第2話 魔力注入
『キョウノヤドハ オキマリデスカ?』
宿屋の前のボロボロになった服を着せられた魔巧人形が喋る。
辛うじて女性を模していると分かる。
そのみすぼらしい姿から、宿の質は全く期待できない。
ほとんどの人は無視するのだが、俺はそれが出来ない。
「いや、いいよ」
そう答えると、
『ハイ、ヨロコンデ! ハイ、ヨロコンデ!』
客引きの魔巧人形はそう言いながら、裏路地に向かってあさっての方向に駆け出し、すぐに姿が見えなくなった。
何だあれは? きっと、整備もロクにされてないのだろう。
魔巧人形の扱いを見ると、だいたいどんな宿か分かる。
さっきのは、かなりの安宿なのだろう。
退職金も思ったより出たことだし、そういう所ではなく良いところに泊まりたい。
通りを見ると、十数体の客引き魔巧人形が見えた。
飲み屋や食事、あるいは夜のお店まで様々だ。
どの魔巧人形もメンテナンスがされていないのか、ろくに魔力を与えられてないのか、くたびれて見えた。
「スキル——魔力注入起動」
俺の持つスキルを使い、周囲の見える範囲に魔巧人形に魔力を注入する。
すると、急にシャキッとし始める魔巧人形たち。
曲がっていた背筋はしゃっきりと伸び、瞳に光が宿る。
「すまんな、これくらいしかできなくて」
ほんの気まぐれだったが、どうせ明日は仕事もないし、少しでも魔巧人形の力になりたかった。
これくらいしてもバチは当たらないだろう。
しばらく、宿屋街へ続く道を歩いていると、街のチンピラたちが何人か見えた。
男たちが、誰か一人を取り囲み口論している。
いや、取り囲まれているのはメイド姿の魔巧人形か?
チンピラたちの声が聞こえてきた。
「へえ……人形にしては、人と変わらないように見えるぜ。相当な高級品だな。どこのメイドだ?」
「なあ、金持ってねえ? それとも、その躰は人間様でも使えるものかもしれないなぁ?」
チンピラたちはそう言って、メイド姿の魔巧人形を蹴った。
『くっ……』
よろめく魔巧人形。しかし、それでも倒れずに踏みとどまる。
「おい、何だ? 文句でもあるのか? 言ってみろよ? ああん!?」
『わたしは、ひめさまの、めいれいを、うけているので、できません』
「姫様ぁ? ケッ。嘘つけ」
『うそではありません』
しかし夜に、あんな格好で一人で出歩かせるとは……?
金を持ってるから襲ってくれ、とでも言っているのと同じじゃないか。
メイド魔巧人形の管理者は近くにはいないようだ。
周囲の人たちは厄介毎に巻き込まれたくないと、そんな様子で肩をすくめて通り過ぎていく。
分かっている。
誰もが面倒に巻き込まれたくない。しかも、今囲まれているのは人間ですらない、魔巧人形だ。
助けようと思うのは、この国で俺だけかもしれない。
しかし多勢に無勢。しかも軍を抜けた俺は、ただの一市民だ。
周囲の魔巧人形よ、助けてくれないだろうか?
他人の操る魔巧人形に俺は手出しできないだけど……そう思っていた。
しかし異変が起きる。
『『『『ハイ……ゴメイレイ、デアレバ。マスター!!』』』』
一斉に、客引きの魔巧人形が俺の方を見てきたのだ。
「え?」
そして、男たちが気付いた時にはもう遅い。
ドドドドドドッ。沢山の魔巧人形が、道を走る振動が伝わってきた。
魔巧人形たちは群れを成して、男たちに遅いかかる。
「なっ! 何をする!? 放せ! この土人形が!!
「くそ、誰だお前? このっ! てかこいつら、なんでこんなに強いんだ?」
『『『マスターノ メイレイデス。アナタ タチヲ ”ショケイ” シマス』』』
「「「処刑!????」」」
「ちょっ、おまっ……待て!」
恐怖に目を見開くチンピラたち。
魔巧人形があっという間に、数の暴力によってチンピラたちを蹂躙していく。
多勢に無勢。数人のチンピラたちは、あっという間に蹴散らされていく。
どかどかと殴る蹴るが繰り広げられる中、俺は呆然としているメイド魔巧人形の手を引き走り出す。
面倒なことになる前に、この場所から離れたい。
『あなたは? どうして わたしを、たすけるの ですか?』
「俺は君のような素晴らしい魔巧人形に思い入れがある。傷付けられるのを見ていられなかった」
そうだ。これほど精密な魔巧人形は、フェネル以外では初めて目にする。
ただの高級品ではない。あのチンピラどもが言っていた通り、小柄な人間にしか見えないほど精巧に作られている。
『ありがとう、ございます』
「そういえば、君は名前があるのか?」
『あう゛ぇりあと、もうします』
「ふむ、アヴェリアか。いい名前だ」
頬を染めたりはしないものの、ややうつむくアヴェリア。
冷たい指が俺の手を握りしめる。
俺はそっと、その手を握り返す。
振り返ると、蹴散らされ気を失っている男たちの姿が見えた。
そして、俺たちを見送り、不似合いな敬礼のポーズをとっている魔巧人形たちの姿があった。
あの軍隊式の敬礼を客引きの魔巧人形が行う? 不思議なことがあるものだ。
俺は首をかしげながらも、メイド姿のアヴェリアの手を引き、走り出した。