ライラの正体と過去
襲撃者を傷一つ追うことなく全員倒した私。
(リリーちゃんは無事!?)
そして、リリーの安否を確認しようとした私の目とベッドから上体を起こしていたリリーの目が合った。
「‥‥‥ライラさん」
リリーちゃんの目は周りで倒れている襲撃者たちと壁に空いた大きな穴を見てから、もう一度私の目に視線を合わせた。
そして私は、何か言おうとしたリリーの口に気を取られ、後ろで起き上がった男が振りかぶった剣を避け切れなかった。
「ライラさん危ない!!」
リリーがそう叫んだ時には既に男の剣は私の右肩に触れていて……
ザシュッ
私は背中の服が切り裂け、その間から赤い血が飛び出るのも無視して振り返ると、男を殴り飛ばす。今度こそ男が気絶したのを見届けると遅れて痛みがやってくる。普通なら大怪我だし、とても痛い傷なんだろうけれど、私にはこの程度痛みにすら感じられなかった。
そしてリリーちゃんの方を向く前にはその痛みは消えて《《しまっていた》》。
そう、もう傷が治ったのだ。もちろんそれは背中を向けていたリリーちゃんにも見えていて‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ライラさん、今の…傷が治って‥‥‥」
「っ!!?」
(見られた‼)
その事実を認識した私はリリーの方を見つめたまま呆然とした。
だけどその状態が続いたのも一瞬、私は崩れた壁から外に飛び出ると、とにかくリリーから離れたくて無我夢中で走った。後ろから「待ってライラさん‼」という言葉も聞こえたが、私はリリーと顔を合わせるのが怖くて足を止めなかった。
最期に見たリリーの表情なんて覚えてなかった、その表情を見るのが怖くて脳が認識しなかったのかもしれない。ただ、リリーの目に映っていた私の表情はしっかり覚えていて……
それは恐怖と絶望、悲しみに歪んでいてひどく醜かった。
まるで、化け物のように‥‥‥
▼▼▼
気が付いたら転移直後の森のすぐそばの平原にいた。
けれど、同じ場所でも転移直後とは全く違っていた。
私の心の中は最悪で‥‥
月は涙で滲んでいるどころか、蹲り《うずくま》下を向く私には欠片も見えていなかった‥‥‥
傷が治る瞬間を見られてしまった。気味が悪いと思われたに違いない。こんな私を怖いと思ったに違いない。隠していたことに憤慨したに違いない。あの人たちみたいに私にひどいことするに違いない。
そしてきっと…私を嫌いになったに‥‥‥違いない‥‥‥‥‥。
失った幸せとこれからまた始まるであろう孤独の日々。
それは私を絶望させるのには十分だった。
こんな化け物の私にも、涙があって、悲しむ心があった。
結局悲しいことばっかりのこんな人生なら、心なんてなければよかったのに……
そうすればもう辛い思いをせずに済む。
死のうと思ったことはこれで何回目だろうか。
虚空に剣を生み出し自らの身体を横に切り裂き真っ二つにする、自殺に慣れすぎた者の境地だ、普通なら不可能であろう。
しかし、次の瞬間には身体は繋がっていた。
あの人たちのせいで再生に特化してしまった私の能力は、私に死ぬことを許さない。それでも何回も何回も身体を刻む、心の痛みを誤魔化すようにして‥‥‥
いつまでそうしていたのか、何日も切り続けていたような気がするのにまだ夜は明けていなかった。そして…いつしか呼吸の音は二つになっていた。
「‥‥‥‥ライラさん」
振り向いたそこには、涙を流し息を切らしている少女、リリーが立っていた。
リリーがここにいる意味が分からなかった。化け物である私を仕留めに来たのかもしれない。さっきまで自分を傷つけていた私は、傷つけられることを恐れて尻もちをついたまま後ずさっていた。混乱からか恐怖からか、まるで地面がなくなってしまったかのような感覚がして上手く動けない。
「……ライラさん!!」
リリーちゃんは私を傷つけるわけでもなく、ただ抱擁した。
その抱擁の意味を図り切れていない私だったが、消えたように感じていた地面が戻ってきたような感じがした。
私の耳元でリリーは叫ぶ。そんなことをされたらうるさいに決まっているのに、彼女は堰を切ったように叫ぶ。
「一緒にお母さんを探してくれるって約束した!!それまでずっと一緒だって約束した!!約束したのに!!‥‥‥私から離れないでくださいよ‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
キンキンしていた私の耳には最後のリリーの言葉は小さ過ぎた。
でもその言葉は私の心の奥底まで染み渡っていった……。
「どうして‥‥‥どうして私から離れていったんですか!?」
掛けられるのは優しい言葉なんかじゃなく、糾弾するような言葉だった。
彼女は怒っている。私が逃げたことを‥‥‥私がリリーを恐れていることを。
「‥‥‥リリーは私が怖くないの?私が気味悪くないの?私の隠し事を怒らないの?‥‥‥私を嫌いにならないの?」
ようやく捻り出せた言葉はリリーの問いかけに対しての返答ではなく、確認だった。恐る恐る、警戒しながら自らが傷つかないようにリリーの本心に触れていく。
「‥‥私が‼ライラさんを嫌いになるわけない!!私が何のためにライラさんを追いかけてきたと思っているんですか!?」
私の警戒はまだ解かれない‥‥‥
「‥‥‥私を殺すためか、私に酷いことするため‥‥‥?」
リリーは私から身体を離し、両肩をつかみ顔を覗き込んでくる。自分でどんな顔をしているかわからなかったけれど、リリーは私が真剣に言っていることを確認したようだ。何かを堪えるように震えるリリー。
彼女は私をもう一度抱きしめてきた。さっきよりも強く、強く。
「殺したりなんて絶対にしません、酷いことなんてするわけありません‥‥‥‥‥‥だからどうかそんなに怖がらないでください‥‥‥‥‥」
リリーの吐き出した言葉は、今度こそ私の警戒を解いていき私の目頭を熱くした。さっき出し尽くしたと思っていた涙は溢れ、嗚咽は静かに漏れていく‥‥‥‥。
「これで抱きしめてもらった回数も、私が抱きしめた回数も同じになりましたね‥‥‥」
そう言いながら彼女は私の背中を撫でてゆく。その優しく安心させるような手つきは私の涙を加速させた。
涙の勢いが弱まったころリリーは静かに口を開いた。
「もう空が明けてきましたよライラさん」
ずっと抱きしめ合っていた私が、リリーの背中に回していた手で涙を拭い目線をあげるとそこにはリリーの言う通り、明るくなってきた空があった。
もう私の中にあった、リリーに嫌われるんじゃないかという恐怖は消えていた。
私は自分から口を開く。謝罪の言葉を口にするために……
「ごめんなさいリリー‥‥‥」
リリーは答えを口にしなかったけれど、その代わり抱きしめる腕の力をほんの少し強くして返してきた。謝罪はリリーを一人にしてしまったことに対してと、リリーの信用を裏切ってしまったこと、そしてリリーを信じられなかったことに対して。
思えば本当に酷いことをしてしまった。相手の信用を裏切り、孤独に震える少女を一人にし、リリーのことを信じもせず一人で飛び出したのだから。
私たちはどちらからともなく抱きしめ合っていた腕を解く。
話はまだ終わっていない‥‥‥
「…ライラさんはのことを教えてください。絶対に嫌いになんてなりませんから‥‥ライラさんは‥‥‥‥何者なんですか?」
「私はね、リリー‥‥」
意を……決する。
「吸血姫なんだ」
驚いた顔をするリリー。それはそうだろう、吸血姫なんて完全に《《ファンタジーの世界》》だ。実際に異世界転生してファンタジーな世界にいるからこそ、私の再生を見ているからこそ信じられるかもしれないが、そうでなかったら頭の医者を勧められていたかもしれない。
「私は化け物だから信じてもらえないかもしれないけれど、誰かを殺しちゃったりとか、血を吸ったりしたことはないんだけどね‥‥‥」
そう吸血姫と言えば人を襲うイメージがあるだろうし、実際吸いたいと思ったことならいくらだってある。でも私は吸ったりなんかしていなくて‥‥‥
「まだそんなこと言ってるんですか、私はライラさんを信じていますし、ライラさんが吸血姫だからってそういうことするとは思っていませんよ。」
「リリー‥‥‥」
「だってライラさんが吸血姫でも優しい吸血姫だって私知ってますから。
‥‥あんな風に人を抱きしめることが出来るんです、私の身体と心はライラさんの優しさを覚えていますよ‥‥‥」
私が優しいんだとしたら、こんなに優しいリリーは天使だと思う。
「…ありがとうリリー」
「ほ、本当のことですから、お礼を言われる筋合いはありません」
いつもの調子に戻り始めてきた私たち。でも私にはまだ話していないことがある。
「‥‥ライラさん、実は私、神のおじいさんから伝言を頼まれていたんです。」
「伝言……?」
「はい、今まで言い出せずにいてすみません」
「い、良いのよリリーちゃん、それでどんな伝言なの?」
「‥‥‥おぬしが記憶喪失なのはわしの部下のせいじゃ、すまない。と」
リリーは私が記憶喪失なのを知っていて‥‥‥
「あと、日本で最期にあった出来事もライラさんから説明してもらえ、と」
「‥‥‥‥そっか」
「あの、ライラさんのこと全部教えてください!私ライラさんのことは全部知りたいんです!」
全部‥‥‥か。
「もちろんライラさんが話したくないっていうのなら無理強いはしませんけど…」
「話すよ、全部‥‥‥私も、リリーには知っておいてほしいって今は思うし、その権利があるって思うからね」
そして私は自らの過去を語りだす。
「私はね、十年ぐらい前からの記憶が全くないんだ。」
およそ十年前、私は記憶を失った状態で灰色の空間に立っていた。(そこが日本政府の世間には言えないような地下にある実験場だって知ったのはその数年後だ。)
周りには最初、白い服を着た人たちがいたけれど、私が呆けているうちに緑の服を着た人たちに交代していて、その人たちにたくさん銃で撃たれたわ。
私は敵じゃないと伝えようとして反撃はしなかったけれど、攻撃は止まなかったの。
そのうち私がいくら攻撃しても再生すると気づいた周りの人たちは、なにかのガスでその実験場を満たしたわ。そしたら眠くなっちゃって、目を覚ますと拘束されていたのよ。
私の意識がないうちに色々されたみたいで、その時には私がお話に出てくる吸血鬼と同じ特徴を持つと分かったんでしょうね。拘束具はすべて法儀式済みの銀で出来ていたわ。
そこからは酷い毎日だったわ。何年も、およそ人じゃあ出来ないような実験の被検体にされ続けた。私自身の能力を調べて人に移そうとする実験もあったわね。聞いていて気分の良い話じゃないから詳しいことは割愛するけれど、私の身体を限界まで痛め続けられていたわ。そしてその結果私の再生能力は飛躍的に高まったわ。いえ、《《高まってしまったの》》。今では吸血鬼としての弱点は、私を殺すものじゃなくなって私を弱らせるだけの効果になってしまい、高くなりすぎた再生能力は、私に死ぬことを許さなかったわ。
ある日、いよいよ拘束具が効かなくなってきた私は研究所を抜け出した。
その時の私の頭の中は酷いものだったわ。記憶をなくし何もわからない世界に独りぼっち、親切にされたことのない私にとって周りの人は全て、私を傷つける存在だった。
そして、周りに怯えぼろ布をまとい雨水を飲んで彷徨っている私の目の前に一人の老婆が現れたの。その老婆は歩道橋の階段から落ちかけていたわ。人間を恐れていた私の身体は、驚くほど抵抗なく老婆を助けた。それから老婆を家まで送っていった私を老婆は家に招いてくれた。最初は断った私だけど、そのうち言われるがままに老婆の家で暮らしていたわ。老婆は私の素性を聞いてこなかったし、私も自ら話しかけるようなことはなかったわ。でもあの人にはいろいろなものを貰った。
一人で生きていけるだけの知恵と技術、もしかしたらいつかは出ていこうと思っていた私の心情を慮ってのことだったのかもしれないわね。
このライラって名前もその人からもらったのよ、あなたにぴったりだって…。
そんな老婆だったけれど次第に一日の内寝ている時間の方が長くなっていってね、
いきなり追い出されちゃった。最初は茫然としていたけどしばらくして様子を見に行ったら、黒い服を着た人たちが老婆の家にたくさんでは入りしていたのよ。
その時、家の前に出てる名前の書かれた大きな板を見て、老婆の名前が「沙智子だって知ったの。それまで恩人の名前も知らなかったんだから酷いものよね。
それからは特質すべき様なことは何もなかったわね。
老婆の時のように困ってる人を助け続けることで、沢山の人に支援してもらって、いつしか政府に追われる私のために地下通路何て作ってもらえるほどの巨大コミュニティが出来ていたわ。そして、その通路とコミュニティがあったからリリーと会えたの。
あの時の砲弾はごめんなさい、おそらく追手のものだと思うわ。
彼らは私の再生能力を知っているから、あれだけ大きな攻撃を仕掛けてきたのでしょうね‥‥‥再生途中の私を捕らえるつもりで。
巻き込んでしまって本当にごめんなさい。
一気に語り終えた、誰にも話したことのなかった私の過去を。
目線を横に向ければ、平原を進んだ先にあるなだらかな丘の上から太陽が顔をのぞかせていた。
「ライラさん、あの時のことはもういいんです。ライラさんが悪いわけでもないですし、おかげでお母さんを探しに来ることもできましたから」
それよりも、とリリーは一呼吸置いた。
「話してくれてありがとうございます。辛かったですよね、ちゃんと話してもらえて私は嬉しいです」
辛かったですよね、なんて言葉は軽くも聞こえるがリリーの気持ちの真剣さが私には伝わってきた。だからこそ私はこう答える‥‥‥
「ううん、平気だよリリーちゃん。私はお姉さんだからね」
あれだけの醜態をリリーちゃんに晒しておいて今更ではあるが、私はエリスさんが居なくなって不安になっているリリーを、優しく包み込んであげるお姉さんでなければいけないのだ。
ニコっと笑う私と、ジト目を向けるリリーちゃん。何かまずいことでも言っただろうか。
「‥‥‥ライラさんって重度の記憶喪失なんですよね?十年前、ううんそこから数年が研究所に拘束されていたんだとしたら、研究所の外で暮らしてきたのは実際七、八年ですよね?」
「まあそうなるね……」
「じゃあライラさんって、お姉さんに見えても精神年齢で言ったら七、八歳ぐらいってことですよね?しかも今までの逃亡生活のせいで、だれにも甘えることが出来ていない七、八歳ですよね?そこだけで言ったら私より幼いですよね!?」
「!?」
「なのに私の前で無理にお姉さんぶろうとしないで下さい!」
「別にお姉さんぶってなんか‥‥‥」
「キャラブレブレでしたよ、呼び方とかも余裕あるときはちゃん付けなのにちょっっと焦るとす~ぐ呼び捨てになります」
「なっ―――
「なんだかんだで甘えん坊な時多かったですよね、エッチなお姉さんっぽくスキンシップ多めにしてましたけど、あれだって本当はライラさんが寂しくてやってただけですもんね?」
「ちょっ―――
「そうでもしてないときはいつも泣きそうな子犬みたいな顔して‥‥‥そういうの気づいちゃったらお姉さんのスキンシップ断れないじゃないですか」
「もうやめて~~~~~~!!!!恥ずい、恥ずかしすぎるわよ!!だからもう言わないで!!」
「私は利害なんて関係なしにライラさんとずっと一緒ですから、私の前では素の…甘えん坊のライラちゃんでもいいんですよ?」
「うう‥‥‥」
嬉しいけどそれだけは嫌。一度付けたお姉さんキャラを剥がすのはかなり恥ずかしいのだ。
「ほらすぐそうやって、恥ずかしながらもうれしそうな顔しちゃって‥‥‥」
「~~~っ!!」
ニタニタしていたリリーが普通の、まぶしいような笑顔になった。
「ライラさん!これから、改めてよろしくお願いしますね!!」
リリーのその言葉に私は、素の自分で答えようとして‥‥
「ええ、これからもよろしくねリリー」
やっぱり出来ない~~。もう随分とこうやって頼れるお姉さんをやってきたから、素の喋り方がかなり恥ずかしい。赤面している私を見たリリーはお互い向かい合って座っていた体勢から、ネコ科の動物のように這い寄ってきて耳たぶをくすぐるように囁いた。
「‥‥‥今はそれでいいですけど、いつかは可愛い喋り方も見せてくださいね?」
「っ!!?」
なんだかリリーにからかわれてばっかだ。悔しいから反撃したいけれど、今はもう少しこのままでもいっか、と考えている自分もいて、やっぱり悔しい。
「それじゃあリリー、飛び出しちゃったけど宿に戻ろうか」
「…あっ!?」
「どうしたのリリー?」
「あの男の人たち、放置したまんまです‥‥‥」
「‥‥‥‥‥まぁ、戻ろうよ」
「‥‥‥‥そうですね」
そして私はいっそのこと普段の呼び方を「リリー」に変えて、リリーは今まで通り「ライラさん」と呼んで、二人で手をつないで街へ戻っていった。
※※※
一章はこれで終わりになります。
ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございます‼
少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです。
次回は一度簡易的なキャラ紹介などを入れてから、二章に入っていきます。
二章のタイトルは『魔法学院』
どうぞこれからも『吸血姫と少女』をよろしくお願いします。