強欲なる聖女 序章
短いです。序章ということで、その辺もお許しを。
美麗にして清廉。礼厳にして柔和。叡智に溢れ、人界の理を操る神の御使。民を癒し、穢を祓い、世を清めんとするその女を、代々の民草らは『聖女』と呼んだ。
世界が最早耐えられぬほどに腐敗した時にのみ、一人の少女の身体を憑代として、この世に光臨する。聖女はその力を以って奇跡を起こし、濁り切った人界の汚れをまっさらに清浄し、もとの状態に戻すという。
神の力を行使し、世界を浄化した聖女は、そこに留まることはない。憑代として役目を果たした少女諸共、神界へと舞い戻る。しかし、その後も聖女の伝説は、後世にまで、謳われ、語られ、記されして、絶えることなく伝承されることになる。
それ程までに、聖女の力は絶大であったのだろう。容易く天地を揺るがし、悪人を確実に暴き出し、その後文字通り『天罰』と言わんばかりの不幸がその悪人に降り注いだという話もある。
また、必然とはいえ、浄化によって人界が寂れてしまうこともあったという。そのような時は、再び生殖が可能になる齢まで人々を若返らせた。そしえ、神気を微量に受け継いだ子供達は大人になり、聖女の意思を受け継いで世界を正しい方向へ導くこととなった。
とはいえそれを永くは続かない。これもある種の人界の理といったところか、世界は再び汚れ始めるのだ。そしてその度に聖女がこの地に降り立つこととなる。
さて、これは伝説ではあるが、至極身近な話でもある。何故なら、この汚濁から浄化、浄化から汚濁という循環は、未だに止まってはいないからだ。間隔が当然それなりに長いのは事実だが、時間を経れば必ずその時はやってくる。決して、悪の道へ進まないようにするための、捏造された戒めの説話などではないのだ。
話を今のこの時代に戻そう。
だからこそ、聖女が光臨した今現在、この場においても民は驚くことなく平伏しているのだ。
私を除いて。
私を前にして、民は深く頭を垂れて地に伏している。私の背後からは、まさに『光臨』といったような煌々とした色とりどりの光がステンドグラスから降り注いでいる。傍目から見たら時が止まったような情景だと思うが、私の頭の中は、超速で流れ込んでくる大量の情報の波によって溺れかけていた。
しかし、神の力のお陰かどうかは定かではないが、人智を超えた処理能力を既に与えられていたようだ。膨大な量の知識が、自然と綺麗に整頓されて脳に染み込んでくる感覚が分かる。そしてどうやら、肉体も改造されたようで、今なら跳躍だけで、この教会の天井に手を付くことも出来そうな気がした。しかし筋肉はついていないようで、生来の線の細さは変わりない。まさに、『神の力』といったところだろう。
さて、そろそろ言葉を発しなければならない。ここまでで少しばかり時間がかかってしまっている。民もそれ程長い時間、額を地に付けたままでは可哀想だ。
「面を上げよ」
徐に顔を上げ始めた民達の目には、希望の灯が点っているようだった。民の血を啜り、私腹を肥やす悪魔の如き執政官ども。彼等を八裂きにし、自由を手に入れようと、虎視眈々とこの時を待っていたに違いない。私はその執行人となるのだ。
私は今この瞬間に聖女となったわけだが、元の少女の人格が消えたわけではない。元の性質を核にして、私を聖女足らしめる絶大な智性がその上に乗せられただけだ。言うは易いが、実際に私の精神にはそれ以上の影響が出ている。世界を更新すべく増強された完璧な智識により、私は私そのものを私として見れなくなった。分かりやすく言うならば、極限の『達観』を手に入れた、ということだ。
「私はこのときを以って、世を浄化する聖女となった」
幾らかの民は、涙を零し始めた。産まれてからこれまで強いられてきた苦しみから、解放される時が遂に来たのだ。
「民達よ。其方らの受けている凡ゆる苦難を、私の力の限りを尽くして消し飛ばそう」
咽び泣く声が彼方此方から聞こえてくる。
「しかしながら、この世界は、最早私一人の力で浄化するには汚れ過ぎてしまった。再び美しい世界を取り戻すためには、其方らの力が必要だ!」
語気が強まる。私の憑代である少女も、元はと言えば圧政の苦しみの中にあった民の一人。民の憤怒、民の熱望にあてられた私から、元の少女の有していた本来の感情が浮き彫りになっていく。
民は爆発しそうな感情を抑え、私の言葉を待つ。
「これより、我々の力で世界をまっさらに掃除する!行くぞ皆の者!神は常に共にある!!」
ドオオオォォォォォォォォオオオオ!!!
教会の中にいる神父、落武者、大勢の百姓のみならず、入り切らずに外で座していた残りの百姓、浪人、非人の類い、その数千に及ぶ民衆達の閧が地響きを生む。周囲の山林からは鳥が羽搏いて逃げて行き、閧に合わせるかのように獣達も天に向かって吠える。数百キロ離れた都にも、この大音波が届いていても不思議ではない程であった。
そんな中、聖女は台の上で佇んだまま、柔らかな笑みを浮かべていた。
しかし、その目は慈母のそれなどではなく、上等な獲物をその目に捉えた鷹のような、『強欲』の光を宿していた。
ぶっちゃけた話、勢いで書いただけなので、次の話はいつになるか自分でも分かりません。万が一にも評判が良ければ調子に乗るかも分かりませんし、叩かれたら、不思議な短編としてこのサイトに残ります。