第3話 限界と尊い空間
フェネルはあっというまにトロールに接近して背後に回った。
「ふっ」
僅かなかけ声と共に、背中から剣を振り払い返す刀で首をはねた。
すぐさま空中に飛んだ頭を剣にて粉砕する。
ここまでが一瞬の出来事。
トロールは、悪臭を放つ肉塊の塊となった。
「よし」
俺はトロールの肉片の山に火を放つ。
すると、後ろから震える男の声が聞こえた。
「なっ……こいつら……トロールロードを一瞬で粉砕……? 本当に化け物……だ」
「ああ、喧嘩を売っては……ダメな相手だった……」
兵士の二人は目を見開いて驚いておののいている。
さて、トロールは倒した。いろいろ疑問はあるが、こいつらに尋問するのは後で良いだろう。
それよりは——。
とりあえず拘束した兵士たちは放っておき、女の子二人の元に歩いて行く。
俺と同い年くらい17〜18歳の子は目をぎゅっと瞑っていた。服は少し乱れている。
怪我をしている様子は無さそうだ。とはいえ、未遂ではあるものの心理的ショックが大きいようだ。
彼女は俯き、もう一人の7歳くらいの子を、守るように抱き締めていた。
俺は極めて口調に気をつけ、優しい声色を作る。
「怖かったでしょう。大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、7歳くらいの子が離れ、俺に駆け寄ってきた。
「すごいすごい……! お兄さんもお姉さんもつよーい!」
そう言って、俺の足に抱きつく。彼女は一見元気そうに見えた。
この子は人懐っこいようだ。お下げがぴょこぴょこと跳ねている。
次にこちらに歩いてきたフェネルに抱きつき、俺のことを話しはじめる。
「お兄さん凄かったねー」
「そう、マスターは凄いのです」
得意げに胸を張るフェネルだったが、小さな子の言葉に怯んだ。
「お姉さんも、カッコいいし綺麗!」
「えっ……えっと……すごいのはマスターで……私は——」
ぎゅっと少女に抱き締められて戸惑うフェネル。心なしか頬を赤らめている。
こうやって俺以外に、素直に褒められることに慣れてないようだ。
俺はフェネルに抱きついた少女に声をかける。
「君、名前は?」
「私はロゼッタ! それとリアラ!」
なるほど、この子はロゼッタ、そこにしゃがみ込んでいる、17〜18歳くらいの女の子はリアラか。
俺はまだ動けない様子のリアラに声を手を差し伸べ話しかける。
「リアラさん、大丈夫ですか?」
「イヤっ! こ、来ないでッ!」
俺を拒絶するようにリアラは自らの体を抱いた。
身体が小刻みに震えていて、よく見ると顔色が悪く、瞳から光を失いかけている。
これは……恐怖か? 確かに怖い思いをしたことだろう。
男の俺を怖がっているのかもしれない。
だったら。
未だにロゼッタの抱擁に戸惑っているフェネルに声をかけた。
「フェネル、どうも俺を怖がっているようだ。リアラの手を取ってあげてくれないか?」
「はい、マスター」
フェネルは頷き、そっとリアラに手を差し伸べる。
「大丈夫、マスターは怖くない」
「あ……あなた、たち……は……?」
わずかに警戒の色が解け、リアラはフェネルを見つめた。よし、フェネルの声は届くようだ。
おずおずと、フェネルの手に自らの手を重ねるリアラ。
「この人の名前はケイ・イズルハで、私の偉大なマスター。私はフェネル」
そう言って、フェネルはリアラに近づいた。
何をするのだろう? 止めようかと思ったけど、その様子に今までと違う気配を感じ俺は言葉を飲み込む。
「ケイ……さんと……あなたはフェネルさん?」
「そう。こうすると、よい」
驚くことに、フェネルはしゃがみリアラをそっと抱き締めた。
無骨な巨剣を振っているとはとても思えない、繊細な細い指をリアラの背中に回して。
母親が子供を安心させるように、そっと力を込めているような優しさを感じた。
「えっ?」
まさか、フェネルが自ら、俺以外の人に触れるなんて。驚きを隠せない。
指示をしていないのにもかかわらず、だ。
俺は無意識のうちにフェネルに限界があると決めつけていたのかもしれない。
そして気付く。
——フェネルの優しさに。
——いつの間にか、芽生えていたものに。
いや、もしかしたらフェネルが魂を獲得し目覚めた時から、そこにあったのか……?
戦いに明け暮れていた俺が気付かなかっただけではないのか?
次第にリアラの表情が和らいでいく。凍える大地に陽が差し込むように、次第に口元が緩んでいく。
「…………はい……温かくて……」
「よい」
「ふふっ……よい、ですね」
俺の驚きはまだ続く。
何が起きている? フェネルの放つ雰囲気がそうさせているのか?
急速にリアラの瞳に光が戻り、微笑みさえ見せるようになっている。
「ありがとうございます。フェネルさん……ケイさん」
我を取り戻したのか、リアラは俺を見上げ瞳を潤ませて言った。
フェネル、すごいぞ。
俺にはとうてい出来ないことをフェネルはやってのけた。
感動して思わず涙がこぼれそうになったけど、ぐっと我慢する。
ああ、こういうことがあるから、俺はフェネルの力になってやりたいと思うのだ。
例え、俺が持つものを全てなげうっても。
フェネルとリアラの様子を見ていたロゼッタが、抱き合う二人にくっつく。
「よーい!」
「まあ……ロゼッタったらっ」
ロゼッタはフェネルの言葉を可愛らしく真似しながら、微笑みを見せたリアラに嬉しそうに抱きついている。
元気そうに見えたロゼッタも不安を覚えていたのかもしれない。
俺は温かい気持ちになり、抱き合う3人を見つめた。
「お兄さんも!」
そう言ってロゼッタが俺にも来い、という目線を送ってきた。
実に魅力的なお誘いであるが——。
「いや、おにーさんはここでいいよ」
「そっか!」
この尊い空間に男が混じるなんてギルティじゃないか?
俺は三人が抱き合い微笑む光景を目に焼き付けるように眺めていたのだった。
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