第203話 グーダン大山ダンジョン その14
「水生成魔法のお陰で これだけ長く潜ってられるのは凄いな。
豊作ダンジョンはペアーの実のお陰で 他よりずっと長期滞在が出来るとはいえ、今までで一番快適に過ごせてるぞ」
日本の梨より甘みが少ないペアーの実は ダンジョン内での水分補給素材として重宝されていた。
だけど 今月からは 水生成魔法のお陰で 純水を手に入れることが出来るようになったから ダンジョン踏破を目指す冒険者は 必死で覚えることになるだろうと思う。
魔力操作に長けた魔法使いがパーティーにいれば その人に覚えてもらうのかもしれないけど、できれば複数人が使えるほうが良いかもね。
これだけゆっくり散策している割に まだ 後ろから追いついてくる冒険者が居ない事を思えば、覚えるのに時間がかかっているのかもしれないね。
私たちは 順調にダンジョン攻略をし始めて20日目、深層階も半分を過ぎて16階に到着した。
低層階の後半と同じく 5カ所のセフティーゾーンを必要とするほどに広くなった階層は 魔獣の強さも上がっている……と思う。
規格外しかいないから 低層階の時と戦い方が変わらないんだよね。
ここまでほぼ魔法だけを使ってきたお兄ちゃんたちだけど、今後のダンジョン攻略の事も考えて、魔法を補助的に使って 武器での戦闘に切り替えたから 多少の怪我はするようになったけど、それでも そんなに苦労しているようには見えないんだよね。
低層階にいたような マンティスや ラビット系は姿を消したけど、木の上で棲み分けが出来ている イエロースネーク、イエローワプス、フォレストスパイダーは存在している。
ゴブリンも出てくるけど、単体で出てくることはなく 必ず複数で現れるようになった。時々ローブを身に着けたメイジゴブリンも一緒に出てくるし、木の棒を武器にしてたり 胸当てのようなものを着たゴブリンまで出てくるようになった。
「ヴィオ、防具を着てるのは ゴブリンナイト、ハイゴブリンの上位種だよ。ハイゴブリンまでは 落ちてる物を拾って 振り回すくらいだけど ナイト以上は 武器として使ってくる。
あの棒も その辺に落ちてる木の枝って訳じゃなくて 多分こん棒とかだと思うよ」
人型相手には 訓練になるから 魔法ではなく短剣を使うようにしているんだけど、柔らかさとかが変わらないし 今までのと同じゴブリンだと思ってたら 上位種だったらしい。
確かに キラキラエフェクトが消えても 木の棒は消えなかった事を思えば “ドロップアイテムになる武器” だったという事だろう。
え~、でも ゴブリンって臭いが結構酷いじゃない? お兄ちゃんたちは ゴブリン相手には絶対魔法でしか対処したくないって言うし、その相手の持ってた武器とか 臭くない?
決して近づきはしないお兄ちゃんたちに 促されて こん棒と呼ばれた 先端に膨らみのある木の棒を拾う。棒の持ち手部分を 指先だけでつまんで 匂いを嗅いでみる。
クンクン クンクン
ん? 全く何の臭いもしないね。
「ヴィオ、結界鎧のまんまじゃな」
お父さんに言われて そういえばフルフェイスマスクタイプの結界鎧を着ていた事を思い出す。野営地に入れば 外す癖は付けたけど 外だと忘れるよね。
顔だけマスクを脱ぐような器用なことは出来ないので、一旦結界鎧を解除して 再び臭いの確認をする。
クンクン クンクン
「うん、木の匂いしかしないよ。大丈夫みたい」
もう一度嗅いでみたけど 不思議なことに 持ち主の臭いはしなかった。
というか、彼らが臭いのって あの汚い腰布のせいなんじゃない? あれ絶対に洗ってないじゃん? あれを身に着けてるから臭いだけで、身体自体は臭くないのかも。
まあ 確認する気はないけどさ。
という事で 匂いの確認はしたものの、誰もこん棒を使う人はいないので そのまま森にリリースです。そのうち スライム君に回収されるか、リポップしたゴブリンナイトさんが 回収するでしょう。
そしてボアも 複数種類出てくるようになった。
「あっ、また親子ボアで来たね」
「じゃあ 俺が行く」
大きさの違うボアが こちらに向かって走ってくる。 まさに猪突猛進という感じで来るんだけど、走りもサマニア村周辺にいる個体より遅い。
そもそもの大きさが小さい。
サマニア村で 私がボアと呼んでいた個体は 一般的に “ビッグボア” と呼ばれる種類だったらしく、ここに来て初めて 本物の “ボア” に出会った。
自転車というか マウンテンバイクくらいの大きさしかない猪は、小さすぎて ウリボウかと思って驚いたくらいだった。
そしてこのダンジョンにおける “ビッグボア” も 見慣れた個体よりは 一回り小さい。
サマニア村のが 自動二輪車サイズだとしたら この子達は ママチャリサイズだ。
という事で 2体纏めて ルンガお兄ちゃんが槍で倒しました。
先を走っていた子ボアは 目を狙って横薙ぎに一閃、傾きかけた身体は 蔓魔法で吊り上げて 後方から来る 親ボアもとい ビッグボアを正面に見据える。
仲間が急に吊り上げられるのを見て 一瞬目線が逸れた時、ルンガお兄ちゃんは 素早くビッグボアの横に潜り込み 右目から 真っすぐに槍を突き刺した。
えっぐぅ~~~
断末魔を上げることすらできずにエフェクトを残して消えたビッグボア、吊り上げられたボアも 抵抗できるはずもなく 首チョンパで終了です。
お兄ちゃん強いっす。
「っし! 今度は上手く行ったな」
複数匹で向かってくる敵は それ自体を囮として使ってくる奴らもいる。
実際お兄ちゃんたちが怪我をしたのも それが原因で 、前にいる敵を倒そうとしている時に その敵ごと踏み抜くような勢いで向かってくる敵に体当たりされて 怪我をしていたんだよね。
なので、邪魔なのは避ける。という感じで練習を繰り返している。
トンガお兄ちゃんは 落とし穴方式と 蔦での吊り上げ、クルトさんは 風魔法で吹き飛ばしの方法を練習中だ。
時々魔法の発動が遅れて 突進されることもあるけど、怪我をしたら 私の回復魔法の練習に付き合ってもらっている。
まだ集中しないと 上手くいかないので、ある程度の怪我をしたところで野営地に戻ってもらうようにしている。
ゆっくりのペースで散策しているからこそできることでもあるかな。
「まあ これくらいの怪我なら 普段は放置してるしな。練習っつっても 既に出来てんじゃねーの?
俺ら 回復魔法なんか受けた事ねーから正解が分かんねーけど」
そう、毎回感想を聞いてるんだけど、お兄ちゃんたちって 回復薬での回復しかしたことが無かったらしく 比較対象が無いんだよね。
しかも 今だってそんなに大きな怪我をすることはなく、ボアやベアーに体当たりをされたのに ちょっとした擦り傷と打撲だけって どういうこと???な感じなのだ。
「今回のクルトさんは ホッペの擦り傷と 腕の打撲だけ? 指先が痺れたりってのはない?」
「おう、それだけだな。痺れ?ねーぞ」
ちなみにホッペの擦り傷は ルンガお兄ちゃんが避けた枝に気付かずに ツッコんでいったクルトさんの自傷である。
左腕は この階から登場してきた ビッグベアーの薙ぎ払いを受けたことによる打撲だ。
見た目完全にヒグマっぽい熊が振り下ろしてきた手を 籠手を着けているとはいえ 腕で受けるとか 阿呆かと思った。
左腕で熊の手を止めた状態で 右下から剣を振り上げて首チョンパですよ。
今までは これが当り前だったらしく、それは回復薬がいくらあっても足りなくなると思ったよね。
籠手を外したクルトさんの腕を見れば 薄っすら赤く腫れているだけで 傷はない。
ホッペは 結構太い枝が掠ったので 5センチくらいの切り傷だ。
両方一気に治せればいいんだけど まだそれは無理なので まずはホッペからだ。
「クルトさんのホッペの傷がなくなります様に【ヒール】」
神の名前は忘れたので言いません。
ホッペの傷が消えるというよりは 切れたところがくっつくように、切れた血管や皮膚が元に戻るようにと想像しながら 魔力を流す。
“聖魔法” って 他の属性魔法よりも曖昧で 想像がしにくい。
だけど 人体の不思議展に行った記憶や、理科の実験、テレビで見た記憶のある 様々な映像から 人体の構造とかは この世界の一般人より知っている筈。
私の回復魔法は そういう知識の元使っているので ちょっと違う効果だとサブマスからは言われている。
どう違うのかはよく分からないんだけどね。
クルトさんのホッペにある傷が 手を添えている下の方から 少しずつ 逆再生されるように 消えていく。
見つめているトンガお兄ちゃんと ルンガお兄ちゃんは クルトさんと チューしちゃうんじゃないかと思うくらい近い。
「ちょ、お前ら 近いんだよ! 」
「だって、傷って中々出来ないからさ、面白いよ」
「おぉ、くっついてるのが見えるのはすげぇ」
「クルトさん 動かないで」
動かれると 手を当ててる場所がズレる。 ジリジリと近寄ってくるお兄ちゃんズを右手で制しながら 顔は動かさないように頑張ってくれてます。
ホッペの傷が全部なくなったところで魔力を止める。
「ふぅ~、傷は初めてやったけど 他と違う感じあった?」
「ん~、なんか くすぐってぇって感じたくらいだな」
くすぐったい……? 傷が治ろうとするのがそう感じたのかな。瘡蓋が出来ると痒いと思うのと一緒?
よく分かんないな。
打撲は 何度か治療しているので いつものように手を翳して 魔力を流すだけ。
炎症が引くように、筋肉や細い血管など 傷ついた部分が修復されるように、そう思いながら 魔力を流す。
お兄ちゃんたちも この魔法は何度か見ているし、見た目は変わらないので 昼食の準備をし始めてます。
本当に うちの人たちは自由です。




