第9話 かわいいと、寝顔
さて。フェネルの剣、ヴォーパルウエポンを整備することに決め、それをリアラに伝える。
「武器の修理・調整ですね。腕に自信がある職人を抱えております。ご希望の調整の方向性はありますか?」
この剣に対する俺のこだわりは一応ある。でも、フェネルに聞くのが一番だな。
「フェネル、どんな感じに剣を整備したい?」
「どーんと、ばばばっと、しゅぱっ、みたいな感じがよいです」
ふむ。今までの戦闘経験から、俺はおおよその要望を理解した。
リアラはフェネルの意見を聞き、眉間に皺を寄せて首をかしげている。その様子を見て俺は捕捉する。
「今まで通り、強度優先で。できれば、切れ味が良くてついでに軽くなると嬉しいけど」
「ええっ、け、ケイさんは今のフェネルちゃんの説明が分かるんですか!?」
驚愕の表情を浮かべながら、メモを取るリアラ。
「うん、もちろん」
「もちろんって……すごいというか、さすがですね」
リアラは感嘆するように俺とフェネルを見た。
「いつくらいになりそう?」
「本日預かりまして、明日の夕方にはご用意できると思います。あっ、では私がお持ちしますね。お届け先を教えてください」
「えーっと、泊まるのは、通りに面したデカい宿にしようと思ってる」
「では、そちらにお持ちしますね」
「これ重いけど大丈夫か?」
「ふふふ……問題ありません」
何か含み笑いをするリアラ。
仕事に関しては自信を持っているようだし、気にする必要は無いのだろう。
さて、用件は終わった。じゃあ、帰ろうか……そう思ったところ、
「フェネルちゃん、ちょっと屈んで!」
ロゼッタがそう言いながら、手をちょいちょいと振る。
フェネルは、言われた通り少し屈んでロゼッタに目線を合わせた。
「何?」
「えっとね、これあげる!」
ロゼッタは、フェネルの前髪の右端に白い小さな花を挿す。
「ん」
「可愛いー」
ロゼッタは、俺たちと出会った場所で花を摘んでいたんだな。見ると、いくつか花を手に持っていて、そのなかで厳選したようだ。
フェネル、外そうとするのかなと思ったのだけど、彼女は俺の方を向き訪ねてきた。
「マスター、似合う?」
「うん。そうだな、白く清楚な感じがいい」
「じゃあ……よい」
「よーい!」
ロゼッタはまたフェネルに抱きついていた。
フェネルは満更でもないような雰囲気だ。ロゼッタを気に入っているのかもしれないな。
こうやって、人と触れあうのは今までなかったのだし、フェネルの自由にさせてあげたい。
「じゃあ、リアラ、ロゼッタ。ありがとう、また明日来るよ」
「「はい!」」
リアラとロゼッタに手を振り、俺たちは外に出た。
「フェネル?」
馬車に乗り込もうとしたとき、フェネルは武器屋の前に飾ってある、ピカピカの盾に自分の顔を映していた。
「これが、かわいい? ……よい」
フェネルは自らの容姿には自覚や興味がなかった。
実用的にするなら髪もショートカットにするのがよいのだろう。でも俺が髪が長いのも嫌いじゃない的なことを言ったのが原因なのか、切らずに束ねるだけにしている。
不思議と、その方が動きやすいとも言っていたっけ。
カレンに貰ったリボンもちゃんとしているし、オシャレに興味を持つなら色々買ってあげたいところだ。
剣の整備が終わるのが明日の夕方。明日はのんびりして、フェネルに必要なものの買い物でもしよう。
それが終われば、いよいよ王都に向かって出発だ。
★★★★★
フェネルはいつものとおり馬車の手綱を握っている。
「途中にあった、大きな宿屋に向かってくれ」
「はい、マスター」
フェネルは道を覚えたり、マッピングをするのも得意だ。
一度通ったところは忘れず、小さな目印も見逃さない。
瞳が小刻みに動き、景色を追っていく。瞳の煌めきや眼球が振動している動きを見ると、何か人工的な生命体のように感じられる。
しかし顔、身体と見て行くとやはり人間にしか見えない。いや、瞳ですら最近は潤んでるように見えたりする。
「マスター、私の顔に何か気になることがありますか?」
顔が整っているな(かわいいな)などと思うのだけど、口に出すのは気恥ずかしい……。
そういえば、以前心の中で思ったことがフェネルに伝わることがあった。
しかしそれは、戦闘中に限るようだ。精神の集中状態にいないとあの現象は起きない。
「いや、かわいいなって」
「それは、よい?」
「もちろん」
そういうと、嬉しそうな表情をするフェネル。
「っていうか、フェネルも一晩中俺の顔見てたりするよな。あれはどうして? 飽きないか?」
「飽きる……? マスターの顔は毎日違います」
「ええっ、どういう風に?」
「体力回復をしているときは少しも寝返りをうたず、目も口も閉じていて動きません」
ん? なんか微妙に嫌な予感がするぞ?
「そうじゃない時があるのか?」
「はい。例えば……」
フェネルは思い出すためか、目を閉じる。
「例えば、疲れているときは顔が赤くなり、汗をかいています」
「ほう」
それは俺も覚えているな。風呂上がりとか、戦闘後に汗まみれになって寝ちゃったとか、暑いときも。
「さらにお疲れな時は、口を開けたまま唾液がこぼれたり——」
「ちょっ」
「時々、『うまいもの食いたい〜』『もう一生寝ていたい』って寝言を言ったり」
そんなこと言ってんの俺?
「ストップ、まさかフェネル、全部覚えてる?」
「もちろんです。ちょうど100日前の夜のことも正確に言えます。あれは確か寝言で——」
「やめて」
今度から変な寝顔や寝言には気をつけよう。俺はそう心に誓うのだった。
そんな俺を見て、フェネルがぼそっと言うのが聞こえる。
「私はどんなマスターも、ずっと見ていたいのです」
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