第12話 魔巧少女と鼓動
アンベールさんはひとしきり笑うと再び冷静になって俺を見る。
「ハァ、あと一つ聞きたい。本当に魔巧人形なのか? どう見ても生きているようにしか見えないが?」
「ただの魔巧人形ではありません。俺が魂を与えました。フェネルとアヴェリアだけの、特別な存在です」
「ふむ。決まった動作しかしない人形と違い独自に考えて戦うか。しかも主人を救おうと全てを投げ出した……魂入りの魔巧人形」
急に神妙な表情をして、顎髭を触るアンベールさん。
「どうしました?」
「いや、道理で儂が負けるわけだ。儂がただの魔巧人形に負けるなどあり得ないからな!」
そう言って再び笑った後、俺に向き直りアンベールさんが続ける。
「すまんな。ところでケイ殿は魂入り魔巧人形の言い伝えを知っているか?」
「言い伝え? いえ、詳しくは」
「そうか。古きからの伝承がいくつか我が国にあってな。かつて人は魂を肉体から分離し、人形に移して長い時を生きたそうだ。異なる伝承では、魂を手に入れた魔巧人形はすべて女性で——」
確かに今のところ、フェネルもアヴェリアも女性だ。最も、身体が女性を象っていたからなんとなくそういうものだと思っていた。
「——そんな女性の魔巧人形を、人々は『魔巧少女』と呼び救世主として奉ったらしい。魂は天界や楽園と呼ばれる所から降りてきたと考えていた」
「魔巧少女……天界? ……楽園?」
フェネルが魂を宿してから、俺は一つの疑問を抱いていた。
魂は一体、どこからやってくるのか?
人の魂を人形に入れる伝承。魔巧少女の伝承。帝国では手に入れられなかった情報だ。
俺の求めるモノは、この国にあると確信する。
常々不安に感じている、フェネルの未来が分かるかもしれない。
ふと俺の隣にいるフェネルを見る。どうやら俺の顔をずっと見ていたようで、すぐ目と目が合う。
いつもそうだ。フェネルは何も言おうとせず、俺の言葉を待つだけ。
俺を急かしもせず、特に用事が無ければひたすら傍らで待っている。何時間でも、何十時間でも。
「フェネル」
「はい、マスター?」
「い、いや、なんでもない」
思わず意味も無く名を呼んでしまった。フェネルは俺見つめて、僅かに口角を上げる。
その笑顔は一瞬女神のようにも見えたが、すぐにいつものあどけなさを残す少女の顔に戻る。
今のは一体……?
よく見ると以前より肌は色づき、唇はしっとりと光沢をたたえ、瞳は潤んでいる。前からこうだったか?
もはや人であることに疑問さえ抱かなくなる。
アンベールさんもそんなフェネルを見ていた。
「フッ。やや小柄な身体だが、やはり人間にしか見えんな。カレン様が管理する王宮図書館へ行けばもっと詳しいことが分かるだろう」
「ありがとうございます」
「フン、まあよい……その小娘は強かった——」
アンベールさんの呼び方が「人形」から「小娘」に変わった?
どことなく口調は優しく、こうやって情報を教えてくれるのは少しは認めてくれたということだろうか。
「——だが、もう限界だろうから、しっかり休ませてやれ」
「えっ?」
俺は気の抜けた声を上げる。
限界? フェネルは疲れなど知らない。
俺の方が休息をとる必要があり、フェネルを待たせてしまうことがある。
まあ、彼女のことを知らないのだからしょうがないし、敢えて説明することもないだろう。
すたすたと踵を返し馬車に戻るアンベールさん。
途中で、俺が話を聞いた騎士に話しかけるのが聞こえた。
「明日から儂も訓練に復帰する。儂が作成する特別なメニューを皆で行おうではないか」
さーっと顔色を失い、絶望した表情で肩を落として続く騎士。
俺は心の中で「がんばれ」とつぶやいた。
☆☆☆☆☆☆
アンベールさんたちがしばらく周辺を警戒してくれたが、追っ手はなさそうだと判断した。カレンたちが馬車を走らせるのを俺とフェネルは見送る。
しばらく別行動だ。
ここは帝都の郊外。周囲は草原が広がっている。空には大きな月が出ており、暗いもののさほど歩くのに苦労はしない。
ただ、近くの宿場街まで少し歩く必要がある。
視界のかなり先に、街の灯りが見える。歩いて数時間というところか。
「じゃあ行こうかフェネル。遅くなるが、なんとか街まで歩いて宿屋でしたいことがある」
「はい、マス……」
そう言いかけてフェネルはがくりと崩れ膝を付いた。
「フェネル、どうした?」
「そ、それが……身体が思うように動かなくなりました……」
今までこのような状態になるのは、手足に大きな損傷を負った時だけだった。
だから、今回も怪我をしているのかと心配したのだけど、どうも違う。
フェネルは嘘をつかない。
そもそも疑うような状況ではないけど、いつもと違う様子に様々な可能性を考えてしまう。
「マスター、歩けない。後で追いつくので先に行って下さい」
淡々とそう訴えるフェネル。苦しそうな顔をしているわけでも無いのに、胸が締め付けられる思いがする。
俺は背中の荷物を腹に抱え彼女の前にしゃがんだ。
「マスター?」
「俺の背中に乗れ、フェネル」
「了解しました」
フェネルが俺の肩に手を伸ばし、ぐっと体重をかけてくる。
そのまま立ち上がり、俺は彼女を背負いながら歩き出す。
「マスター、ありがとうございます」
「ううん。気にするな」
背中に当たる感触には、以前とは違った柔らかさがある。以前はもっと身体の硬さを感じたはずだけど、なんだこれ?
彼女の体温を感じる。以前からかすかな温かさはあったけど……これは……?
「フェネル? 本当に身体に異常は感じないのか?」
俺が振り返ろうとしたとき、俺の耳と頬が彼女の胸に触れた。
彼女の胸はふにゅっと変形して、俺の顔がめり込む。
あれ? フェネルってこんなに胸あったか? と思った瞬間——。
「……!!」
その温もりと柔らかさの先に、とくん、とくん……という鼓動を感じた。
未知の状況に、背筋が凍る思いがする。
この鼓動はいったい何だ? 前にはなかったはずだ。
そもそも鼓動するような部位はない。ハート型の部位も鼓動などしない。なのに……いったいなぜ?
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