第303話 ゲルシイの森ダンジョン その9
5階の空き部屋で簡単な昼食をしていた時、例のグルグル冒険者たちがようやく抜け出せたことが分かった。
「思ったより時間がかかったな、これは確実に斥候がおらんな」
「っすね、ここでこれなら10階まではかなり厳しいんじゃないっすかね」
「え、そんなにひどい感じ? 何人くらいで動いてんの?」
「6人だね、パーティーにしては多い?」
「いや、普通じゃな。男女混合じゃと偶数になるようにするのは多いし、そうじゃなくても 前衛、後衛、回復、斥候を入れようと思ったら6人ほどになってもおかしくない」
お兄ちゃんたちは 索敵担当を完全に分業にしたようで、この階はクルトさんだけが見ているみたい。まあ他の魔法をバンバン使うならその方がいいよね。
6人組は 魔獣との戦いに危険はないらしく、エンカウントしても 然程時間がかからずに動き始めているので 唯々 迷子になりやすいんだろう。
「まあ こいつらはこのままじゃしばらく5階だろうし、俺らは6階に行くか」
クルトさんの声掛けで昼休憩は終わり、片付けてから部屋を出る。
シカーバットが居ないから 天井の罠を発動されるという事もなく、足元の罠、壁の罠もひょいひょいと避けながら先を進む。
「ん?この人たち やばくない?」
「え?なに」
私の呟きに トンガお兄ちゃんが聞き返そうとしたその時に その声は響き渡った。
「パニックルームだぁぁぁあ!ハンラン ハンラン!いたら逃げろ~~~‼‼‼」
その声と同時にブワっと5階全体に魔力の波が押し寄せる。
ああ、これがパニックルームを開けた時の波動ってやつなんだ。
だとしたら これも壁で抑えられてるね。目の前で開けても感じたことないもん。
「開けちゃったみたいだね」
「そうじゃな、久々に聞いたぞ」
「パーティーは……、壁作ってる感じかな。魔獣は走り回ってるけど 人は固まったまんまだね」
特に焦ることもない私たちだけど 皆準備は万端、私は魔法かな。
そうこうしてたら前と後ろの両方から蹄の音が鳴り響き 想像通り鹿が来た。
馬みたいに パカラ パカラではなく、タターン タターンという音だったんだけど 近くに来て納得。両足を揃えて飛び跳ねるように移動してきています。
「ケイブディアじゃな、風魔法を使うから気を付けろ」
パニックルームの魔獣については詳細が無かったけど、初めましての方でした。洞窟にいるから角がないのかな?
鹿たちは私たちを見つけたからといって止まるでもなく そのまま走ってこようとするので 【エアカッター】で首チョンパしてみる。
「うわっ、びっくりした!」
斬った首が落ちてもそのまま走ってくるから 飛退いちゃったけど時差でキラキラして消えて行った。鶏じゃないんだから勘弁してください。
近くまで待てば同じことがありそうだからと 通路に姿を現した時点で仕留めることに。
「ヴィオ、そっち側壁作れる? 俺そっち側で槍使うわ」
「あ、そうだね じゃあ僕はこっちで壁作るから クルト こっち一緒にやって」
「そしたら儂は外を回ってくるから ヴィオ、儂が通ってから壁を作ってくれ」
え?お父さん一人で行くの? 大丈夫?
そう思ったけど お兄ちゃんたちもよろしくとか言ってるし 大丈夫なのかな?
熊VS鹿とか 確かに負けなさそうだけど 大群ですよ?
まあもし危険そうだったら走って追いかけよう。
お父さんが駆け抜けてから水の壁を作る。向こうから鹿が来るけど……って思ったら壁を走って抜けてった。
「お父さん 忍者じゃん!」
やっぱし 朝のいつの間にかいなくなってるのも 空蝉の術を使ってんだよ。マジお父さん半端ない。
「あ~、あんときもあんな感じで移動してたんだな。ある意味飛んでんじゃねえか」
「だね、僕も初めて見たけど あれ、僕もできるようになるかな」
そんな事を話しながら目の前にどんどん現れる鹿を倒していく。
落とすのは鹿肉、鹿革、魔石のどれか。
誰が鞣してくれたんだろうとか考えてはいけない、使いやすくていいよね。
お父さんの印はずっと目で追っているけど ほとんど止まることなく動き続けており、通るたびに鹿と思わしき印が消えていく。
「あれ?そういえばまだ残ってるこの階の魔獣たちが居た筈だけど それはこっちに来ないね」
「あ~、この階の魔獣だと この勢いに飲まれずにいるのはオークぐらいだろ?
多分他は魔獣の勢いで潰されてるんじゃねえかな」
おぉ、まさかの魔獣たちにとってもパニックなルームなんだね。
一緒になって走ってくるようなスタンピードとはまた違うんですね。
ある程度減ってきたところでお父さんも戻ってきた。
「これだけ減らせば大丈夫じゃろう、こっちも上々じゃったようじゃな」
ケロっとした顔してるけど、お父さんはダンジョンで保護者役をしてくれているから 普段は戦わずに見てるだけだったもんね。
ガッツリ戦えてスッキリしたのかな?だったらよかったです。
「あの人たちはどうするの?怪我してたりするかな」
「どうだろうな、人数は減ってねえし生きてはいるだろ。
まあシャウトも階に人がいる可能性を考えて叫ぶだけだから 俺たちがいるとも思ってねえと思うし 関われば どれだけ倒したんだ?ってなるしな、関わる必要はねえよ」
そういうものなんですね。
確かにまだひと塊のまま動いてないから 土壁か何かで身を守っているんでしょう。
これだけ倒したんだから パニックルームの宝箱はこちらで確保したいけど あの人たちが部屋の前にいるから 関わらずに行くことは無理だろう。
今回は残念ながら諦めよう。
後ろ髪を引かれる思いをしながらも 6階への階段を下りた。




