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〈閑話〉 ルシダニア皇国 1


この大陸ではほとんどの国で 誕生日を祝うことがない。

平民は産まれた時期に関係なく、1年の始まりである土の季節の初めに一斉に1歳年を重ねるからだ。

勿論 裕福な商家などでは 産まれた月に特別な祝をすることもあるだろうが、金と時間に余裕があるからこそできることである。


ヴィオの持つギルドカードには 登録した時の5歳という年齢が記載されていたが、これもギルドに提出すれば書き換わる。

まだ5歳のままなのは、サマニア村に戻るまで ギルドカードを提出していないからである。ダンジョン踏破の記録も分かる為、外の旅ではカードを出さないように言われているからマジックバッグに収納したままである。

お金のやり取りで タグは使うものの、タグには名前とパーティー名しか記載が無いため まだ気づいていない。


さて、平民は年越しで年を重ねるが、貴族は誕生季もしくは 誕生月で祝うことが多い。

これは、貴族の洗礼式を 誕生季の初めに行う事からそうなったのだろう。

平民とは違い 多額の寄付を行ってくれる貴族の為には 洗礼式も少々特別なものとなっている。



◆◇◆◇◆◇




今日はこの小さな教会が建つ 子爵領のご息女が洗礼式を迎える日である。

他の貴族の子女よりも 気を使うことは間違いない。


アスヒモス子爵領の教会を任されている エドムント司教は 朝から胃がキリキリと痛むような気がしていた。

彼は ルシダニア皇国の皇都にある サンゼー教学舎 を素晴らしい成績で卒業した後、皇都の聖堂で司祭となった。

両親は素晴らしい出世街道を歩んだエドムントに 大いなる期待をしたが、基本的に真面目で 融通が利かず、神の教えに忠実すぎたエドムントは、聖堂での魑魅魍魎ともいえる 司祭たちの考えについていけなかった。


前皇帝の弟であるフーソーンが、その権力を使ってやりたい放題しているのを誰も止めることはなかった。止めるどころか 修道士や修道女も食い散らかし、自分の子飼である司祭や司教におさがりを与えている。

そして彼に阿る者たちは 教会での良い立場が欲しいと、フーソーンヘ 見目麗しい 若い女や男を上納していた始末だ。

それを知った時、あまりのショックに 教会のトップである枢機卿に蛮行を止めて欲しいと、たかが司祭でしかない、たかが伯爵家の次男でしかないエドムントが訴えたのだ。


エドムントは知らなかった。

神を信じ、神々に感謝を伝え、真摯に祈る事こそが司祭や司教の務めであると思っていたから。

教会にいる者は 神の教えを真摯に守る事こそが大切だと思っていたから。

信者から金を集め、聖属性を特別なものとし、献金を行うもの以外には 高額なお布施を要求し、それらを 弱者に還元するのではなく、自分たちの懐に入れ、貴族よりも贅沢な暮らしをすることを良しとしている者たちがこんなに多かったなんて、知らなかったのだ。



気付けばエドムントは王都の聖堂から追い出され、魔の森を眼下に臨む 最果ての子爵領にある教会に転属させられていた。

所謂 左遷である。


エドムントの両親はその結果に激怒した。

貴族の子供であるのに、多少の清濁を併せて吞むこともできないなんてと。

フーソーン・ゴーガンの下に付き、彼のお気に入りになることが出来れば、バースキー伯爵家も、次期領主となる兄も もっと良い生活が出来た筈なのにと。

聖堂から たった一つの荷物鞄だけを持って 実家に戻ったエドムントに、そんな言葉を投げかけた家族。

絶縁という最後のプレゼントを渡されて、実家の玄関を跨ぐことさえできず 辻馬車を乗り継ぎ、最果ての子爵領に到着したのだ。



皇都の聖堂は、神国にある大聖堂にも負けぬほどの荘厳な教会だった。

エドムントは実家からの援助が無く、神国への留学をしたことはなかったが、教科書にある大聖堂の絵は何度も見た事がある。

皇都でしか過ごしたことが無いエドムントは、地方の教会の実情を知らなかった。


勿論学生時代に 様々な教会に赴き、そこに訪れる人々に聖魔法を施すという授業を受けたことがあるので、聖堂以外の教会にも行ったことはあった。

ただ、学生の実習を受け入れるような教会は それなりの設備があり、見られても恥ずかしくないようにしている教会だったのだろう。

実家にあった 庭師の資材置き場かと思うような建物が、まさか教会だなんて思ってもみなかったのだ。



◆◇◆◇◆◇



教会には 私と12歳離れた司教がお一人と、修道士が二人いるだけでした。

クローニン・トーロフ司教も 同級生だったフーソーン・ゴーガン司教に苦言を何度も告げたことで 左遷されたのだという事でした。

修道士の2人も ゴーガンから襲われそうになったところを 拒否した結果、この地に左遷されたのだそうです。


ここに来たのが私一人では大変だった筈ですが、トーロフ司教と修道士たち、皆がゴーガンからの被害者であるという共通点があったことで、絶対にここから見返してやろうと一致団結することが出来ました。


あれから二十年、十年前にトーロフ司教は 大司教となり、このアスヒモス子爵領を出て、ルシダニア皇国西部地区の教会を纏めていらっしゃいます。


あの時 修道士だった彼等は司祭となり、今でも私の補佐をしてくれています。

物置小屋のようであった教会もすっかり美しくなり、今では信徒たちも手入れによく来てくれるので、美しさを保つことが出来ています。


この地に赴任した当初は、貴族の洗礼式を受け入れるようなことは出来ませんでした。

洗礼式で使用している水晶すら、この教会にあるものは古く、トーロフ司教が丁寧に手入れをしてくれていたから使用できていたくらいだったのです。

しかし 十年前 トーロフ司教が大司教となり 西部地区に栄転されるとき、トーロフ大司教から 新しい水晶が贈られました。


「これは この十年間頑張って働いてくれた君への 特別賞与だと思ってください。この皇国の中心では腐った者達が多いですが、君のように 真摯に神と向き合う者がいるのも事実です。

君の素晴らしい心を無くすことなく、これからも頑張ってくださいね」


左遷された私たちには、毎月本来なら送られてくるはずの手当てが入っていません。

教会を維持するために、教会本部から送られるはずの資金なのですが、きっと本部にいるゴーガンの手の者が 着服しているのでしょう。

ですから この水晶は トーロフ大司教が 自腹で購入してくれたに違いありません。

私は 実家から絶縁されていますから、実家からの支援も望めません。水晶が無ければ 貴族は疎か、平民の洗礼式もできなくなり、この教会の収入が途切れてしまうことを心配してくださったのでしょう。


綺麗になった教会、新しくなった水晶、皇都から左遷されてくる修道士や司祭、少しずつ人数が増え、町民に支えられて この教会は成り立っています。

子爵令嬢は 噂に聞くところ 少々お転婆が過ぎるお嬢様という事ですが、私たち司教は 神の教えをお伝えするのがお仕事です。


洗礼式を無事に終えることが出来るよう、万全の準備を致しておきましょう。





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