6-5-1 鳥籠
場所は変わって、寂れた廃校の校舎の中。
そこでは呆れたような、忌々しげな声が響いていた。
「邪魔だ。死にたくねぇのなら引っ込んでろ」
その声の主たる天神和輝は眼前で涙を流し蹲る、何をするでもなく進路を塞ぐ、桜丘の制服に身を包む少年へと目を遣り舌打ちし。
大方友達か何かに殺された、ってとこだろ
その顔に思慮を浮かべながら近付いて、見下ろしながら問い掛ける。
「何でお前は理性があるんだ?」
他の奴らは呻いて襲ってくるだけだったのに。
問うては口閉じ返りを待つも、いくら待てど変わらぬ相手の様子に息を吐き。
しゃあねぇ、退かすか
刀握る腕に力を込めて、床を踏み抜き刃を勢いよく踏み降ろし。
「……誓った……のに……」
「あ?」
微かに漏れた声に動きを止めて、冷酷な表情を僅かに動かし生徒見て。
護るって、誓ったのに……!!
続く声に呆れ隠さず鼻鳴らし、彼方を向いた刀を握り直して足を引く。
「あぁ、なるほどな。散々彼女だか何だかに護るだの何だの虫唾が走る顔で囁いた挙げ句に彼女は死んで、お前も一緒に殺された、と。世話ねぇなおい」
「僕が……この手で……!! 何で……!! 何で……!!」
和輝の言葉を否定するかのように慟哭が一段と大きくなれど、対する者に興味関心微塵も有らず。
殺されたのはお前が先で、護るとほざいてた奴を殺したとか……どちらにしろ世話ねぇな、おい
嘆息混じりに感情消えた声を吐き投げ腕上げて、突き放すが如き声を響かせた。
「とりあえず、邪魔だ」
冷酷な声が響いたその瞬間、男子生徒の首が落ち。
断面より生える炎が踊り、体を飲み込み灰まで溶かす。
その様に目もくれることなく足に魔力を纏わせた、天神和輝は燃える死体を蹴り退かして直進し。
前方より現る桜丘の制服を纏う少年に、目を見開き獰猛な声を轟かす。
「よおぉ、久し振りじゃねぇか氏原くんよぉ!!」
その声受けた氏原と呼ばれた彼の者は、適当に流した黒髪が眼鏡に触れる細身の彼の者は、僅かに目を見開き声に成らぬ息漏らし。
時を隔てず口閉ざしては顔戻し、静かな声を吐き出した。
ほぉ? つまり、君も前の世界の記憶がある、と
―――あ? まさかお前……
漏れる声に目を見開く者いれど、返るはどこまでも人を嘲ったような顔のみで。
「あぁいや、僕が何か言ったかい? まぁ、君みたいな愚鈍で無価値で世界の汚物たる存在には意味不明な狂言が四六時中鳴り響いているみたいだけど」
「この生涯孤独野郎、話を聞いてくれる奴が誰もいないことを哀れんで言いたい放題言わせておけば、調子に乗りやがって……!!」
「はっ! 負け犬の遠吠えは聞いていて清々しい……」
「そうか。じゃあ、俺急いでるから」
煽り嘲りせせら笑う者に対し、和輝は相手してられるかと敵意に満ちた目を外し。
早く勝手に死んでくれと吐き捨てて、ソレを蹴飛ばし前へと進む。
「ちょ、ちょっと待て……!!」
後ろで響くその声に、微塵も囚われた様子なき者の歩が進む。
―――待てっつってんだろ凡人!!
数拍置いて懐から拳銃を取り出す氏原の、射出した銃弾が対象の脇腹を掠めたときだった。
「さっきは無価値だの世界の汚物だの言ってくれたのに、凡人に格上げしてくれたのか?」
「あ……」
冷酷な音が届くを待たず虚空より取り出された銃が、額に合わさると同時に破裂する音轟かす。
……あぁ?
額に穴が空いてもなお不敵な笑みを浮かべ続ける氏原に、和輝は銃を虚空に放り投げながら息吐いた。
「お前、人間か?」
「何を言っているんだ!! 僕はこの世界の神だぞ!!」
「うわ、どこかで聞いたなそんな台詞……」
表情変えぬまま両手を広げて自身見据える様は胡散臭い以外何者でもなかったと、全身で語り刀構える者がいて。
君がどこを無様に這って逃げ惑っていたかは知らないが、僕以外にこの世界の支配者はいないんだよ!!
対する激高したモノ崩れ落ちる天井を気にも留めることなく口歪め、腕を勢いよく振り下ろしては叫び声を絞り出す。
〈苦しめ!!〉
その瞬間、天空の彼方より現出する黒い雷光迸る槍が、幾重にも連なり廃校貫き和輝を襲えど叶わずに。
唸るような声と共に全ての槍が弾け飛び、呆れを顔で言う和輝に言葉失う者が在り。
「お前、殺戮神にでもなるつもりなのか?」
「は、………?」
「あぁ、悪い悪い。紙吹雪かと思って消し飛ばしたわ……俺如きに自称絶対神さんの面子圧し折られた気分はどうだ?」
煽るような口調から一転し低く嘲る声を聞き、暫し呆然と佇んでは唇揺らし顔を上げ。
信じられぬと全身で語るも嗤う和輝に足震え、声にも成らぬ息を吐き。
「そんな……バカな……!! 何で、僕の世界で好き勝手に……」
「はっ! お前が黒幕だったとは驚いた……いや、最高だよ!! 見るだけで抑えきれないほどの殺意湧かせてくれる最っ高に消したい親愛なる氏原くんを殺す口実ができたからなぁっ!! あぁそうそう、何で俺がお前の管轄から外れてるって? 自称天才さんの頭が弱く設定を間違えたってところじゃねぇの! ざまぁねぇな!!」
「こ……の……」
氏原が、顔を真っ赤に染め上げ体を震わせた瞬間だった。
ケケケケケ!! ちょうどいいや、二体纏めてウチのお仲間になってもらうよ!!
予兆なく現る顔まで覆う長い黒髪を振り乱した少女が、狂気に満ちた声を響かせ二人を襲う。
「何だこいつは!?」
「キャハハハハハハ!!」
一瞬にして血の気が退き恐怖に満ちた声で叫ぶ氏原の声を聞き、楽しげな笑い声を響かす少女は冷めた目で自身を見つめる和輝へと近づき手にしたカッターナイフを振り上げて。
うっせぇ、あれやるから暫く大人しくしてろ
低く唸るような声が響いたその瞬間、怯える者のところまで蹴り飛ばされては掠める短刀地に刺さる。
「あぁ、好きに拷問して殺していいぞ。惨たらしく凄惨にな!!」
獰猛な笑みを浮かべ吐き捨てる和輝の様子は酷かったと語らる未来があれど、用は済んだと踵を返し歩を進めたところで足止めて、氏原の腹に埋まる少女へ視線向け。
ここで始末しないと後々面倒なことになるか……?
手にした刀を握り直し息を吐いては床を蹴り、少女の首筋目掛けて勢いよく刃振り下ろせど跳ね返る感触に舌打ちし。
「やっぱりか。お前、生き返る勇気もなくなるくらい徹底的に殺してやるよ」
「ざーんねんっ! あたしはもう死んでんだよぉっ!!」
嗤う和輝に嘲笑いで返す少女が地を蹴り和輝の懐にまで入り込んで手を伸ばし、弾かれた手の感触に疑問げな声を響かせる。
対する和輝は何を言わず刀を逆手に持って、自身の胸へと勢いよく突き刺して。
「私随分と愛されてるじゃんか!」
眼前から響く声に、残虐な笑みを浮かべて吐き捨てた。
寝言は寝て言え
血を吐き胸元押さえた少女が飛び退いた瞬間響く銃声は、先程まで彼女がいた位置の水平方向に立つ壁を吹き飛ばし。
「うざってぇな、早く消えろよ!!」
「黙れ! お前は人の心ってものから学び直してこい!」
「鋏やカッター持って人の体抉るやつが何をほざいてやがる!!」
「うぐっ……それは……」
「はい論破ぁっ! 論破いただきましたぁっ! 言い訳あるなら聞こうじゃないか!! 日本語で頼むよ砂利餓鬼!!」
「こっの野郎……!!」
「あぁん? さっぱり聞こえねぇなぁっ! 日本語を大きな声ではっきりと喋ってくれませんかねぇ!」
「……るせぇ」
「あぁん? 聞っこえねぇなぁっ! ションベンみたいなジョボジョボした音垂らして楽しいか!? とんだ変態がいたもんだなぁっ!!」
「うるっせぇっつってんだよ童貞野郎!! てめぇ何か!? 小学生虐めて楽しむ趣味でもあるのか最低だな!! そもそもお前そこの屑と同じで友達いなさそうだもんなぁっ!!」
「黙れ存在偏差値17! そこに転がる元人間と一緒にすすんじゃねぇぞ地獄に叩き落としたろか!!」
「存在偏差値って何? 小学生にも解るよう教えてくれません? あ、難しい言葉使いたがるお年頃でしたぁ? ごめんなさい気づいてあげられなくてぇ」
「……おうこら、てめぇいい度胸してんじゃねぇか」
「ケケケ、人のこと言えた立場か?」
鋏と刀を突き合わす、二人は氏原曰く顔芸対決を始めていて。
だが、それは互いに攻め手が無い中で、せめてもの嫌がらせとして為される精神攻撃にも満たぬ罵倒に過ぎないものであり。
おい、俺を巻き込むな!!
氏原が唐突に起き上がったことにより、腹の上に立つ少女が姿勢を崩したことにより、均衡破れる瞬間に腕引いた和輝は刃を突き出して。
しまっ……
蒼白な顔をして血と内臓に塗れ裂けたドレスの残骸を纏う、眼球と頭部の一部がない幼女の首が宙を舞い。
ニゲテ
そんな声が響いたと同時、息呑む少女は後方に現れる幼子たちに体を掴まれ転移する。
……逃げたか
忌々しげに舌を鳴らした和輝の視線は燃え上がる少女へ微塵も向かず、床に転がる氏原をただ見下ろし吐き捨てた。
「最期に人間様のお役に立てるかと思ったら、とんだ役立たずだな、お前は」
冷酷な声を放ち障害蹴飛ばして、返事を待たずに廊下を進み。
呆然と見送る氏原の指が動くは眺める背が遠ざかった数拍後。
ふざ……けるな……!!
震えた声を響かせ銃の台座を投げつけれど振り返り様に二つに割った様子に驚愕し、表情変わる暇も与えらることなく首が飛び。
撥ねた首を見下ろし歩き去る和輝は先程の戦闘により崩落した箇所の近くで転がった、装飾がなされた箱に視線差し向け呟いた。
「呪いの箱……?」
場面は移り校長室内、長い黒髪で顔を隠し首に布巻く少女が、蚊の鳴くが如き微かな声を響かせる。
「……ありがとう」
「……うん」
「……消されちゃったね」
そんな少女の近くで囁き声を紡ぐは、胸に大きな穴空き心臓失った者たちで。
赤と青とで彩らる目を爛々と輝かす、青一色に染まった瞳より光彩失う子供たちだった。
その者たちは共通して人差し指に裁断跡があり、身体の何処が欠損していて。
「散々偉そうなこと言っといてこの様かよ! もうお前いらないんじゃねぇの!?」
「そうだそうだ!! これで二回目じゃないか!!」
「言い逃れがあるなら聞こうじゃないか、一人だけこの世界にしがみついてる自己中心者!!」
無言で佇み感情顕さぬ左半分に対し、敵意を剥き出す右半分は黒髪の少女に詰め寄り早く死ねと連呼する。
それは、正しく幼子による幼稚な吊し上げで。
「……うるっせぇんだよ、あたしより弱いやつが何をほざいてやがるんだ? あ"ぁ"っ!?」
「うっわー! 髪昆布が怒ったー!!」
「キャハハッ! 何やっても面白ーいっ!」
浴びる批判に中指と歪な太く低い声が返れども、そんな少女に向けらる視線は、どれも昏く狂気が混じり。
髪を振り乱し激高する少女へ煽る音を響かせて、反論する時間も与えることなく姿消し。
「オニーサン!」
「オバサン!」
「「アソボウヨッ!!」」
校舎の中と鬱蒼とした森の中で同時に、歪で狂気に満ちた声が木霊した。




