Page.56 手紙
ひとときのまぼろしのあと、私は0024番ドーム監督第三層部に出頭した。
警察課で私の青いトランクと再会し、それとは別口でマンションに置き去りになった私物や脱ぎ捨てたままだった衣類などを返却してもらい赤面した。
それから私はその荷物に紛れていた紙袋から赤いマフラーを取りだし、暖かい屋内だというのに気にせずそれを巻いた。
さて、警察からは今回の騒動に関した人物の容態と、今後の処遇について聞かされた。
説明は、わざわざ監査第二層部から出張してきたトマーゾさんがしてくれた。
H1054011 クララ・アダムス。配役は“公正公平”。
彼女はテロの関与への証拠不充分で監獄ドーム送りは免れた。
無断で最下層、実質のドーム外となる放棄された採掘現場への侵入に対する減点処置と、無期限の保護区からの移動禁止処置。
彼女は今後、他層へ移動できる役に就くことはできない。
もっとも層の移動に関しては三層キャストの九割以上に無関係の話だ。
いちおうアウトサイダーとの繋がりの嫌疑は晴れていないため、本人には通告されず無期限・不定期の監視があるそうだが、これも知らねば彼女にとって害はないだろう。
H0275120 エヴノ・ザミャーチン。配役は“完璧主義者”。
鼻骨、両頬骨、上顎骨、下顎骨の骨折。右眼球破裂。及び右肩関節の脱臼。複数の打撲。
彼は現在、脳へのダメージの検査結果待ちのため聴取も済んでいない。
生命は持ちこたえたものの、もとどおりの社会復帰は難しいだろうとのこと。
これは脳が損傷した可能性というよりは、精神面での話だそうだ。
社会復帰が可能であれば監獄ドーム第二層への送致が妥当だが、恐らくは“隔離病棟送り”になるだろうとのことだ。
H0881320 ナイト・キド。配役は“謹厳実直”。
左前腕骨複雑骨折。及び左肩関節脱臼。
最下層への不法侵入、ドーム外への移動などの罪に加えて、ドーム存亡の危機に関わる思想を証言したために正式にテロリストとして認定。
凶悪犯たちの暮らす監獄ドーム第二層への送致が、人間・マイド・機械の満場一致判定により決定された。
ヘルメスに従うようになってからの活動そのものの詳細は追って調査することになっているが、おもにテロリストへの情報の漏洩や、権限の濫用による電気システムへのアクセスの罪などに問われることになるだろう。
その中でも、ニセの台本の流布が重罪であり、テロリストでなくとも監獄二層相当の罪に問われるケースがある。
余罪次第では監獄三層……実質の死刑もありうるそうだ。
ニセ台本の流布のために三層プロンプターへの贈賄の疑いもあるらしく、彼の学生時代の同級生がひとり事情聴取を受けているとのこと。
ナイト・キドは現社会の欠陥を繰り返し説いていたが、それがかえって自身の首を絞める結果になった。
ラント・キドドーム長のドーム私物化に関する通報も彼がおこなっていたらしく、彼は余罪とその件に関しての調査が済むまでは0024番ドームにて留置される。
……が、早々にそちらの件は片付いて監獄ドームに送られることになるだろう。
なぜなら彼の父親、ラント座長そのひとが聴取出頭の際に、権利濫用によるドーム私物化に関する自白と、息子が不穏分子と関係していると思われる証拠の提出をおこなったからだ。
座長もいろいろと思うところがあるらしく、「自身の罪に関しては包み隠さず話し、いっさい弁解もしないので、息子を監獄三層送りにするのだけは赦して欲しい」と嘆願したそうだ。
この話を聞いた私は、ラント座長の失礼な言動やセクシャルハラスメントに関して母へ報告するのはやめにしておいた。
私の……正確には私の母の中央権限は強い。
テロ案件相手だろうが、白と言えば白になるし、セクハラで監獄ドーム送りも不可能ではない。
だから私は、真実を告げることよりも、私の発言によって彼らの処遇に変化が起こらないようにすることに努めた。
0013-M0000201 ヘルメス・ラルフに対しては別にして。
彼は本来の処遇ならば、本来なら存命しない上に法律外の存在であること、さらに第二層での犯罪行為、ドーム社会全体を揺るがすテロ活動によって、中央に送られ、拷問や生きたままの頭脳回路へのアクセスなどあらゆる手段をもって情報を引き出される予定だった。
しかし私は、彼が実際に存命であることや、反社会的思想に対するカウンターとして、ドーム社会の法律に照らし合わせて両足片腕を失った彼を死亡判定に掛け、「ドームの法律に則って処置された」ことをニュース公表すべきだと主張した。
いくつか理由はある。……けれど、多くは語るまい。
しいて言うならば、拷問や回路の解析によって得られる情報なんかじゃ、ヘルメスや“父”の本意を知ることは決してできないからだ。
もしかしたら、彼や“父”はここまでを計算のうちに入れていたのかもしれない。
大目的においては共感するけれど、私は“母の考え”や“父の考え”ではなく、私のやり方でやらせてもらおう。
さて、私は研究所へ提出分と母さんに提出するレポートをすっかり書き終わってしまった。
あとはこれを持ち帰ってしまえば全部終わりだ。
「……よし」
私は端末でサブウェイの状況を確認する。
まだ直っていない。復旧にはまだ数日掛かる予定。
本来なら修理は完了しているはずだったのに、水道施設の破損が影響してしまっていた。
仮に中央へ戻るために最短ルートを選択しなかった場合、数日余分に旅をしなければならない。
だから私はサブウェイの修復が終わるまで『中庭』でお世話になることになった。
それからの数日間は、人生の中でも最も素晴らしくて、瑞々しくて、輝いたものとなった。
特に、若い母親と少年への祝福は暖かで素敵なものだった。
子供たちの歌や、老婆の昔話、ちょっとしたゲーム大会など、私も短いあいだだけれど子供のころのような気分に浸ることができた。
ヘンリーやクララも終始笑顔だった。
ふたりを覆っていた影は、今はもうすっかり晴れている。ともに自分自身の脚で立ち、歩いているのだ。
小さな恋人とは何度かデートを重ねたが、私は最初のときのようなイタズラはもう仕掛けなかった。
彼はこれから大人になっていくだろう。
それには私は不要。思い出だけで充分だろう。
正直なところ、それを見届けられないのは、寂しいような、悔しいような気持ちだ。
そこで私は、別れの際には口づけの代わりにひとつのアドレスを贈ることにした。
「手紙?」
私の渡したメモを見ながら首を傾げるヘンリー。
「他層や他ドームとのやり取りは、データだけじゃなくって、交易などで物を運送する手段もあるのよ。
もちろん、個人のドーム外知り合いなんて普通は居ないから、一般人が使う手段じゃないけれど。
これは、私の研究室の私書箱へ届くアドレス。気が向いたら、私に手紙を書いて」
「分かった。書くよ。アイリスさんも返事を書いてね」
「もちろん」
「約束だよ? でも、僕は偉くなって北極星へ視察できるくらいになる予定だから、どうせその時にまた会えるけどね」
少年は胸を張って言った。
「へえ。それは楽しみね」
私は生意気坊主を見て笑う。
「そしたら、アイリスさんに大事な話があるんだ」
少年はまじめな顔をしくさって言った。
「何? 今、教えてよ」
私が詰め寄るとヘンリーは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「だめだめ。これは会えなかったら言わない予定だから」
「ふうん」私は少年の頭を小突いた。
向こうで行き遅れた場合のプランは心配しなくてもいいということかしらね?
「絶対教えてもらうからね。約束よ」
「……うん」
静かな返事。それからしばらくの沈黙。
「それじゃあ、私はそろそろ行かなきゃ」
「うん。送るよ。みんなも呼んでくる」
ヘンリーが部屋から出ていった。
私はオリオン座の家族たちに見送られ、『中庭』をあとにする。
母とのふたり暮らし育ちも悪くはなかったけれど、こういう賑やかな家庭もいいかもしれない。
もしも私に家庭を築く機会が訪れたら、大家族の忙しい日々を目標にしてみよう。私にだって、夢を見る権利はある。
私は三層で利用する最後のタクシーから降りて、エレベーターホールに向かう。
それから、最下層用ではなく、第一層へ続くエレベーターへと乗り込んだ。
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