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第五話 異種族間恋愛の苦労

「どっちも何も、天国一択だろう」

「天使が地獄には住めないですよねぇ」


 悪魔(ケルベス)が天国に住むか、天使(ルシファー)が地獄に住むか。これは異種族間結婚において、最大の問題だ。


 通常、天使が地獄に行くと翼が焼け落ちて死んでしまう。しかし、悪魔の放つ魔のオーラに慣れた天使はその力の許す範囲でなら立ち入ることができるのだ。ケルベスの婚約者であるルシファーは上層までなら焦げずに行ける。しかし、天使にとって厳しい環境であることは変わらないだろう。

 

 勿論、悪魔が天国に行くのも簡単な事ではない。こちらもよほど慣れていないと強い聖なるオーラの影響で、身体が溶けて消えてしまうほどだ。しかし、ケルベスは悪魔の中でも力の強い上層部。仕事で天国に行くことも珍しくないし、聖なるオーラにも当然慣れている。


 対してルシファーの方は、天国から滅多に出ない一般天使だ。力の強さと慣れ具合から考えて、どう見ても彼女に合わせて天国に住むのが妥当である。


「やっぱお前らもそう思うだろ?」

「……まさか地獄に住むんじゃないだろうな」

「そのまさかだ」


 苦虫を嚙みつぶしたようなケルベスの表情からは、それが本意ではないことが伝わってくる。しかし結局新居の場所に地獄を選んだという事は、押し切られたのだろう。理解できないと、ミアは首を傾げた。

 

「別々に住めばいいのに」

「俺でもそうするな」

「ばっか。それじゃ結婚する意味が……」

「だから、結婚なんかイミないんですよー」

「だな」

「お前ら……」

 

 生涯独身を貫く勢いの同僚二人に、ケルベスは呆れた視線を向けた。恋愛に無頓着なクロムと恋多きミア。両極端だがどちらも結婚からは遠い。


「ま。実際のとこ、お前らが結婚なんてしたら地獄が消滅するんじゃないかと思うくらいの衝撃が走るぜ」

「だろうな」

「私はともかく、クロムせんぱいは確かに向いてないと思いますよ。ドラゴンとだって続かなかったんだしー」


 ミアがクロムに、からかい混じりの視線を向ける。クロムは昔、使い魔契約を結んだドラゴンの契約を破棄したことがある。悪魔にとって契約は長い一生を捧げる覚悟の証。どんな悪魔でも一生に一度しか出来ない「契約」を破棄なんかしたのはおそらく、長い地獄の歴史の中でもクロムが最初で最後だろう。


「あの時は地獄に激震が走ったよな」

「契約を破棄出来るなんて、知らなかったですもん」

「あれで分かったが、俺には契約は向いていない」

「もったいなーい。せんぱいと婚姻契約結びたい悪魔って山ほどいるのに……あ、試しに私としてみます? 破棄しても無問題(ノープロブレム)

「地獄一意味のない契約だな」

「面白いから見てみたい気もするが。でもやっぱクロムにはシルバーだよな」

 

 肩までの艶やかな銀髪を思い浮かべ、ケルベスは腕を組んで頷いた。天国と地獄、それぞれのマスター補佐ふたり。種族が違うにもかかわらず、自然体で並び立つ二人の姿は天国でも地獄でもよく話題にのぼっている。


 しかし、クロムは首を傾げる。彼女とは行動範囲が近いからよく会うだけで、特に何の間柄でも無い。


「あいつとは示し合わせて会った事もないんだがな。俺がいるところに、何故かいつもあいつが来るんだ」

 

「……そんなもんか? お前らなら、すぐに異種族カップルの手本になれるぞ」

「それなりに合う気がするのは否定しないが、別にそんなのは目指してない。それに、手本になるのはお前らじゃなかったのか?」

「もちろんさ。悪魔の指導者(リーダー)が天使と結婚。これで、両者の結びつきが強まれば死後の世界も安泰だ」


 やる気に満ちて拳を握るケルベス。天使と悪魔は表面上大きな問題もなく上手くいっているように見えるが、実際は仕事上の付き合いというだけで境界線ははっきりしている。自分たちの結婚が公になることで少数派の異種族間カップルが少しでも理解を得やすいようにと、ケルベスは願っているのだ。しかし、結婚相手が天使というだけで背負いすぎだろうとクロムは思っている。


「……天使と悪魔は、全く違うからな。今以上に近くなるのはかえって危険だと思うが」


 近づけば近づくほどにわかる、違う生き物とともに生きることの難しさ。生活習慣、環境、食生活、興味を惹きやすい事柄や長きにわたる慣習。真反対に合わせるのは簡単な事ではないのだ。


「いやもっと近づけるはずだ。仲良くしたい気持ちがあれば……」

「気持ちだけじゃ無理だろ。その都度細かく擦り合わせないと」

「俺たちはわかり合ってるから大丈夫だ」

「天使の考えなんか聞かなきゃわからんだろうが」

「いやわかるさ。天使も悪魔も変わらない。俺たちが違うのは、翼の色だけだ」

 

 自信満々に言い切ったケルベスに、クロムは不審な目を向けた。しかしミアはしきりに頷いている。


「わかります。大好きな人とはねー、テレパシーで繋がれるの」

「理解できない感覚だな」

「お前とシルバーは使えてる気がするけどな。テレパシー」

「あいうの呼吸って感じですもんねぇ」

「阿吽だろ」

「そっか」

「どっちにしても俺には使えん」

「そのうち使えるようになるさ」

「何のハナシでしたっけ?」

「天使と悪魔の意思疎通(テレパシー)


 言いながら、ケルベスは忙しそうに広い廊下を通っていく、多くの天使と悪魔に視線を向けた。こうして少し遠くでみると、違いなんか何もないように見えるのが不思議だ。

 

「違うのは翼だけ……俺は、全部がそうなることを願ってる」


 それは、あまりに無茶な目標。クロムは冷めた目で彼を見て、二人に軽く手を振った。

 

「まぁ頑張れ。俺は行くぞ」

「どこに?」

「事務室」


 思いのほか無駄話を長くしてしまった。今日中にサタンに目を通してもらわなければならない書類を取りに、早く事務室へ向かわなければならない。クロムは止めていた足を再び動かし、ミアも翼をパタパタ動かした。

 

「私も今夜飲みに行きたいし、早く仕事片付けなきゃ! せんぱいばいばーい!」

「俺もルシファーと新居の相談だ。じゃあなクロム」

「あぁ。ふたりとも……不幸(・・)が力になりますように」

 

 クロムが言ったのは、悪魔の間では定番の別れの挨拶だ。二人は笑って頷いているが、これも天使には理解できない感覚なのかもしれない。


 そんな事を思いながら、クロムはそのまま足早に事務室へと向かった。

 

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