〈閑話〉メネクセス王国 1
※ヴィオが拾われたのは 大陸歴585年です※
大陸歴575年、今年も新年の始まりは、王の寿ぎから始まる。
大国 メネクセス王国の貴族らは この宴に集まる為に 風の季節の終わりには 各領地を代理人に預け、王都へ向け大移動を行う。
最も辺境の領主は、1月前には出発しなければ 間に合わない程の広大な大国である。
現在この大国を統べるのは ナルツィッセ・カイン・メネクセス王である。
前王である父から継承された玉座は 決して座り心地が良いだけの場所ではなく、権謀術数渦巻く王城で自分の利益だけを求める様な貴族達と戦いながら、優れた側近達の助けを借りて纏め上げている。
殆どの貴族達は 飴と鞭を与えている事で大人しく領地経営に励んでくれている。
目下一番面倒であるのは 前王の弟、つまり叔父であるエドガード・ラフターラ公爵だ。
同じ叔父のリオネル・オスマン公爵は宰相として 非常に助けてくれているのだが、あの人は全く使えない。
自分の方が能力はあったのに、年齢が離れているからと 先に立太子された!と事ある毎に言っていたが、それは今でも変わらない。
息子のオレリアンは 私と年齢が5歳しか離れておらず、親戚同士ということもあり 幼い頃から交流があったが同じような事を言っていた。
「私の父が王の座に就いていたのであれば、今の貴方と立場が反対でしたのに 生まれの順というのだけは 神の悪戯としかいえませんね。」
「生まれの順が無くても エドガード兄上が王になることは出来ませんでしたよ?
王に選ばれるのは 菫色の瞳を持つ者ですからね。私は紫で、あなたの父であり 私の兄はほぼ黒ですよね?
そして親戚とはいえ 王に対しその発言は不敬としか言えませんよ?立場を弁えなさい。」
王位を継承した後の茶会でもオレリアンからはそのような事を言われ、その度に宰相として側にいてくれたリオネルが苦言を呈してくれていた。
「はぁ~、あそこの娘もやっと嫁ぎ先が見つかったようで一安心というところだな。」
「えぇ、グリツィーニ様かオルヒーデ様の正妃にしろと何度も言われておりましたからね。既に正妃はいらっしゃいますし 、受け入れられないと言っておりましたが 納得して頂けませんでしたものね。」
「正妃を側妃にすればよいではないか?だったか?
次に公爵家からの血を入れるのであれば、ガルデニアになるであろう。
まぁあそこの娘は魔導学園に入学したところであったか?
今度産まれる孫の相手にするにも離れすぎておるから、次代の話になるであろうな。」
現在王国には公爵が3つあり、ラフターラ公爵家とオスマン公爵家は 先王の弟という事で新しく作られた公爵家である。
現在筆頭公爵家であるガルデニアは、私の祖父、つまり 先々王の妹が降嫁した事で作られた。
王家から下った本人が公爵となり、2代目までは公爵家を名乗ることが出来る。3代目が王家の者と婚姻すれば 引き続き2代の名乗りが出来るが、それがなければ侯爵になる。
エドガード叔父上はラフターラを公爵として残したいがために孫を宛がってきたが、叔父にそっくりで公爵令嬢という名を盾に好き勝手しているというのは有名な話。王家に入れる器ではない。
グリツィーニに子が出来たことが分かり、やっと諦めたというところか。
カラ~ン カラ~ン
開演の鐘が鳴り響き、隣室から数名の足音が聞こえる。
大広間へ続く扉が開かれれば この部屋にいても 会場の音楽が聞こえてくる。
「グリツィーニ 王太子殿下と、ミュゼット王太子妃」
「オルヒーデ 第二王子殿下と、ソレンヌ第二王子妃」
其々の呼びかけの後に 盛大な拍手の音も鳴り響く。
「あなた、わたくし達もそろそろ参りましょう。」
妻からも声をかけられたので 仕事の手を止めて立ち上がる。
王国の紋章が刺繍された菫色のマントを羽織る。
側妃のアンジュは体調を崩したまま、寝台から出ることが出来ぬため 宴は欠席となるが仕方ない。
ヴィクトワールの手を引き 大広間に続く扉の前に立つ。
「ナルツィッセ王と ヴィクトワール王妃のご入場でございます!」
扉番が両側から大きく扉を開けば 大階段の上から会場を見下ろすことが出来るバルコニーに出る。
私と王妃が手を上げれば 大きな歓声と拍手に包まれる。
王妃をエスコートしながら階段をおり、息子たちと壇上に並ぶ。
「皆 良く集まってくれた。
昨年も各地で豪雨による自然災害などがあり 大変なこともあったが、皆の協力があり 復興も早かった。
中央、北部、西部では豊作であったとの報告も上がっておる。
其方たちが農地の管理を行い しっかりと結果を残してくれているおかげで備蓄が出来、災害のあった南部と東部への救援を直ぐに送ることが出来た。感謝している。
さぁ、今年も新年が始まった。良き一年となるように願おう!」
新年のあいさつを行い ワインで乾杯を行う。
ここからは順に貴族たちが挨拶に来る。
挨拶に来る貴族の数が多すぎるため、侯爵以上を私たちが、伯爵と子爵の半分を王太子夫妻が、子爵の半分と男爵を第二王子夫妻が受け持つことになっている。
「おぉ、ナルツィッセ 今年も素晴らしいワインが売り出せるようだな。
我が孫娘は 親族にしてやれなかったが、素晴らしい縁が頂けたのでな。孫娘婿が領主交代するという事になったので、是非その祝いには このワインを贈ってやってくれ。」
「新年おめでとうございます。シシリアン嬢のご婚姻は誠にめでたいことでございますね。
婚姻祝いとして ワインは贈らせていただきましょう。」
ラフターラ公爵が初めに挨拶に来たが、筆頭のガルデニア公爵を押し退けて来たらしい。
厚顔無恥というか、呼び名も昔のままであるし、何度 敬称をつけるようにと言っても聞きやしない。領主交代の祝いを王が贈る事などできぬ事も分かっているだろうに、親族の結婚祝いという形でならワイン1本くらい贈れるだろう。
つまらなそうな顔で立ち去って行ったが、後ろで宰相がプルプル震えておるではないか。
「……王に対してあの態度、我が兄が申し訳ございません。私的な場であればまだしも、この様な公的な場でも弁えることが出来ぬような傲慢な態度は赦せません。」
「いや、あの人はもう仕方がないのだ。もうオレリアンに代替わりすれば その次はないのだ。息子たちに害がないなら 私は聞き流すことにする。」
次のガルデニア公爵家が待っている事もあり、小さな声で謝罪する宰相に 気にするなと言うが、気にするんだろう。あれはこの国の落とせない汚れのようなものだからな。
ガルデニア公爵からは 少々苦言を呈されたものの、あのラフターラ公爵の横暴は皆が承知のことである為か、三世代目の王家との婚姻を阻止したことで一先ず溜飲は下げてもらえたようだ。
「王と王妃に新年のご挨拶をさせていただきます。
父からようやく城に上がる許可を頂けました。本年よりお側で勤めさせていただけること、大変恐悦至極にございます。」
その次に来たのは、銀髪に緑の切れ長な目を持つ青年、宰相リオネルの長男 アーゴナス・オスマンが堅苦しい挨拶を行う。
「おぉ、高等学部を首席で卒業した後 直ぐに王城へ来ると思ったのに 領地経営に借り出されたと聞いておったぞ。やっとこちらに来てくれるのだな。
次期宰相としての研修が始まるという事だろうか、楽しみにしておるぞ。」
「身命を賭して務めさせていただきます。」
固い、固いけど、ラフターラ公爵の息子がアレだからこそ、厳しく育てられたのだろうことが分かるから何も言えないな。
アーゴナスが宰相として支えるのは 息子になるだろう。
もう少し気楽にしてやってもらえると嬉しいが、城で働きながら慣れてもらうしかなかろうな。
こうして新年の宴は貴族たちとの交流で終わる。