第28話 算数の授業
チリ~ン チリ~ン
授業が始まる鐘が鳴り、その音が鳴り止む直前に ドタバタと足音が響く。
「ふぃ~、間に合った~!」
「間に合ってないよ、このバカタレが!」
昨日同様 ギリギリに来たのはトニー君。
ちなみに 寝坊助ワンコ兄弟は、今日は二人で登校してきた。ハチ君もお目覚めばっちりのようですよ。
トニー君のすぐ後ろから入室してきたのは 兎獣人のおばさまだ。
トニー君の後頭部を 遠慮なく叩いてるあたり、このギリギリはいつもの事なんだとわかる。
「おや、この子が新しい子だね。算術を担当している 兎族のエリアだ。」
「はじめまして、人族のヴィオ 5歳です。よろしくおねがいします。」
「本当にしっかりしているね。これは皆が口を揃えて優秀だというのも真実味があるね。授業にどれだけついてくるか 楽しみだ。」
「うえぇ~、ヴィオ 早速エリババに目つけられてんのか。可哀想に。」
「だぁれが ババじゃ!このバカタレトニー!お前 昨日はまた 魔力を暴走させたらしいじゃないか!」
「げぇ~!何で婆ちゃんが知ってんだよ。」
突如始まった鬼ごっこ(?)は、兎族だからなのか、机などの障害物をものともせずに 飛び跳ねてトニー君が逃げて、それをさらに高い跳躍で追いかけるという、中々動くに動けない状況になっております。
というか、エリア先生はトニー君のお婆ちゃんなんだね。
もっと続くかと思った鬼ごっこだけど、1周しないうちに エリア先生の魔法で拘束されたトニー君。
現在エビフライの様に……ではなく、エビの様にピチピチしております。
学び舎で使用する回復薬は 家族に実費請求があるらしく、立替をしていた祖母《エリア先生》は 孫のお小遣いを減らすことで 回復薬代に充てるそうです。中々シビア。
私もお父さんに迷惑かけないように気をつけよう。
「本当に毎回懲りないよな。」
「トニー またしばられてる。」
先生の隣でピチピチ跳ねるトニー君を見ても 皆の反応があまりにも普通過ぎて、これが日常的に行われている事を知る。
分かってて失言をするという事は、お婆ちゃんに構ってほしくてやってるのかな?
可愛い孫との肉体言語を使った語り合いってことかな?うん、私にはまだ ハードルが高いかな。
「おや、3人で一緒に座るのかい? 狭くないか?」
チビしかいないからそうでもないけど、両隣に空いている席があるからそっちに移動でも良いと思ってます。
「せんせー、ヴィオは色々教えてくれるから ここがいいんだぞ。」
「そう、びおは 凄いの。」
昨日の言葉の授業と生活魔法の二つで完全に懐かれたようです。
授業で分からないところがあったら、と思っていたのに 当り前の様にここに座らされた。
先生も 面白そうにしてないで ?
でも二人の尻尾による幸せパンチも捨てきれないので、とりあえずはこのままでいいかな?
という事で、授業スタート。
用紙を配られて 自分たちで何かをしているのは9歳の三姉妹。これは言葉の授業と同じだね。
7歳と6歳も用紙を配られて、多分計算問題なのかな?
ウーン ウーンと言いながら紙とにらめっこしている。
さて、5歳は何を教えてもらえるのかな?
「さて、お前たちはどうしようかね。数字は覚えただろう?足し算から始めようかね。」
まさかの手探りです?
まぁ、レベルを見ながらってことなんだろうけど……。
「二人は数字、何桁まで覚えているの?」
「ケタ ってなんだ?」
「ケタ?な~に?」
ん?桁を知らないって事は、10までの数字が言えるってことかな?
知ってる数字を小さいのから教えて、って聞いたら
「3,5,6,7,8,9」とレン君が。
「んと5,6,7,8,9」とハチ君。
レン君の方が 数字が多いのは 弟君の年齢があるからな気がする。
先生もびっくりしているけど、これは気付いていなかったのかな?
でも数字の大きさは分かってるみたいだし、ハチ君だって10のうち半分は覚えてるから大丈夫でしょう。
トランプがあれば 遊びながら数字の勉強が出来るのに、そういう玩具があるのか お父さんに聞いてみよう。
「ハチ君、レン君、数字はもっと沢山あるんだよ。
まず お芋があるとするでしょう? これは何個ある?」
手元の小さな黒板に丸を一つ書いて見せる。
レン君、芋はそんなにきれいな丸じゃないとか言わないで。
「んと、いっこ」
ハチ君が答える。 “いっこ” が “数字の1” というのに結びついてるだろうか。
レン君も「いっこ だな。」って言ってるね。
「そう、1個。 1つという意味だね。数字の中で3より小さい数字が出たね。」
「「あっ!」」
アハ体験って言うんだっけ?
二人は尻尾がピーンと伸びるから、目に見えてアハが起きてるのが分かるね。
「ハチ君の板 貸してね。
じゃあ、私が1個のお芋を持ってて、ハチ君もお芋を1個持ってるとするでしょう?
これが一緒になったら 何個になる?」
ハチ君の黒板にも丸を一つ書いて、私の黒板と並べて見せる。
「んと、ぼくのがいっこで、びおも いっこ」
「二人のが一緒になるから ふたつ?」とはレン君、
「あぁ、にこ だね! びお、にこ!」気付いたハチ君は嬉しそう。
言い方が二つと2個、同じものだと理解もしてる。
人数だと数え方が違うのも 耳で聞いて理解はしてるんだね。
「そう、ハチ君、レン君 凄いね。2個だね。
だったらこれは、何番目の数字になる?」
「「1個の次だから2番目だ!」」
うん、当り前のことを言ってるんだけどね。
先生も 私が初めに座ってた席に座って ジッと見ているんですが、続けていい?あぁ、そうですか。
「じゃあ、次はレンくんの 板も貸してね。
レン君もお芋を1つ持ってたから、私たちのが一緒になったら何個になった?」
「これ おれ 分かった!」
「えっと、ぼくの一個、びおの一個、レンの一個でしょ?」
悩み始めたハチ君に、レン君が「おれの弟の年だぞ。」「マーレさんたちの数だぞ!」と掛け声をかける。
「ロンの年?マーレお姉ちゃんたち。さんにん。
あぁ!さん! 三個?」
3という数字が普段周りに無ければ 言葉として捉えないのかもね。
でもレン君のサポートで、サンという数字も出た。
そしてこの調子で9までの数字は無事に覚えることが出来、難関かと思っていた10は二人が知っていた。
「10歳になったら学び舎からいなくなるんだ。卒業って言うんだぞ。
冒険者の人は、銅ランクのベテランになってるから 少しずつ遠くの依頼を受けるようになるし、学校の仲間とパーティーを作ってダンジョンに行ったりするんだ。」
「あとは、お家の仕事をするのも10歳からなんだよ~。」
あぁ、そういう理由が有るから10という数字は特別なんだね。
10から言葉も文字も足すだけなので、二人も然程迷わなかった。
3桁はまだ先みたいなので 一先ず10の位までできればいいでしょう?
「本当に 教えちまったね。これは参った。
この年齢の子供らに 一から教えるのは 何をどうして説明すればいいか分からなくて 困ってたんだよ。
なのにどうだい? 数字どころか足し算まで覚えちまった。
ヴィオ、あんた本当に5歳かい?
いや、人族は賢いのが多いとは聞いてたけど、こりゃたまげたね。」
先生の言葉に 少しドキっとしたけれど、疑ったとかではなく 感想の一つだったようでホッとする。
というか、生徒が教えているのを放置しないでください。
いや、アハ体験からくる幸せパンチが 嬉しすぎて、足し算と引き算まで教えたのは私ですけどね!