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justicia  作者: 清水京太郎
第一部
5/29

05.迫る黒雲

 「申し上げます!」

 

ハイル城へ最初の報告が入ったのは、部隊が出発して7日目の早朝だった。


 「昨日午後より、キルケ軍と交戦状態になりました!」


玉座のすぐ近くにいた神官長ハーシュが、思わず声を上げた。


 「して、状況は!」

 

 「我が軍は士気が高い状態でしたが、キルケ軍は予想以上に手ごわく・・・全体で押し込まれております・・・」

 

 「・・・やっ、やはり、そうか・・・」

 

落胆するハーシュを横に、アクターは伝令兵に聞いた。

 

 「キルケの数はどのくらいだ!」

 

 「はっ。おおよそ、1万」

 

 「なんだと!」

 

飛び上がるように玉座から立ち上がったアクターの顔から、一気に血の気が引いた。


 「いっ、1万・・・それは、本当か・・・」

 

 「はっ、間違いございません」

 

 (バっ、バカな・・・3割じゃないのか・・・・・・父さんの読みが・・・ハズレた・・・)

 

 「さらに、キルケ軍には魔法使いがいるようでして、我が軍に魔法による被害も出ております!」

 

横で聞いていたハーシュは、あまりの予想外の報告に考えがまとまらなかった。


 (1万の軍勢・・・そして、最初から王族まで出してくる布陣・・・キルケめ・・・こちらが短期決戦を狙っていると、読んでいたのか・・・)

 

立ち上がった青白い顔のアクターは、力なく玉座に倒れこんだ。

 

 「わかった・・・下がってくれ」

 

 「ははっ」


伝令兵が去った後の玉座の間は、ため息しか聞こえなくなった。

アクター、ハーシュ、城に残った騎士や幹部も、誰も何も言わないまま時間だけが過ぎた。


 「ハーシュ、」

 

 「何でございますか?」

 

 「悪いが、しばらく一人にさせてくれ・・・」

 

 「・・・かしこまりました」

 

ハーシュの目線の合図で、部屋にいた全ての者は扉の外へ出た。

そして、ガチャという音ともに、玉座の間の扉は閉ざされた。




 「ハーシュ様、王子からまだ声がかからないのですか?」

 

 「あれから、ずっと玉座の間にこもりっきりだ」

 

 「・・・そうですか・・・一体いつまで、お一人で考えられるおつもりか・・・」

 

 「最初の報告でここまで悩まれるという事は、それだけ王子に先見の明があるということだ」

 

 「・・・ですが、どう考えても、我がハイルが生き残る道は、」

 

 「我らに出来ることは、静かに待つ事だけだ」

 

 

昼を過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かる時間になったとき、


 「ハーシュ、ハーシュはいるか?」

 

扉の奥から、アクターの声がした。

部屋の前で待機していたハーシュは、すぐ扉を開けた。


 「ハーシュ、」

 

 「ははっ、」

 

 「騎士以外は、国外に逃亡するように取り計らってくれ」

 

 「おっ、王子・・・それは・・・」

 

 「どう考えても、このハイルに勝ち目はない・・・城下までキルケ軍が迫ってくる前に、逃げれる者を全て逃がすんだ」

 

 「・・・」

 

ハーシュは下を向いたまま、何も言わなかった。


 「ついでにアレンも避難させてくれないか。あいつも籠城組で、自室にいるはずだ・・・」

 

 「・・・わかりました」

 

 「お前も残った幹部を連れて、一緒に逃げてくれ」

 

アクターの険しい表情を見るハーシュは、やるせない気持ちと、この事態を打開できない自分が情けなかった。

こんな事になるのなら、金鉱脈など発見されなければ良かったのだ!

そう、心の中で叫んだ。

 

 「王子・・・この状況に際し、何も出来ないこの老いぼれを、どうかお許しください・・・」

 

アクターは、首を横に振った。

 

 「お前がこのハイルにどれだけ尽くしてくれたか・・・俺は知ってるぞ」

 

 「王子・・・ううっ・・・申し訳ありません・・・」

 

アクターを見るハーシュの瞳から、涙が流れた。


 「泣くなハーシュ、ハイルの民を頼んだぞ」

 

 「ははっ・・・それでは、西の山脈地帯へ・・・避難するように取り計らいます」

 

アクターは小さく微笑みを浮かべた後、大きくため息をついて天井を見上げた。


  これで、ハイルも終わりか・・・

  アレン・・・俺達の理想は、理想のままで終わってしまったな・・・

  お前と二人、

  このハイルの笑顔あふれる景色を、

  ぜひとも、見たかった・・・

  そう、俺達の夢だった・・・光あふれるハイルを・・・


 「ハーシュ、」

 

 「なんでございますか、」

 

 「魔法は王族しか使えないはずだったよな」

 

 「・・・極まれに、神の才能を持った天才が使えると聞いたことがありますが・・・王族だけと思って差し支えないでしょう」

 

 (1万の軍勢といい、王族といい・・・キルケの奴らめ、我が軍を・・・俺とアレンの夢と希望のハイルを・・・全力で消し去るつもりか・・・)


アクターは、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


 「おっ、王子・・・何を・・・」

 

 ( ・・・こんな事が・・・こんな事が、許されてたまるか・・・こんな事が・・・)

 

アクターの中に、怒りの感情が芽生えた。

言葉が頭の中で繰り返し回れば回るほど、怒りの感情は燃え上がる真っ赤な炎となった。

アクターは、玉座に立て掛けてあった剣を握った!


 「なりませんぞ!」

 

 「ハーシュ、止めるな!」

 

 「いいえ、止めます!戦場へ行ってはなりません!」

 

 「奴らは金鉱脈どころか、このハイル全土を一気に潰すつもりだ!」

 

 「ならば王子、我らと共にお逃げください!」

 

 「なんだと、ハーシュ!本気で言ってるのか!」

 

 「もう、こうなっては無駄死になります!」

 

 「そんな事をすれば、ハイルは臆病者の民族として後世に名を残すことになるぞ。わかっているのか!」

 

 「構いません!今は生きることこそが全て!生きてさえいれば、いつか再興の機会もきっとあります!」

 

 「父はどうなる!この状況の中で父は戦ってるんだぞ!それでも、この俺に逃げろと言うのか!」

 

 「王は、王はあなたに託したのです!このハイル王国の血筋を、絶対に絶やしてはなりません!」

 

 「俺が死んでも、アレンがいるじゃないか!」

 

 「・・・」

 

 「どうした、なぜ黙る」

 

 「アッ、アレン様は・・・」

 

 「アレンがなんだ!」

 

ハーシュは、うつむいたまま答えようとしなかった。


 「ハーシュ!答えろ!」

 

 「もっ、申し上げます!」

 

その時、開けっ放しの扉の玉座の間に2人目の伝令兵が飛び込んできた。

 

 「どうした!」

 

 「・・・」

 

しかし、伝令兵はうつむいたまま話そうとしなかった。


 「おい!」


アクターは剣を放り投げ、扉の前でうつむく伝令兵の胸倉を両手でつかんだ。


 「おい!一体どうしたと言うのだ!」


 「おっ、王が・・・」

 

 「父さんが、どうした!」

 

アクターは、固く目を閉じている伝令兵をゆさぶった。


 「父が、どうしたと言うのだ!」

 

 「・・・討ち死にされました・・・」

 

 「なっ、なに・・・・・・」

 

アクターは、つかんでいた手を放した。

 

 「・・・死んだ・・・父さんが・・・・・・」

 

 「しっ、しかし!」

 

床に座り込んだ伝令兵は、泣きながらも話を続けた。

 

 「王の死で我が軍が奮起し・・・全体でキルケ軍を押し返しております!」

 

 「なんと!1万を相手に押し返しただと!」

 

思わず、ハーシュが叫んだ。

 

 「敵の王族も討ち取りました!・・・いっ、今の状況が続けば、おそらく・・・おそらく、我が軍が勝利するものと思われます!」

 

 「そっ、それは・・・本当か!」

 

 「間違いありません!」

 

 (・・・なんという底力だ・・・・・・こっ、これは王がもたらした奇跡としか・・・)

 

アクターは、その場に力が抜けたように崩れ落ちた。


 (・・・そっ、そうか・・・・・・父さんは、死ぬ気だったんだ・・・最初から・・・)

 

アクターの閉じたまぶたから、止めどなく涙があふれていた。


 (王よ・・・あなたは自分の死と引き換えに、ハイルに勝利をもたらす・・・これが最初で最後の・・・あなたの切り札だったのですな・・・)

 

ハーシュは、崩れ落ちたアクターを抱き起した。


 「王子、このままこの城で、我が軍が勝利する吉報を待ちましょう」

 

 「ううぅ・・・父さあぁーーーん!!」

 

 

 

 

 「将軍。あれがハイルの城でございます」

 

 「ラシュト、これは思った以上にみすぼらしいな」

 

 「でございますな」

 

ハイルを一望できる丘に、将軍と呼ばれた背の高い男は、手に馬用の短い鞭を持ちながら立っていた。腰には、ロングソードを携えている。


 「クート将軍。ハイルのようなちっぽけな国を亡ぼすのに、こんな2万もの兵隊が必要なんですかい?」

 

 「バカめ、そんな訳ないだろ。ハイルはキルケへ向かうための単なる通り道だ。我々の目的は、ハイルなどではない」

 

 「なるほど!納得しやしたぜ」

 

鞭を持った男の背後には、数人の幹部とおぼしき連中が立ち、さらにその後ろには、風景が見えない程埋めつくした兵士がいた。


 「ラシュト。この作戦でハイル全土とキルケを3分割したうちの2つを、我がマランドがいただく手はずになっている」

 

 「とすると、残り1つはマルディン国ですか」

 

 「マルディンとは話しを付けてあるからな。うちがキルケに侵攻しても、手を出さないとね」

 

 「さすがはクート将軍、でございます」

 

丘からハイル城を見ていたクートは、クルリと後ろを向いた。

 

 「さーて、お前ら。あのちっぽけな田舎の城でも落とすとするか」

 

 「ははー!」

 

 「ハイルのゴミどもは全部殺せ!」

 

 

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