05.迫る黒雲
「申し上げます!」
ハイル城へ最初の報告が入ったのは、部隊が出発して7日目の早朝だった。
「昨日午後より、キルケ軍と交戦状態になりました!」
玉座のすぐ近くにいた神官長ハーシュが、思わず声を上げた。
「して、状況は!」
「我が軍は士気が高い状態でしたが、キルケ軍は予想以上に手ごわく・・・全体で押し込まれております・・・」
「・・・やっ、やはり、そうか・・・」
落胆するハーシュを横に、アクターは伝令兵に聞いた。
「キルケの数はどのくらいだ!」
「はっ。おおよそ、1万」
「なんだと!」
飛び上がるように玉座から立ち上がったアクターの顔から、一気に血の気が引いた。
「いっ、1万・・・それは、本当か・・・」
「はっ、間違いございません」
(バっ、バカな・・・3割じゃないのか・・・・・・父さんの読みが・・・ハズレた・・・)
「さらに、キルケ軍には魔法使いがいるようでして、我が軍に魔法による被害も出ております!」
横で聞いていたハーシュは、あまりの予想外の報告に考えがまとまらなかった。
(1万の軍勢・・・そして、最初から王族まで出してくる布陣・・・キルケめ・・・こちらが短期決戦を狙っていると、読んでいたのか・・・)
立ち上がった青白い顔のアクターは、力なく玉座に倒れこんだ。
「わかった・・・下がってくれ」
「ははっ」
伝令兵が去った後の玉座の間は、ため息しか聞こえなくなった。
アクター、ハーシュ、城に残った騎士や幹部も、誰も何も言わないまま時間だけが過ぎた。
「ハーシュ、」
「何でございますか?」
「悪いが、しばらく一人にさせてくれ・・・」
「・・・かしこまりました」
ハーシュの目線の合図で、部屋にいた全ての者は扉の外へ出た。
そして、ガチャという音ともに、玉座の間の扉は閉ざされた。
「ハーシュ様、王子からまだ声がかからないのですか?」
「あれから、ずっと玉座の間にこもりっきりだ」
「・・・そうですか・・・一体いつまで、お一人で考えられるおつもりか・・・」
「最初の報告でここまで悩まれるという事は、それだけ王子に先見の明があるということだ」
「・・・ですが、どう考えても、我がハイルが生き残る道は、」
「我らに出来ることは、静かに待つ事だけだ」
昼を過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かる時間になったとき、
「ハーシュ、ハーシュはいるか?」
扉の奥から、アクターの声がした。
部屋の前で待機していたハーシュは、すぐ扉を開けた。
「ハーシュ、」
「ははっ、」
「騎士以外は、国外に逃亡するように取り計らってくれ」
「おっ、王子・・・それは・・・」
「どう考えても、このハイルに勝ち目はない・・・城下までキルケ軍が迫ってくる前に、逃げれる者を全て逃がすんだ」
「・・・」
ハーシュは下を向いたまま、何も言わなかった。
「ついでにアレンも避難させてくれないか。あいつも籠城組で、自室にいるはずだ・・・」
「・・・わかりました」
「お前も残った幹部を連れて、一緒に逃げてくれ」
アクターの険しい表情を見るハーシュは、やるせない気持ちと、この事態を打開できない自分が情けなかった。
こんな事になるのなら、金鉱脈など発見されなければ良かったのだ!
そう、心の中で叫んだ。
「王子・・・この状況に際し、何も出来ないこの老いぼれを、どうかお許しください・・・」
アクターは、首を横に振った。
「お前がこのハイルにどれだけ尽くしてくれたか・・・俺は知ってるぞ」
「王子・・・ううっ・・・申し訳ありません・・・」
アクターを見るハーシュの瞳から、涙が流れた。
「泣くなハーシュ、ハイルの民を頼んだぞ」
「ははっ・・・それでは、西の山脈地帯へ・・・避難するように取り計らいます」
アクターは小さく微笑みを浮かべた後、大きくため息をついて天井を見上げた。
これで、ハイルも終わりか・・・
アレン・・・俺達の理想は、理想のままで終わってしまったな・・・
お前と二人、
このハイルの笑顔あふれる景色を、
ぜひとも、見たかった・・・
そう、俺達の夢だった・・・光あふれるハイルを・・・
「ハーシュ、」
「なんでございますか、」
「魔法は王族しか使えないはずだったよな」
「・・・極まれに、神の才能を持った天才が使えると聞いたことがありますが・・・王族だけと思って差し支えないでしょう」
(1万の軍勢といい、王族といい・・・キルケの奴らめ、我が軍を・・・俺とアレンの夢と希望のハイルを・・・全力で消し去るつもりか・・・)
アクターは、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
「おっ、王子・・・何を・・・」
( ・・・こんな事が・・・こんな事が、許されてたまるか・・・こんな事が・・・)
アクターの中に、怒りの感情が芽生えた。
言葉が頭の中で繰り返し回れば回るほど、怒りの感情は燃え上がる真っ赤な炎となった。
アクターは、玉座に立て掛けてあった剣を握った!
「なりませんぞ!」
「ハーシュ、止めるな!」
「いいえ、止めます!戦場へ行ってはなりません!」
「奴らは金鉱脈どころか、このハイル全土を一気に潰すつもりだ!」
「ならば王子、我らと共にお逃げください!」
「なんだと、ハーシュ!本気で言ってるのか!」
「もう、こうなっては無駄死になります!」
「そんな事をすれば、ハイルは臆病者の民族として後世に名を残すことになるぞ。わかっているのか!」
「構いません!今は生きることこそが全て!生きてさえいれば、いつか再興の機会もきっとあります!」
「父はどうなる!この状況の中で父は戦ってるんだぞ!それでも、この俺に逃げろと言うのか!」
「王は、王はあなたに託したのです!このハイル王国の血筋を、絶対に絶やしてはなりません!」
「俺が死んでも、アレンがいるじゃないか!」
「・・・」
「どうした、なぜ黙る」
「アッ、アレン様は・・・」
「アレンがなんだ!」
ハーシュは、うつむいたまま答えようとしなかった。
「ハーシュ!答えろ!」
「もっ、申し上げます!」
その時、開けっ放しの扉の玉座の間に2人目の伝令兵が飛び込んできた。
「どうした!」
「・・・」
しかし、伝令兵はうつむいたまま話そうとしなかった。
「おい!」
アクターは剣を放り投げ、扉の前でうつむく伝令兵の胸倉を両手でつかんだ。
「おい!一体どうしたと言うのだ!」
「おっ、王が・・・」
「父さんが、どうした!」
アクターは、固く目を閉じている伝令兵をゆさぶった。
「父が、どうしたと言うのだ!」
「・・・討ち死にされました・・・」
「なっ、なに・・・・・・」
アクターは、つかんでいた手を放した。
「・・・死んだ・・・父さんが・・・・・・」
「しっ、しかし!」
床に座り込んだ伝令兵は、泣きながらも話を続けた。
「王の死で我が軍が奮起し・・・全体でキルケ軍を押し返しております!」
「なんと!1万を相手に押し返しただと!」
思わず、ハーシュが叫んだ。
「敵の王族も討ち取りました!・・・いっ、今の状況が続けば、おそらく・・・おそらく、我が軍が勝利するものと思われます!」
「そっ、それは・・・本当か!」
「間違いありません!」
(・・・なんという底力だ・・・・・・こっ、これは王がもたらした奇跡としか・・・)
アクターは、その場に力が抜けたように崩れ落ちた。
(・・・そっ、そうか・・・・・・父さんは、死ぬ気だったんだ・・・最初から・・・)
アクターの閉じたまぶたから、止めどなく涙があふれていた。
(王よ・・・あなたは自分の死と引き換えに、ハイルに勝利をもたらす・・・これが最初で最後の・・・あなたの切り札だったのですな・・・)
ハーシュは、崩れ落ちたアクターを抱き起した。
「王子、このままこの城で、我が軍が勝利する吉報を待ちましょう」
「ううぅ・・・父さあぁーーーん!!」
「将軍。あれがハイルの城でございます」
「ラシュト、これは思った以上にみすぼらしいな」
「でございますな」
ハイルを一望できる丘に、将軍と呼ばれた背の高い男は、手に馬用の短い鞭を持ちながら立っていた。腰には、ロングソードを携えている。
「クート将軍。ハイルのようなちっぽけな国を亡ぼすのに、こんな2万もの兵隊が必要なんですかい?」
「バカめ、そんな訳ないだろ。ハイルはキルケへ向かうための単なる通り道だ。我々の目的は、ハイルなどではない」
「なるほど!納得しやしたぜ」
鞭を持った男の背後には、数人の幹部とおぼしき連中が立ち、さらにその後ろには、風景が見えない程埋めつくした兵士がいた。
「ラシュト。この作戦でハイル全土とキルケを3分割したうちの2つを、我がマランドがいただく手はずになっている」
「とすると、残り1つはマルディン国ですか」
「マルディンとは話しを付けてあるからな。うちがキルケに侵攻しても、手を出さないとね」
「さすがはクート将軍、でございます」
丘からハイル城を見ていたクートは、クルリと後ろを向いた。
「さーて、お前ら。あのちっぽけな田舎の城でも落とすとするか」
「ははー!」
「ハイルのゴミどもは全部殺せ!」




