〈閑話〉メネクセス王国 3
大陸歴578年 風の季節
ソシュール辺境伯での視察は 実に素晴らしいものだった。
リズモーニ王国から 腕利きのドワーフの職人を連れてこれたのが 一番の功績だったと辺境伯は息子と娘を褒めていたが、確かにこれだけの素晴らしいダムを作り上げるのは、彼の師事あってのものだろう。
我が国にもドワーフ族は様々な街で生活をしているが、殆どが鍛治を行う者たちで、こうした建築に関わるドワーフは 圧倒的にリズモーニ王国に定住している者が多いのだ。
学園を卒業後 彼らは集落を出て修行の旅に出る。
そして自分が根を下ろす場所を見つけたら、そこから動くことは殆どない。
彼らをスカウトするならば、学園か修行中しかないのだ。その中で建築を得意とするドワーフをスカウトできたのは、本当に素晴らしいと思う。
「このダムはですね、水を貯めるだけが目的ではないのです。
川が氾濫しないように調整することは勿論、水資源を確保して それらを安全に生活に使う為、農業や工業などに使う為でもあります。
そして何よりまだ構想中ではありますが、我らが姫様は この水の力を使って 大きなものを動かせる熱量を作るおつもりなのです!」
小さなドワーフの青年、いや、身長が小さいだけで成人していたのであったな。
彼はダムの役割を熱く語る時に、必ず『姫様』の事を上げる。
この姫様とは、リズモーニ王国のプラネルト公爵家のご令嬢 カトリーナ嬢の事で、幼き頃から神童と呼ばれ、ここ10年ほどで行われた数多の改革はカトリーナ嬢の助言があっての事とすら囁かれている。
今や王侯貴族だけでなく、平民にまで広く伝わっている玩具のトランプやリバーシは、5歳の少女が開発したと噂があったが、愛娘を王族へ嫁がせたいがために公爵が嘘を言っていると、我々の国でも囁かれるほど眉唾モノの噂であった。
しかし今思えば本当に 当時5歳だった彼女が考えついたのだろうと誰も疑っていない。
わが国でも 随分前に王子たちの嫁として打診したが、次期公爵候補だからとお断りをされたのを覚えている。
現在は弱冠20歳という若さでありながら 婿養子も迎え、女公爵として 着実に実績を伸ばしている。そうか、この彼も あのカトリーナ女公爵の元にいたのか。
「姫様は国益も勿論考えていらっしゃいますが、このダムの素晴らしさを広く伝え、この大陸で洪水被害に苦しむ者が少なくなることを何より望まれているのです。
どこぞの国が抱えている聖女などより、余程聖女であるのです!
あぁ、勿論 冒険者たちの間で人気だった冒険者の聖女は別ですけどね。」
ははは、神国や皇国の者が聞けば青筋を立てて怒りそうだが、いやしかし、本当にそうだな。
身体の傷などを癒すのが聖女と言われているが、回復薬でもなんとかなる事を思えば 、神殿に多額の寄付をしなければ回復魔法を使ってくれない聖女を 殊更敬えと言い募るあの国の目的はよくわからぬが、カトリーナ女公爵は この先長い未来の人々の生活すら救うことが出来る。正に聖女と呼んでよい人であるな。
しかし、冒険者の聖女とは初めて聞いたな。神殿が抱える聖女と、何にも縛られず自由な行動をモットーにしている冒険者、真逆の二つの名を持つその者も興味深いな。
その後も、川がない中央部においては巨大な水瓶を作ることを提案されたり、川の護岸工事に関しての知識を頂くことが出来た。
「今はまだここが完成していないから動くわけにはいかないけれど、完成したら他の領地のダム建設にも関わりましょう。
その時には、次以降の領地からも工事にかかわる人たちに来てもらってください。
初めから一緒に作業した方が、次に何をすべきかが分かるでしょう?」
ソシュール辺境伯も今年いっぱいで工事完了となる為、来年には領都に 工事関係者を集めると約束してもらい、2月半にわたる視察は終了した。
明日からはプラネルト辺境伯の領地を通って 王都へ帰還する予定となる。ゆっくり戻れば年末に帰ることとなるだろうか。
リオネルに調べてもらったところ、息子は今、プラネルト辺境伯領地を出て 隣のリーシック伯爵領地に拠点を移しているという。
「貴族が護衛騎士依頼を冒険者に出すこともよくありますので、この街から数名をプラネルト辺境伯まで依頼し、そこからリーシック、その先という風に出してみれば怪しまれることなく 関わることが出来るかもしれません。
銀ランクという情報ですので、護衛依頼は出しやすいはずですよ。」
「おぉ、そうか。それは良いな。では……」
ドンドンドンドン!
「恐れながら緊急連絡でございます‼」
最後の晩餐を頂き、客室で明日の予定をリオネルと話していれば、突然扉が激しく叩かれ 護衛騎士の一人が飛び込んできた。
「何がありました!?」
「王都で……王都でクーデターが勃発いたしました。」
「「はっ???」」
こやつは何を言っているのだ?
クーデターなど、誰が起こす?
あるとすればラフターラ公爵だが、あれも最近は大人しくなっている。でなければ宰相を連れての視察など出ることは出来ぬ。
「だ、第二王子殿下が……。オルヒーデ第二王子殿下が 王太子殿下に刃を向けられました。」
何故?
オルヒーデは頭で考えるより行動するような、少し筋肉に偏ったような成長をしてしまったが、素直で兄想いの兄弟仲が良い息子である。
来年の王位継承式典でも、騎士団長として隣に立つことをあれほど楽しみにしていたのだぞ?
それがクーデター?兄に刃を向けた?何故?
「王、今は急ぎ王都に戻ることが先決です!まだクーデターが起きたばかりであれば鎮圧も可能でしょう。直ぐに戻りましょう。」
「ナルツィッセ王よ、我らもご一緒致します。
我らソシュール辺境伯の領民一同は王の剣となり盾となります。
第二王子殿下のお考えは分かりませんが、今までのお二人の関係を見ておりました我々からしてもあまりに不自然。先発隊を早馬で向かわせましょう。」
あまりの出来事に放心しそうになっていたが、ソシュール辺境伯が騎士の装いになり駆けつけてくれた。あぁ、焦って行動しては息子の裏にいる者の思い通りになるかもしれぬ。
きっとあの叔父が裏にいるのだろう。最近大人しくしていたのはこのタイミングを狙っていたのか。
オルヒーデがどのような甘言に唆されたのか分からぬ。アレは素直ではあるが馬鹿ではない。余程の事がない限り 私にあのような態度をとり続けていた叔父上の言葉に耳は貸さない筈であるが……。
夜着から着替えて 馬車に乗り込む。
ファイルヒェンに会うことは出来そうにないな。
いや、今こうなっている事を考えれば、あれだけでも安全な場所で生きてくれていればそれで良い、そう思おう。
「それではこれより王都に帰還する。王城は現在クーデターが起きている。
周辺での聞き込みも行いながらではあるが、できるだけ急ぎ帰還することとなる。
馬は途中領地で交換できるように ギルド経由で手紙を送っている。無茶をさせるが皆頼む!」
「「「御意‼」」」
ソシュール辺境伯と護衛騎士団長を先頭に 馬車は夜道を進む。
どうか、どうか2人とも無事であってくれ。
メネクセス王国でのクーデターが発生しました。
この続きはまた後日、一旦現在の時間軸 ヴィオの生活に戻ります