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Page.06 作業場の娘

 エレベーターホールから続く洗浄施設前バスターミナル。

 学校行きのバスに子供達がふざけ合いながら乗り込む姿が見える。

 それをマイドの運転手が朗らかに注意している。この光景はどのドームや階層でも変わらない。


 子供たちにはパブリックな場でも配役は無い。

 大人たちの振舞いを見習う期間だ。学校内でのみ訓練として役を演じる。

 台本にしても同じだ。乳児や幼児には無意味。

 彼らは学校にあがってから本を与えられる。

 ただ、教育熱心な親だと、練習として自作の台本を幼児に与えることもあるんだとか。


 ……といっても、台本があろうがなかろうが、朝起きて定時に学校に行って、時間割どおりの授業を受けて、やはり定時に授業を終えて解放されるのだから、彼らにとっては台本の有無にたいした意味はないのだろうけど。


 少し待つと十九番トゥループ方面へ向かう路線バスが到着した。


 ブレーキ音と共に砂ぼこりを巻き上げながらの登場。

 これだけの砂量だ、自動車や機械類のトラブルは尽きないだろう。


 バスには仕事に向かう人々が乗っている。

 十九番トゥループはドームの崩落現場付近だ。彼らはその片づけや補修に関わるひとびとだろうか。


 乗り込むと何人かの視線が私に集まる。


 サイズの合っていない防砂服が不格好だからではない。

 右腕。中央から派遣されたことを示す腕章。共通語で“CENTRAL”の文字。


 バスは既にひとでいっぱいだった。だが、さいわいにも空調はしっかりと効いており涼しい。

 車内は二五℃。私は奥へ詰め、身体を支えるための支柱に手を掛ける。


 バスが発進し車内を揺らし始める。振動が不規則なぶん、地下鉄の列車よりも苦手だ。

 やはり整備が行き届いていないのだろうか、中央で乗ったバスよりも揺れが酷い気がする。

 読書で気を紛らわすのはよしておいたほうがいいだろう。


「ねえ見て、あのひと、北極星から来たんだって」

「天井を直しに来てくれたに違いないよ」


 後方の座席で人間とマイドが囁き合う。ここは第一層だ。パブリックな場でも個人を出してしまうひとは多いのだろう。


 だけど残念ながら、今度の派遣に関しては調査がメインだ。

 私も気合を入れたけれど、すぐに塞ぐというわけにもいかない。

 まずは作業とリミットの進行度合いを見比べなければ。


 このドームの生産力なら、あんな大きな穴だとはいえ、天井のパネルを生産するのが追い付かないということはないはず。

 だけど、外の気候はランダムだ。

 作業の阻害やパネルへのダメージなどが影響している可能性がある。

 どういう状況なのかは、行ってみなければわからない。


 このドームだけで対処しきれない状況にあるのなら、私は中央に報告をして、然るべき手配をしなければ。

 「塞いでやる」と大見得を切ったものの、実際のところ、私ひとりではたいしたことはできない。

 私が専門家で、いくら隕砂の扱いに長けていたとしても、それは知識的な話、研究室内での話だ。

 私自ら一枚一メートル三十センチ四方の隕砂パネルを持ち上げるのは遠慮したい。

 そういうのは“力自慢”か作業用アームにお任せだ。


 いくつかの主要な場所に設けられたポイントでバスが止まり、ひとびとの乗り降りが始まる。

 人が入れ替わる度に視線とひそひそ話。好奇の目に晒されるのはあまり気分がよくない。


 目的地のひとつ手前の乗降ポイントで、ひとりのマイドが乗ってきた。

 旧型のマネキン型ボディ。服だけは人間と同じ、といっても作業服だが。

 目はLED、関節は隠れているが、おそらく球体タイプだろう。


「……! すごい、すごいわ! ねえ、あなた、北極星から来たの!?」

 彼女は私を見つけるなり、表情のないのっぺりとした顔を近付けてきた。


 昨日ゲートで会った女マイドを彷彿とさせる調子。人間らしいを通り越した演技だ。


「はい、私は中央技術部隕砂研究室室長アイリス・リデルです。天井の崩落部分の調査に……」


「室長!? すごいわ! トップスターじゃない! 寝坊してラッキーだったわ! ねえ、これから十九トゥループに行くんでしょ? 私もそこで働いてるの!」

 割り込まれた。彼女の発する電子音も少し割れている。鼓膜に優しくない。


「はい、十九番トゥループの」


「私、ルーシー・シャーリー! 隣の十八番地に住んでいて、修理工の見習いと台本の配達の手伝いをしているの。私も配達ついでに今から十九番の修理なのよ。アイリスさんはここが初めてでしょう? 私が案内してあげるわ!」


 ルーシーは身振り手振りを交えながらひと息に言った。

 挙動が少し不自然だ。人間のそれを上手くやっているようだが、特定の動作でわずかな引っかかりのようなものが起こっている。

 一層ボディの性能の限界だ。


「ありがとうございます。でも、地図では乗降ポイントからまっすぐ行くだけですから。あなたはあなたの台本通りにしたほうがよいのでは?」


 ……というのは建前。

 私はこういうタイプはあまり得意じゃない。予定や台本を狂わせる原因になる。

 ただでさえ自分の役を演じるのに精いっぱいなのに。


「台本には“出勤する”としか書いてないわ。

 本当はいつもは歩いて来るんだけど、今日は遅刻しそうだからバスに乗ったの。

 これも徒歩とバス、どっちで出勤しろとは書いてないから自由でしょう?

 もちろん、“中央技術部隕砂研究室室長アイリス・リデルを案内しない”とも書いてないし」


 彼女は私の長ったらしい肩書きをすらすらと発する。

 マイドは人間と違い、記憶の能力に長ける。そして“人間らしく”する。

 私がここで何を言っても暖簾に腕押しだろう。現場までの辛抱だ。


「分かりました。私の台本にも“案内されない”とは書いていませんでしたから。それでは、案内をお願いいたしますね」

「うんうん!」

 ルーシーの青いLEDが満足げに点滅した。


* * * * *


 バスを降り、崩落部までの道のりを賑やかな電子音とともに歩く。

 終点折り返し。乗客は全員ここで降車した。ほとんどが崩落部の修理に携わる者なのだろう。

 十九番トゥループには主要な施設はない。

 ドームの端に近い居住区で、ちょっとした食料品や雑貨品を扱う小売店や食堂があるくらいだ。

 穴に近い地点はドーム外の天候の影響を受けやすく、洗浄施設前よりも遥かにたくさんの砂を被っている。

 防砂服に付いた温度計も四〇℃を示し、横で歩くおしゃべり娘の声も砂のノイズでときおりかき消されていた。


「日が高くなると穴の下は六〇℃を越えるのよ」

 ルーシーは私が計器に視線をやったのに目ざとく気付き言った。


「六〇℃は、人間が活動できる限界を超えているわ」

「そうね。だから昼間はマイドの作業員が詰めてるの。人間よりは熱に強いから。最近は修復が追い付かないから、人間の作業員はみんな夜に作業をしてるわ」


 言われてみれば、あたりを歩いているのはマイドばかりのようだ。

 彼らもみんな人型だし、多くは防砂服を身に着けているから、注意しなければ同じに見える。


「それでも、“お天気”次第じゃ、穴の近くではお湯が沸いちゃうくらいになることもあるから、その時はみんな日陰に引っ込むし、機械も片づけなきゃならないんだけどね。ほら見て、もうずいぶん暑いから、みんな日向を避けてるでしょう?」


 ルーシーは愉しげに出勤する作業員たちを指さす。それから地面を。


「日陰、日向。日陰、日向。普段は使えない言葉ね」

 本当に楽しそう。彼女はひっきりなしに口を開いている。

 さっきはバスの中では私が語り部だった。……彼女が私のことを根掘り葉掘り訊ねていたからだが。


 しばらく歩くと崩落現場が見えてきた。住宅地の取り巻く大きな広場だ。

 普段は公園的な役割や行事ごとに使われる場所だろう。元々は緑のある公園だったのだろうが、今はご覧の有様だ。


 さいわいひとびとの住み家にはパネルが落ちなかったらしい。

 誰も家の修理をしている様子はない。

 広場に崩落したはずのパネルは片づけられているが、太陽熱と砂はいまだに注ぎたい放題になっている。


 穴の形に異様に明るく照らされた広場。

 そこには天を目指して塔の骨組みのようなものがふたつ立っている。崩落した天井を直すためのクレーンと足場だ。


 関係者以外立ち入り禁止のテープとコーン。そのそばに警備のディレクターが立っている。


 彼は関係者が通り抜ける度に「おはようございます。今日は砂嵐が酷いですね」とか「今朝は何か食べました? おっと失礼、我々は食べものを口にできないのでした。疑似的でも食事を楽しみたいですね」だとか声を掛けている。


 人間であれば「おはようございます」の一言か、仏頂面で立っているだけで済むのに。


「おはよう、ウィリアムさん」

 ルーシーは彼が挨拶をするより早く声を掛けた。

「おはよう、ルーシー。今日から出勤かい?」

「ええ。すっかりよくなったわ。今日からまたバリバリ働くわよ!」


 ケガか病気をしていたのだろうか? 少し興味が湧いたが、私は訊ねない。

 マイドにもケガや病気はある。

 「ケガ」といえば当然、物理的損傷を指す。「病気」は回路や電気系統の問題だ。

 回路に影響の出る「病気」ならば、たいていは自覚できるが、人間と違って全身に神経が通っていないため、多少のケガは見落とされがちになってしまう。

 機械の身体である彼らは、ときおり“ラボ”と呼ばれるマイドのための病院で定期的に検診を受けて体調管理をしている。


「ウィリアムさん、今日はすごい人を連れてきたのよ」

 彼女はそう言って私の手を引き、警備員の前に連れ出した。

「アイリス・リデルさんよ。見て、この腕章。彼女は中央技術部隕砂研究室の室長さんなの!」


「見えとった見えとった。その腕章は遠くからでもよく分かる。特に、警備用の目を持つ俺にはな」

 彼の目はレンズ付きの少し性能のいいものだ。

 ルーシーの、カメラに表情用のLEDがついただけのものより遥かに高価だ。


「天井の修復が遅れててみんな難儀してました。中央の助けがあると本当に助かります」

 ウィリアムさんが手を差し出す。

 彼の手は大きく武骨で、ところどころ表面の加工が剥がれて金属がむき出しになっている。


 私は“誰かさん”の時とは違って自然に手を出しそうになった。

 姿勢を正し、機械的な動きで彼の硬い手を握る。防砂服越しでも少し痛い。


「アイリスです。私自身はただの調査役なので、ご期待ほどお役に立てないかもしれませんが」


「ウィリアム・ゴールドマン。しがないディレクターです。

 ディレクターといっても下っ端警備員なんで、他のディレクター職ほど仕事はありませんが。

 こんな危険なところに来てまで悪さをする奴なんて居ません。

 子供だって冗談でも近づかない。

 そんな有様だ、ここで働いてる連中はその腕章を見るだけで勇気づけられますよ。

 オリオン座は北極星に見捨てられてはいないってことですから」


 ウィリアムさんは眩しそうに穴を見上げた。


「本当はドームのことは、ドームの中でなんとかしなきゃいけないんだけどね」

 ルーシーが言った。


「やっぱり三層の連中は、俺たちを見捨てたんじゃないだろうか」

 ため息を吐く素振りをする警備員。


「またそんなこと言って。そんなはずはないわ。座長さんだって一度視察に来てくれたでしょう? 二層にパネル製造の指示はちゃんと出してるっておっしゃってたし! ウィリアムさんは心配性なのよ」

「俺は筋金入りだからな。配役も“心配性”なら個人的にも心配性だ」


「それなら、もっとしっかり警備したほうがいいわ。作業員に変なひとが混じってるかもしれないから。……さ、行きましょうアイリスさん。現場監督の所へ案内するわ」


 私はまたルーシーに引っ張られる。

 ひとりならば、もう少しウィリアムさんから話を聞きたかった。三層に見捨てられた?

 彼はまた現場の外側のほうへ向き直り、マイド流人間風のあいさつを繰り返し始めた。


* * * * *


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