第262話 先生とダンジョン 後半
お屋敷からダンジョンまでは 先生の風魔法ドーピングで走り抜けたので 4時間ほどで到着していた。追い抜いた人や 商人の馬車の御者さんなどは驚いていたようだけれど、どう見ても貴族の馬車だし 知る人は知るドゥーア先生の家紋は有名らしいので 大した騒ぎにはならないだろうと本人が言っていた。
なので早朝すぎて人通りがそこまで多くなかったのをいいことに、殆どドーピング状態で走り抜けたのだ。
ダンジョンに到着したのが朝の10時ごろ、途中呼び出してランチを食べさせたのが12時過ぎ、昼食時に私が書き写したノートを見て 他もそうしようと言ってたんだけど、壁画に戻ったらやっぱり考察が始まってしまったのは研究者あるあるなのだろう。
仕方ないと笑いながら 私が壁画を黙々と写す事10カ所分、17時を過ぎた所でお父さんから終了の声掛けがあった。
見て回るだけでも2時間程かかった このフロア。
写して歩くとなると5時間あっても まだ終わっていない。
「先生方 もう今日は終わりじゃ、流石にダンジョン内での野営をさせる訳には行かんからな。
一旦出て フルシェの町に宿泊しよう。続きは明日もう一度潜ればええじゃろう。
ヴィオの写しはどうじゃ?」
「明日半日あれば写し終わると思う。文字も同じ文字が多いから写し慣れてきたしね」
「同じ文字が多いですか? そうか、他のものとの共通点を探し出してから文字を当て嵌めていった方が……」
「はいはい、その考察は宿に戻ってからじゃな。スティーブンさんは 屋敷に連絡せんといかんのじゃろう?」
「はっ!そうでした。ああ、またオットマールに怒られる……」
家令のオットマールさんは 先生と一緒になって集中しすぎるブン先生に時々厳しいからね。
日帰りの予定が泊りになるのは 何となく予想をしていただろうけど、私が一人で壁画を写している中で、先生と二人 1か所目で考察をし続けていたと知ったら 滅茶苦茶怒られるんだろうな。
言わないでおいてあげよう。
とりあえず手荷物を片付けて 私が最初にダンジョンから出る。先生たちが続いて 殿がお父さんだ。
「あぁ、お戻りになったのですね。随分遅いので心配しました」
出た途端 受付のスタッフさんが駆けだしてきたけど ずっと気にして見てたんですか?
1階だけだし 護衛までついているのに 何が心配だったんだろうか。
とりあえず受付さんには 調査はまだ終わってないので 明日も潜る事だけ伝えてから フルシェの町に移動した。
招き猫亭は 流石に前回来た時点で奥さんが臨月だったし、多分休業しているので 他の高級宿にお泊りです。
私たちを宿に送り届け 馬車を預けた後、ブン先生は冒険者ギルドにダッシュで向かってた。多分お屋敷に速達便を依頼しているのだろう。
こういう時に電話があったら便利だなって思うよね。
翌日も早朝からダンジョンへ。昨日はお屋敷からの移動時間があったけど、今日は町からだから20分くらいで到着です。
夏だからもう日は上っているけれど まだ朝の6時前。
私たちの早すぎる訪れに 受付スタッフもびっくりしてました。
早朝から続けた壁画の写し、10時過ぎにお茶休憩(先生たちは参加せず)12時過ぎにランチ休憩を挟んだけど 14時過ぎには写しも終了。
途中で3組ほど 冒険者パーティーがダンジョンに入ってきた時に、私たちが壁画を真剣に見つめてメモしている姿に驚いていたけど、お父さんが 学園の先生が文字を調べているだけだと言って追い払ってた。
まあ 聞いてきたのは一組だけで、どう見ても学園の生徒っぽかったから 先生たちに気付いて 気になったのかもしれないけどね。
他の二組は 明らかに貴族っぽい人たちに関わらずに済むようにと速足で2階に上がって行ったので、貴族と冒険者の違いがよく分かった。
「あぁ、ヴィオ嬢 写しをありがとう、どうしても現物を目の前にしてしまうと 考えに没頭してしまって駄目だね。非常に助かるよ」
「ええ本当に、アルク殿もありがとうございます。これだけダンジョンという危険地域で 安心して考えに没頭できるとは思いませんでした」
写しもほどほどに 先生たちは絵の内容、文字の意味、言葉の繋がりなどを考え始めて 全然進まなかったからね。
いや、先生たちの中での考えは進んでいると思うんだけど、写すという作業がね。
私はその点 写すと決めたら 内容は気にせず 写す事だけに集中してたからね。あとでゆっくり見て理由を考えようと思ってます。
昨日とは違い 早めの時間に出てきた事で 受付さんもホッと安心した様子でした。
「ドゥーア先生、先生たちは速く帰って調べたい? きっと帰り道でも考えに没頭しちゃいますよね?
だったらお父さんが御者さんをしてくれるので、私が風魔法つかいますけどどうしますか?」
「いや、流石にそんな……」
お父さんとお茶休憩中に二人で考えていた事だ。
きっと手につかなくなるだろうからその方が安全じゃないかと思ってます。
ブン先生は流石に申し訳ないからと断りかけるけど、ドゥーア先生が 「確かに……」と悩み始めた。
「まあ 首都に入る時には スティーブンさんが御者をしておいた方が良さそうじゃからな、首都の壁が見えた時点で声をかける」
お父さんの一言が決め手となって 二人はそそくさと馬車に乗り込んだ。
私のノートも渡したし、きっと話し合いは私たちが声をかけるまで続けるだろう。
結果、首都の外壁が見えたところで声をかけても気付いてもらえず、門番さんも御者席に私たち親子が座っていることを不思議に思って車内を覗き込んだら納得。結局そのままお屋敷までお父さんが御して帰りました。
もちろん風魔法は首都の壁が近づいた時点で終了してますよ。
「おかえりなさいませ、旦那様、そしてスティーブン? 君には少し聞きたい事と話したいことがあるので 後で私の部屋へ」
「あ、ああ……ただいま戻った」
「は、はい……。アルク殿 あの、ありがとうございました」
お屋敷の門前に立つ騎士さんも既に全員が顔見知り。お父さんが御者をしていることを不思議に思ったようだけど 車内を覗いて納得の顔。
玄関で待っていてくれたオットマールさんは 呆れた溜息を吐いた後、お父さんと私に深々と頭を下げてきた。
そして馬車から下りた先生たち二人に 絶対零度の視線とおかえりなさい。
こんなに怖い “おかえりなさい” 初めて聞いたよ。
隣に立つエミリンさんもヒンヤリした笑顔です。きっと昨日帰らなかった事が原因でしょう。
到着した今、すでに夕食時間なので お説教は後のようですね。
エミリンさんは ダンジョン帰りのそのままで晩餐に行かせたくはないけれど、ゆっくり用意していれば食事の時間が遅れてしまうと 苦渋の決断!みたいな感じです。
その場でクリーンをして汚れを落としたけど そういう事じゃないらしい。
「お嬢様を可愛らしく着飾れるチャンスはそうないのですよ? 旦那様方はそういう事をお考えになられないから……」
もう!とプリプリしてるけど、理由が微笑ましすぎるので 「明日からまたお願いします」と言っておきます。




