〈閑話〉メネクセス王国 7
(大陸歴581年)
メネクセス王国筆頭公爵家 長女アナリシア・ガルデニア視点
クーデターが起き、その後 流行病で国が大きく傾きました。
王太子殿下の死去は本当に偶然だったようですが、第二王子も既に亡く、王太子殿下の嫡子はまだ洗礼を迎えてもいない。
そんな中 第三王子の存在が明らかとなり、城に戻られました。
ラフターラ公爵の傀儡にされることを恐れた 側妃アンジュ様が ご実家を頼られ、そこでひっそりとお育ちになられていたそうです。
産まれて直ぐに死亡したと言われていた第三王子の存在は、皆が疑いの目を向けていましたが、初めてお会いした時、その瞳の菫色と、側妃アンジュ様譲りの髪色を見て、誰もがメネクセス王国の王族であるとお認めになりました。
ただ、既に側妃様は流行病でお亡くなりになられており、ご本人もこれまで本国での社交経験はなく、むしろ冒険者として大陸を旅していたという異例の経歴。
後ろ盾が無さ過ぎる中、大国メネクセス王国の王になれば、様々な国からの横やりがあるかもしれぬという事で、筆頭公爵家のガルデニアから、長女であるわたくしが嫁ぐこととなりました。
わたくしは王太子殿下、第二王子殿下とも年齢が離れていたため、王族との婚姻は絶望的とされており、他国との縁を結ぶために 政略結婚を計画されていました。
メネクセス王国で生まれ育ったわたくしは、家の為とは言え 他国に出ることは非常に嫌でした。
この大陸ではメネクセス王国が最も大きな国であり、その次はリズモーニ王国となります。
ですが、リズモーニ王国は獣人やドワーフなど、多種族が多く、王族の関係者の中に人族以外もいると聞いています。
共和国は 一つの大きな国として扱われていますが、実質 王と呼ばれるものは居らず、協議会で話し合いが行われていますので、どの方と結婚しようが 自身や 子供が実権を握れるわけではないのです。
そんな中 我が国の第三王子が見つかり、年齢も4歳差と聞けば喜ぶに決まっているではありませんか。
今の混乱する状況で、しかも冒険者という卑しい職業についていた人に 他国の王族から妻をめとるとは考え辛く、もう一つの公爵家のシシリアンが居ない今、わたくしがこの国で最も尊い地位にいる女性ですから、王妃に選ばれるのは確実でしたもの。
王太子の息子が金の瞳だったというのは、知る人は知る情報です。
わたくしが第三王子の子を産み、その子が菫色の瞳を持っていれば、次期王となるのです。
婚姻の話し合いを行う事となり、城の会議室に父とわたくしだけが呼ばれました。
わたくしの母は先の流行病で儚くなられましたので、この場には父と二人だけでした。
第三王子は 宰相のリオネル様と、息子のアーゴナス様とご一緒でいらっしゃいました。
その話し合いの終わりに第三王子からこう言われたのです。
「申し訳ないが、私には愛する妻と娘がいるのだ。
この婚姻関係は 国を立て直すために必要だと言われているから行う事となるが、君を女性として愛することは出来ない。
急に見も知らぬ私との婚姻と言われて 君も戸惑っているだろうことは理解できる。私自身がそうだからな。君が既に愛する人がいるならば、その人との関係を続けてもらっても構わない。
私は 混乱している今の国を立て直すことが出来、兄上の長男シュクラーンが成人した時に王位を退くつもりだ。」
……この方は今、何と仰ったのかしら?
愛することはない?
貴族の政略結婚など 愛がないことも珍しくはないわ。愛人を其々に持っているなんてことも大っぴらにしなくてもあるのは知っているもの。
だけど既に子がいる?妻がいるですって?
次代を決めているという事は、わたくしとの間に子は作らないという事でしょうか?
わたくしは何のために結婚するというの?
「第三王子殿下、お言葉ですが それは我が娘をあまりにも侮辱されておりますぞ」
「ガルデニア公爵、ファイルヒェン殿下は そもそも王族であるという事も知らずにお育ちになられました。既にご家庭をお持ちであった殿下を 半分騙したように城に連れてきたのは私たちなのです」
宰相が言いつのりますが、だから何だと言うのです?
王族の証である瞳を持ち、王となることを選択したのであれば、そのような戯言は許されないでしょう?
「私は冒険者として大陸の様々な場所に行ってきた。そこで培った知識や、繋いできた縁をこの国を立て直すために使いたいとは思っている」
実際この方が来られてから 出される方針や改革は 既存にないことが多く、混乱はあれど 良い方向に驚きの速さで進んでいるとは お父様が仰っていました。
だからこそこの結婚にも乗り気になっているのですが、この方の目には妻子の元に戻りたいという目標しかないではないですか。
「わたくしはお飾りの妻になれという事でしょうか?」
「さようでございます。公的な場にお出になられる際には 妻として 行動して頂ければ、それ以外の時間はお好きに過ごしていただけるように配慮させていただきます」
宰相の肯定する言葉に開いた口が塞がらない気持ちでいっぱいです。
ふと父はどう思っているのかと思い見てみれば、何かを考えている様子。
「しかしリオネル殿、王太子殿下の遺児は金の瞳であった筈。王となる瞳の持ち主ではありません。
であれば 愛は無くとも 娘との間に子をもうけ、その子に帝王教育をなさればよろしいではないですか」
「瞳に拘ってどうする?私はこの瞳のせいで こうして拘束されることとなった。
洗礼した頃は ラフターラ公爵の落とし胤だと揶揄われ、今になって王族の証だと言われる。
王としてはあり得ぬ経歴の元冒険者が王となるのだ。であれば 帝王教育を行い、血統としては純度の高い兄の息子が王となってもおかしくないだろう?
瞳が王族の証と拘るのであれば、隔世遺伝でその息子に出るかもしれない。
私があなたの娘と子を作ったところで、菫色の瞳の子供が出来るか分からないのだ。
それに、私は此度のストレスでそちらは使い物にならなくなっている。どのみち行為が出来ねば子は出来ぬ。それによって苦痛を与えるつもりはないから、先に提案しているのだ」
瞳の色で正当性を突き付けた父に反論したのは 第三王子ご本人でした。
わたくし達王侯貴族からは憧れである菫色の瞳を、この方は憎んでいらっしゃるかの様に仰るのね。
確かに、王太子殿下の瞳を継がなかった息子の存在を思えば、わたくしが子を産んだところでそうなるとは限りません。
息子か娘かすら わからないですから、この方の中ではわたくしに対しての気遣いのつもりなのかもしれませんが、それがどれだけ傷付けているのかお分かりでないのですね。
わたくしの傷心などは関係ないというように、話し合いは進み、父も了承して婚姻の契約は結ばれました。そこには
・シュクラーン殿下が成人した時には 立太子を行い、ファイルヒェンは王位を退く
・アナリシアとの間に子が生まれた場合は その子も王位継承権を得ることができる
との約束事が書かれていました。
2項目目「数年一緒に過ごせば情が移り 本当の夫婦になる可能性もあるから、最初からその可能性をなしにするのは止めておきましょう」と父が言いつのり 書いてもらった一文でした。
この場合でもシュクラーン殿下が成人した時点で 第三王子が城を出るという事は決まっているようですが、それはこの国の王となる時の約束だったそうですので、仕方がないのかもしれません。
子供さえ生まれれば、公爵家の教師たちで帝王学を教えることは出来ますからね。
本日は 3話 同時投稿しております
こちらは 1/3 作目です。