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天界史に語られぬ闇ができた翌朝のこと、神帝王国王宮の一画で。
「起きるのだ!!」
「ぐふっ!!」
鋭い声が響くと同時に鈍い音が反響し、熟睡していた和輝は腹部に走る鋭い衝撃に悶えていた。
俺、休みに恨まれるようなことしたっけか。
本気でそう考え込んだという和輝だが、掠れ吐息と化した声を吐き出しては首を振り。
鳩尾を押さえ起き上がるも、抗議の視線を跳ね除け冷然と佇む人影たちを見るや微笑み気絶して。
和輝を見下ろすサナとサキ、ナナとマナは拳を握るリィネに頷き距離を取る。
通行人曰く死刑執行をするが如く不気味な空気だったというも、無言で和輝の首元に触れるリィネは電流を放って和輝の意識を引き戻し。
意識が戻ると同時に血の気が退く和輝を冷徹な瞳で見据えると、一歩引きサナへと視線を動かして。
「これ、どういうことですか?」
頷くサナは人差し指を伸ばして和輝の隣を指差すと、乾いた声を響かせた。
そんなサナの様子に困惑する和輝は救い求める視線を辺りに向けるも変わらぬ空気に目は潤み、顎で隣を示すマナの動作に自身の隣へと目を向けて。
「……ん? どしたん?」
当然とばかりにそこにいる、女神アンドロメダの姿に固まった。
何でお前がここにいる。
そんな思いが脳裏を巡ったというも、開く口より声が消えた和輝は距離を詰めるサナより後退り。
「どしたん? じゃないですよ!!」
飾り板に背が当たり、絶望の表情浮かべた瞬間サナは布団を取り上げる。
殺されると思ったという和輝だが、黙ってアンドロメダを指差すサナの様子に首を傾げアンドロメダの方へと目を向けて。
「……何やってんの?」
「何って、忘れたんかー?」
「忘れたも何も、俺一人で布団に入った記憶ありますけども!?」
「そんな寂しいこと言わんといてーなー」
「誤解を招くような発言は止めて!?」
一糸纏わぬ姿に一切の感情消失するが、アンドロメダが絡みついた瞬間目を剥き悲鳴混じりの叫び声を響かせる。
見せつけやがってこの野郎と呟くサナは、濁った瞳を和輝に向けて口の端歪め。
「斬首と刺殺、どちらがお好みですか?」
「落ち着け! 悪戯だって!!」
虚空より剣を取り出して帯刀し、柄に手を掛けながら問いかけた。
結婚願望の強い未婚の中年女性が親友の結婚式で見せる顔だったと後に語る和輝だが、寝起きの悪戯だったと主張する裏では死を覚悟したといい。
お寒い相手は数あれど、お熱くなれる相手は存在しないと評判のサナは目を細めて囁いた。
「ほう? お隣さんは、満更でもない顔してますが?」
浮気の現行犯だったと、立ち会った者は口を揃えることとなるのだが。
燃えたナトリウムに水を掛けた気分だったと回顧する和輝の人徳は留まることを知らないで、部屋の扉が蹴破られると同時に太い声が鋭く響く。
「こんな朝っぱらから殺気全開とか、何やってんですか!?」
それは、薄桃の寝間着に見を包んだ、茶髪を肩まで伸ばした少女で。
或る者曰く、唐突に現れては毎度お馴染みとまで言える頻度で厄介事を押し付ける、厄介事の専門家の異名を関するマリナ・ヨハネスだった。
この人にかかれば、そこに存在するだけでどんな幸せな未来も惨劇の未来に叩き落とすこと間違いなし。
そんな考えが脳裏に浮かんだという和輝だが、微笑むマリナは瞬時に和輝の首筋に剣を当て。
「和輝さん? 頭大丈夫ですか? 切り落としましょうか?」
温度含まぬ笑顔を以て声を弾ますも、対する和輝はどこから自分の思考を読んでいるのかと恐怖したという。
冷や汗を垂らし目を逸らす和輝に息を吐いて剣を引くマリナは何事かとサナの方へと目を向けて、一斉に移動する視線を追い和輝の隣に顔を向け。
「うっそぉー!?」
そこにいる、声を圧し殺して笑い転げている全裸の女に目を剥いた。
静寂が舞い降り一拍経ってからのこと、意識を現実に戻すマリナは剣を虚空に投げ入れ和輝の肩掴み。
「あなたこっちに来て何日目です!?」
「ちょ、落ち着いて……」
激しく揺さぶると同時にお前はどんな才能を持っているんだと必死の形相で叫び、為す術なく揺さぶられる和輝は酒瓶片手に扇動始める幼女たちに怨念混じる視線向け。
場の空気が混沌と化してきた頃のこと、腹を抱えるアンドロメダは涙を拭いながら和輝に抱き着き満面の笑み浮かべ、震える声を弾ませた。
「うち、あんたらが言うところのアンドロメダって名前で崇められとる者や。よろしゅうな♪」
「あ、はい。和輝様の女性関係につきましては、私ども一切関係致しませ……んんぇぇぇぇ!? 女神のアンドロメダぁぁぁ!?」
「マリナさん、気づくの遅いですよ……」
「えっと、まず本人確認から……あ、でも下手にやると国滅ぶ……」
マリナの顔芸面白かったと後に語るアンドロメダだが、そんな未来なぞ露知らず。
恐慌状態に陥るマリナは混乱に混乱を極めて放心し、物珍しげな表情以てマリナを観察する者たちは和やかな雰囲気放ってマリナを見つめ。
暫し経ってからのこと、桜色の髪を肩まで伸ばした羽の生えた少女が唐突に降り立っては辺りを見回し息を吐く。
「……何やってんですか」
「それ、アンドロメダとかいう害悪上司で合ってますよ」
紡がれる冷徹で無情な声は彼女を知る者曰く別人で、声が響き渡った瞬間凍り付く場の空気にラファエルは口の端歪めて息漏らし。
和輝に近づくと両手を伸ばし、正面より顔を挟み込んで囁いた。
「それよりも、和輝さん。私の死体、獣に喰わせたそうですね?」
そこまでしてねぇ!!
表情だけで抗議の意思を示す和輝は口を開くも音が発せられることはなく、強引に押し当てる唇の感触に目を見開いて挙動止め。
「「な……!!」」
「あの体、あなたの欲望のために使って良かったんですよ?」
誰もが息を飲む中で顔を離すラファエルは、冷徹な瞳を和輝に向け至近距離を保ったまま嗜虐的な笑みを浮かべて囁いた。
その様子は、天使というより寧ろ悪魔か。
後に、この場にいた者たちは揃って語ることとなるのだが。
対するラファエルは表情戻すと宙を舞い、それ以上何をするでもなく転移した。
「じゃあ、天界からの身分証明終わりましたからねー!」
「「あの淫売婦が!!」」
ラファエルが冷徹な空気を放り投げて天界に戻ると同時に、一瞬前までラファエルがいた場所に大量の攻撃魔法が放たれたという。
その後、一応騒ぎが収束したところでマリナは口開く。
「ところで、アンドロメダ様」
「ん? 何?」
「どうして貴方ほどのお方が、人間のために契約を?」
服を着ろと言うべきか一瞬迷ったというマリナだが、額に手を当て話を変える裏には何を言っても無駄たの実感があったといい。
残念な子供でも見る視線を向けらるアンドロメダは、意に介した様子を見せることなく和輝に目を向け言葉を紡ぐ。
「うーん? 和輝ちゃんは覚えとらんやろし、思い出してくれるまで待たせてもらえるか?」
信頼溢れるその声に、困惑の表情浮かべて固まるマリナは和輝の方へと視線向け。
心当たりがないと視線で返す和輝だが、優しく見つめるアンドロメダはただ優しく頬笑むだけで。
唐突に表情戻すと扉の方へと視線向け、何を言うこともなく転移した。
「お兄ちゃん達、何やってるの?」
それと同時に開け放たれていたドアより現るは、一瞬にして全員を理由不明の恐怖の底に叩き落としたという天桜鈴音。
誰もがコロサレルと本能的に悟ったというも、音が発せられることはなく。
先程までアンドロメダがいた場所へと視線は集まり安堵の吐息が重なって、一斉にスズの方へと顔戻し。
「な、何でもないのですよ~」
「何、隠してるのかな?」
引き攣った笑顔を張り付けたマナが、裏返った声を響かせた。
誰もが勢い良く頷く中で眉を潜めるスズは呟くも、辺りを見回し平坦な声を微かに紡ぐ。
「誰も答えてくれなさそう……」
諦観の表情浮かべるスズは、それ以上追求することなくこの件を終わらせて。
察しの良さから合法幼女の疑いをかけたという和輝を半目で見据えると、涙を浮かべながら微かな声を震わせた。
「お兄ちゃん? スズだって、さすがに泣くよ?」
「勘弁してくれ……」
半目のまま涙目になるという技術にマリナは感嘆の表情浮かべるが、気づいた様子も見せぬ和輝にスズは頬を膨らませ。
なぜ思考を読まれているのか本気で考えたという和輝だが、疲れた表情浮かべたサクラは静かに問いかけた。
「それで? 何があったの?」
「新年祭やるって決まったから、伝えてこいって」
「「本当に!?」」
スズが返すや歓喜の声が重なって、部屋の空気は高揚したものへと変貌し。
困惑する和輝を他所にスズは一人無念の表情以て踵を返し、城に静寂が舞い戻る。
ある晴れた日の、太陽が昇り始めた頃のことだった。
一方その頃、天界では。
「……スラオシャ、それは?」
「焼き鳥」
「……いや、そうじゃなくてね?」
焼けた鳥の首を左手で掴むスラオシャが、困惑するミカエルとサキエルに絡んでいた。
もう勘弁してくれ。
疲労に満ちた息を吐くミカエルは項垂れると顔を上げ、力なくスラオシャ見つめて口開き。
「で? 今度はどんな厄介事を持ってきた?」
「何言ってんの?」
「……頼む。その蔑んだ目と真顔は止めてくれ」
そして、そろそろ自覚してくれ。
何を言い出しているのかと心配に満ちた声音響かすスラオシャに、ミカエルとサキエルの想いは重なったというも。
当のスラオシャは気に留めることなく腕上げて、香ばしい匂い漂う鳥をミカエルの足元に放り投げ。
「あ、この焼き鳥はお土産ね」
「……これは?」
「今回の裏切り者。魔力波調べりゃ面白い物解るよ」
問う声に気怠げに返すや場の雰囲気は一変し、2人は圧力籠もる視線を鳥へと向けて挙動止め。
数秒経ってからのこと、拍子抜けといった様相で言い放つ。
「「勇者といえども、ただの雑魚か」」
「加護がこれでは、脅威にもならんな」
「そうですね。スラオシャに関係各所が締められたし、放置で良いかと思います」
そんな声が響くと同時に鳥を外界へと放るスラオシャは、振り向くことなく手を降って。
「じゃあ、この件はこれで終わりってことで」
「「お疲れ様でしたー」」
平坦な声響かせると同時に転移して、残る2人も転移する。
後にこの件が尾を引くことになることは、まだ誰も知らなかったという。
神帝王国で新年祭の通達が出た頃のこと、名もなき世界では闇の群れが塵となる。
「ふふっ、再会の時は、意外と早く来ましたね♪」
鎧纏う純黒の髪を下ろした少女は世界の中心でただ笑い、幸福に満ちた表情を歓喜に染めながら刀振り。
或る者たちより不純物と呼ばれる異形の生命体を切り刻み、飛び散る血飛沫の中を舞っていた。




