15.灰色の聖女
「ここを通れば、地下牢に行けるはずだ」
「こんな小屋の床が、抜け道になっているとはね」
「城にいる者でも、王と側近しか知らない秘密の道だよ」
「もしかして、緊急避難通路ですか?」
「まあ、そんなとこだろう」
アレン達はレガテノウスの拠点から人目を避け、遠回りしながらカルス城外近辺に来ていた。
そこは森になっており、一軒の小屋があった。
扉は鍵が掛けられていたが、オデーサが器用に開錠。
中には資材のような石や材木が置いてあり、テーブル下の木の床が隠し通路の入り口になっていた。
扉を開けると、砂埃が舞った。
3人が下を覗くと、石の階段が見える。
「オデーサ、火を頼む」
「クラス、お前は感じているか?」
「ああ、感じてるよ」
「城の外とはいえ、兵士の数が少な過ぎる。ここに来るまでに、3人のカルス兵しかでくわしてないぞ。まるで、ここから地下牢に入って下さいと言われてるようだな」
「罠だと言いたいのか、」
「イヤな予感がしないか?」
「作戦会議で大胆な意見を言ってた割には、やけに繊細じゃないか」
「アレン、君はどう思う?」
オデーサから意見を求められたアレンは、少し考えた。
「進みましょう。このまま帰ってしまうことが、逆に敵の狙いのような気がしてきました」
「決まりだな、」
両手を広げたクラスノダールは、オデーサに向けてウインクした。
オデーサはため息をつきながらも、クラスノダールが持つ松明に火を付けた。
「じゃ、入るぞ」
3人は、入口から続く階段を降りて行った。
階段の先は、細かい砂利の狭い道が続く。
掘った周りの壁土から水がしみだしているせいか、あちこちに水たまりがあった。
「なんだ、この悪い通路は。こりゃ、マジで緊急用だな」
「とりあえず作ったって感じだ。おそらく使うことは考えてないと思う」
「なるほど、」
ピチャ、ピチャという音を響かせて、松明の明かりを頼りに進んでいく。
赤茶色の鉄格子が見えた。
ここも鍵が掛かっている。
「この先が、地下牢か?」
「そうだ」
オデーサが開錠すると、クラスノダールは鉄格子を開けた。
キーという錆びた音がする。
鉄格子の先は、足元が石畳に変わった。
そして空気が、すえた臭いと腐った悪臭が混ざった耐え難い臭いに変わる。
「なっ、なんだ、このひでぇ臭いは・・・」
通路の左右に鉄格子の部屋があるが、生きた人間がいる気配はない。
黒い塊のような物体と、その周りをうごめく虫とねずみが見える。
「クラス、本当にここにいるのか?」
その時、クラスノダールは腕を伸ばし2人の動きを止めた。
「あそこだ」
クラスノダールは、一番奥にある暗い鉄格子を一点にみつめた。
腕で鼻を押さえているオデーサは松明を受け取り、クラスノダールの目線の先にある鉄格子にゆっくり近づいた。
松明をかざすと、老婆のような真っ白い長い髪の少女が、壁にもたれながら膝をかかえて座っていた。
後から来たクラスノダールは、錆びて腐食している鉄格子に顔を近づけた。
「あなたが、クラーツの聖女様ですね」
「・・・」
アレンは、少女を見て驚いた。白髪の毛の間から、とがった耳の先端が見えたからだ。
そう、彼女は特徴的な耳をもつエルフだった。
やせて細い身体に着ている服はシミだらけの灰色で、ところどころ焦げたように黒くなっている。靴は履いておらず、裸足だった。
膝をそろえた足に顔をうずめたまま、彼女はクラスノダールの問いに答えなかった。
「あっ、あの・・・あなたが聖女の娘ですか・・・僕は、北大陸のハイルという」
「死んだのね」
「えっ?」
「あたしのママ、やっぱり死んだのね」
クラスノダールが、鉄格子の前で跪いた。
それを見たオデーサは、松明を持ちながら慌てて跪く。
「聖女様、クラーツ国は魔人軍によって滅ぼされました」
「・・・ずっと前に、ローシェルの声が頭の中で聞こえたわ」
「癒しの神ローシェルは何と?」
「このあたしが、聖女に選ばれたって」
少女はふらつきながら立ち上がり、顔を上げた。
頬まで伸びた前髪が、彼女の両目を隠していた。
アレンは、鉄格子を掴んだ。
「君が聖女なら、白いドラゴン呼ぶことができるんだろ?」
「・・・」
「僕は北大陸へ行かないとダメなんだ。君の呼ぶドラゴンに、僕を乗せてくれないか」
少女は、ゆっくりと鉄格子に近づいた。
「何の話し?」
「えっ、」
「白いドラゴンって、なに?」
「きっ、君は呼べないのか?・・・白いドラゴンを」
「ドラゴンなんて知らない。なんで、あたしがドラゴンを呼ぶの?」
「そっ、そんな、・・・嘘だろ?」
「知らないって、言ってるの。聞こえてない?」
彼女の言葉を聞いたアレンは、鉄格子を持つ両手からチカラが抜けた。
ズルズルと落ちていき、汚れた石の床に両手をついた。
「・・・僕は・・・行かなきゃいけないんだ・・・兄の待つハイルに・・・」
「ハイル・・・ハイルって、魔王がいる北大陸のハイル王国のこと?」
アレンの両手は、床に落ちている泥をグッと握った。
「・・・僕の兄は人間だ・・・魔王なんかじゃない・・・」
「兄って、・・・あなた、魔王の弟なの?」
ガシャーン!
「魔王なんかじゃないって言ってるだろ!」
アレンは鉄格子を思いきり掴み、少女をにらんだ。
「聖女様、アレンは魔王の弟ではありますが、この聖剣を抜いた神に選ばれし者でもあります」
(聖剣を抜いた・・・)
「どうか聖女様のご寛大なお心で、アレンのことを許してはいただけないでしょうか」
クラスノダールは、少女に頭を下げた。
「・・・神に選ばれたのなら、仕方ないわね」
クラスノダールは、安心したように顔を上げた。
「今、思い出したわ、」
少女は、両手で前髪を分けた。
現れたその鋭い視線で、アレンの顔をにらみ返した。
「白いドラゴンの呼び方」




