6ー1ー1 廻る世界
新生活への期待と不安が入り混じる入学式が、天京大学付属桜丘高校で開かれる。
誰もが微かに緊張浮かべ、活気のある声が飛び交う中でのことだった。
「ねぇ、あれ……」
「人、殺してるよね……」
「……怖い」
「私、一緒の教室だったら死ねる……」
一部に限り、混乱すること能わぬほど恐怖に陥る者がいた。
その中心では、昏く据わった目をした男が、陰鬱な空気を纏わせながら闊歩していて。
「「ヒッ!?」」
降り注ぐ奇異と畏怖の感情に視線返るや周囲の恐怖の底を抜き、何を喋るでもなく場を支配する男は教室分けの発表を見ることもなく式場へと歩く。
次の日も、慣れた様子で教室へと赴いていた。
かつて毎日通っていた、通いなれた教室へと。
その男は、自己紹介のために立ち上がると正の感情忘れ吐き捨てる。
「天神和輝です、よろしく」
「え……? え……??」
新学期早々怨念籠もるその声に、担任の教師は戸惑うしかなかったといい。
教室の空気は綺麗に固まっていたと、見る者は静かに目を覆う。
その後、誰も何も音を発することのないまま終業の鐘が鳴り響き。
「そ、それでは解散……」
「今日って、二年目の始業式だったか……?」
蚊の鳴く如き微かな声が響く共に、物音を立てることなく誰もが競い逃げ。
そう時間の経過を要せずに、一人取り残された和輝は疲労に満ちた声を吐く。
「戻るか」
響く陰鬱な声は霧散して、指定鞄を手に取り教室の扉開けるや現る人影に目を上げた。
「何の用だ?」
「随分と舐めた口聞いてくれてんじゃねぇかよぉ」
その声の先にいるは、金髪を刈り込み凶悪に笑う、釘を打ち付けた金属の棒を担いだ者たちで。
下卑た笑みを浮かべながら、和輝に顔を近づけ低く大きな声を響かせる。
「先輩には敬語使えってママから習わなかったのか、あ"ぁん!?」
「はいはい、すいませんでしたね先輩。俺忙しいんで帰っても良いですか?」
「……下手に出てれば付け上がりやがって!!」
面倒を態度で言う和輝は前方で群がる不良たちを押し退け振り返ることなく歩を進め、呆然と見送る者たちの表情戻り一人が和輝の肩掴む。
「付け上がってるのはどっちだよ……」
気怠げな声が響いた瞬間に、和輝の肩を掴んでいた者が宙を舞い。
振り下ろさる金属の棒は二つに割れて、落ちる音が響く前に風を斬った音がする。
「「は……??」」
「もう一度聞こうか。何か用ですか?」
呆然とした息漏れると重なって、床に当たり響く金属音が反響し。
低く陰鬱で微かに殺気の混じる声が虚ろに響くは時置かず、声を掛けらる者たちの困惑の表情は顔上げた瞬間霧散する。
「「ひっ……!!」」
困惑が恐怖に変わるは刹那に満たぬ時間も要せずに、目だけが鋭く光る昏く鬱々とした顔をして、揺れなき刀を眼前に突きつける存在に身を震う。
「吠えてるだけか、猿」
ただ震えることしか能わぬ者たちへ吐き捨てる和輝は刀を虚空へと仕舞い、鞄持ち直して校舎出る。
これが、崩壊した世界より消えた、和輝の目が覚めてから。
三年と、六日経ってのことだった。
時は遡ること数日前の夜遅く。
「……さすがに、行かなきゃ駄目だよな」
深い森の中で寝転がり、星空見上げ呟く和輝がいた。
「……この三年、何をしていたんだろう」
自嘲気味に嗤う和輝は誰に問いかけるでもなくそう言って、無言で風に撫でられて。
暫し星空眺め立ち上がり、深く息吐き転移した。




