〈閑話〉メネクセス王国 8
(大陸歴582年)
メネクセス王国筆頭公爵家 長女アナリシア・ガルデニア視点
「お父様!わたくしあのような侮辱的な扱い 許せませんわ!」
「煩い!お前の感情など どうでも良いのだ。
まずはあの第三王子に好かれるように努力しろ。今は突然妻子と離されて あの男も感情的になっているだけだろう。
そのうち落ち着けば 野蛮な冒険者よりも貴族の女の方が良いと思うようになるだろう。
その時にあの男の関心を得ることが出来てなければ、他の女が侍ることになるかもしれんだろうが」
城からの帰り道、馬車の中では何とも言えない空気が流れていましたが、警備の為に騎士たちが囲んでいる今、余計なことは言えません。
ですからお屋敷に戻り、執務室に到着したところで 父に不満をぶつけたらそんな言葉が返ってきて驚きました。
父はわたくしには優しく、どちらかと言えば甘いと言える人だったのに、煩いだなんて初めて言われました。
「ちっ、邪魔なラフターラを消すことが出来て、第二王子も消すことが出来た。
第一王子は計算外だったが、上手く死んでくれたのに、まさか第三王子に妻子がいるだと?」
ブツブツ言いながら部屋を歩き回り 時々爪を噛んでいます。こんな父の姿を見るのは初めてで、本当に父なのでしょうか。
そして、第二王子を消すことが出来たとは、どういうことでしょうか。
「お、お父様……」
「なんだ、まだいたのか?」
わたくしの知る父とはあまりにも違う姿に、声も手も震えてきているのが分かります。
どういうことなのでしょうか。
「ふんっ、他国に行くのではなく 自国で王妃になれるのであればお前にも伝えておこう」
そう言って杖で 床を2回叩けば、どこからともなく4名の黒尽くめの者が現れました。
一体どこから出て来たのか、音もなく現れた正体不明の相手に恐怖で叫び声を上げそうになりましたが、後ろからサッと口を塞がれて、その声は音になることはありませんでした。
「愚か者が、どのような時にも冷静に行動するように伝えていたのに、全く出来ていないではないか」
4人と思っていたのに、もう一人いたことも わたくしの恐怖心を高めたのですが、それよりなにより、涙目で震えるわたくしを見下ろす 父の冷たい瞳の方が恐ろしく、コクコクと頷くことしかできませんでした。
勧められるままソファに座り、彼らの紹介を受けました。
「これらは公爵家の暗部の者たちだ。姿や名前は当主である私しか知らぬ。諜報、暗殺、情報収集などなんでも行う。
我が公爵家がこの国でトップとなる為に彼らには随分働いてもらっているのだ」
5名が扉の前に並んでいますが、全員が黒尽くめで顔も目以外は隠れていますから、男女の違いも判りません。全員女性と言われても納得できるほどの線の細さですが、どうなのでしょうか。
そして5名が軽く頭を下げただけで、誰も声を出すこともないですから、性別は益々分かりません。
「お前たちには第三王子の妻子とやらの調査をしてほしい」
「畏まりました。調査だけでよろしいのでしょうか」
「そうだな、まずは足跡を確認してほしい」
そう言った途端、また音もなく5名は消え去ってしまいました。
父の指示に応えた声は男性のものでしたが、見た目との違和感が拭えません。
「あれらの正体は分からぬだろうな。普段は普通に生活して紛れているから、私も数名しか正体は分からぬほどだ」
「お父様、第三王子の妻子を調べてどうなさるのですか?側妃になさるおつもりですか?」
「さてな、使えそうな女であればそれも一つであろう。
その相手にしか興奮出来ぬのであれば、それに産ませた子を お前の子として育ててもよかろう。
使えぬ女であれば処分すればよい。いないと分かればいつまでも思い続けることもできぬであろうしな。
お前は 第三王子の興味を引くこと、シュクラーン殿下と仲を深めて 殿下の義母となれるようにすることを第一目標としなさい。
第三王子が駄目でも、シュクラーン殿下の義母となることが出来れば、王の母として発言権も持ちやすかろう」
それだけを告げれば もうわたくしには用はないとばかりに手を振られ、父の執務室を後にしました。
なんでしょうか、今夜は色々な事が起こり過ぎて 頭がおかしくなりそうです。
王妃となることが決まった 本来ならば喜ばしい日のはずなのに、全く浮かれるような気分にはなれません。
第三王子の言葉より、父の態度の急変の方がショックだったのかもしれません。
父にとっては、わたくしがこの家の役に立つのかどうかという事が重要だったのでしょう。
本日は 3話 同時投稿しております
こちらは 2/3 作目です。