第337話ウミユ その4
3つ目のセフティーゾーンを過ぎたあたりから 住民が日帰りできる場所ではないという事で 冒険者の採集も黙認されるとの事なので、掘り尽すことはしないけど いくつか採集をしながら歩いています。
何故なら そうでもしないと時間が潰せないから。
「何となくだけど 仲間割れしてねえか?」
「してるわね、どうやら 3組の冒険者っぽいわ。
1階に置いていかれた組が文句を言ってて、それに対して残りの8人が文句を言うならこの依頼を下りればいい、って言ってるみたい」
通り抜けるだけの1階は 競歩くらいの速度で歩いてたけど、今は後ろの人たちが見失わない様に、5つ目のセフティーゾーンで野営をするのが怪しくない程度に 老夫婦の散歩くらいの速度で歩いてるんだけど、レスさんとネリアさんが 破落戸冒険者についてそんな事を言い出した。
【索敵】はしているけど、流石に聴力強化までは必要ないと思ってしてなかったけど それをしても 内容は聞こえない。どんな耳をしているのだろうか。
「ネリアさんとレスさんはヒト族なのに そんなに聴力強化が優れてるの?」
「ああ、違う違う 聴力強化じゃなくて これは風魔法だぞ。【トランス】っていってな、風に乗せて遠くの声を届けさせるんだ」
なんと!
伝達魔法と同系列の魔法らしく、普通は先にこっちを習ってから 相互に声を届ける伝達魔法を習うんだって。うん、初めて聞きました。
「それがあったら盗聴し放題だな。知ってたら 宿を偵察してた相手も調べられたのにな」
「ルンガ君、そんな使い勝手がいい訳じゃないのよ。この魔法は周囲の風に乗せて音を運んでくるから 結界があるところはすり抜けることが出来ないのよ。
私たちもそれっぽいところを調べてみたけど 部屋ごと結界を張ってるみたいで 調べられなかったもの」
私も想像したことをルンガお兄ちゃんが聞いてくれたけど、どうやら制限があるらしい。
まあ【サイレント】で喋ってる内容とかも盗聴されるなら困るし、密談をしている人たちだって 学園で習う魔法で盗聴され放題になるなら 悪い事の相談が出来ないもんね。
「俺もネリア達に教えてもらって練習したけど、冒険者は持ってて損はないぞ。
特に君らはヴィオの事もあるし ああいった輩に会う可能性も高いだろう? 上手い飯の礼って言っても 俺らの方が貰い過ぎだけど 同行中に使えるように教えるぞ」
「まじか、じゃあ頼む」
「俺も!」
「僕もお願いします」
「お父さんと私も習っとくべきだよね?」
「そうじゃな、一番必要なんは儂じゃな。よろしく頼む」
「えっ!? 全員 得意属性に風があるの? 珍しいパーティーなのね?」
全員が 教えて欲しいとお願いしたら ネリアさんが凄くびっくりしている。
多分そろそろ 得意属性に増えていそうだけど、聖と闇以外は得意になくても練習すれば使えるようになるよと言えば 土竜の全員から驚かれた。
「は? いや、え?」
「ちょっと聞いたことないけど どういうこと?」
「はいはい、もしかしたらあっちの奴らも盗聴出来るかもだしね、まずは野営地に行こうか。
テントの準備もして レシピも覚えるんでしょ? 移動しますよ~」
テンパっているテリューさんに 驚きのあまりルンガお兄ちゃんをグワングワンしているアンさん。
トンガお兄ちゃんが手を叩いて移動を促せば ハッとした二人。
土竜の人たちもどうやらここで聞く危険性に気付いたらしく 若干速足でセフティーゾーンに行くことにしたようだ。
折角ここまでゆっくり歩いてきたのにね。安心してた破落戸が慌ててるよ。
1時間程で 目的地に到着。
1階層は入り口から階段まで 直進で2時間程だった。多分普通に歩いて3時間強くらいかな。
採集をしながらだったら 倍以上かかると思うくらいの広さがある。
2階は一気に広くなりセフティーゾーンが5カ所あって 1つずつの間隔が 普通の徒歩で2時間、私たちの競歩歩きで1時間弱、採集をしながらだったら倍以上なのは同じ。
で、例の盗聴をしたのが3つ目と4つ目のセフティーゾーン中間地点くらいだったわけで、そこから5カ所目までを1時間という事は 中々の早歩きだった事が分かるだろう。
お陰で 破落戸の5人が脱落してというか 分裂してしまっている。まあ同じ階にいるんだし、そのうち追いついてくるとは思うけど、対象者が急に速度を変えるとか びっくりしただろうね。
野営地に入った途端 オトマンさんが4か所に結界魔道具を突き刺して起動した。流石斥候、動きが早いね。
「さあ、どういうことか聞かせてくれるか? 勿論 冒険者の秘匿であれば聞かないが さっきの感じだとそういうことはなさそうだ。教えてもらえるなら対価は支払う!」
その場に胡坐をかいて座り込んだ土竜の人たちに倣って お兄ちゃんたちも車座になって座るから 私もそうしようと思ったら、お父さんに止められて 広めの防水シートと その上に厚みのあるクッションを置いてくれた。
「お父さんありがと」
ポンポンと頭を撫でられて お父さんは私の隣で胡坐をかく。
「シート……。考えた事なかったけど そのひと手間って大事ね」
土竜の女性チームが 自分の鞄からゴソゴソと荷物を取り出し 3人が座れる大きさのシートを敷いて その上に 着ていたマントをクルクル丸めて座布団代わりにして座り直した。
「くふっ、まあ 長い話になると思うし、僕たちも地べたよりは楽だからテーブル出そうか」
「あ、ああ。何かすまんな」
勢い込んだはずなのに お父さんと私のハートフルなやり取りで 緊張感が緩んでしまったようです。何かごめんね。
トンガお兄ちゃんが 昼食時よりも長いテーブルを出してくれて ベンチも 2人ずつ座れるように(出入りしやすいように)作ってくれた。
「これも普通に 完全無詠唱で作るんだな。トンガは土魔法が得意なのか?」
「そうだね、こういう簡単な魔法は得意持ちが使うけど、攻撃とか 索敵とか 持っておいた方が良さそうな魔法に関しては全員が使えるようにしてるよ。ハイどうぞ」
設置が出来たところで シートは片付け、椅子の上にクッションだけ置いてもらう。石は硬いからね。
女子チームも丸めたマントを四角く畳み クッションとして使うことにしたようだ。
「それで さっきの続きだけど、魔法を使うのに魔力操作が凄く重要なのは当り前だよね?」
「ええ、学園でもそれは何度も言われたわ」
「おお、ネリア達が入ってからは 俺たちもそれなりにやるようになったな」
うんうん、冒険者は魔法使いでもない限り そんなに魔法を多用しないし、脳筋系の人たちは身体強化以外使わないって人も珍しくはないもんね。
お父さんですら 長年何となくで使ってたし、テリューさんとアンさんは 確実にお父さんタイプだと思う。
何かを感じたのかテリューさんと目が合ったので ニッコリ微笑んでおきましょう。
「僕たちも最初から得意属性以外の魔法が使えるとは思ってなかったんだけど、学び舎の子達を見て考えを改めたんだ」
そう言って 学び舎での取り組みを伝えた。
風魔法と木魔法を使ってのカルタ作りで繊細な魔力操作の訓練が出来た事、武術訓練でアスレチックを作るようになった事で 土魔法が得意属性に増えたこと、同じ魔法を使い続けることで無詠唱でも使えるようになっている事だ。
「……マジか。それは リズモーニの学び舎全部がそうなのか?」
「いや、あそこまでやってんのはサマニア村だけじゃろうな。
そもそも学び舎完全無償はプレーサマ辺境伯領だけじゃしな」
「「「流石魔境……」」」
ん?何か変な言葉が聞こえたけど 辺境の言い間違い?
まあでも 【ファイアボール】は呪文の詠唱をしながら 腕を突き出さないと出来ない子供でも、【ウインドカッター】、【研磨】、【アースウォール】は無詠唱で出来るようになっている。
その事を告げれば 目から鱗という感じで 口がポカン状態の6人が出来上がってしまった。
気持ちが落ち着くまで テントの準備でもしておきましょうかね。
長年冒険者をやっている人たちの常識がガラガラと崩されていく……




