〈閑話〉メネクセス王国 13
(大陸歴585年 火の季節)
宰相 アーゴナス視点
夫人が薬局を営んでいるという情報は王に伝えました。
まさか国外とは言えませんでしたが、あのヘイジョーの町でも薬草を育て、薬を作ってギルドに卸していたというので、お店を構えたというのは驚いていませんでした。
「そのうちヴィオも アイリスと一緒に店に立つんだろうな。
看板娘とか言われて 近所の悪ガキから粉掛けられたら……、許せんな」
「いやいや、まだ4~5歳の子供でそんなことはないでしょう」
「何言ってるんですか、子供は4歳にもなればおませですし、親に隠れて口づけしてたりしちゃうんですよ?」
「なにっ!?口づけだと? 許さんぞ!」
執務室にいる者は王の側近であり、妻子がいることも承知の者しかいません。
結婚当初は アナリシア王妃も 寝所すら共にしない事に苦言を呈していましたが、今では国力を回復させたやり手の王へすり寄ってくる貴族子女を お茶会に誘い、王に近付くことが無いようにしてくれています。
それもあって、王もアナリシア王妃とは友人関係のような良好な関係を築けるようになっており、時折国の方針などについても相談をしていたりするのです。
男女としての関係は望めなくても、夫婦の形としては良いのではないかと 皆がそう思っていたでしょう。
夫人が皇国で居を構えてしまったのであれば、冒険者ギルド経由での情報確認はし辛くなります。
あの冒険者がもう一度リズモーニ王国の辺境のギルドに来た時に渡してほしいと 送った手紙も読んでいないのか、その返答もないままに、本人が戻ってきたとの連絡を受けました。
「ああ、いつもの。2階の第2会議室で依頼の最終確認をお願いしますね」
冒険者ギルドに入り、いつもの依頼受託の受付に声をかければ 会議室に案内されました。
そこには3人の冒険者とみられる男たちと ギルド職員とみられる女性がいました。
彼らが依頼を受けた冒険者だったですね、ヘイジョーの町で声をかけてきた冒険者は 清潔な方だったのだな。そう思うほど、この3人はスラムにいる破落戸のようにしか見えませんでした。
「それで、依頼をしていた夫人の現状はどうだっただろうか。
薬局を始めたという事は聞いていたが お元気で過ごされているだろうか、できれば本人と定期的に連絡が取れるようにしてもらいたかったのだが……」
「……え?」
職員の声に 何かおかしなことを言っただろうかと思い 正面を見れば、3人の冒険者も 「は?」と言ったまま固まっています。
「あ、あの。ご依頼内容ですが〈ピンクの髪の聖属性が使える子連れの女性冒険者を探している〉という事でございました。お探しの内容は具体的に聞いておりませんでしたが、どのような理由でお探しだったのでしょうか」
依頼をかけた時は具体的な事は言えませんでしたので、そのような形にしたのだったと思い出しました。
「とある方の大切な方であり、御身の危険を避けるために 国外に脱出なさった方でした。
しかし、定期的な状況確認が出来るようにしたく、まずは探し出していただきたかったのです。
リズモーニ王国の辺境のギルドには 次回は本人と定期的に連絡が出来る伝手を持ってほしいと手紙を送りましたが、すれ違ってしまったようでしたね」
「っ……‼」
「ちっ……、じゃあ俺らは 巻き込まれただけかよ。危険な目にあいそうになって、これだけ長期かかったんだ。
1ダリルもらえても全然元は取れてねーよ。
これは俺らが殺ったんじゃねえ。元々その女が別口で狙われてたからな、俺らはコトが終わって証拠の一つとして持って帰って来ただけだ、勘違いすんなよ」
ギルド職員は固まったまま、そして冒険者のリーダーらしき男は 不遜な態度のまま腰の鞄から何やら掴み出し、それをテーブルの上にドンと叩きつけるように置きました。
それは、緩やかなカーブがかかったピンク色の髪の毛で、麻紐で纏められたそれは、数年前に見た 夫人の髪の毛に見えました。
「あ、あの、ご依頼内容は探し人という事で、その場合は その人を探すことが冒険者への依頼内容となります。
その人の護衛でもなく、無事を確認して安全に国まで連れ帰るでもなく、探し出して 現状を報告するという内容でございましたので、ギルドといたしましては 探し人は死亡していたという確認をした時点で依頼達成という事になるのです……」
ギルド職員が申し訳なさそうに言っていますが、そうですね、この冒険者に詳細を伝えていなかった私に非がありますし、探していた理由を明確にしていなかったのが悪いのでしょう。
金硬貨を1枚 ギルド職員に渡します。
「あの、夫人と一緒に子供はいなかっただろうか」
「ガキは見てねーよ。子連れの女冒険者を探せってんだろ?薬局にいた時には一緒にいたのは見たけど、女が死んだ後はしらねーよ。
大体髪色が変わってるとか、見つけんのに時間がかかって当り前だろ」
「ですが、こちらの髪はピンクですよね?」
「ああ?切り取ったらその色になったんだよ。多分魔術具で色変えてたんだろ?
俺らも聞き込みでその親子の事聞いてなけりゃ気付けなかったんだよ」
聞き込みで?
誰から聞いたのかは覚えていないらしく、夫人を殺害した破落戸の中にいた人だったのではないかという事でした。あの薬局にいる母子、実は綺麗なピンク髪の美人母子らしいと。
どうやら子爵領に構えた薬局は、夫人が薬の作り手として素晴らしい能力を持っていることを知った子爵が店を構えさせたのが始まりだったようです。
その後、子爵が夫人に言い寄っていた事を 愛人だと勘違いした子爵夫人が激怒し、この度の殺害事件を起こしたのは、子爵夫人が差し向けた破落戸だったとの事。
冒険者だったという夫人の反撃もあり、破落戸も随分死亡したようで、その現場を見てしまった彼らも 夫人の魔術攻撃に巻き込まれそうになったという事でした。
ギルド職員からも期限が切られていなかったことで 報酬は1ダリルから上げられない事を冒険者に告げられ、私には 具体的な内容を告げていなかったため、死亡確認となった事を冒険者に責任は負えない事を告げられました。
まさか 夫人が亡くなり、その上 愛娘まで行方知れずとなったなど、どうやって王に知らせれば良いのでしょうか。
手の中の、たった一束のピンクの髪が、とても重たく感じます。
閑話は 4話 同時投稿しております
こちらは 4/4 作目です。
先行サイトの投稿に殆ど追いつくことが出来ましたので、これ以降は1日1話の投稿に戻していきます。




