〈閑話〉 ?????
暗闇に紛れて 3人の足音だけが ガサガサと鳴り響く。
随分走って体力も切れてきているからだろう、音を立てずに走るなどの気遣いはできていない。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「ここまで来たら大丈夫か?」
「も……これ以上は無理よ」
一人の男が後ろを振り返り 追手が来ないかを確認し、森の中に身をひそめる。
この国では聖女のお陰で 森であっても魔獣が出てくることはない。それだけが今は彼らの安心材料だろう。
「ちょっと休憩するが いつまでもこの国にいれば あのヤベエ奴らに見つかる可能性がある。
このまま森を越えて共和国へ入国して リズモーニ王国に入る。まさか追手も2国を跨ぐとは思ってないだろうからな」
上手い話があると言われ リーダーが受けた仕事は 冒険者ギルドを経由した物ではなく、まあ裏の仕事と呼ばれる仕事だった。まさか、その仕事であんなことが起きるとは。
◆◇◆◇◆◇
俺は 今は共和国となり 祖国というのが町と呼ばれるようになった、そんな小さな国の小さな村で生まれ育った。
裕福でもない村では、家業が農家でもなければ 次男以下は食い扶持を自分で探すしかなく、冒険者になるのも当たり前だった。
最初に村を一緒に出た時の仲間は いつの間にか消え、ランクが上がる度に 付き合う奴らが変わっていった。魔獣にやられて居なくなったやつ、結婚したくて辞めたやつ、国を跨ぐのは嫌だと辞めたやつ、色んな理由で一緒にいる奴らは変わっていく。
だけど、それも冒険者だ。
7年前、リーダーと出会った。
銀ランクの初級までは簡単に上がることが出来た俺は、中級に上がることが出来ず燻っていた。
冒険者のランクには3つの壁がある。
銅ランクから銀ランクに上がる壁、これは今まで街中依頼でランクを上げてきたものの、魔獣討伐が出来ないという事で諦めることが多い。
まあ、町での仕事を主にする奴らは 小遣い稼ぎで街中依頼を受けるためだけに冒険者登録をしている奴もいるから仕方ない。
次は銀ランクから金ランクに上がる壁、貴族からの指名を受けたくないから 敢えて《《上がらない》》奴らもいるらしいが、《《上がれない》》やつらの方が圧倒的に多い。
大体、金ランクになる為の資格がオカシイんだ。指定された中級ダンジョンの単独踏破、上級ダンジョン2か所踏破記録、指定魔獣の討伐。
中級ダンジョンも探せば ピンキリで色々あるが、簡単な中級を単独踏破しても意味がない。
だからこそギルドが指定する中級ダンジョンを《《単独》》で踏破する必要がある。
指定魔獣というのも、銀の初級《《パーティー討伐》》が推奨される魔獣が選ばれるらしく、金ランクへの挑戦で大怪我をして引退する冒険者も少なくはない。
そして一番多いのが 銀ランクの初級から中級に上がる壁だ。
ある程度の魔獣は倒せる、ダンジョンもある程度は入れる。だが決定打となるような力が足りない奴らが此処で停滞する。
おれは長剣を武器としている。魔法は火、風、土の三属性ってことで期待だってされてた。だけど攻撃魔力の威力は弱く、上級ダンジョンの魔獣には効果が無い。
結局近接戦しかできないが、それも上級になると 表皮が硬すぎて剣が通らないやつらが増える。
そうなると武器はボロボロになるし、修理に金がかかる、金欠になれば強力な武器は買えない。そんな悪循環だ。
そんな時に出会ったスチーラーズは、銀ランクの上級がリーダーで、中級と初級が2名ずつの5人のパーティーだった。
「初級から上がるのは経験が必要だからな。俺たちが育ててやるよ」
「クズ、お前はまた……。簡単に拾ってくんなよ」
リーダーは俺より9歳年上で当時27歳、頼りになる兄貴という感じだった。サブリーダーは 俺の入会を嫌がっていたが、2年も一緒にいるようになれば随分物腰が柔らかくなった。
「あいつは直ぐに拾ってくるけど、直ぐ辞めちまう奴らが多いんだ。後処理も面倒だからやめろっつってんだけどな」
「そう言うなよゲドゥ、使い捨てが必要な時もあったんだから 丁度よかっただろ?」
パーティーに所属してから分かったが、スチーラーズは 真っ当な冒険者ではなかった。いや、通常の依頼を受けることもあるが、それ以上に裏の仕事を受けることが多かったのだ。
共和国で始めた仕事だったが、同じ場所では足が付く。
冒険者としての活動もしていないと怪しまれるため、1年毎にダンジョンがある町を中心に活動拠点を変更していた。
裏の仕事に気付いて辞めようとする奴は サブリーダーのゲドゥに消された奴もいる。
上級ダンジョンに潜る時、パニックルームの囮役として扉を開けさせ、そのまま魔獣の餌食にして処分したこともある。
リーダーの外面に釣られてパーティーに入るのは、俺だけじゃなく 他にもいた。
ある意味最初に冷たくして脱退を促していたゲドゥの方が優しかったのかもしれないと今は思う。
リーダーは 暗殺や誘拐、奴隷販売などを請け負っている〖闇ギルド〗の伝手があるらしく、闇ギルドの構成員が出る前の下準備などを行う事が多かった。
実際に手を下すのは 闇属性などを得意とした構成員らしいので、俺たちはそこの担当はしない。
やる仕事と言えば、例えば大きな街の市場などに潜入し、屋台を切り盛りする。
数か月かけてそこでの下地を作れば、闇ギルド構成員が街に入り、対象を選別し誘拐する。
俺たちがするのは屋台を出し続けるだけだ。
時にギルド構成員が対象を観察しやすいように 店員との会話で盛り上がっているように見せたり、対象を眠らせるための 薬を食材に混ぜて準備したりだ。
誘拐する対象は 裕福な子供、獣人の子供、見目の良い女性などだから、大概果物屋か肉串屋の屋台をやることになる。この二つはある程度大きな町だと屋台も多い。
構成員が来た時に 特別なシロップか、タレをかけて販売するだけだから、街の人間は誰も気付かない。
誘拐された後も聞き込みが入るが、人が多い時に行うし、別の仲間が問題を起こして そちらに注目が集まっている隙に 袋詰めして立ち去るから目撃情報は少ない。
その上 俺たちみたいな人間が 証言することになるから見つかるはずがないんだ。
そんな ある意味安全な裏の仕事しかしていなかったのに、あの日リーダーが受けた仕事は違っていた。
「薬屋を経営している美人な母娘がいるんだけどな、その母親の方をやってほしいんだと」
「えっ!?コロシですか? 実行はいつも闇ギルドじゃないですか」
冒険者でも盗賊や山賊を相手にする者がいるのは知っている。俺たちも間接的にではあるが 元パーティーメンバーを見殺しにしたことはあるが、直接人と対峙することはなかった。
反発するメンバーもいたが、どうするつもりなんだ?
「今回は闇ギルドとは別口だ。どうやら皇国南部の子爵領の奥様からの依頼らしい」
昨年から 共和国の多くの町では 屋台の取り締まりが厳しくなって、町で数年店舗を構えている店以外の屋台を出せなくなった。
闇ギルドからも、方法を変えるから少しの間は仕事が無いと言われて、俺たちは共和国を出ることになった。ダンジョンが多いリズモーニ王国に入り、獣人の子供を狙うつもりだった。
ただ、共和国から入るリズモーニ王国は かなり南部に行かないと国境を越えられない。俺たちが居たのは共和国でも北部なので、ルシダニア皇国を通過した方が早かった。
ルシダニア皇国は聖女が魔獣除けの結界を国全体に張っているらしく、ダンジョンも無ければ 魔獣もいない。
冒険者ギルドもないから収入もなかったのだ。
そこに来た高額依頼。リーダーが受けたのも仕方がないのかもしれない。
打ち合わせに来たのは、本当に普通の男だった。
闇ギルドの人間と直接打ち合わせをするのはリーダーだが、俺たちは屋台で実行役と接することがある。あいつらは 住民に溶け込むような装いをしているが、なんとなく雰囲気が違う。
だけど、今目の前にいる奴は 本当に理由を知らずにおつかいに来ただけのように見える。
「アスヒモス子爵の愛人と思われる女性です。
まあ実際は愛人ではないのですがね、ご夫人は何を言っても信じません。平民相手ですから間違っていてもどうでも良いのでしょう。
実際に手を下すのは 子爵夫人が雇った破落戸です。
あなた達は彼らが失敗しないように手助けをしてやってほしいのです。銀ランクの上級パーティーという実力を見込んでの事、頼みますよ」
「たかが平民の女に そんなにいるのか?」
「ああ、言い忘れていましたが、その女性は元銀ランク上級の冒険者です。ソロでも行動していた実力があるようですから、破落戸だけでは難しいと思うのですよ」
銀ランク上級でソロって、相当な実力者じゃねえか。
男は「子育てで随分現場を離れているから鈍っていると思いますよ」と言っているが、子供を護る為に我武者羅に来られたらやべえぞ。
受けたくないと思う俺の気持ちとは裏腹に、男が示した高額褒賞に リーダーは一つ返事で頷いた。
こうなれば断ることは出来ないし、辞めたいと言えば ゲドゥに狙われるのは俺だ。
結局襲撃は行われた。
子爵夫人が雇った破落戸は スラムの奴らなのか 武器も農具や錆びた剣を使うやつが多かった。15人程いたが、対象の攻撃で次々に倒れていく。
俺たちのパーティーも 同じ破落戸に見えるように 襤褸を纏っていたが、全く油断しない対象に スキを見つけられなかった。
「ガキを人質にしろ!どっかに居る筈だ」
「っざけんな! 娘に手を出す前にてめぇが死ね!」
リーダーが俺に向かって子供を探せと言った直後、対象から飛んできた無数の風の刃にリーダーの頭が飛んだ。
「ひっひぃぃぃぃ」
「ムリ、無理だよ!」
「に、逃げるぞ!」
俺たちのパーティーも壊滅状態に追い込まれているし、リーダーの頭が飛んだ瞬間、もう無理だと思った。
直ぐ近くでへたり込んでいた2人を連れて その場から俺は逃げ出した。
近接も効かない、魔法も通らない、弓だって弾かれてた。
あんな化け物、どうやってやるってんだよ。
未だ数人戦っているパーティーメンバーの中に 見知らぬ顔も見える。多分依頼してきた男の仲間だろう。
金はリーダーが受け取ることになってたが、俺たちは貰ってない。
だから逃げたっていいだろう?
ゲドゥの声も聞こえたが、対象とやり合っている最中だ。俺たちを止めることはできないだろう。
制止の声を振り切って、俺たちは全力で逃げ出した。
ヴィオの母、アイリスを襲った相手は3種類
子爵夫人が直接雇ったスラムの破落戸、それに見せかけたように破落戸風に扮した冒険者、そしてメネクセス王国の公爵家が雇っている影です。
夫人は 破落戸が愛人を処分したとしか思っていません。平民の見分けなど付かないし、付ける必要が無いと思っているから……。