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第14話 洗浄

「そっか。フェネルは風呂に入ったことが無かったな」

「はい」


 フェネルは汗をかかないので、身体が汚れるのは埃や相手の返り血とかその程度だ。

 今日は屋外で戦ったもののそれほど汚れてないはずだ。

 湯につけて絞った布で身体を拭く程度でもいいのかもしれない。今までだってそうだった。


「うーん、とりあえず今日は身体を拭く程度にしておこうか」

「はい。マスター」


 俺がこうして欲しいというと、従うフェネル。

 いいのかこれで? 今までは上下の関係があった。でも軍籍から外れた今、そんなものは無い。

 これからは、フェネルが自ら考えしたいことをすべきだ。

 例えその結果、俺から離れることになっても——。


「フェネルは風呂に入りたいか?」


 そう聞いてみる。

 すると彼女は一瞬考え、すぐに答えた。


「はい、マスターと一緒なら」

「……んっ?」

「一人なら別に。でも、マスターと一緒なら入ってみたいです」


 そんなものなのか?

 今フェネルは相変わらず上半身は裸で、胸を隠すように身体を抱いている。

 正直、そんな姿でも直視しにくいけど大丈夫か俺?


 とはいえ、いきなりここでフェネルの願いを却下するのもどうかと思う。

 俺は覚悟を決めた。


「わかった。一緒に入ろう」


 ☆☆☆☆☆☆


 さすがによい部屋だけあって、浴室はかなり広かった。

 浴槽は足を延ばしてもまだ余裕があるほどだ。

 お湯は贅沢に満たされ、さらに大きな桶にお湯が入れられている。身体はそのお湯で洗えということだろう。


 俺が浴室を覗いているうちに、フェネルは最後の一枚を脱いでいた。

 その姿から目を背けつつ、俺も裸になり二人で浴室に入る。

 浴室には湯気が立ちこめているので多少は気が楽だが、しかしそれでも見えちゃうものは見えて——。


「マスターのからだ、私のと違います」


 見られているのは俺だった。

 フェネルは初めてみる俺の身体に興味津々のようだ。


「なるほど」


 何が「なるほど」なのか分からないけど、フェネルは俺の周りをぴょこぴょこと動いて見て回った。俺より一回り以上背が低いので時に跳ねている。

 湯気で隠しきれないフェネルの肌がチラチラ視界に入り、目のやりどころに困る。


 でも、それよりはまじまじと俺の身体を見られて恥ずかしくなってきた。

 筋トレはしてきたけど、武器を振り回す軍人と比べると見窄らしいし、


「私のと違います」


 その視線の先には俺の股間があった。

 ……下半身は隠したいな。


 俺はこの謎の時間を切り上げることにした。 


「じゃあ、最初のミッションだ。俺の真似をして身体を洗ってみて」

「はい、マスター」


 まずは頭から。石鹸にくわえてシャンプーも準備されていて、それぞれ洗っていく。

 フェネルは俺の隣で見よう見まねで、一生懸命髪の毛を泡立てていた。

 次に体を洗う。

 俺は自分の身体を流すと、フェネルに向こうを向いて貰い、お湯をかけてあげた。


 フェネルの長い髪の毛が解かれ、濡れて垂れている。そんな姿がいつもと随分違って見えた。

 濡れた髪を手でまとめ上げているのでうなじが見え隠れする。

 普段は見えない白い首筋が露わになり、ついドキッとしてしまう。


 肩から腕のラインは、普段ごつい剣を振り回しているとは思えないほど華奢に見える。でも、決して貧相ではなく女性らしい柔らかな線も秘めていた

 背中からお尻にかけても同様で。


 ぐっと後ろから抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。肌に触れて、その身体の柔らかさを感じたい、そういう欲求に耐えるのは大変だ。

 そうやって抱いてもフェネルは抵抗しないだろう。


「あの、マスター? 身体の洗浄は終わりましたか?」


 ぼーっとしていた俺に、振り返りおずおずと声を掛けてくるフェネル。俺の視界に鎖骨から胸の膨らみが飛び込んでくる。

 ふう、と俺は息をつき煩悩を振り払った。


「次のミッションは、この浴槽に入る」


 俺はお湯に浸かるとすごく気持ちいいのだけど、フェネルはどうなのだろう?

 まあ何事も体験か。


「はい。お湯の中で身体を洗うのですか?」

「ううん。お湯に浸かるだけ」

「それだけ? その目的は何ですか?」

「身体を温めるためだ。寒さを感じないフェネルには不要かもしれない。でもなあ、これが気持ちいいんだよね」

「気持ちいい、ですか」

「ああ。その前に髪を結おう」


 俺は用意されていたヒモを使い、フェネルの髪の毛がお湯に浸からないようにお団子状にする。

 すると真っ白なうなじが見える。


「マスター?」

「あ、ご、ごめん」


 つい目が吸い寄せられてしまった。さっきから俺は煩悩の塊になっている。

 いかーんとそれを振り払いながら、湯船に入ることにする。

 肩まで浸かりふーっと息を吐くと疲れが取れていくような気分になった。


 やっぱり風呂はいい。いつも入れるわけじゃないので、今のうちに味わいたい。

 隣には同じように肩まで浸かって俺の顔を見ているフェネルの姿がある。


「ふわああああああ気持ちいいなぁ。なぁフェネル、風呂はどうだ?」

「……よい、です」

「よい、かぁ」


 俺は思わず笑みをこぼした。気に入ってくれたのが嬉しかった。

 そんな俺を見て、フェネルは不思議そうに首を傾げつつも、その「よい」を語ってくれる。


「マスターと一緒なことができるのが、一緒にいられるのが……一緒に同じことを感じられるのが、よいです」


 シンプルないつものフェネルの言葉と違い、今はずいぶんと情緒的だなぁと感じる。


「そっかぁ。俺もそう思うかなぁ」


 同調した俺の緩んだ顔を見て、フェネルは口角を上げる。


「ふふっ」


 俺はまずフェネルの笑顔に惹きつけられ、次に可愛らしい小さな笑い声に目を見開く。

 笑った?

 ニヤリとするとかじゃなく、得意げにするじゃなく、微笑むでもなく……笑った?

 今までに無いフェネルの表情だ。


 俺はふと思い出して、フェネルの手を取り、手首の付け根に親指を当てた。

 胸には鼓動を感じたけど、こっちはどうだろう?

 ——しかし、脈のようなものは感じない。脈はなかった……。


 ……え?

 俺はがっかりしている?

 もし、フェネルが人間になったら。そんな、ありもしない期待をしていたというのか?

 フェネルは人間じゃない。魔巧人形……いや、魔巧少女という可能性がある。俺が魂を与えた存在だ。

 彼女の身体に、何が起きているかを知る必要がある。それだけのはずなのに。


「マスター?」


 いつの間にか、フェネルが俺の頭を撫でくれている。

 フェネルにそんなことをさせてしまうほど、酷い顔をしていたのか。

 ふと、司令部での別れ際、俺の涙を拭いてくれた姿を思い出し、目の前にいる彼女に重ねる。



 そうだ。フェネルはフェネルなんだ。忘れるな。

 だからこそ——。

 だからこそ、俺はフェネルに出会えたんだ——。



 俺は息を吸い、吐き出しながら何事も無かったように応える。

 目から熱いものがこぼれそうになるのを、必死に堪えながら。


「ふう、こうやって一緒に夜を過ごすなんて、なんかいいな」

「……? ……はい。よい、です」

「うん。よい、な」


 フェネルの微笑みを目にして、つられて俺も口元が緩む。

 帝国軍で戦っていた日々が嘘のように俺は穏やかな気持ちになっていた。

 フェネルも同じだといいなと心から願った。


「さあ、そろそろ上がろうか?」

「はい、マスター」


 フェネルがいつもの調子で返事をする。

 さっき見せた笑顔はまるで幻だったのではと疑ってしまうくらいに、いつものフェネルがそこにる。

 変化を始めたフェネルに、俺は期待と不安を抱いている。

 でも、きっとなんとかなる。彼女の笑顔にはそう思わせる優しさがあった。



 俺とフェネルは宿が用意してくれたモコモコのバスローブを羽織る。


「ふわふわと柔らかい布です。よいです」


 フェネルにはやや大きいようだ。袖の先から指先がでるのがやっと。でも気に入ったのか脱ごうとはしなかった。

 たぶん意識してないだろうけど、袖口から指だけが出ている様子はかわいい。


「フェネル。じゃあ、そろそろ寝ようか?」



 ★★★★★★



 ケイとフェネルが、のんびりとした夜を過ごしているころ——。

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