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Page.57 砂漠のアクトレス

 私は砂だらけの第一層に舞い戻り、再び借り物の、それでいてぶかぶかの防砂スーツに身を包んだ。

 0024番ドーム第一層。天井ドームの修復の完了記念式典に参加するためだ。


「えー。このたび、ドームの存亡危機に関わる大事業に、多くのキャストのみな様のお力を……」

 修理現場となった広場の中央に設けられたステージで、ラント座長が挨拶をしている。


 彼は、「これが自身の最後の公務になる」と私に打ち明けた。

 それから、いくつかの謝罪とお礼を述べた。

 私はそれに対して、こちらから握手を求めるという方法で返事をした。


 彼の退任により、オリオン座では新しいドーム長の選挙がおこなわれることになる。

 一般人からの立候補の募集だ。新しい風が吹くだろう。


 もちろん、これまで空席のままだったドーム長と相互監視の立場になる総監督官も決定される。

 総監督官はディレクターの中から選ばれる。

 名前が挙がっている人物に、第二層でのテロ行為鎮圧に大きく貢献したトマーゾ・サンポリス署長の名があると教えてもらった。

 彼ならば、総監督官の名に恥じない仕事をするだろう。


「ラントさんは、今後どうなさるおつもりで?」


「私は、幸か不幸か監獄ドーム送りは免れそうなのです。ドームの私物化は事実です。

 ですが、現在の社会に対して害の薄いものだという判断が下されました。

 三層でのポイントはすべてはく奪され、家も追われることになります。顔もみんなに知られたままで」


 ラント座長は、ひげも剃ってすっきり……げっそりとした様相だ。


「私への罰として相応しいものでしょう。それでも妻は私について来てくれると言っております。

 私は、今後、可能であれば三層だけでなく、一層や二層、オリオン座だけでなく、

 全ドームに暮らす人々の意見と触れ合う機会の多い仕事に就こうかと思っています」


 彼の瞳は以前よりもずっと深く、言い得ない魅力を放っている。


「本当は、もっと近い者の声を初めに聞くべきでした。息子のナイトがあんなことを。

 薄々気が付いてはいたのです、でも、見てみぬふりをしていた。私は、ドーム長も失格ですが、親も失格です」


 私はラント・キドの顔を見つめた。思いのほかにシワの多い顔。気付かなかった。


「ナイトさんが戻って来れる可能性は、なくもありません。彼は思想犯の側面が大きいので。

 世の中が彼の考えを支持するようになれば、罪を償ったのちに戻って来れるかもしれません」


「慰めだとは分かっておりますが、中央のかたにそう言っていただくと、あながち嘘とも思えませんな。その言葉を希望に、今後励んでいこうと思います」

 ラント・キド氏は私に頭を下げた。遠い昔に滅んだ島国、日本で愛用されていた礼、“おじぎ”だ。


 ラント座長と最後の別れを済ませたあと、私は式典に参加していたひとの群れの中から、ひとりのマネキン少女を探す仕事に取り掛かった。

 任務は失敗、彼女のLED製の瞳に先に見つけられてしまう。


「アイリスさん。やっとドーム直ったねえ」

 ルーシーもまた、ニ本の脚でしっかりと地面を踏みしめている。


「そうね。お疲れ様。あなたたちが頑張ったからよ」

 私たちにはこれから、「ある場所」へ行く約束がある。


「そうでしょう、そうでしょう。怪我をしたときはどうなるかと思ったけど、ちゃんと仕事ができてよかった!」

 彼女は私の周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら歩いた。

「本当、ちゃんと治ってよかったわ」


「ありがとうね、アイリスさん」

 ルーシーは私と手を繋ぎ歩き始める。


「私は何もしてないわ。天井にツッコミを入れただけ」


「何、その表現」

 少女が笑った。

「……それで、アイリスさん。私に見せたいものって何?」


「少し歩かなきゃいけないし、あまり時間がないから走るわよ」


 私は彼女の手を引いてまだ砂だらけの地面を蹴り、走り始めた。

 大きめの防砂服がやぼったい音を立てる。


「ビル? ここ、会社の事務所ばかり入ってるビルだけれど、何か用事なの?」

 ルーシーは首を傾げた。


「テナントに用事はないわ。屋上よ」

 私は駆け足で階段をのぼる。

 彼女も機械仕掛けの足で小気味のよい音を響かせた。


 ――屋上。


 第一層ではそれなりの背の雑居ビル。

 本当はもっと高いビルがよかったが、照明位置の都合上、ここがベターだと判断した。


 砂煙に沈んだ景色を見下ろす。

 明日には毒砂の霧も晴れ、シャッターはあげられ、かつての活気を取り戻すことだろう。


「ねえ、なになに? なんでこんな高いトコロ?

 もしかして……私を突き落とすとか!?

 じつはアイリスさんは中央の作った秘密のアンドロイドで、その秘密を知ったから……!」


「バカ。どんな発想よ。時間まであと三十秒よ、あっちのほうを向いて静かに待ってなさい」

 私はドームの白っぽい天井を指さす。


「ええ? 何もないわよ!」

「いいから!」


 私たちが天井を見上げると、第一層全体に緊急放送が流れた。


『只今より、空気中の隕砂粒子を除去するために、水分の散布をおこないます』


 放水が始まる。第一層のあちらこちらには、消防車や、隕砂掃除用の放水車が待機している。

 大地から空に向けてのシャワー。逆向きの雨。


「うわっ、忘れてた! 下に居たら水浸しだったわ! アイリスさんが上に登ったのは、そういうことなの?」

「違うわ。ほら、そろそろ現れるわよ」


 私は目を凝らし、天井を見つめる。うっすらと現れる、七色の羽衣。


「…………」

 ルーシーは私の指さすほうを見て、フリーズしている。


「……すっごい! すごいすごい! あれって、虹? 虹じゃない? ねえ、アイリスさん! 虹だよ! 本物の空みたい!」

 マイドの娘が私の肩を思いっきり揺さぶる。

「ちょっと、気持ち悪くなるからやめてよ」

 苦笑い。


「すごいなあ。本当、すごい。すごいですねえ。はー。親方にも見せたかったなあ」

 親方、ジョージ・ウェルズ修復現場主任。彼は現場の任を終えて、式典のあとすぐに次の仕事へと向かっていった。


「仕方ないわよ。親方は生粋のパジェンターなんだから、全パネルのチェックが緊急で決まって、そのままドーム外作業部隊に放り込まれるんですって。しばらくは休みが無いそうよ」


「あーあ。かわいそ。親方も見てるかなあ。もう、外に行っちゃったかなあ」

 そう言ってルーシーは笑う。その瞳は虹を見据えたまま。


「どうかしらね。外はやっぱり砂嵐かしら」

 私も大柄な男性マイドに想いを馳せる。


 と、そこへ放水車の水が力いっぱいに飛び込んできた。


「ちょっと!」

「あーあ! びしょびしょ!」

「ああ、水分の加減かしら? 虹も消えちゃったわ!」


 ルーシーはビルの手すりに身を乗り出して、下の無礼な車に親方然とした「バカヤロー」を叫んだ。


「ま、いいか。そのうちに虹だって、ちゃんと青空の下で見てやるんだから。親方も連れてね。もちろん、アイリスさんも招待するわ」

 ルーシーは私のそばに歩いて来て言った。

「大きな夢ね」

「ドームが狭すぎるだけ」

「その約束、絶対よ」


 私はメモを差し出す。


「これは?」

「私のアドレス。手紙を書きなさい。私も書くから。招待状もね」


 交わされる握手。


 見つめ合うふたり。造られた人間のしっかり見開かれた瞳と、造られたマイドの瞳。

 “ひと”と“ひと”の瞳が繋がる。


「さようなら、アイリスさん」

「またね、よ」



 ――私の出逢った若いふたりの描いた台本。

 今の舞台で公演するのは、少し難しいかもしれない。

 だけれど、劇に必要なのは優れたアクターや優れた演技だけではない。

 おおいなる劇に対して役者たちだけというのは、あまりにも寂しすぎるもの。


 舞台装置や、舞台そのもの、ライトや音響、多くのスタッフたち。彼らが合わさって初めて劇は成立する。

 舞台が狭すぎるならば、もっと大きな劇場を用意すればいい。

 社会は変わっていくだろう。観客たちが変われば、自然と流行りの演目も変化するものだ。


 いつか少女は空の森の舞台に立ち、少年は北を示す大地の星に訪れるかもしれない。

 それから、外に追いやられたひとびとと再び共演する日だって。


 それまで、アリスは夢を演じ続けるのだ。目覚めの大舞台を夢見て、この夢の地下劇場で。

 終わらない劇を。繰り返し、繰り返し。


「……なんてね」


 帰ったら母に聞いてもらおう。彼女がいくら台本を書くのに忙しいからって、拒否させたりはしない。

 つまらない報告書なんかじゃなく、私自身が見て、聞いて、感じてきたすべてを。

 映画を世に解き放った彼女は、私の話を聞いて次は何を企むだろうか?


「母さん、あなたの企みに、私も加担させてもらうわね」

 私はオリオン座を立ち去り、自身の劇場へと帰る。

 母たるコンピューター。最初のマイド、Hi-Storyの待つ北極星へ。


『私は、アイリス・リデル。砂の星で私を演じる、アクトレス』


 * * * * *


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