第261話 先生とダンジョン 前半
フルシェのダンジョンは 王都から直接来る人達もいるから 馬車留めがある。
前回の私たちは ケーテさん達家族と合同パーティーを組むこともあり 町のギルドで手続きをしてから来たけど、今回は王都のギルドでブン先生が護衛依頼をだし、お父さんが受ける形で既に手続きが終了している。
「ダンジョン1階の調査 ですか? 特に変わった事があったと報告はありませんが、高名な魔導学園の先生にお越し頂けたとあれば またこのダンジョンも盛り上がりそうです。
依頼用紙には1階のみと書いてありますので、2階以降には行かないようにお気を付けください」
ダンジョン入口にある受付で依頼用紙を提出すれば、元学生なのか 先生の事を知っていたらしく ちょっと興奮気味。
先生もあまり喋らず “うむ、調べたいことがあってな” とだけ答えてるから ちょっと気難しい学者さんに見える。
まあ1階にはノンアクティブのスライムしかいないのは係の人も知っているようで 私たちに一瞥をくれただけで特に何も言われなかった。
「1階に襲ってくるような魔獣はおらんが 念のため儂から入る。先生たちはその後に、殿にヴィオが入る形でええか?」
「うむ、そのようにしよう」
「おねがいします」
「私が最後だね、大丈夫です」
ダンジョンに入る時、もうちょっと興奮するかと思いきや ドゥーア先生はさっきと同じ口を一文字に結んだ状態。ブン先生は真面目な顔だけど 少しだけウキウキしているかな?
お父さんから順に 真っ暗な中へ消えていく。
ドゥーア先生はちょっとびっくりしてるけど、そのまま進んで大丈夫だと言えば 一つ頷いて入って行った。ブン先生も直ぐに続く。
こないだはそんなことなかったのに 係の人が外に出てきて先生たちを見守ってたので、一応手を振ってから中に入った。
「おぉ!これが! 本当に全く違う世界が広がっていたのだね。
真っ暗で外からは何も見えなかったのに、これは話を聞くだけでは分からなかったな」
「そうですね、先生!見てください!コレ、古代文字ですよ」
「おぉ!確かに。見覚えのある文字だ。しかしこれは……」
足を踏み入れたダンジョン内はカオスでした。
さっきまでの学者風は何だったのか、入口で立ち止まっていると思ってたのに 既に動き回ってます。興奮気味にあちこち見回し 壁画を見つけてはジッと眺め、他も見てみようとまずは1周することにしたらしい。
お父さんは既に索敵済みで、この階に人がいないのも確認しているから特に焦らず放置を決めたようだ。
ボスを倒した人たちが戻ってくる可能性はあるけど、戻ってくるときは先に転移陣が現れてキラキラするからすぐわかるらしいので、キラキラしたら先生たちに声をかければ良いだろう。
お父さんは入り口近くで待機して、誰かが入ってきたらすぐに伝えると言ってくれた。
「緊張して静かなのかと思ってたけど 興奮してるね。さっきまでは学者さんっぽかったのに、すっかりいつもの先生だね」
「ぶはっ、ドゥーア先生は高名な先生じゃからな。周りが持つイメージを崩さんようにしとるんじゃろ。
儂からすれば あの先生がイメージ通りで、普段の先生はまだ驚くことの方が多いぞ」
え?そうなの?
私の中のドゥーア先生は サマニア村で会った時がはじめだから、サブマスと同じ匂いがするとしか思えなかったな。
魔法に関してはへんた……へんじ……集中しすぎる人っていう感じ。
しばらくお父さんと並んで 先生たちが彼方此方を興奮気味に歩き回っている姿を眺めていたんだけど、1時間ほどで1周見回ったようで私たちのところへ戻ってきた。
もうね、二人とも目がキラッキラですよ、何なら肌艶もプルプルして見えるくらい。
「ヴィオ嬢、アルク殿、これは素晴らしいですね。まさかダンジョン内にこんなに素晴らしい遺物があるなんて思ってませんでした。
ここの外観を思えば 中身が随分違うというか 外と中が一致しないとは思いますが、これがどういった成り立ちのものなのかも調べてみたいと思います。
他の遺跡ダンジョンも是非確認しなければと 改めて思いましたね」
先生たちが嬉しそうで良かったです。
ここからは1枚ずつ見て回り、その近くに書いてある文字が意味のある物なのか、絵との関係などを含めてじっくり確認したいという事になった。
「これは馬ですね、描かれた時代がいつなのか分からないが 昔から馬はヒトの側にあったということなんだろうね」
「ええ、先生こちらは共に生活をしていた事も分かります。此方の絵は多分麦ですよね。
それを動物と共に……これは農耕機のようなものに見えるので収穫をしているのでしょうか」
「そう見えるな、その次に麦を纏めている姿、干している姿があるのであれば 収穫の流れを描いているのだろう」
「という事は ここに書いてある記号の風は もしかしたら季節を表しているのではないでしょうか」
「確かに、風、農耕、天候、豊穣だな、となれば……」
先生たちは絵から どのような内容を描いているのかを想像し、その絵の近辺に書いてある記号列の中から 魔法陣にも使われる古代文字を探し出し、間の文字に共通がないか、前後の記号と当てはめてどのような意味のある文字なのかを検証しているようだ。
私はあの記号に文字としての意味があると思ってなかったので、絵だけを見て楽しんでいたけど 目の付け所が違いますね。
ドラゴンの絵など 時々文字はなく絵だけのものもあるけど、生活を描いたものの近くには文字があるのできっと絵の説明を書いているのだろうと推察される。
先生たちは1か所で考察を始めているので これではいつまで時間がかかるのか分からない。
という事で、私は先生たちが見ているのとは反対側から 壁画を写すだけの作業をしていきます。
ノートを拡げ 絵を写す。
写実的な絵ではないのが救いです。
絵を写したら 記号文字も書き写していく。魔法陣で習った文字は慣れたのでいいんだけど、そうじゃない記号というか文字は 練習帳に書く練習をしてからノートに写している。
「お~い、そろそろ休憩にせんか?先生たちも、ちょっと休憩した方がええ」
3か所目の壁画を写している途中で お父さんの声が聞こえた。
振り返れば 石のテーブルの上に お茶の準備が整ってた。ランチは私の鞄に入ってるから 私が出さないと駄目だもんね。
お父さんの鞄には 野営道具だけが入っているので お茶の準備をしてくれてたんだろう。
直ぐにお父さんのところに戻って テーブルに お屋敷で持たせてもらったランチバスケットを取り出す。
集中しすぎて聞こえてない先生二人は お父さんが直接呼びに というか引っ張ってきました。
「いやあ、すまないね。集中しすぎている時は 食事も睡眠も削って当り前の生活をしていたから気付かなかった。だがこうして食事を目の前にすると 空腹を感じるね」
「アルク殿、ありがとうございます」
ブン先生はちょっと恥ずかしそうに、そしてちょっと申し訳なさそうにしているけど、今日の私たちは先生たちが 安全に 心ゆく迄壁画の調査をしてもらうことが目的だからね。
「あ、先生たちがお屋敷に戻ってからでも調べられるように 反対側から壁画の絵と 文字を写しているので、後で確認してくださいね。
大きい絵だけのは 文字もなさそうなので、そっちは写してないです」
「「なんと!?」」
二人揃って驚いてるけど、先生たち 今日は日帰りのつもりだと覚えてますか?
ノートを見せて欲しいと言われたけど 食事が止まりそうだから 食べ終わったらと伝えれば、真剣に食事を再開し始めた。
思わずお父さんと顔を見合わせて笑ってしまう。




