第78話 先輩の卒業
青銅から銅にランクアップするには100ポイントが必要で、銅ランクまでは討伐以外の依頼しか受けられないから、街中依頼だけではなかなか上がれないのが今までだった。
だけど、子供の薬草採取体験をすることで、薬草採取のコツを学んだ人たちが 上手にポイントを稼げるようになり、必然的にランクアップまでが早まったというのも仕方がない。
学び舎は銅ランクになるまでが基本で、銅ランクになれるほどであれば 基礎能力は大丈夫だろうという事で卒業になる。
勿論卒業しても武術訓練や魔術訓練に参加することは出来るけど、今のところ私たちの授業中に卒業生と会った事はない。
卒業生は午後の訓練場を使うことが多いというから、小さい子達の邪魔にならないようにしているのだろう。
何故今こんなことを話しているのかというと、私はあと11ポイントで銅ランクになってしまうから カルタつくりでポイントを抑えているのが一つと、今日ケーテさんが学び舎を卒業するからだ。
「薬草採取が苦手だったんだけど、採集体験の時に採集のコツを改めて学んだでしょう?
お陰で 薬草採取が上手くなって 毎日結構稼げるようになったの。
昨日100ポイント貯まって 銅ランクになったのよ」
「わ~、すごい!」
「おめでとう~」
「僕も最近薬草採取で青銅になったし、頑張らないとね」
ケーテさんの発表に皆がおめでとうの声をかける。
この2か月ほどはカルタ作りとアスレチックのお陰で 木魔法と土魔法の能力がメキメキ上がっている生徒たち。ケーテさんの得意属性は水と木だったけど、今は水よりも土の方が動かしやすいと言っているくらいだ。
「もうすぐ父さんと兄さんが戻ってくるの。準備が出来たら今度は母さんも一緒に、皆で初級ダンジョンに挑戦するのよ」
おお!ダンジョン!
お父さんとお兄さんが 今は二人でダンジョンに行ってるって前に教えてくれたもんね。
ケーテさんが銅ランクになるのを待って、家族で初級から入るのか。
家族旅行にしては 中々アレだけど、キャンプが好きな家族とか、ガチの山生活をする訓練をしている家族も日本でいた事を思えば、冒険者家族あるあるなのかもね。
「え~、ダンジョンいけるのいいなぁ」
「ケーテのところは家族全員が冒険者だからなあ」
カラ~ン カラ~ン
盛り上がっていたら鐘が鳴り エリア先生が入ってくる。
「おや ケーテは今日が最後かい? 銅ランクおめでとうさん。あんたのところは家族から冒険者のイロハは叩き込まれてるだろうから然程心配はしてないが、くれぐれも無茶はしないようにね。
学び舎の門はいつでも開いてるから、困った時には戻っておいで。
さて、今日も始めるよ」
先生から激励が贈られ、授業が始まる。
相変わらずのナンバーテンをやっているんだけど、これは足し算も目的なんだけど、なによりも耳と尻尾が動かないようにする訓練でもあるからね。
羊三姉妹は元々ポーカーフェイスが上手いし、分かり易い感情表現が耳も尻尾にもでない。
ケーテさんもトカゲの特徴なのか、尻尾はどっしり構えており、嬉しい時もブンブン振られることはない。
犬と猫は耳以上に尻尾の感情が激しくて、ナチ君とルン君は 流石にピーン!からのブンブンはないけど、下がっている尻尾が揺ら揺らしていることはよくある。
トニー君は尻尾に関しては殆ど見えないから良いんだけど、長い耳が感情豊か。ピーンとしたりヘニョッとしたり。顔を無表情にしているからこそ笑えちゃうのだ。
ハチ君とレン君は 耳も尻尾も良く動く。魔王カードが来た時は本当に分かり易い。
ただ、持っているカードを取るか取らないか、その両方でワクワクしてブンブン尻尾になるから、どっちが魔王カードかを見分けるのは難しかったりする。
そんな算術の授業の後は 武術訓練だ。
アスレチックは皆の土魔法レベルが上がっている事で どんどん距離が長くなり、今では訓練場の半分を使っている。勿論毎回元通りに戻しているんだけどね。
ケーテさんは水溜りを作る為に【ウォーター】を使っている。
私は水溜りの上に掛けるように土魔法で細い平均台のようなものをつくる。
レン君とハチ君は高低差を付けた丸太がわりの盛土を作り、三姉妹とトニー君は土壁を作る。
ナチ君とルン君は協力して コレも土壁なんだけど、細い通路になるように 並行して壁を作っている。
両手両足を壁につっかえるようにして渡るように、ここの通路にもケーテさんが水溜りを作っている。
距離が長くなり、障害物も増えたこのコースはマジでアトラクションだ。
「お~、前に見た時より凄くなってるな」
「本当ですね。今季の生徒たちは本当に卒業前に魔法操作が上手になっていますね」
出来上がったコースの下見をしているところで ギルマスとサブマスが訓練場に入ってきた。
エルフのドゥーア先生が居た時は、先生と一緒にどちらかが同行することはあったけど 久しぶりだね。
皆も気付いて二人の近くに駆け寄る。
「ケーテは今日の学び舎で卒業ですね、先ほどご家族が戻られましたよ。お兄さんは無事銀ランクに昇格されました、おめでとうございます」
「えっ!兄さん達が?」
「おお!銀ランク!」
「すっげぇ」
サブマスの言葉にケーテさんは驚いているけど、もうすぐ帰ってくるってだけで 今日とは思ってなかったんだね。皆も銀ランク昇格という言葉に興奮気味。
銅ランクからの昇格にはまず200ポイントが必要だし、その中には討伐依頼のポイントも最低20ポイントは必要だ。
その上で、初級ダンジョンを1つ単独で踏破していないといけないし、中級ダンジョンはパーティーで踏破している必要がある。
なので、銅ランクから銀ランクに上がるには必ず戦闘能力が必要になるのだ。
冒険者の銅ランクまでは安全なところで上げることが出来るけど、銅から銀は簡単ではない。
ダンジョンは初級、中級、上級があるらしく、同じ階級でもピンキリだという。
森の浅瀬だけに出る様な魔獣しかいない初級ダンジョンもあれば、結構強い魔獣がでるけどルートが短いから初級というところもあるらしい。
なので、初級だから大丈夫だろう。なんて準備もしないでダンジョンに入ると大変な目にあうこともあるようだ。
ケーテさんのお兄さんが中級ダンジョンをお父さんと二人で入ったのか、それとも他の人たちと臨時パーティーを組んだのか、その辺りも聞いてみたいね。
サブマスとギルマスは これから銅ランク冒険者となるケーテさんに激励の挨拶をしに来ただけだったみたいだけど、ギルマスはアスレチックコースを見て 体験してみたいと言い出した。
「これだけ面白いルートだったらやりがいもありそうだ。土壁だけで作ってるけど、良さそうだったら 冒険者たちの訓練にもなりそうだろ?
ギルドの裏庭に常設で使えるように作っても良いんじゃねえか?」
「あの場所に作ったら風の季節に困るでしょう?
土魔法で作る土壁は定期的に魔力補充しないと 強度は持ちませんし、毎回こうして皆が作るからこそ彼らの魔力操作訓練にもなって良いのでしょう?」
ギルマスがワクワクさんになってたけど、サブマスに論破されてます。
確かに 遊んでて怪我しないようにって事で授業の終わりには元に戻すまでやってるからね。
ということで、まずは生徒たちから作ったコースに挑戦していく。
丸太や平均台は慣れたもので、慌てないように、だけど慎重になり過ぎない速さで過ぎ去っていく。
「ほう、毎回少しずつルートは変えているという事ですが慣れていますね」
「そうだな、並べる順も変えているが、何度も落ちた経験があるから 気を付けるポイントを覚えてるんだろう」
サブマスと先生が皆の動きを見ながら感想を述べる。
ギルマスも皆の動きをジッと観察しているね。
最初の壁を超えるのは もう取手を付けなくても大丈夫だ。両手両足を突っ張って進む細い通路も、今は見えないようにしているスパイダースーツにぴったりな場所である。
2番目の土壁は2メートル。私の身長の倍ほどある壁なので、ここは足場が必要になる。前は4つも足場を作ってたけど、毎回個数を減らせるように努力してて、今は2つで大丈夫だ。
壁上りはやっぱりトニー君が得意で、身軽に飛び上がっていくあの跳躍力は羨ましい。
最後の壁は落とし穴が1メートルほどあるので、真下に立てば3メートルになる。
未だに踏破者がいないこの壁は、それでも毎回必ず作られる。
私はボルダリングのように、ブロックをいくつかルートに設置するよう【ロック】を唱える。反り返るように立つ壁にポツポツと足場が出来ていく。
「ヴィオ、あれじゃ小さいだろ?」
「ひっくり返るところは掴んでも落ちちゃうよ?」
「反り返ってるから 飛び上がる訳にもいかねーんだよな」
トニー君は反り返る手前まで登って、そこからジャンプするけど、反り返ってるから落ちちゃうんだよね。
毎回この壁に挑戦するところではエデル先生が確認してくれているから、例え落ちてもしっかり受け止めてくれる。
手腕と足にしっかり強化がかかっている事を確認し、結界鎧も剥がれていない事を確認する。
ヨシ!
皆も落ちた時に先生が直ぐに駆け寄れるだけの隙間を空けて 私に注目している。
いや、コースの挑戦再開してくれていいんですよ?
そう思いながらも一つ目の足場に両指をかける。ボルダリングを楽しむわけではないから 全ての足場は指をかけやすいように作っている。
右足を少し上の足場に乗せて グイっと身体を持ち上げる。体重も軽いし 腕の強化をしているからすんなり持ち上がった。バネのような動きで 左腕を伸ばして次の足場に指をかける。
ゆっくり、壁を這い上るように見えているだろう姿だけど、着実に上へ上へと進んでいると、下からも「おお」「すげえ」と声が聞こえる。
今は集中しないと危ないので、反応は出来ない。
いよいよ反り返りのゾーンだけど、まだ指も足も疲れは溜まっていない。
蜘蛛になったつもりで、次の足場に右足を乗せて、その先へ左手を伸ばす。ストレッチ毎日やっててよかった。身体硬かったら絶対無理!
だからソコ「虫みてえだな」とか言わない。私も自分で思ってるよ。
安全な数の足場を用意しているし、指をかけるのも足を置ける大きさにしているのもあって、コツさえつかめば登りきれた。
「やった~!!!!」
「おおおおお」
「すげぇ」
「びお、かっこいい~」
「おれも登りたい!」
「この足場そのまま残しといてくれればいけそうな気がする!」
登り切った壁の上は水平で、そこに立てば結構な高さである。下からも皆が歓声を上げていて覗き込んだらちょっとビビる。
「お~、まさか初踏破がヴィオになるとは、やるな」
「ヴィオさん素晴らしいですね。随分体力と筋力も付いたようです」
「お~、すげえな。ヴィオ?下りてこねえのか?」
ギルマスたちも口々に褒めてくれるんだけど、森の中とは違って、ココからどうやって下りたらいいのか分からない。森なら樹々があるから蔦魔法で安全に下りれるんだけどさぁ。
「上る事しか考えてなくって、どうやって下りたらいいか分かんない」
反対側も垂直だし、結構怖い。
「ふふっ、ではヴィオさん 私が受け止めて差し上げますから、ここに飛んできてください。大丈夫ですよ」
ちょっと涙目になってたら、サブマスが両手を広げてカモンしてくれる。
お父さんも上手く受け止めてくれるから、きっと大丈夫。そう思って思い切ってサブマス目掛けて飛び降りた。
「【ウインドウォール】」
風の障壁と同じ魔法だけど、攻撃に転ずることはなく ふんわり風のクッションのようなもので受け止めてもらえた。風のクッションで包み込まれたと思ったら フッと消えて、サブマスの腕の中だった。
「サブマスさん、今のは風の壁でしょう?風の刃で寄せ付けないってやつだよね?
でもとっても柔らかくって、クッションみたいだったよ?どうして?」
「ヴィオ、大丈夫……そうだな」
「びお、こわくなかった~?んだね、ぼくも挑戦してこよっと」
レン君たちが直ぐに駆けつけてくれたんだけど、魔法の違いに興奮してサブマスに質問攻めしてしまった。心配してた二人も大丈夫そうだねと壁に挑戦しに行っちゃった。
「ふふふ、そうですね、魔法はイメージが大切だというのは分かっているでしょう?
壁という言葉ですが、この盛土のようなものから 反り立つこの壁のような物までありますね。土壁は固形物ですが これだけ違いが出ますが、風は形がありません。
ですので、鎌で切りつけるように肌を傷つけるような風も、柔らかい風も作ることが出来るのですよ。
今のは柔らかい壁と 下から持ち上げる風を同時に展開しましたので ふんわりと受け止めることが出来たという訳ですね」
そっと下ろしてくれながらしっかり説明してくれる。
皆も壁上りに挑戦しているトニー君を見ながらも、サブマスの言葉にも耳を傾けている。
ひとつの呪文でもいろんな形になるんだね。今度は自分で飛び降りる時に風のクッションで受け止められるように練習しよう!
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