17-席替え
「はーい。もうチャイム鳴るから席についてください」
部活見学に行った翌日、教室に響いた担任の教師 篠原奈々未の声でわらわらとみんな席に着く。
今はロングホームルームの時間だ。
総合や学活とも呼ぶが、とにかくクラスの事を決めたりする自由な時間だった。
「えー、今日は席替えをします」
『えー、今のままがいい』
『よっしゃぁ! 席替えキター!」
『後ろの席に行きたい後ろの席に行きたい後ろの席に行きたい』
『私目が悪いから前が良いな』
奈々ちゃん先生と言葉を聞いた瞬間、教室がわっと沸き立つ。
うちのクラスは入学してから一度も席替えをしていない。
席替えに反対の人もいるが、賛成の人の方が圧倒的に多く、たちまちクラスが騒がしくなる。
「はいはい!! 奈々ちゃん先生! 席順はどう決めるんですかですか?」
優人が元気よく手を挙げて質問した。
奈々ちゃん先生というのは先生のあだ名で本人公認だ。
と言うか本人がそう呼ばせている。
何でも若く聞こえるからなのだとか。
今年で30歳を迎えるが、未だ独身で彼氏なしだと虚ろな目で入学式の後の自己紹介で語る先生を見て、クラス全員が奈々ちゃん先生と呼ぶようになった。
「くじ引きで決めたいと思います! 先生頑張ってクジを作ってきたんですよー!」
そう言って奈々ちゃん先生はごそごそと30cm角ほどの中にクジの入った箱を取り出す。
ちゃんと中が見えないように目隠し用の弁までついていた。
「昨日帰りにドン〇でクジの箱を買おうと思ってたんですけど、疲れてすっかり忘れちゃって作ったんですよこれ。先生こういうの作る単純作業は余計なこと考えなくていいから好きなんですよね。あと、まあ時間もありますしね」
ここで突然奈々ちゃん先生の目からハイライトが消えた。
「うちに帰っても誰かが待ってる訳じゃないし、誰を待ってるわけでもないから最近ご飯は全部レトルトだし……席替えで『キャッキャウフフ』できるってって君たち本当に若いですね。いいですね、羨ましいです。先生まぶしすぎて直視できないです。……ふふ……うふふ……うふふふふ」
ざわついていた教室の空気が一瞬で凍る。
こうしてお通夜のような空気で俺たちは高校初の席替えをすることになった。
*
席替えは黒板に簡単にクラスの座席表と番号を適当に書いて、くじを引いて決めるという方法で行われていた。
うちのクラスは36人のため、6×6のマスに1から36までの番号が書いてあり、前後がわかるように上側に黒板、下側にロッカーと書かれている。
くじにも1から36までの番号が書かれておりその番号の位置に移動するのだ。
「じゅん……私この席になれて凄い楽しかったよ。私のこと……忘れないでね」
香織は遠くを見つめて教卓に置かれたくじを引きながらそんなことを言っている。
「大げさすぎでしょ。隣になるかもしれないじゃん」
「うん、わかってる。でも席替えで一回も席が隣になったことなかったし、ましてや班すら一緒になったことすらなかったから。 こういうのってフラグって言うんだよね」
「フラグってそんなわけ……」
香織が引いたのは31番、一番廊下側の最前列。
一方俺が引いたのは6番、一番窓側の最後列だった。
あ、フラグ回収したわ。
*
席を移動すると一つ前の席は優人だった。
隣の席は大人しそうな女の子。名前は確か笹塚雪だった気がする。
髪型はショートボブで少し小柄だ。
無表情だが整った顔立ちをしている。
「俺は如月純也。笹塚さん、これからよろしく」
「……ん」
彼女はコクリと頷くがそれだけだった。
あれ? 名前間違えたか?
微妙な反応に戸惑い、小さな声で優人に確認する。
「なあ優人、笹塚さんで合ってるよな?」
「合ってるよ。 でも笹塚に話しかけても無駄だぞ? いつも無視か短く返すだけなんだよ。 前はそれでもめげずに話しかける人はいたけど最近じゃ女子からも声かけられてないし」
「そうなのか」
優人はそう言っていたが、せっかく席が隣になったので少しは仲良くなりたい。
何か話題がないか考えていると彼女の筆箱に『ポシェモン』のキャラクターのラバーストラップが沢山ついているのを見つけた。
実は俺は最近また『ポシェモン』にハマってしまい、本家のゲームでは個体値を厳選したり努力値を振ったりとガチ勢になりかけていた。
意味のわからない人もいると思うが、わかる人にはわかると思う。
『ポシェモンGO』も一大ブームは去ってしまったが未だにやり続けている。
昔からポシェモンが好きで新作ゲームが出るたびに買ってプレイしている俺も同じ種類のストラップは何個かバッグに付けていた。
「笹塚さんはポシェモンが好きなの?」
「……ん」
笹塚さんはまたコクリと頷くだけだったが額のマークは真っ赤なニコニコマークだ。
あれ?これはもしかして。
「実は俺も好きなんだ。ほらこれ」
そう言ってバッグに付けていたポシェモンのストラップを見せる。
「私、このポシェモンが好き」
そう言って彼女は1つのストラップを指さす。
「えぇぇ!? 笹塚と喋るとかどんな手段使ったんだよ! 脅迫したのか? 俺は何回話しかけても無視されてたのに」
優人が会話に乱入する。
お前可憐一筋じゃなかったのかよ。
「……ちゃんと返事はした……気がする」
「やったぁぁ! 笹塚と会話できたぞ!」
笹塚さんの額のマークは真っ赤なニコニコマークのままだ。
やっぱり。
彼女は極度のコミュ障なのだと確信した。
人と話すこと自体は好きなのだろう。
そんなことを考えていると突然寒気がした。
ふと前を見ると香織が無表情でこちらを見ている。
離れているためマークは見えないが、大体予想できる……だが香織の姿勢が怖すぎてそれどころではなかった。
体は前を向いているのに顔だけこちらに向けているため首があり得ない角度に曲がっている。
俺は大量の冷や汗をかきながら香織から目をそらして窓の外を眺めるのだった。
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