第274話 お別れ会
「えぇっ、これ、完全にドレス……。しかも新作」
マッサージを終えて室内に待っていたのは美しいドレス。
今まであのクローゼットという名の部屋では見た事がないから絶対新作だ。
「うふふ、気付いて下さいましたか?
こちらは お嬢様がお越しになってから 実際にお嬢様と接したわたくし達が お嬢様をイメージして 作らせていただいたドレスですの。
……如何でしょうか」
嬉しそうに紹介してくれたのに 最後は少し不安そう。
そんな不安になる理由なんて何もないのに。
風呂では自分で自分を洗うこともなく ツルピカ綺麗に磨いてくれて、マッサージまでって、どこの姫やねん 状態。それに訓練服も作ってくれた。
姫っぽいドレスや 動きやすいワンピース、色々作って着せてくれた。
こんな体験二度と出来ないと思う。
今日用意されたドレスは 瞳色のドレス。
前にも菫色のワンピースを作ってくれてたけど、今回のは 実際の私を見て作ってくれたというのも嬉しい。動きやすいように足元はふんわり だけどミモレ丈だから引き摺ることもない。
膝丈スカートはちょっと恥ずかしがってたのを覚えてくれてたんだろう。
サテン生地のチューブトップ型Aラインドレスの上に オーガンジーの生地で長袖になっているから 素肌をさらしているという感じもしない。
そしてその透け感がある生地に 縁取りだけの菫の花が大きく幾つか刺繍されているのが可愛い。
私のマジックバッグに入っている菫の刺繍を母が刺してくれたものだと伝えたことを エミリンさんが覚えてくれてたんだと思う。
「凄い、凄く素敵です。しかもこれ、菫の花が刺繍されてるのも凄く綺麗。
とっても繊細で可愛いし、本当のお姫様になったみたい。
毎日可愛いお洋服を着せてもらって 髪もとっても可愛くしてくれて、毎日が夢みたいだったの。
ただの平民なのに 皆いつも優しくしてくれて、多分そんなお貴族様はこのお屋敷の人たちだけって分かってるけど、私 このお屋敷の皆さんが大好きです。ほんとにありがとうんぎゅ」
この屋敷の使用人は獣人、エルフ、ヒト、ドワーフと多種族だ。貴族もいれば 平民もいて、上下関係はしっかりあるけど 私とお父さんはお客様として 本当に丁寧に接してくれた。
好きにならない理由がない。そう伝えようとしたら 柔らかいものに包み込まれた。四方八方からギュウギュウおしくらまんじゅう状態だけど、皆が抱きしめてくれるのは嬉しいので 目の前のエミリンさんを抱締め返す。
お母さんってこんな感じだったのかな。
あの時の記憶は断片的で、会話は覚えていることもあるけど 抱きしめられた感触は覚えていない。だけどとても大切に育ててくれていたのはよく覚えている。
私はお母さんに愛されていたんだって、ちゃんと感じてる。それを返せなくて、返すことは二度と出来なくて、それが一番悲しいけど、だけど その分他の人にちゃんとありがとうが言えるように 楽しく元気に生きていきたいと思う。
メイドさん達の数名がスンスンと泣いているのも聞こえるけど、エミリンさんが復活して 準備を再開。
先生もギルマスたちもアッと驚かせましょうだって。
ドレスを整え、髪はユルフワウエーブで サイドを編み込みにしてハーフアップに。白いレースのリボンはメイドさんが手編みで作ってくれたもの。
いつもはしないけど、少しだけお化粧もしようと お粉を少しつけて リップクリームで艶出し。元々の唇の色が血色良いから 色を乗せない方がいいとの事。
いや、6歳児ですし口紅とか持ってないですけどね。
完成した姿に 可愛い、持って帰りたい、天使などと 沢山褒めて下さりありがとうございます。
皆にお礼を言って 晩餐会の食堂へ。
「これは 驚いたな……。そうしてっと マジで貴族の令嬢だぞ」
「ええ、立派な淑女に見えますね、ヴィオさんとても美しいですよ。エスコートをしても?」
食堂で待っていると思ってたのに お父さんたち三人は階段下で待ってくれていたらしく、私が階段を下りていると気付いて サブマスが迎えに来てくれた。
お父さんも いつもの冒険者装備ではなく、パリッとした開襟シャツに深い緑のパンツ、ギルマスとサブマスは流石元貴族という感じで 礼装だ。
多分本当の礼装よりは随分カジュアルなんだろうけど、だけどジャケットとタイがとっても格好良い。
お父さんは解禁シャツの隙間から プレゼントしたお守りが見える。ああ、だからタイは付けてないのかも。
「サブマスさんも、ギルマスさんもとっても格好良いですね。
お父さんも いつもと違って凄く格好良い、お守りもそうしてると見えるんだね」
「ああ、スティーブンさんが用意してくれてな。折角じゃから見えるように開けて着れるシャツにしてくれたんじゃ」
流石ブン先生、分かってるね!
サブマスの手に手をのせるのが礼儀なんだろうけど、身長差がありますからね。手を繋いで一緒に下りますよ。
食堂の前にはオットマールさんとブン先生が扉前で待ってくれていて 私たちの到着と同時に扉を開いてくれる。
パチパチパチパチ
いつも使うテーブルではなく、物語に出てくるような長いテーブルが用意されており、様々なお料理が所狭しと並んでいる。
そして部屋の両サイドを埋めるように 屋敷で働く使用人の皆さんが並んで拍手で迎えてくれた。
騎士達は多すぎるので、代表して隊長と副隊長の二人だけだけど、屋敷内の人たちは料理人さんも全員が集まってる。
正面にはドゥーア先生が これまた初めて見る正装で 笑顔を浮かべて立っている。その両側には 先ほど扉を開けてくれた オットマールさんとブン先生。その後ろにはエミリンさんを中心としたメイドさん達も並んでいる。
「今日まで屋敷で過ごしてもらっておよそ一月かな。
こんなに充実した毎日は久しぶりに過ごせた、本当にありがとう。
君たち親子が来てくれたことで 料理人のレシピが増え、新しい素材がこの町に増えるだろう。
そして騎士団には新しい訓練が広まり 更に強固な守りを得ることができる。
メイドたちの心の渇きを埋めてくれたことで 少々これからが心配ではあるが まあそれは後々考えよう」
メイドさんのところで笑いが起きるけど、みんな真剣に頷いたりして先生の言葉に応えている。
「回復魔法の可能性を広めてくれたおかげで これからのリズモーニは更に魔術の国として感謝されることだろう。その素晴らしい功績を君から奪うのは心苦しいが その責任や面倒を嫌うことも分かっているから 全てひっくるめて私が引き受ける。
だが、感謝の気持ちは贈らせてほしいんだ」
先生の言葉で大きなワゴンが入ってくる。上には大小さまざまな箱が置いてある。
「ヴィオ嬢は 旅を続けるんだろう?
だが時には村に戻り、この屋敷にも立ち寄って休むときもあるだろう。
だからその時に役立ててもらえると嬉しい」
そう言って渡されたのは 数々のプレゼント。
開けてみて欲しいと言われて お父さんに箱を開けてもらい 抱き上げてもらって見下ろせば 錬金術で必要となる様々なお道具が入っていた。
羊皮紙だけではなく、インク、羽ペン、定規、コンパス、新しいノートに筆記用具まで。
インクは2種類も入っているので 高度な魔法陣を書く時用のものだろう。
聖属性魔術について書いてある本、闇属性魔術について書いてある本、この二冊は 紐綴じになっているのと 見覚えのある字である事から メイドさんたちが写本してくれたのだと分かる。
「先生、皆さん……。
こんなに素敵なモノばかり 本当にいいのですか? 貰っちゃったら返しませんよ?」
「ははっ、貰ってもらいたいんだよ」
「ええ、是非沢山使って 沢山作って練習して、お嬢さまが作りたいと仰っていた耳飾りも作れるようになりましょう」
「ええ、来年 また来てください。まだその時に作れていなくても、再来年来てくれたら作れるようになっているかもしれません」
「ああ、あの部屋は 君たち親子の部屋としてそのままにしておくつもりだ。
元々この屋敷に尋ねてくる者など殆どおらんからな。ヴィオ嬢の洋服は 使い勝手の良いものは持って帰っておくれ。その方がメイドたちも喜ぶ。
ドレスは流石に邪魔だろうから、来年来てくれた時に着れるように調整しておくのも メイドたちが楽しんでやるだろうしな」
ウンウンと大きく頷いているメイドさんズ。
あの大量の洋服を持ち帰ったら 箪笥がいっぱいになっちゃうので お父さんとエミリンさんに選んでもらおう。
そして来年以降もここに来て良いと確約してもらった? ダンジョン巡りもあるし、来年は銀ランクになってるから 上級も巡っている可能性があるからね、いつ来れるかは分からないけど来れると良いな。
その後は 立食形式でお別れ会が始まった。
長いテーブルだとお喋りが出来ないと言っていた事を覚えていた先生たちが 皆とお喋りできるようにと 考えてくれたらしい。
とはいえ 私たちは丸いテーブルに少しずつ取り分けてくれたお料理を持ってきてくれるので それを食べながら 来てくれる人たちとお喋りしている感じだけどね。
サブマスとギルマスは放牧中、料理人さんのアテンドで お料理の説明を聞きながら「これがハズレの黒だとぉぉぉ!?」とか聞こえてくるので 楽しんでいるようだ。
本当に こんなに楽しい毎日が送れるなんて思ったなかった。
「ドゥーア先生、学園に、王都においでって誘ってくれてありがとうございました。
とってもとっても楽しかったです。
魔道具作りはまだまだだけど、ちゃんと練習して 次に会う時にはもう少し上達しているように頑張りますね」
「はっはっは、ヴィオ嬢が頑張ってしまうと とんでもない魔道具が出来上がりそうだけど それはそれで楽しみだ。
ダンジョンの不思議も 作りたいメモも、また沢山埋めて 次に会った時に見せて欲しい。
ヴィオ嬢の視点は我々にはない面白い情報で溢れている。きっと純粋に楽しんでいるからこそだろう。
是非 その瞳が曇ることのない様に楽しんで活動してほしい」
次は遺跡ダンジョンでも楽しい発見が出来そうだしね、私もあのノートが埋まるのが楽しみだ。
先生たちとの楽しい夜は 食べて飲んで 少し泣いて とっても楽しい夜だった。




