怪盗ネコ耳頭巾の挑戦
この世に芸のある限り、拍手喝采盗む者、人気と笑いを頂くであります。人呼んで怪盗ネコ耳頭巾!
予告状とともに宝石や美術品を狙う泥棒と、それに立ち向かう名探偵との知恵比べ……のお話ではありません。
ストリートパフォーマンスが得意なお姉さまが活躍する物語かも。
既出の小説『変身ヒーローの僕と握手』と同じ舞台ですが、独立したお話です。
知様主催『ビタミンカラー祭企画』参加作品です。
ジュージューという焼きそばの焼ける音とともに、ソースの匂いが漂ってくる。
僕こと杉山太一は悪友の岩波拓馬に誘われて、神社の縁日に来ていた。
男同士で行くのもどうかと思うけどね。
残念ながら、僕も拓馬も縁日に誘えるような女の子に心当たりがないんだ。
今日の縁日では、僕らの大学を卒業した先輩の大道芸が見られるらしい。
遠山先輩は大道芸の劇団に参加していて、人前でパフォーマンスをやってるんだっけ。
ちゃんとした会社に就職していて、副業で劇団を手伝ってるんだね。
「こないだ先輩から俺に電話がかかってきたんだよ。知り合いでコスプレやってる人がいたら、一緒にステージに出てもらえないかって」
と拓馬が言った。おいおい、今それを言うのか。
「えー、先に言えよ。知ってたら僕もキャリバンの衣装を持ってきてたのに。あ、でも着替える場所ってあるかな」
メタル仮面キャリバンは、テレビで放映されていた特撮ヒーローだ。
僕はコスプレ衣装を段ボールで手作りしたんだ。
冬に遊園地のコスプレイベントに出た時は、子供たちが喜んでくれた。
着ると暑いけど、本格的な夏が来る前ならなんとか着れると思う。
「いや、それはやめた方がいいよ。公共の場で版権のあるキャラクターのコスを勝手にやると、権利者からクレームが来るかもしれない」
同人誌即売会や遊園地でのコスプレは、権利者から黙認されているのが現状らしい。
通常、このようなイベントではコスプレイヤーが謝礼を受け取ることはない。
むしろ遊園地イベントなどでは、出る側が参加料を払うのだ。
しかし、今回は劇団が観客からおひねりをもらったり、グッズを販売したりするようだ。
そういうイベントに、無許可でコスプレをするのは問題があるそうだ。
たとえ、コスプレイヤー自身が謝礼をもらわないとしても。
こっそりやったらバレないかもしれないけど、それはヒーローとしてふさわしくない行動だ。
「あ、そうか……。じゃあ、版権モノじゃなくてオリジナルのキャラクターはどうだろう。拓馬の知り合いにはいないかな」
「オリジナルキャラでコスプレをやってる知り合いはいるけど、パフォーマンスへの参加は難しいだろうな。衣装を汚したり壊したりするリスクがあるからね」
「そっかぁ。ちょっと残念だね」
僕がそういうと、拓馬はにやっと笑った。
「だから、俺が先輩に提案したんだよ。いっそのこと、劇団でオリジナルのキャラクターを作ったらどうだって。こないだ遠山先輩と劇団の団長さんとも会って、案を出してみたんだ。そろそろ出てくるかもな」
境内のステージでは、いろいろなパフォーマンスが行われているのが見えた。
あ、遠山先輩が3つのボールでお手玉をしている。
ジャグリングっていうんだっけ、けっこうやるなあ。
多芸な人だとは思ってたけど、あんなこともできたんだ。
僕が感心して見ていると、突然女の人の笑い声が響いた。
「わーはっはっはっ。その程度の芸で、本当にお客さんを楽しませることができると思ったでありますかっ」
遠山先輩はジャグリングを止めて、周りを見渡した。
「だれだっ!」
「この世に芸のある限り、拍手喝采盗む者、人気と笑いを頂くであります。人呼んで怪盗ネコ耳頭巾!」
ドドーンという効果音で、ステージに謎の人物が現れた。
忍者みたいな恰好で、覆面に猫耳がついている。
手にクナイという忍者道具を持っていた。
黄色の衣装にオレンジの髪、帯の色は緑だ。
いわゆるビタミンカラーってやつかな。
ずいぶん目立つ忍者だなあ。ぜんぜん忍んでないぞ。
「おい、拓馬。ひょっとして、あれがお前のアイデアか?」
「いかにも。あのカラフルな『くのいち装束』は劇団で持ってたやつだ。パーティグッズのネコ耳をつけてもらったんだ。中の人は劇団で一番パフォーマンスがうまいらしいよ」
ステージを見ると、何本ものクナイを投げてお手だましているネコ耳頭巾がいた。
遠山先輩は「負けたー」と言って崩れ落ちた。あ、立ち上がった。
「まだだ、ネコ耳頭巾。今度はけん玉で勝負だっ」
「ほほう、面白いであります。わたしもけん玉は得意であります」
遠山先輩は、けん玉を出して構えた。
「よーし、では世界一周の技をみせてやる。まずは小皿!」
小さい皿に玉を載せた。続けて、大皿、さらに柄の先の中皿に載せた。
「ここでけん先に刺されば世界一周完成だ。見てろよー」
遠山先輩はしばらく呼吸を整えて、「ほっ」と声を出して玉を上げた。
そして玉はけん先にカチンと当たって落ちた。
「あーー」
「わっはっはっ。大口をたたいておいて、失敗したであります。口ほどではないようであります」
「何をー。だったらネコ耳頭巾、お前もやってみろ」
「いいでしょう。わたしがお手本をみせるであります。そのお目目を見開いて、よーく見ててください」
今度はネコ耳頭巾がけん玉を構えた。
「ほっほっ」と言いながら、小皿、大皿、中皿に載せていく。
そのまましばらく構えたあと、ポロッと玉を落とした。
ぶら下がった玉を一度左手で止めた。
さらに左手で玉をこすって回転させる。
「ほっ!」
玉はけん先にささった。
「どうですかっ。できたであります。世界一周!」
「ちょっと待て。ネコ耳頭巾。今のは反則じゃないの?」
遠山先輩がツッコミを入れた。
うん。けん玉の世界一周という技で考えると、僕もあれは反則だと思う。
手で玉を回してもいいなら、僕にだってできるかも。
その時、ネコ耳頭巾はステージからお客さんの方に向かって言った。
「はーいっ。お客さんの中で、けん玉ができる人はいらっしゃいますかー!」
隣の拓馬が「太一、けん玉は得意だよな。やってみたら?」と言ってたけど、どうしよう。
僕だと手で回したとしても、けん先に入るのは2回試して1回成功するかどうかだと思う。
他に誰もいなかったら出てみようかな。
あ、一人の女の子が挑戦してステージに上がった。
家族らしき人たちが「がんばれー」って応援している。
その子はネコ耳頭巾からけん玉を借りて、世界一周をやり始めたぞ。
小皿、大皿、中皿……。そしてけん先……。あ、落ちた。
すかさず、ネコ耳頭巾が「手で回して回して」と言った。
女の子は玉を手で回して、それから再挑戦。今度はけん先に刺さった。
「大成功であります! 頑張った女の子にみんな拍手してねー」
ネコ耳頭巾の声で、お客さんたちはいっせいに拍手をした。
僕も拓馬も一緒に手を叩いた。
「けん玉に成功したキミには、ネコ耳頭巾のエコバッグをプレゼントするであります~」
その女の子はプレゼントをもらって、うれしそうに家族のところに戻っていった。
母親らしき人が「ちょどよかったわ、お菓子を入れとこうね」といってバッグを広げた。
ネコ耳頭巾の線画イラストがプリントされてる。
「なあ、拓馬。あのエコバッグはこういう縁日では重宝しそうだな。うまいこと考えたな。お前のアイデアか?」
「いや、あれは団長さんのアイデアだ。イラストの案は俺も描いたけど。あれはたぶんのプロの絵師が描いたんじゃないかな。ほら。今、ステージで机を出しているのが団長さんだよ」
ステージを見るとがっちりした体格の三十代と思しき男性が、キャスター付きの脇机をステージに出していた。
脇机の上にお皿があり、何か茶色の丸いものがのっている。
縁日の屋台で売ってるベビーカステラのようだ。
机の前で、遠山先輩がネコ耳頭巾に向かっていった。
「けん玉では俺の負けだ。だが、俺の芸はこんなもんじゃないぞ。さあ、ネコ耳頭巾。これを見ろ」
「あら、おいしそうなベビーカステラであります。わたしにくれるのでありますか?」
「そんなわけないだろう。この俺が今から大魔術でこのカステラで消してやろうっ。いざっ!」
遠山先輩は両手で風呂敷を広げた。
両手で風呂敷の上部を持ち、お皿の前に垂らしてカステラを隠す。
そして手の位置はそのままで、頭を下げて風呂敷の裏に隠れた。
「さあ、この人は大魔術でベビーカステラを消してしまうと言ってるであります。本当にそんなことできるんでしょうか!」
ネコ耳頭巾が解説するようにしゃべっている。
そして遠山先輩がパッと風呂敷をどけると、お皿はからっぽだった。
もしかして食べた?
「わあ、本当に消えたであります。不思議であります。皆さん拍手~」
ネコ耳頭巾の声で、笑い声と拍手が出た。
「見たか、ネコ耳頭巾。この俺の大魔術」
「確かにすごいであります。そのすごい大魔術をもうちょっと見たいであります。じゃあ、今度はこれを消してみてくださいな」
ネコ耳頭巾は団長さんから白い容器を受け取って、机のそばに寄った。
あれはタコ焼きかな。
「焼きたてホカホカのタコ焼きでありまーす。あちち……」
ヨウジを使って、タコ焼きを三個お皿に置いた。
「え? 三個も?」
「あなたなら、このぐらいできそうであります。さあ、大魔術のはじまりでありますー」
ネコ耳頭巾が拍手の真似をすると、お客さんからも拍手があがる。
遠山先輩は「よーし、やってやらー」と言って風呂敷をかけた。
頭が隠れて少しすると「ぶほっ」とむせるような声がでた。
大丈夫かなぁ。無理するとヤケドするよ?
お客さんから「がんばれー」と声があがる。
ネコ耳頭巾は「良い子は真似しちゃいけませんよー」と言ってた。
しばらくして、遠山先輩が風呂敷を取るとお皿はからっぽになっていた。
「わあ、アツアツのタコ焼きが消えたであります。皆さん拍手~」
お客さんからまた拍手が上がった。
遠山先輩はお客さん達に手を振って答える。
右の方や左の方のお客さんに先輩が手を振っていると、お客さんから「後ろ後ろ~」と声がした。
遠山先輩が振り返ると、机の上のお皿にネコ耳頭巾が何か白いものをのせている。
ワタアメの大袋から大きなカタマリを取り出したようだ。
「さあ、今度はこちらのワタアメを消していただくであります」
「ちょっと待て、ネコ耳頭巾。それはちょっと大きすぎないか?」
「このぐらい、だいじょうぶであります。たぶん。さあ、大魔術のはじまりはじまりー」
ネコ耳頭巾が拍手の真似をすると、お客さんからも拍手があがる。
遠山先輩は「よーし、やってやらー」と言って風呂敷をかけた。
そして頭が隠れた。
お客さんから「がんばれー」とか「イッキ、イッキ」などの声があがる。
ネコ耳頭巾は「良い子は真似しちゃいけませんよ。悪い子もダメでありますよー」と言ってる。
しばらくして、遠山先輩が風呂敷を取るとお皿はからっぽになっていた。
「わあ、大きなワタアメが消えたであります。皆さん拍手~」
お客さんからまた拍手が上がった。
遠山先輩はお客さん達に手を振って答える。
ネコ耳頭巾は大きな笑い声をあげた。
「わっはっはっ。今回の勝負は引き分けであります。この次までに、わたしももっとすごい芸を磨いてくるであります。それでは、また会いましょう!」
観客席に手を振って、ネコ耳頭巾が退場していった。
お客さんは拍手していた。
「なあ、拓馬。遠山さん、大丈夫かね。あんなに一気にいろんなもの食べて」
「たいじょうぶだよ。あれはな……」
拓馬は少し小声になった。
どうやらあの脇机に人が入っているようだ。
あの芸は縁日の屋台の宣伝にもなっている。
でも、むせて吐いたりするとイメージが悪くなる。
だから先輩は食べるマネだけして、机の中にいる人が食べ物を隠しているみたいだ。
ついでに拓馬の推測だと、さっき先輩がけん玉の世界一周で失敗したのもわざとみたいだ。
お客さんを楽しませるためらしい。
「拓馬。芸人ってすごいんだね」
「コスプレイヤーも似たようなものだぞ。単にキャラクターの格好をして立っているだけなのと、魅せるつもりで演じるのでは全然違うんだ」
「見てくれる人を楽しませるってこと?」
「そうだ。ただし、コスプレで変な動きで笑いを取ろうとするのはやめとけよ。キャラクターをけなしているように思われるからな」
もし僕が特撮ヒーローのコスプレで変な踊りをしたら、ヒーローのファンの人は不快になるかもね。
まあ、やんないけど。
ヒーローの動画とかを見直して、決めポーズのバリエーションを増やすかな。
「太一、パフォーマンスが終わったら先輩にあいさつしとくか」
「そうだね、行ってみよう。グッズを売ってるならそれも見てみようか」
ステージの遠山先輩たちを見ながら、僕はそう答えた。
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