12.聖女の娘
「不可能って、どういうことですか?」
「クラスよ、地図を出してくれ」
「はっ」
「こちらへ来てくれんか」
クラスノダールは、部屋の隅に丸めてあった皮の地図をテーブルに広げた。
扉に手をかけていたアレンは小さくため息をつき、テーブルの前に戻り椅子に座った。
「ここが、我々レガテノウスのいる所ですじゃ」
アルカルが指さしたのは、南大陸の南端だった。
その指を起点に目線を上にずらすと、そこには南北を分けるように左右に大陸の端まで連なる山が描かれていて、右と左の山の間には森があった。
森の先は、北大陸へ続いている。
「この森を行けば、」
「そう、その森を抜ければ北へ行けるのじゃが」
「行けないのですか?」
「その森は別名『幻惑の森』と呼ばれている」
「幻惑?」
「お前さんは、カイパラディウムという物質をご存じかな?」
「いえ、聞いたことがありません」
「人間の精神に作用し、幻覚を引き起こす成分ですじゃ」
「その、カイパラディウムというものがこの森に?」
「アメーリアという植物の花が、そのカイパラディウムを含む花粉を森中にまき散らしておりますじゃ。しかも始末の悪いことに、その花は通年草で一年中咲いておりますじゃ」
「・・・」
「これまでの歴史の中で、南の王達は北へ攻め込むため幾度も幻惑の森へ兵を派遣したが、誰も北大陸へ足を踏み入れた者はいない」
「その物質の作用なのか」
「おそらく森の中で同士討ちになり、全滅したと思われますじゃ。しかし、その物質のおかげで南と北の大陸戦争になることは無かったのですじゃ」
「なるほど・・・しかし、魔物は北側から、その森を抜けて南大陸へ攻めてきたのですよね?」
「聞いただろ、人間に作用するって」
「魔族には効かない?」
「魔物に作用するかどうかというのは、我々もわかっておりませんでした。ですが、そこを通ってきた魔物に何の支障も見られないということで、それが証明されたことになりましたですじゃ」
「この左右に広がる山からは、ダメですか」
「登れません。ある高さまでいくと、ガラスのようなツルツルの岩肌になります。雲をいただく付近には濃い霧が発生しているようですし、とてもではありませんが無理ですじゃ」
地図を見ていたアレンは、大陸をとりまく海を見ていた。
「でも、海から船で北へ渡れるのですよね?商人も使っているとか、」
クラスノダールは、テーブルに広げた地図を乱暴に引き取り丸めた。
「北は魔族に支配されてしまった。奴ら、きっと港にもウヨウヨいるはずだ。そんな危険な所へ行けるわけがないだろ」
「北大陸への就航は、無期限の停止中ですじゃ」
「・・・じゃ、やっぱり北大陸へ行くのは、無理なのか・・・」
アルカルは目を閉じ、アレンのつぶやきには答えなかった。
アレンはしばらく考え込んだが、意を決し顔を上げた。
「つまり兄のところへ行くには、カイパラディウムを覚悟の上で森を通るしかない、ってことですよね」
「さっきの話しを聞いてなかったのか?誰一人、北大陸へは行けてないんだぞ」
「・・・わかったよ」
「何がわかったんだ?」
「お二人からの詳しい情報提供、感謝します」
アレンは、アルカルとクラスノダールに背を向けた。
「アレン、君は勇気と無謀をはき違えてないか?」
「それでも僕は行く。行かないとダメなんだ」
「一度森の中へ入れば、二度と戻れませんぞ。運よく北へ抜けれるなど、万に一つも無いですじゃ」
その言葉に、背を向けたアレンは何も答えなかった。
扉を開け、真っ暗な外へ出た。前に何があるのか、全く見えない暗闇。
手近にある木の枝をいくつか折り、束ねて火の魔法で松明代わりにした。
「お待ちください、」
パチパチと、燃える木のはじける音がした。
「ひとつだけ方法が、ありますじゃ」
アレンは立ち止まり、後ろを向いた。
「お前さんにしか、出来ない方法ですじゃ」
「僕にしか出来ない?」
アルカルは、アレンに近づいた。
燃える炎が、アルカルの顔を赤く照らす。
「聖女様を助けることです」
「聖女?」
「カルス皇国に、壊滅する前のクラーツ国から拉致された聖女様の娘子がおられますじゃ」
(聖女の娘・・・拉致・・・一体何の話しだ・・・)
「聖女は一子相伝。今の聖女様が亡くなられたら、次に聖女になられるお方ですじゃ」
「その聖女の娘と、僕が北へ行く事とどんな関係があるのですか?」
「聖女は、神の使いである白のドラゴンを呼ぶことができますじゃ」
「ドラゴンって・・・えっ、まさか、そのドラゴンに乗って空を飛ぶってことですか?」
「はい、」
(竜に乗って空を飛ぶ・・・本気で言っているのか・・・)
「それで、僕にしか出来ないというのは?」
「カルス皇国のルディオス皇帝は、とても野心深い。大陸制覇を目論む上で、一瞬で傷を癒すクラーツの聖女は、ジャマな存在だったのですじゃ」
「聖女を殺すために、クラーツ国に戦争を仕掛けるつもりだったのですか?」
「いえ。まず聖女を排除してから、宣戦布告する。そういう算段だと思われますじゃ」
「じゃ、拉致などせずに、聖女と娘を殺せばよかったのではないですか?」
「聖女の娘子を拉致した理由は2つありますじゃ。ひとつは、神と交信でき、この世で唯一治癒魔法が使える聖女は、とても特別な存在。殺すより生かして言う事を聞かせる方が、後の事を考えると得策なのですじゃ」
(それで聖女の娘を誘拐したというのか・・・)
「で、もうひとつは?」
「聖女は神の使い。聖女を殺すことは、神を殺すことと同義。さすがのルディオスも、神殺しの異名を恐れたと思われますじゃ」
「・・・なるほど。聖女の娘を捕えておけば、カルスがクラーツを攻めても聖女は動けない。つまり娘は人質、ということですか」
アルカルは、頷いた。
「おそらく、カルスの地下牢に閉じ込められていると思われますじゃ」
「もしかして、あなた方はその聖女の娘を奪還するおつもりですか?」
「その通りです。じゃが、相手はカルス皇国。そう簡単ではありませんですじゃ」
淡い期待をにじませたアルカルの瞳が、アレンを真っすぐに見た。
「・・・もしかして、僕にしか出来ない事って・・・まさか、」
「そうですじゃ、」
クラスノダールは、後ろ手に持っていた美しい剣帯に収まった剣をアルカルに渡した。
「この聖剣オセアオン・ブロンシュで、聖女様の娘子を救出していただきたいのですじゃ」




