枕を選ぶ姉妹
エントランスには執事が居たよ。
初老でスラリとしたおじいちゃん。
あ、ホテルに居るのはホテルマンって言うのかな?
とにかく、燕尾服で蝶ネクタイつけてるから礼儀正しい人なのは間違いないね。
しかし、ホテル代なんて払えんしね、ここは無視して外に出てみよう。
私達はすたすたと、とても自然に執事の前を通り過ぎようと…
「お客さま」
声をかけられちゃった!
もう、朝の五時から真面目に働いてるとか、このおじいちゃんは凄いね!
「はい、なんでございましょう?」
私は可能な限り普通を装って答える。
執事の前だから敬語になっちまったぜ。
おじいちゃん執事の眉がぴくって動いた。
あれ、なんかおかしかったかな?
「おっと、これは失礼いたしました。タキシードだったもので、つい男性の方かと勘違いしておりました」
ああ、どっかの筋肉は最後まで勘違いしてた気がするね。
まあ、私は男とか女とかどっちでも良いんだけどさ。
「気にしないでよ。部屋にこれと着ぐるみパジャマしかなかったからさ」
あっ、ホテルの備品を使ったっていう証言しちったぜ…
使用代を請求されたら言い逃れできんね。
人の良さそうなおじいちゃんを前にすると油断しちゃってダメだなあ。
「これは申し訳ございません。私は執事の箕作秋玄と申します。ご入り用の家具や衣服などはもちろん、身の回りのことはなんでも気軽に申し付けくださいませ」
あれ?
まるで私達が超偉い人みたいな対応…って家具までいけんの?
あの部屋はさすがに趣味悪すぎだし、是非とも変えてほしいぜ!
「姉ちゃんの趣味に合わせられる!?」
これが一番大事だぜ。
「もちろんで御座います。本日のお帰りまでには希望通りの部屋を御用意いたせることでしょう」
わお、ヤバイね。
百万くらいじゃ足りないよ多分。
「って、私達ってどっかに出かけんのかな?」
そして、また帰ってくるの?
ここに?
「左様で御座います。ホテルの前には送迎車を用意しておりますので、いつでもそちらでお出かけ下さい」
ん?
変なの。
「けっきょく、その車でどこへ行くのさ?」
執事さん……
箕作さんか。
首を横に振ってきたよ。
「当ホテルの外のことは、私には御答えできません」
って言って教えてくれなかった。
行き先以前に此処が何処かも分かんないんだけどね。
「んー、とりあえず行ってみようかな? そういや、私達ってお金持ってないけど大丈夫なの?」
ついに核心を聞く私、ダメだったら謝ろう。それしかできないし。
「金銭など、報酬の類いはお嬢様より頂いております。お客様方は、何も気にせずに当ホテルのサービスを満喫して戴ければ、私共も幸いで御座います」
恭しくおじぎをする箕作さん。
これが本物のおじぎなのか!って感じで堂に入った完璧なおじぎだった。
「それは、ありがたいけど…… うーん、それじゃあとりあえず、お部屋のことは姉ちゃんに任せるよ」
私の要望じゃあ、元の部屋と対して変わんなくなりそうだ。
なんていうか、あれもこれもって盛りすぎちゃうんだよね。
「そうね。ダークブラウンを基調としたロココ調の家具で統一してくれるかしら。ああ、マットレスは堅すぎないものでお願い。それと、枕は妹の二の腕の肉と同じくらいの柔らかさと反発力のものにして頂戴。専属の女性使用人も一人つけてくれるかしら。そうそう、紅茶はエデンローズをお願いね」
うん、意外と好みがあるんだよな。
執事の箕作さんが「承りました」と言って一礼して下がる。
「うん? 姉ちゃんが枕を選ぶときに私の体をぷにぷにしてきたのって、そんな理由だったんだね」
何となくだけど、枕を選ぶときに私の腕を触ってたのを思い出したよ。
「そうね。枕は人体と同じくらいの素材が良いと思うのよ」
うん、意外とこだわりもあるんだよね。
「私が腕枕ぐらいするぜ?」
なんとなく腕をぐっと曲げて力を入れてみた。
けど、脳裏に馬鹿みたいな筋肉のバカが思い出されてすぐにやめた。
もうトラウマになってるじゃん!
「嫌よ。あなた、寝相が悪いもの」
ズビシって感じの答えが刺さる。
「そうだよね。なんか前にもこんな会話した気がするよ」
思い出せなかったけど、多分してるね。
そんときもちょっとへこんだ気がするよ。
「そうね。きっとしたんだと思うわ。あなたの腕を切り取って、ポンプで血液を循環させるような枕が私の理想だと言って、あなたを怖がらせてしまったような……」
いや、それマジで怖いけど!
「ああ、大丈夫よ。私の枕の為に、あなたが腕を失うのは割に合わないでしょう。文字通りに痛手だもの」
うん、理由がドライだけど、まあ姉ちゃんにとっては理想の枕が私の腕ってだけで、私は寝相が悪いから切り取らないと嫌だってだけで、理想の枕を追い求めることに全てを捧げてるってわけじゃないから切り取られる心配なんてないっていう、姉ちゃんにとっては当たり前の理屈なわけで…
うん、まあ私も腕が無事ならそれで良いしね。
私の腕が枕以上の価値を持ってる限りは心配する必要がないことだったよ。
「まあ、姉ちゃんはけっきょくは私のことを最優先しちゃうような人だしね。言うことは怖いけど、ちゃんと信じてるよん!」
姉ちゃんに溺愛されてるって自覚はあるんだぜ!
きつい言動にくらべると、優しい言葉や行動はワンテンポ遅れてくることはままあるけど、それさえ覚えとけば姉ちゃんは理想の姉ちゃんだと思う。
「仲睦まじい所に申し訳ございませんが、少しよろしいでしょうか」
おおう、執事さんが居たんだった。
「なに?」
やっぱ無理ですって言うのかな?
まっ、しょうがないと思うけどね。
「いえ、枕選びのために、妹様の二の腕の固さを測る必要が御座いまして……」
ああ、腕を触って良い?ってことか。
「ん、どんだけでもじっくりと確かめておくれ」
私は箕作さんへと腕を差し出す。
両手の平で縦から横から腕の固さを確かめる執事さん。
姉ちゃんのためだしな。
でも、この相手があの筋肉だったら拒否ってたかもしれねえ……
ってか、腕を潰されそうで怖くて差し出せねえ……
くっ、ダメな妹だぜ……
「はい、御協力頂感謝します」
ふう、終わったか。
姉ちゃんの好みが顔の固さとか胸の固さじゃなくて良かったな執事さん。
「もういいかい?私達、送迎車ってとこまで行きたいんだけど」
「それでは、お送り致しましょう」




