第18話 学び舎と生徒たち
迷子になった気がして 少々凹んでいるうちに、大木の広場に到着していた。
この広場に面する建物は、八百屋、 肉屋、魚屋などの 住民の台所的なお店や、武器屋、防具屋、鍛治工房などの 冒険者御用達のお店だった。
んで、少し裏道に入ったら洋服屋、靴屋、布屋など、村の人たちの日用品売り場になっているんだって。
ただ井戸端会議をしていた訳じゃなかったんだね。
「あらっ、アルクさん早いわね。ヴィオちゃんおはよう!
そうか、今日から学び舎だね。いってらっしゃい。」
八百屋のエルザさんから声をかけられた。
旦那さんも商品を並べながら「いってらっしゃい」と言ってくれたので 手を振ってこたえる。
「ロン!あんたは留守番だよ!」
「にいちゃんたちと行きたい~」
「お前まだ獣化しちゃうから駄目だって言ってるだろ~」
「いやにゃ~~~」
路地裏から聞こえてくる喧噪は、お母さんと子供達の朝の戦争だろうか。
男の子2人が路地から飛び出してくれば、その後ろを黒猫が追いかけるように走っており、更にその後ろからエプロンをつけた リリウムさんが飛び出してきた。
お洋服屋さんのリリウムさん。
スレンダーでちょっと魅惑的な雰囲気も併せ持っていたリリウムさんだけど、今は完全にお母ちゃんだ。
お洋服の試着の時に 獣人の子供の成長過程を教えてもらったけど、大変なのよ。と言っていたあの言葉に熱が籠っているように感じたのは気のせいではなかったようだ。
「あの黒猫、こないだ甚兵衛を脱ぎ捨てて走り去った子だね。」
「おぉ、よく分かったのぅ。あそこは 息子が3人続いてな。羊じゃったら男が3人続いても大人しいもんじゃが、猫はなぁ……。」
あぁ、小さいときは種族特製が出やすいのかな?
猫はすばしっこそうだもんね。追いかけるのも大変そうだ。
ギルドに向かう道で、疲れ果てたリリウムさんに 首根っこを掴まれてミョーンと伸びたまま ニーニー泣いている 息子さんの姿を見てしまって、これが日常なのは大変だなぁと思った朝だった。
あのニーニーは猫の鳴き声なのか、兄を思っての「兄兄」だったのか、いつか聞ける日が来ると良いな。
◆◇◆◇◆◇
「じゃあ、楽しんでおいで。終わる頃にはここにおるからな。」
お父さんに筆記用具の入ったカバンを渡してもらい、お父さんを見送ってから 学び舎のある地下にむかう。
鞄はマジックバッグと見た目が似たようなものを作ってもらい、それを学校の時に使うことにした。
普段から使っていれば、マジックバッグを使っていても気付かれにくいだろうというのがお父さんの考えだそうだ。
大人たちが使う階段は 一段が高く、壁に手をつきながら えっちらおっちら下りる。
手すりの高さはとてもじゃないけど届かないので、壁を伝うしかないのだ。
「あらぁ、初めて見る子だわ。」
「まぁ~、本当ね。可愛い子だわ。」
「あらまぁ、この子が噂のアルクさんの娘さんじゃなぁい?」
頑張って下りていたら 上からふんわりした話し声が聞こえる。
とても似ている声の3人が気になるけど、今は階段が大切なので待ってね。
「あらぁ、エデル先生、お助けしてあげて欲しいわ。」
「まぁ、それは良い考えだわ。」
「あらまぁ、そうね。その方が安心だわ。」
新たな登場人物は先生?
お助け相手は私の事でしょうか?
そう考えていたら ヒョイと身体が持ち上げられ、残り半分もあった階段をものの数秒で下りきってしまった。
何故か脇の下に手を入れた状態で持ち運ばれたので、運んでくれる相手は見えない。
そのまま教室まで行くようで、私は両手を下げることも出来ず、お人形の様に浮いたまま移動している。
持ち運んでくれる人の足元を3人の白いフワフワが通り過ぎ、すぐ近くの部屋の扉を開けてくれた。
「あらぁ、先生 助かりましたわ。」
「まぁ、先生ったら流石 力持ちですわ。」
「あらまぁ、かわいこちゃんは 驚いてしまっていますわね。」
3人は同じ顔をしたフワフワヘアーの羊獣人さんでした。
髪飾りのリボンの色が違うので、それで見分けるのかな?
下ろしてくれたので振り返れば 足しか見えぬ。
見上げれば 相手もしゃがんでくれたので、お顔がよく見えるようになりました。
「助けてくれてありがとうございました。今日から学び舎に通うヴィオです。」
「おぅ、聞いてた。エデルだ。身体を動かすのはオレが担当だ。」
クシャクシャと頭をかき混ぜて「じゃあな」と立ち去るトラ獣人さん。シマシマ尻尾が可愛い。
エデル先生が 雨の日に猫を拾っちゃうヤンキーに見えるのは何故だろう。
「アルクさんの娘になったヴィオです。助けを呼んでくれてありがとうございました。」
改めて3人の羊さん達にもお礼。
「あらぁ、しっかりしているわぁ。私はマーレよ。」
「まぁ、5歳と聞いているけど本当にね。私はミーレよ。」
「あらまぁ、人族は精神的に成熟するのが一番早いというから、それでかしらねぇ。私はムーレよ。」
「「「よろしくねぇ。」」」
妹がいればメーレとモーレになるのだろうか。
口癖が其々違うので、リボンと口癖で覚えよう。
◆◇◆◇◆◇
教室には長テーブル1つに2脚の椅子。
それが横3台で 縦5列ある。最大30人は一緒に学べるのか。
小学校とかも一クラス大体それくらいだったから妥当なのかな?
10歳を超えると 銅ランクになっている子供も多くなり、冒険者の依頼を朝から行う子供が増えるらしい。勿論家業のお手伝いを始めるのも10歳くらいからのようだけど。
必然的に学び舎に来ているのは、5歳から9歳が多く、冒険者の依頼が無い日には10歳以上の子も来るらしい。
まぁ、その場合も座学ではなく、さっきのエデル先生との実技訓練を受けに来るみたいだけどね。
座学のこの部屋では 特に席順は無いらしく、マミムのお姉さんたちは最後列のテーブルに一人ずつ座っている。
私はチビなので、一番前にしておこう。
丁度良いことに 前の席は小さい子用なのか、テーブルも低く、椅子も低い。
前列はまだ誰も座っていないので 右端のテーブルに荷物を置いて座る。ふぅ。
「お前が出る時に ロンに学び舎の話をするからだぞ。」
「だって、聞きたがるから~。
って、あー!そこ おれの場所!」
ワチャワチャする声が近づいてきたと思ったら、あの猫兄弟が入ってきた。
弟の方は私を指さして駆け寄ってくる。
俺の場所って、羊のお姉さんは自由席って言ってたけど?
プリプリしながら黒猫ボーイが突っかかってきたけど、シャーされてます?
でも兄弟の言い合いと、追いかけっこを見た立場としたら可愛いしか感想がでんのだが?
「自由席って聞いてるけど?」
「だけど、おれがいっつもそこに座ってる。」
「でも、今日は私の方が先に来たもの。早い者勝ちじゃないの?」
「むぅ!お前新入りだろ?生意気だぞ?」
「へぇ、色々知らない新入りに優しくするんじゃなくて、意地悪するのが君の流儀なの?」
「むぅ?兄ちゃんリュウギってなんだ?新しい技か?」
ペチン!
「あほか。ヴィオちゃん、弟がごめんね。
僕はルン、7歳だよ。服屋のリリウムは僕の母なんだ。
こっちは弟のレン、5歳だよ。そこの席は座ってくれていいからね。」
弟の頭を叩き ニッコリ笑って挨拶してくれたのはお兄さんのルン君。
弟君は私と同い年なんだね。
しっかりしたお兄ちゃんに見えるけど、今朝のリリウムさんとの鬼ごっこを見てしまっているからしょっぱい気持ちになっちゃう。
そして猫になっちゃう弟はロン君3歳。ここは ラリルレロかな?お父さんがランさんとかなのだろうか。気になる。
お兄ちゃんに叱られたレン君はしょんぼりしているけど、ちょっとバカ可愛い。
俺の席!って言ってた割に 直ぐ隣の席に荷物を広げる辺り こだわりが強い訳でもないのかな?
新入りだからちょっと格好つけただけなのかも。
だったら可愛く譲ってあげた方が良かったかもね。
「だーかーらー、お前たちは 何でちゃんと準備しとかないんだ!」
「おとーさんが起こしてくれないからー。」
「何回起こしたと思ってるんだ!用意は昨日の夜にしろっていっただろ!」
「ぼくまだねむい。」
バタバタと階段を下りてくる足音、そして教室に駆け込む音が聞こえたと思えば、ギルドの登録をしてくれたタキさんだ。
タキさんと同じ 黒の垂れ耳くんが2人?
1人は寝ぐせが凄いし、1人はタキさんの腕の中で俵抱きされたまま……寝てる?
「あっ、ヴィオちゃん。今日からなんだね。コレうちの息子、ナチとハチだよ。ハチは同い年だからよろしくね。って、ハチ起きなさい!」
「ん~、ねむいぃ。」
お父さん、大変そうですね。
ナチ君は欠伸しながらも ノートを出したり準備を始めてるけど、ハチくんはまだ夢の中っぽい。
それでもギルドも仕事が始まるのだろう。タキさんは左端のテーブルにハチ君を置いて出て行った。
ヤバイ、獣人の子供達がフリーダム過ぎる。
いや、もしかしたらこの世界では子供はこれぐらい自由なのかもしれない。
私もある意味定住するまでは 母さんと二人旅で決まった規則の中で生きていた訳じゃないしね。日本の常識を思い出しちゃったから 驚いているけど、この世界では普通かもだよね。