが、

 ──その欠片、一つだけで良い、私にくれないだろうか」 

 初めまして!宍戸詩紫と申します。

 これを読んでくれているということは、ここまで読んで下さったという事ですか!?マ!?

 貴重なお時間を私の作品に下さって、本当にありがとうございます!画面の向こうで歓喜の小躍りをしています。

 少しでも楽しんで頂けたなら、それ程幸いなことはございません。また別の作品でも会いに来てくれたら嬉しいです。

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5人の少年少女が15歳を機に能力が目覚め、隕石から日本を守る宇宙船の中で繰り広げられる人狼ゲーム的な話 短いお話ですが、登場人物のイメージがつきやすく、難しい話ではなかったので、手軽に読むにはおすす…
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