第373話 新メニューと炊飯器
下々民よおはよう、良い朝だわね。
聖女と王様の娘、ヴァイオレットですわ、おほほほほ。
なーんてね、昨日はびっくりしすぎてぶっ倒れましたが、知恵熱を出すこともなく いつも通り早朝に目覚めましたよ。
ドゥーア先生の客室は ベッドが二つあって 前回お泊りしたときは其々のベッドで寝てたんだけど、今日はお父さんの腕に抱かれてました。
「ん? 起きたか?」
もぞりと動いたことで気付いたらしいお父さんが身動ぎをする。私はドレスからネグリジェになっているので、きっとまたエミリンさん達によってお着替えまでしてもらったのだろう。
「うん、お父さんおはよう」
テントの中では こうやってくっ付いて寝るけど、私が起きる前に抱き枕と交代しているお父さんなのに今朝はこうして一緒にいてくれた。
多分昨日のことがあるから 私が不安にならない様に側にいてくれたんだろう。
その心遣いが嬉しくて ギュッとしてから私も起き上がる。
「どうしよう、昨日 お話が途中で終わっちゃったけど、まだ続きあるのかな?」
「いや、話し合いは終わったから大丈夫じゃ。テリューたちは衝撃が強そうじゃから 父ちゃんの事は伝えるか迷っとったらしいからな」
まあ 父親が王様とか軽々に言えんわな。
しかし そりゃ王様の娘が冒険者やってますとか知られるとまずいわな。つーか、お母さんはお妃様にならんかったのか?
まあ あのキャラのお母さんが王妃とか…………無理無理。
女王なら……いやいや、仕事をしない貴族とか、住民に重税かます貴族とか、不正をしている貴族とかに容赦ないだろうし 文字通り首を挿げ替えることに躊躇しなさそうだから無理だろうな。
フィルさんが王様になった理由を聞いて色々納得した。
王位継承権を持つ人が流行病で死んじゃって、亡くなった皇太子の息子はまだ洗礼前、その子が成人するまでの約束で 中継ぎをすることにしたんだって。
ああ、それでお母さんと私に護衛が付いてると思ってたって事か。
てか そりゃ普通そうだよな。
行きたくも無いのに 王様の息子だという証拠があるから 助けてくれと懇願されていくんだから、残していく妻子を手厚く護衛するのは当たり前じゃないの?
それを確認してなかったフィルさんも甘いけど、眼鏡の嫌がらせかな?
平民のお母さんと私が死んでくれたら 貴族の嫁を迎えられるし、しがらみが無ければ期限付きの王様じゃなくて 終生頑張ってくれると思ったのかもね。
「じゃあ とりあえず私は今のままで良いって事だよね?」
「ははっ、そうじゃな。
じゃが あっちに行けばお姫様になるんじゃぞ?ええのか?」
「お父さん、私にお姫様が務まると思ってる?」
離れる気はないし、お父さんだって離す気はないって昨日言ってたけど やっぱりちょっと心配、というか不安なのかな?
だけど私に貴族どころか姫なんて無理じゃない?
お姫様の特技が吊り下げからの解体です。って お茶会で自慢するの?
「皆様も是非やってみてくださいませ」って?阿鼻叫喚じゃない?
「くはっ、はっはっは、確かにそうじゃな。
ヴィオは儂の可愛い姫じゃが、大国の大人しい姫さんにはなれなさそうじゃな」
ちょっと笑い過ぎじゃない?
涙目になりながら言うお父さんにツッコみつつ、でもそんな面倒な私を受け入れてくれたお父さんに感謝しかない。
お貴族様ゴッコは ドゥーア先生のお屋敷にいる間だけで充分お腹いっぱいです。
朝のストレッチを終えたら お庭の訓練場へ。
前回と同じようにお父さんと二人で走ってたら 騎士さん達、お兄ちゃんたち、土竜の皆とどんどん参加者が増えてきた。
「嬢ちゃん久しぶりだな。またしばらく居るんだろ? またやろうぜ」
「アルクさんも また手合せお願いできますか?」
「あ、俺も参加したいっす!」
騎士さん達もお久しぶりの挨拶を交わしながらランニング。私たちが居なくなってからも 毎日やってたらしく 前回いた時よりも参加人数が増えているし、前回はいなかった魔法騎士さんも参加している。
「あいつら前回アスラン様との手合わせで手も足も出なかった事がショックだったらしくてな、嬢ちゃんも魔法攻撃しながら走り回ってただろう?
魔法だけじゃなくて体力も付ける必要性をやっと実感したんだと」
なんと、それは素晴らしいことだね。
固定砲台になるお城の魔法騎士だったら不要かもしれないけど、だけどいつ何時どんなことが起きるか分からないのだから 逃げることができるだけの体力は付けておいた方がいいよね。
朝のランニングを終えれば お着替えをして朝食、先生をお見送りしたら お父さん、クルトさん、アンさん、シエナさんはキッチンへ。
ウミユダンジョンで仕入れた食材での新メニューを試作するお手伝いだ。
お兄ちゃんたち、テリューさん、レスさんは騎士団の皆と訓練という名の手合わせ。
オトマンさん、ネリアさん、私の三人は 炊飯器の動作確認と 必要なら改良をすべく実験室に移動した。
「こちらが試作品になります。水を入れ過ぎると 柔らかくなりすぎる、少なすぎると硬くなるという事はありましたが食べることは出来ました。
試作用に頂いていたポアレスが足りなくなって焦りましたが、思ったより早く採集依頼が出せたので この二週間で 改良をしたので良い出来だと思ってますよ」
見せてもらったのは一合炊きぐらいの小さな丸いポット状の炊飯器。
蓋の上に魔石があり、それに魔力を流せば 炊飯が始まるらしい。
内釜は取り外して洗える方がいいとお願いしたので そうなっている。
そして 内釜を外した本体の底と 蓋の裏に 魔法陣が刻まれている。今は確認作業が必要なので 魔法陣はしっかり見えている。
「一度試してみても良いですか?」
「勿論ですわ」
あ、米を炊くなら キッチンの方が良かったね。お米を洗ったり水を入れたりする必要もあるし ってことで 皆でキッチンへ移動した。
「おお! 何だこの味は!」
「うまい!うまいぞぉぉぉ!」
おぉう。
キッチンは既に戦場になっておりました。
既に各地へ醤油、味噌、ごま油のレシピを伝えに行っていた料理人たちは戻ってきており、更に 新レシピを知りたいと 新しい料理人も増えたというドゥーア邸。
4人が其々の場所で 分担しながら教えているみたいだけど、なかなか凄いことになってます。
「どうしよう……、この中に入るのは難しそうだね」
「では 食堂で 試してみましょうか。水と盥はお持ちいたしますわ」
あ、そっか。
盥があればキッチンである必要はないね。水生成魔法でも良いけど、水を持ってきてもらえるならそれでいいか。
という事で150グラムのお米を研ぐ。
「あ、そういえば お水との分量は お米…じゃなくってポアレスの量と合わせた方がいいの。
なので、この量が丁度入る計量カップを作ってもらえると便利だと思う。
自宅用は この量で、ここのキッチンみたく 大量に作る必要があるなら 五杯分の軽量カップが良いかも」
「まぁ!確かにそれなら 毎回考えなくてよろしいですわね。早速手配いたしますわ」
エミリンさん素早いですね。
研ぎ終えた米を内釜に入れて お水を入れて蓋をする。
「え? ヴィオってば 今ので水の量を確認したの?どうやって?」
驚くシエナさんに 米から数センチ(私なら手の甲が完全に隠れる+0.5センチくらい)の量で見ていると伝えたら 頭を抱えられた。
大人の時は 自分の手の甲くらいまで浸る量で確認してたんだけどね。
「こうして蓋から湯気が出てくれば完成ですよ」
炊飯器ではなく魔道具だから、魔力を込めれば10分ほどで炊きあがったようだ。
めちゃ早炊きが過ぎる。
蓋を外せばホカホカと湯気が立ち上がり 炊き立てご飯の美味しい香りが漂ってくる。
「凄い!もう炊きあがってる」
「ふふっ、嬉しいですね。 ここまでの苦労が全て吹っ飛びましたよ」
破顔したブン先生の言葉を聞いて この状態に持ってくるまで かなり試作してくれたことが分かった。
すごいね、正解がよく分からず、あの時の試食した米の食感だけで ここまで頑張ってくれたなんて嬉しすぎる。
炊きあがったお米を食べれば ちゃんと火が通っており 柔らかいお米は甘みも感じられて美味しい。
ああ、そうそう、ダンジョン産のポアレスは タイ米でも カリフォルニア米でもなく、ジャポニカ米に近い丸くて甘みのあるお米です。
「わぁ、ダンジョンで食べさせてもらったポアレスと同じくらい美味しいわ。
これがこんな速さで出来るなんて凄いわ!ブン先生 私もこの魔道具買います!」
「ははは、それは嬉しいね。だがネリア嬢 買うのではなく作ってほしいですね。
これは試作品、一人分しか炊けませんからね。大きさを変えても同じ魔法陣で良いのか、火力を上げた方が良いのか、まだ実験は続きますよ」
「そうですね、頑張りますわ!」
「魔法陣では力になれませんが、それ以外で頑張ります」
オトマンさんは 魔法陣が苦手なようですね。
ネリアさんはお母さんに弟子入りして 調合や魔法陣の勉強をしていたみたい。
そうして私たちは大型化の実験を繰り返す。
内釜と本体部分は鍛治工房に依頼しているらしく 今あるのは一合炊き用、三合炊き用、五合炊き用だ。
だけどお屋敷のキッチンだったら 二十合くらい炊ける方がいいよね。
という事で 超大型のそれは作り方を既に詳しくお伝えしている鍛治工房に依頼され、私たちは三合と五合でも同じ魔法陣で使えるかどうかの実験です。
魔法陣を刻んだ本体は失敗した場合 魔法陣を上書きすることは出来ないので 鋳つぶしてもらうために再び鍛治工房へ戻される。
何度も繰り返すうちに 鍛治工房の人たちは炊飯器本体と内釜作りのプロになったようだ。
だけど二十合炊きを作るには 材料が大量に必要となる。実験を繰り返すには 鋳つぶして新しいものを持ってきてもらうまでの余裕も欲しい。
五回分くらいは予備が欲しい。ということで 訓練組だったお兄ちゃんたちと 魔法陣を手伝えないオトマンさん達は 王都近郊の鉱山ダンジョンに行くことにしたらしい。
ドゥーア先生のお屋敷に来て一週間、ついに二十合炊きでも美味しくお米が炊き上がる炊飯器が完成した。
火加減はやはり大型化すると強くする必要があり、かといって強すぎたら焦げてしまうという悲しい失敗もあった。
だけど、発想の転換で 魔法陣を複数個書くことで解決した。
実際に販売するのは五合炊きと十合炊きと二十合炊きの三種類。
ターゲットは一般家庭、屋台などをする店、屋敷やレストランなどの飲食店の三者となる。
十合炊きの完成版は〔土竜の盾〕に、五合炊きの完成版は私と お兄ちゃんたちに、二十合炊きはお屋敷のキッチンに贈られた。
完成したことを誰よりも喜んだのは ブン先生でも エミリンさんでもない。鍛治工房の職人さん達だった。
頑張って作ったものを鋳つぶさなければならないのは辛かったよね……。
けど、完成したので これから大量の注文依頼が入ることになるよ。 とは あまりに喜んでいた職人たちには言えなかったとブン先生が言っていた。
商標登録が終われば 生産がスタートすることになる。
束の間の休息に彼らが気付くのはそう遅いことではないだろう。
ヴィオが貴族……
無理だろうなぁ




