第216話 フルシェの町
フルシェの町は メリテントと同じくらいの規模の町だった。
首都リズモーニが直ぐ近くにあるから そこまで栄えている訳ではなく、かといって 田舎町のように寂れている訳でもない。
この町が管理しているダンジョンが近辺にあるらしいけど、辺境のように 町の人が定期的に巡回している訳ではないのは ここに来るまでに聞いた話。
首都リズモーニにある魔導学園の学生たちが授業の一環として入るダンジョンのひとつが このフルシェが管理するダンジョンだということで、定期的に 一定数の人が入る事で スタンピードの可能性は低いのだそう。
王都から直接通う人もいるけど 王都は物価が高いから、フルシェの町に泊って通う人もいるらしい。私たちは後者だね。
入町料を支払い お父さんの元パーティーメンバーが営んでいるというお宿に向かっている。
「お父さん、そのルルムさんは サマニア村出身の人だったの?」
「おお そうじゃ、話してなかったな。
ルルムは 儂の幼馴染でもあってな、あれじゃ、リリウムの兄貴じゃな」
えっ!?
お洋服屋さんのリリウムさんのお兄さん? 結構重要情報じゃない?
「じゃあ 猫さんなんだね。奥さんは冒険者じゃないんだっけ?」
「普通の町娘じゃな。儂らが冒険者時代に 困っておったところを助けたことが切っ掛けで ルルムが惚れられてな」
宿屋の看板娘だったお嫁さんから 猛アタックされて、何年か通ううちに絆されて 結婚したらしい。
10歳は年下だというお嫁さん、ガッツがあるよね。
サマニア村でもやっていけそうだけど、サマニア村の宿は 風の季節限定だし、両親のお宿を継ぐんじゃあ 辺境には来れないよね。
「あぁ、ここじゃ」
お父さんが立ち止まったのは オレンジ色の丸い屋根の可愛いお宿だった。
看板には猫のイラストが描かれており 〖招き猫亭〗と書いてある。
カラン カラン カラン
「は~い、おまちくださ~い」
ドアベルの音が優しく響けば 奥からパタパタと足音が聞こえてくる
「はい、いらっしゃ……あら?」
「久しぶりじゃな、元気そうで何よりじゃ」
出てきたのは 女将さんだろう。非常に大きなお腹は 臨月なのだろうか、働いてて大丈夫なのか?
お父さんの顔を見て びっくりしたように固まってしまったけど。
「まぁっ! あなた!あなた~!」
「なんだ、大きな声を出して 今日は客の予定もないし 大人し……って、アルクか?」
大きな声で後方の扉の中へ呼びかけているけど、食堂かな?
男性が 心配そうな声をかけながら出てきたところで 同じように固まった。
「おお、ルルムも元気そうでよかった。今日 泊まりたかったんじゃが 予約はしておらんでな、いけるか?」
「お、おぉ、もちろんだ。って、お前のその恰好、まさか冒険者に復帰したのか?
それに 隣のは…… お前息子しかいなかったよな? 隠し子が居たのか?」
「まぁまぁ、立ち話もなんですから、とりあえず中に入ってくださいな。
お嬢さんもどうぞ」
急な再会に驚いているって感じかな? 奥さんに勧められたので 食堂にお邪魔します。
お父さんは ルルムさんと一緒にダンジョンに入れたらと考えてたみたいだけど、この臨月間近じゃあ 誘えないね。
「そうか、アルクと実際に会うのはメリーちゃんが亡くなって以来だからな。ルンガも旅立ってから 元気がなくなってってのは 妹からも聞いてて心配してたんだ。
お前が元気を取り戻したんだったら 俺も嬉しい。
あれか、今回は 遺跡に入りに来たって事で良いのか?」
私の事は 両親を亡くした子供で 1年前からお父さんが育てているという設定で説明してくれた。
お兄ちゃんたちと先週まで一緒にダンジョンに潜った事も説明したら 驚きながらも嬉しそうに笑ってくれていた。
「そのつもりだったんじゃが、ヴィオの見た目がこうじゃろう? 人がおらんダンジョンは二人で潜って来たんじゃが、それなりのところは 儂一人じゃあ 入場許可が難しそうでな。
お前を誘うつもりで来たんじゃが、まあ 早めに首都に向かうことにするかの」
ルルムさんには現在子供が二人いる。
上の子が10歳で、下の子が7歳。今年洗礼を迎えたんだけど、洗礼を機に 一人部屋を解禁することになり 昨年の夏ごろから1人寝の練習を始めてたらしい。
まあ そうなれば あれですよ。うん、夫婦が仲良しなのは良きことです。
「まあ、この年になって また子供が出来るとは思ってなかったけどな」
「儂もこの年になって ヴィオを娘として迎えることが出来て可愛くて仕方がないからなぁ」
分かるぞと 肩を叩き合うお父さんたち。
お父さん、私一応5歳になってたからね。桃太郎ばりに 川をドンブラコしてきたけど 赤ちゃんではなかったからね。
「しかし、そうだな。ヴィオちゃんは アルクの娘らしく冒険者としての資質はあるんだろうけど 見た目は 普通の可愛らしい幼女だからなぁ。
あのダンジョンは罠もあるし アルク一人じゃ 難しいかもな」
ほほう、今まで入ったダンジョンに 罠という罠はなかったんだよね。
パニックルームが 罠のひとつかもしれないけど、宝箱も ミミックは居なかったし、罠は初体験だね。【索敵】でどんな風に発見できるのか 是非試してみたい。
カラン カラン カラン
「やってるか~?」
ドアベルの音と共に 男性の声が聞こえてくる。
奥さんが さっきと同じように お客様対応をしに食堂を出ていったけど 結構お客さんが来るね。
「予約が無い日に こんなに客が来るのは珍しいんだけどな、悪いな ちょっと俺も見てくるわ。
ダンジョンは付き合えそうにないが 今日はゆっくり泊って行ってくれ」
そう言い残して ルルムさんも 受付へ。
お客さんは複数人いるようで 話し声が聞こえる。
「お父さん、ここの近くのダンジョンは 罠があるの?」
「そうじゃな、遺跡型のダンジョンなんじゃが 通路にある罠、宝箱にある罠、個室にある罠が各階にある。然程凶悪な仕掛けではないから 駆け出しの斥候なんかが 練習がてらに 何回も潜ることがあるな。
学生が入るっちゅうんも 罠の練習の為に選らんどるんじゃと思うぞ」
王都近郊にあるダンジョンは 学生たちの授業でも入る事があるダンジョンが多くあり、其々に癖があるみたいだね。
というか 『学生が入れるダンジョン』は中級までしかなく、それなりに安全性があるダンジョンだという事だけどね。
まあ、貴族がダンジョンに入って大怪我したんじゃ 責任問題とか大変そうだもんね。
というか ダンジョンって 実際に怪我もするだろうけど 入るのは任意なのだろうか。戦闘力が無い人は貴族になれないのかな?
私の持ってる貴族のイメージが随分変わってくるんだけど……。
『おぉっ! それは良いじゃないか!』
ザワっとした声に 気を取り直す。
なんだか玄関の方が騒がしいね。盛り上がってる? ルルムさんのお知り合いなのかな?
お父さんと顔を見合わせていると バタバタと 食堂に近付いてくる足音が聞こえてくる。
「アルク、ヴィオ! 私たちとダンジョンに行こうではないか!」
元気よく扉を開けて入ってきたのは、初級ダンジョン前まで一緒に訓練をしてくれていた人。
そう、トカゲ獣人のケーテさんのパパ、タディさんだった。




