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言葉の呪縛

作者: 阿部綾人

*全員女の子です。

太陽の熱が石畳を照りつけ、蜃気楼がうっすらと浮かび上がるような、真夏の日。


熱風が吹く中、私こと新木唯とその友人鈴木美優は高校の中庭にある長椅子に駄弁っていた。こんな夏の日には教室で伸び伸びと話しがしたいが、それが出来ない事情があった。いや、ただ私に教室という居場所がないだけの話だが。


美優は親しい友人であり、時には食事に一緒に行くような仲だった。


「ふふっ、ゆいのこと私大好きよー!好き、チュッチュ。愛してる~」


またか、とその言葉を聞き私は不機嫌そうに眉をひそめた。


彼女は過度なスキンシップを取ることで人との距離を詰め、友人との距離を縮めるのが得意だった。


私は割とドライな性格をしているので、友人と呼べるような人間は少なく、一部からは孤高を気取っている、ああいう人ほど裏では男と遊んでいる、などと適当なことを言われていた時期もあった。


そんな私にも美優は親しくしてくれて、最初は嬉しく思っていたのだが、ウザがらみが度を超すようになり最近では面倒になりつつある。


それでも、友人の少ない私にとって、美優から自分を遠ざけるという選択肢は存在しない。


「美優ってさ、いちいち好きっていうよね。ウザがられたりしないの?」


美優のアプローチの仕方に辟易している者はいないのか、とさも自分では全く思っていないように、思わぬ素振りで軽く問いかけた。


「なぁに、嫉妬しちゃったの?いやーん、私って好きな人を一人に絞れないから難しいわあ。…ごめんね?」


美優の底抜けなポジティブさに私は深いため息をつく。

恐らく彼女は、遠回しにその話し方を止めた方がいい、私がと言ったことに気づいていない、いや、気づいていても変える気がないのであろう。


「ほんともう帰ってくれないかなこの人…、いや、なんていうかそうやって自分の気持ちをちゃんと伝えられるのって凄いと思う。私だけじゃないんだろうけどさ、こんなに好きって自分で言っていて恥ずかしくない?別に、美優を貶しているわけではないんだけど」


私の言葉は、暑い空気に乗って、何故かかすかに震えていた。

何故だろう。どうにも言葉がまとまらない。自分が悩みをぽろっと出していることにすら言葉として具現化するまで気づかなかった。潜在的な不安が零れ落ちてしまったようだった。


「ゆいもいつも言ってるじゃん。これきらいーとかあれまじ無理ーとか」


「いや、それは好きとか嫌いのベクトルが違うといいますか…」


「分かるよー?大切であればあるほど言いにくいことってあるもんね…あれ、もしかしてこの話、ゆいの大好きなひとみちゃんの話だったりします?」


核心を突かれ、ぎくり、とする。隣に座ってこちらに顔を近づけた美優を横目で見ると、その顔はいたって真剣そうで、聞きたいという好奇心であふれているように感じた。正直ここまでプライベートなことを話すつもりはなかったし、ちょっとした対人関係のスキルを学べればいいのにと思っていただけだったので、気まずい。真剣に見つめられれば見つめられるほど、顔は照れ隠しをするかの如く、美優から背けてしまう。


「え、まあ…あー、うん。でも、正直その...好きって気持ちは、言わなくていいかなって思ってる」


夏の太陽が照りつける中、私の頬は熱を帯びていく。それは恥じらいと戸惑いが混ざり合った色。なんで私がひとみこと、小嶋ひとみを好きなことを知っているんだ、という言葉は飄々としている美優には無意味だと思い、口からは出さなかった。


その瞬間、二人の間にかすかに緊張が流れた。


「ふーん…」


「いいなあ、ゆいは余裕そうで」


「…は?」


プツン、と何かが切れる音がした。熱い心が、体温が、下がっていくのを感じる。火照った体は冷や水を浴びたように冷めてしまい、何を言われたのか理解するために、頭の中で何回もロールバックする。美優に怒っても無意味なのは分かっている。怒ることはなんの解決策にもならない。だが今の発言は私の思いを踏みつけているように聞こえた。


「あはーん、怒んないで!そんな怖い顔しないでよ〜、ただ凄いなあって思ってね。」


「何が?」


美優の口から聞こえるのは弁明。何故だか、今なら何を聞いても煽っているようにしか聞こえなかった。


「いやあ…ねえ、好きな人をいつまでも何の縛りもなしに置いておけるなんて、本気でそう思ってるの?」


「っ…!それは…そんなことは…でも…」


言葉が詰まる。美優の言ったことはすべて正しい。恋に盲目で、だけど臆病な私は間違っていたことをここで知る。




ひとみは誰からも愛されるキャラだ。


誰に対しても明るい性格で、この高校で私が孤立していた時、誰よりも私に懐いてくれているように感じていた。彼女の少し天然な性格を通して見える私は、一見成熟しているように映ったのかもしれない。


自分と関わることで彼女までも孤立してしまうかもしれない、そう思っていた当時の私はひとみが近づけば近づくほど離れようとしたのだが、彼女からのアプローチに段々と絆されている自分がいることに気づいた。


ひとみと距離を近づけたことで、友人もそれなりにできた。


そして、少なからず彼女に好意を持っている自分がいることには気づいていた。


だけど、私が告白することで、この関係性を終わらてしまうのではないか、それなら流る儘、いつかは冷めてしまうぬるま湯につかっていたい。そう思っていた。


だが、誰よりも彼女を愛しているという自負心、誰にも譲れないという固執、心の奥深くに封じ込めていた感情が、美優の鋭い指摘によって突然表面に噴出したように感じた。


「ねえ、ゆい。好きって言葉は呪いなんだよ。意識させたら甘く言い聞かせて、縛って、自分のものだと主張するの。それが、誰かのものになる前にね。あは、サブリミナル効果っていうのかな?ま、言葉の定義なんてどうでもいいか」


美優はその言葉を淡々と述べた。それはまるで、行動に移すことが当たり前、行動しない理由が分からないと言われているかのようだった。


「…なーんて、私はこんなやり方しかやらないからずるいんだよね。浮気性って言われちゃうのも分かるワ。…でも、こんなの都合のいい話だって突っぱねるほどゆいはポンじゃないと思うんだけどなー」


「…」


私は黙って美優の言葉を聞くことしかできなかった。


美優が私を品定めしているかのような視線は、湿気によってじめじめとした、夏の午後の重い空気のように、その場に立ちはだかっていた。


「ひとみちゃんがモテるの近くで見てるでしょ?あんなに人懐っこい子いないもんねえ。誰かからアプローチされちゃった日にはもうその人とラブラブになっちゃうんじゃないかなあ。あれれ?さっきから何も聞こえないけど異論は?ゆいさん?」


美優は、まるで世の理を須らく理解しているような、小さい子供に常識を教えるような優しい笑みをを私に向けてきた。


「…ないわよ。はあ、本当に美優は性根が腐ってる…」


昼下がりの風が、時折吹き抜ける瞬間のように、一瞬の爽快感をもたらし、緊張感は和らいでいった。私たちの間にあるギスギスとした重い雰囲気はもうなくなっていた。


「もう、やめてよ〜人生をいい方向に誘導してあげる優しい先輩なんだから素直に乗りなさいよ笑」


「優しい大人、ね。嫌なところ突いてくる先輩ホント尊敬しますわ…」


こうした皮肉は私たちが友人であることを再度認識させてくれた。やはり美優には適わない。


「もう、可愛くないんだから…独りよがりの片思いなんて、今時流行らないですよ?」






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学校の鐘が鳴り響き、教室からは賑やかな帰り支度の音が広がる。


他の生徒と同じように、私は荷物を持って教室から出ようとする。その時、後ろから明るい声が響いた。


「ゆいゆいー!一緒に帰ろー!」


ひとみが嬉しそうに近寄ってくる。学校が終わったのもあり、放課後はいつもこのテンションだ。


私はほんの一瞬ニヤけてしまった顔を元に戻し、彼女の笑顔を見つめてから、いいよ、と答えた。


ひとみと私は学校の門を出て、初夏の日差しを背に街を歩き始める。


「今日の理科の先生私たちが問題解いている間うとうとしてたよね、先生なんだから--」


ひとみは普段通りにおしゃべりを楽しんでいたが、私はどこか思考に耽っていた。昼間に美優と交わした会話が、頭にこびりついて離れなかったのだ。ひとみが話しかけても、返事を適当にしてしまっていることに自分ですら気づいていなかった。


「…ねえ、ねえってば!」


ひとみの少し怒ったような声でふと我に返る。


「ど、どうした?」


「ゆいゆい…私のこと、飽きちゃった?」


ひとみの問いかけに、私ははっと彼女の目を見つめる。その目は、いつものひとみからは想像もつかないような、深く、哀しい感情で満たされていた。


「ご、ごめん、そんなつもりじゃ…」


「こっちこそごめん、ずっと付きまとっちゃって。嫌、だったよね。わたし他の人の気持ち考えるの苦手で、自分の好きなことにばかり目が行っちゃって、いけないってわかっているんだけど、でも、でも…!」


ひとみは今にも泣きだしそうな顔をしていた。こんなひとみを見たことがなかったと思うと同時に、一気に自分の彼女に対する態度が最低なものであったと気づいた。


「ごめん、本当にごめん…!そんなつもりじゃ全くなくて、私ちょっと考えごとしちゃってたの。私も、えっとひとみといるの全然嫌じゃないし、なんなら…えっと、その…」


ここにきて今まで自分から好意を見せたことがなかったことに気づいた。

私はそういうことを言うキャラじゃない。そうやって意地を張り続けていたのだ。


「これからも、えっと、ずっと一緒にいたいよね」


と、私の口から出たのは弱気な一言。その言葉は、とても遠回しで、まるで告白しているとは思えなかった。ひとみも、


「そう、だよね」


と少し腫れた目に作られた笑顔で答える。その笑顔は弱々しく、私が見たくなかった顔だった。


決意を固め、大きな息を吸い込むと、


「ごめん、違うの!そうじゃなくて!」


次の一言で、私の日常は一変する。けど、ずっと言えなかった言葉、一歩を踏み出す勇気、それがこの瞬間に宿る。


「ひとみ、私は…私はあなたのことが、好き。」


口から出たのは取り繕わず、誰でも分かるような告白で、もっと上手く伝えたかった言葉だった。


ひとみは一瞬、何が起こったのか理解できない様子で私を見つめる。だが、その驚きの表情はすぐに満面の笑みに変わる。


「ずっと、ずっと待ってたんだよ、その言葉。私も、ゆいゆいのことが大好き!」


その言葉が、夕暮れの風に乗って、ゆっくりと響くと同時に、ひとみは前へと踏み出した。私たちの間にあった空間は急速に縮まり、ついには二人の体がひとつになる。心地良い温もりと安堵感が私たちを包み込み、世界は一瞬、時間を忘れたかのように静寂となった。


背中越しにひとみがすすり泣きしているのが分かる。私もそうだ。視界はぼやけて何も見えない。だけど、人生で最も心地よい瞬間だった。


全てはこの一瞬のためにあったかのように感じた。無言の誓いが交わされ、満面の笑みは永遠を誓うほどに深まっていく。


それからの二人の時間は、まるで時間が止まったかのように感じられた。ほんの数分前までとは全く違う空気が二人を包んだ。遠くに響く鳥のさえずりや、木々が揺れる音さえも、この新たな二人の世界に溶け込んでいったのだ。


その帰り道、私はひとみを家まで送り届けた。


「今日は、ありがとう。そして、これからもよろしくね」


ここで見せたひとみの笑顔は一生忘れないだろう。


「こちらこそ、よろしくね。愛してる。」


愛してる。その言葉は口から自然に溢れ出てきた。


その一言が何よりも二人の絆を深めていく。それはまるで言葉の魔法のようだった。


語られる度にその重みは増し、それぞれの「愛してる」が積み重なって私たちの愛を深めていく。


これから先、試練が待ち受けているかもしれない。


だけど、そのすべてを越えていくのが私たちだ。


それが愛というもの、そしてそれが私たちの物語なのだ。


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