6-4-4
飛鳥姫巫女命が欠伸をしながら建物を去ったと同時、天神和輝は苦々しい顔を歪ませながら盛大に舌打ちの音を響かせる。
「本っ当に……! 性格悪いなっ!!」
それに対するは、突如虚空から現れた者たちで。
白を基調とし金や銀の刺繍が施された服を着た、頭部が消えた女と胸部より下部を失った、黒髪を背中まで伸ばし翠玉の瞳から虹彩が消えた女。
四肢を失い数多の穴が開く胴体と、原型を留めぬほど潰れ刺された頭部を晒す少女が揺らめく姿。
「あら酷いですわよ、和輝様♪」
「そうですよ和輝さん、悲しいなー」
「お兄さんお兄さん、どうしてそんな怖い顔してるのかにゃー?」
そんな声を振り払う和輝は瞳細めて床を踏み、音鳴るを待たず刀構えながら肉薄し。
躊躇うことなく二体が胴を二つに割って、一体が頭を縦に割る。
響く汚い悲鳴を背に足が重力覚う共、割れた体が再接続するソレは、宙に浮かび頭部の原型がない一体は、纏う雰囲気を豹変させて和輝向き。
頭部の輪郭が鮮やかな一体も、表情を変えることなく両目が揃って和輝の目を見据え。
「「イタイヨイタイヨイタイヨ「ヒドイヨ」イタイヨイタイヨイタイヨ「ヒドイヨ」イタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタイヨイタイヨ「ヒドイヨ」イタイヨイタイヨイタイヨ「ヒドイヨ」イタイヨ」」
あぁ、悪い
歪で安定忘れた音を響かせ悲嘆重ねど返るは残酷で冷酷な笑みのみで、切り口から吹き上がる漆黒の炎が身を包み。
「「ギ……ィギィイィィィ……!!」」
「アハッ……アハハハハッッ……!!」
叫ぶことすらできぬ残骸共に感情のない瞳向いて時を置き、けたたましく狂気鳴り響いては振り上がる刀が打撃音と血飛沫舞う音を響かせる。
全てが終わるは暫し経ってのことなれど、断末魔の呻きが消えてもなお、和輝は刀を振り下ろし続けていて。
「ど、どうしようさっちゃんどうしよう、余計なことをしちゃったかも……!!」
「呪いの力、下手をすると僕たちより上かもね?」
三階の空き教室では、数多の怪異が集まり恐怖に満ちた声を響かせる。
そんな霊たちに傷一つない姿を晒す、長い黒髪を揺らめかせた少女のような様相をする者は唇を釣り上げ顔を上げ。
「だから何? 誰であろうと絶望に浸して、この世界で一緒に楽しく呪いを振り撒けばいいだけじゃん……!!」
鼻まで隠す前髪を気にした様子もなく、狂った声を響かせた。
……何?
不意に掻き消える反響の存在に言葉重なり扉の方へ視線向き、爆音と共に扉が吹き飛んでは巻き添え喰らい飛び転がる者に腹を打たれ膝落とし。
「よぉ、探したぞ」
「「ひぃっ!?」」
瞳孔を開きながら口元を歪め、笑顔ともつかぬ表情湛えた和輝の響かす太い声に眉上げる。
震え上がる声重なるも中心に座る者の重厚な殺気に掻き消えて、対する和輝は対戦車砲を虚空に放り込み刀取り出しながら教室を闊歩し問い掛けた。
「お前らを全員殺せば、この結界は崩れるか?」
答えを得ぬまま距離を詰め、手近な五体を火で包み。
なぁ、どうなんだよ?
回答を出す時間も与えぬままに、さらに七体を火達磨へと変え向かう霊体切り捨てる。
そんな様子に怯える者たちは恐慌起こし姿消し、残る長髪の少女が顔を上げ。
あー、それなんだけどね
世間話をするかの如く様相で、軽く静かに言葉を投げ掛ける。
「うん、ここの結界は消えるよ———この学校にいる奴らを全員殺せばね」
「危ねぇな、おい」
獰猛に嗤い和輝の心臓へ爪が迫るや静かな狂気を置き去って、飛び退き自身追う爪を刀で弾く生者は飛ぶ鋏を蹴落として。
狂った笑い声を響かす少女の熱情迎え、狂気に満ちた笑みを浮かべ吐き捨てた。
〈死ね〉
刹那に満たぬ瞬間に、数多の小銃が三層現れ列を成す。
一層目は火を吹くと同時に消失し、残った銃が前進し、最前列の層が火を吹くや三層目が現れ前進し。
は……あぁぁっっ!?
ふざけるなと、体中に穴空く少女は怒気を孕んだ声を轟かす。
「何それ! 何それ!! 何だよそれ!! 何でそんな理不尽なものあるの!!!」
対して攻撃の手を緩めぬ者には狂い咲きとも呼べる笑顔が咲き誇り、少女に突き刺す獰猛な視線は恐怖の表情呼び起こし。
黙れよ
教室中に血の雨が降る中で、激しい雨が窓を打ち、雷光が白と朱の手形を移す中。
何人もの人類を狂霊にしたこの廃校は、初めて住民を失った。
「ハハッ……ハハハハハッッ……!! アッハハハハハハハハハ!!!!!」
虹彩の消えた、穴だらけの首の髪を掴む和輝は、体の半分以上を失った少女の胴体を踏みつけて。
「ざまぁみろ!! 残念だったな、フェリシアとサナとよく知らん幼女出してこの様か!!」
歪で不快に、高らかな笑い声を響かせた。
「上等だ、全員ぶっ殺してやるよ……!!」
笑みなどと言えぬ不気味で凶悪な嗤い方だったと語らる天神和輝が、首と刀を引き摺りながら校舎を這いずり回っている頃に。
同じく廃校の、和輝が結界に穴を開けた場所とは正反対の位置に広がる森の中では。
「「お願いです!! 僕たちを助けてください!!」」
「「私たち、何でもしますから!!」」
「「―――え、えぇ……?」」
体の至る箇所を損傷した数多の幽霊たちが、天界に属する者たちを取り囲んでいた。
事の始まりは、飛鳥姫巫女命が緑髪の男を惨殺した頃のこと。
そして、それは唐突だった。
乾いた風が吹く以外何もない荒野や腐臭を撒き散らす兵士が無数に襲いかかる戦場、常世の闇に支配された大地に濁った血のような色をする世界。
様々な場所に飛ばされていた大天使や神々が、無常で非情で荘厳な重鐘が三度鳴ると同時に廃校の敷地の隅へと現れる。
「「え……?」」
彼の者たちは、己が降り立った世界に合わせ、その雰囲気を異なるものとしていて。
土がこびりついた衣服を纏う者や血に塗れた者、浴びる血で開く瞳孔を彩りながら口元を釣り上げ深紅に染まる短剣を舐める者や、ただただ恐怖に打ち震える者などが。
全く異なる表情をしていたそれぞれが、突如眼前に現れた見知った顔に驚愕の声を響かせる。
「「みんな、大丈夫!?」」
「「……え?」」
約一名、何か凄いことをほざいたぞ。
そんな視線が突き刺さる中、血の錆光る短剣を持つ虹彩の消えた血塗れ大天使は薄く微笑み剣を舐め。
「だって、おつむの悪い調子に乗り腐った劣等種の悲鳴と断末魔って、聞いてて楽しいじゃない♪」
「…………殺戮者と一緒にしないでください!!」
ねぇ、サキエルさん♪
残酷な声を響かせ剣に舌を這わせながら、同じく血に染まり呆然とするサキエルに問い掛ける。
対して一拍置くサキエルは、殺戮者の方へ視線向けては辺り見て。
周りから引き攣った視線を一心に受けていること認識するや、巻き起こる熱い風評被害に勘弁してくれと叫び声を轟かす。
「これは生きるためにしょうがなかったんです!! 人間は命の犠牲の上に成り立っているんです!!」
……それってつまりさぁ。
目で言う者たちの感情重なりサキエルの評価が変わる他所、絶望の表情浮かべた者が涙を溢す他所。
あ、あの……!!
体の欠けた者たちが唐突に現れては声を上げ、迎撃用意を待たず両手を挙げて地に膝を付け。
足がない者たちは地に胴体を下ろし、重なる声を響かせた。
「「お願いです!! 僕たちを助けてください!!」」
何を企んでいる。
そんな視線が天界勢から突き刺さるも、彼の者たちの顔は真剣そのもので。
えっと……何でか聞いてもええか……?
暫し時間が経った後、戸惑い問うアンドロメダに幽霊たちの肩跳ねる。
焦燥しきった顔で辺り伺う彼の者たちに疑問の表情重なれど、眉の変化にも怯える様子に困惑映し足を引き。
「僕たちも悪いことをしてきた自覚はありますが、それをやられて思い知ったんです」
「私達はなんてことをしていたのだろうって……」
「それに気づいてから、私たちの過去や今殺されかけてる状況が怖くて怖くて―――っ!!」
「お願いです!! 地獄でも何でも受け入れますから、どうか成仏させてください!! あなた方に二度と関わらないと―――いえ、二度と人を殺さないと誓いますからぁっ!!」
「……ど、どんな凄絶な経験をしたのかしら」
黙って事の成り行きを聞いていた天照が、冷や汗を流して強張った声音を響す他所。
……あれー?
どうした?
ふと辺り見回すラファエルは疑問符頭上に浮かべながら首傾げ、ミカエルの声に視線向けることなく顔を上げ。
「飛鳥の婆様、どこぞで迷っているんですかねー?」
「……確かにおらんな」
ラファエルの言葉に視線を動かしたミカエルも、程なくして首を傾げ呟いた。
まぁ、あの方は全て放っておくしかないのだろうが
それもそですね
対して後方での会話を露知らぬ天照は困惑した様子で振り向いて、近くで自身と同じ表情浮かべ佇む、アンドロメダとスラオシャへと視線向け。
そんな天照に首傾ぐ、二人は幽霊の方へと目を向けるや静かに息を吐き。
「ま、それが天界の仕事やろな」
「えぇ、何をしようが力づくで捩じ伏せ連行するのが私達です」
理解したと向き直る天照が手を打ち鳴らすと同時、地面に巨大な魔法陣が現出しては荘厳な光迸り。
あなた方の願いを聞き入れましょう!!
天照の声が鋭く響くと共に、光の柱が彷徨う者たち包み込んでは爆ぜ消えた。
「ねぇ、何勝手なことしようとしてるの?」
「「誰だ!!」」
歪に木霊する声が響くと共に、光の残滓が塵となる。
声を上げることすら能わず震える幽霊たち横目に飛び退く者らは腕を振り、悪意害意の奔流に瞳孔開いて武器を取る。
「ミカエル先輩、ミカエル先輩」
「あ? どうした……」
「―――いいこと、思いつきました」
対して離れた位置で佇むラファエルは思いついたと顔で言い、悪巧みでも企んだが笑みを浮かべ剣取り出す者に詰め寄って。
「あ、これ絶対面倒くさい奴だ……」
「諦めよ、ね?」
「シオン、お前目が死んでるぞ……?」
耳元に近付き囁く声を聞きたくないと虚を見上げる彼女に感情消えた声が向き、振り向くや諦観に満ちた表情湛えるサキエルとシオン、クリューネルに頬引き攣らせ。
口を開いたその瞬間、スラオシャがあらぬ方向へと飛ばされる。
驚愕に満ちた声が響く中、天照とアンドロメダはその瞳を金色に輝かせて地を蹴るが。
「ねぇ、その子たちをどうする気? 何か随分と減ってるような気がするけど? 弱くなってるように見えるけど?」
虚空に向けて斬りかかる天照の腹は嗤い声と共に殴り飛ばされ宙を飛び、拳を付き出すアンドロメダは憎しみに満ちた呻き声を聞く暇も与えらず蹴り飛ばされる側頭部に合わせて大地打つ。
ねぇ……
その声と共に現れるは、人差し指を失い首が切れかかった白髪の少年で。
「これ……下手すりゃイシュタルさんの案件じゃないですか……?」
「ホンマや……最低でも、飛鳥の婆さん連れてこな勝ち目ないわ……」
そんな少年の方を見て、体を押さえながら立ち上がる天照とアンドロメダは苦々しげな音漏らし。
少年の腕が微動すると同時に手を伸ばして息を吸い、憤怒と憎しみに満ちた表情をしながらも口元を釣り上げ肉薄する彼の者を吹き飛ばす。
吹き飛ぶを待たず二人は再び地を蹴ると、少年へ近づき刀と拳が少年の肌に触れる瞬間飛び退いた。
「「スラオシャ!!」」
攻撃を躱し鋭く叫び地に降りた二人が再び跳ぶ瞬間に、荘厳に輝く剣が少年の首を跳ね飛ばす。
「袋にしちまえぇっ!!」
「「おうっ!!」」
……………………いいの、これ?
即座に追撃にかかった天照とアンドロメダが少年の体を切り刻む光景に、天使たちの感情消えた声が重なるも。
誰もが揃って何を言わず佇んで、微妙な表情湛えながら前方に広がる光景をただ見つめ。
三人が切れ滓の焼却まで行い震える幽霊たちへと向き合った瞬間に、スラオシャの首へ縄が巻き付いては宙に浮く。
危ないっ!!
焦り惑う声が重なると同時に腹に鋏が突き刺さり、血を吐くスラオシャ蹴り飛ばす天照が縄を斬ってアンドロメダが結界を展開し。
残念だったね、おばさん♪
後ろから響く声に目を見開いて、虚空より剣を引き出しながら相対す。
やっぱり、ラファエルじゃなきゃ攻撃が通らんか……
そんな声が微かに紡がるその瞬間、名指しなれた当の本人は辺り素早く仰ぎ見て。
「サキエル先輩とシオンさん、クリューネルさんは私とミカエル先輩の後に続いてください!!」
それだけ言うや他の天使を連れ怪異の眼前に位置転じ、足を踏み鳴らして腕を振り。
〈〈浄化!!〉〉
ミカエルと共に鋭い声を轟かせたその瞬間、巨大な光の柱が怯える者たち包んで光と同化さす。
〈〈じ、浄化!!〉〉
その様を呆然と眺めていたサキエルとシオン、クリューネルが意識戻すまで時僅か、慌てた様子で柱の光を太くしてはその煌めきを眩かす。
「フザケルナ!!」
「残念、お前の相手は私らだよ!!」
そんな天使たちの行動に笑い声消した少年は、目を筋肉が引きちぎれるほど見開き血で濡らしながら、般若の如き形相で叫び手を伸ばして掴みかかれど動くことすら能わずに。
再び首を吊るさんと巻き付く縄を切ったスラオシャが、垂れる縄を幽鬼の首に掛けて締め上げ動き封じて嘲笑う。
「ざまぁみろ!! 私を年増扱い報いだ!!」
決してその体を崩壊させぬよう最大限の注意を払いながら、最高の苦痛を与えるスラオシャは。
もがき苦しむ少年を冷酷な笑みで見下ろして、苦悶の表情色濃くなると同時に歓喜の感情顕にし。
……これでええんかいな、天界
最早どちらが悪役なのか分からぬと、主神たちは揃って微妙な表情をしながら少年に拘束の魔法を掛けていた。
「な……んで…………」
「はっ! 天使を舐めるな!!」
微かに漏れる声にスラオシャは、眼下を踏みしめ尊大に鼻を鳴らしては肉体を修復させて、傷一つない状態に戻りながら吐き捨てる。
さすが、殺戮神スラオシャの名前は伊達ではないということだな
後方から投げかけられる声に目が見開いて瞳孔開き、額に血管を浮かべながら口を開けど何を言う事能わずに。
こちらは終わりました! 後は、そいつだけです!!
続くサキエルの声に吐き出しかけた音が言葉にならず霧散して、呆然とした顔で行き場の無くなった声を口の中で転がして。
「じゃあラファエルさん、よろしくお願いします……!!」
「え?」
「あれ、ラファエルの権能使わなきゃ無理っぽいよ」
口を何度も開け閉めするスラオシャのことなぞ捨て置かれ、シオンとクリューネルは魂殺の天使に向かいそう告げる。
あーもう! 何でこんな時だけ!!
連携の取れた行動と言っても過言ではない状況に少年の首に掛けた腕の力を強めたスラオシャが、叫ぶように吐き捨てると同時。
「「あ」」
少年は泡を吹きながら白目を向いて、スラオシャの手の中で灰と化す。
「ヨクモヤッテクレタナ!!!」
「キャアッ!!」
その瞬間、眼球が血に置き換わり漆黒の涙を流す、白髪で蒼白な肌をした少年がシオンの眼前に現れて。
震え膝落ちた者へ手を伸ばした瞬間に、心臓部より飛び出る細身の剣の先に目を見張る。
はい、そこまでです♪
吐血する少年の後ろで朗らかな声を響かせるは、残酷で冷酷な笑みを浮かべたラファエルで。
「ら、ラファエル……?」
「はーい♪ 和輝さんだけの守護天使、可愛い可愛いラファエルちゃんです☆」
隣で怯え混じる震えた声を投げ掛けるミカエルに、低く非情な声音を弾ませた。
さっきの子たち全員テミスさんとこ送ったんで、呪いの力がかなり弱まってきてるんです……よっ!
剣を強引に振り上げ頭蓋まで割ったラファエルは、叫び声すら挙げることなくそこに佇む怪異を見下ろし息漏らし。
殺せたと思ったんですけどね
蔑んだ顔に違わぬ声を響かせて、遠巻きに見守る天使たちへと吐き捨てた。
「爆発起こるんで、下がってください」
感情消えた声が届いたと同時に時止まり、叫び声重なると同時に動き出す。
飛び退く天界勢が一斉に防御結界を何重にも巡らせど、結界を張りながら前進続けて余裕の笑みを浮かべるラファエルは、底冷えするようと評されし冷淡な笑みの口元を更に深く歪ませて。
「……上等ですよ、全部へし折って差し上げましょうか!!!」
黒く染まった少年が、負の情念を波動にして撒き散らす中。
狂ったような高らかな笑い声を響かせて、地を蹴り剣を、振り下ろした。




