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Page.53 グラン・ギニョール

 機材置き場に反響する音は大きく、乾いていた。

 それは今の社会には存在せず、映画や旧時代の中では多用される、ある物が発する音だった。


 私の胸から全身に広がる強烈な衝撃。

 肺に入っていた空気すべてが追い出され、狂った神経の反応が呼吸を阻害する。


「ちくしょう! 拳銃とやらも大したことがないじゃないか! 服に穴すら開けれないのか!」


 エヴノの声。旧時代のピストル。なんてものを持ってるの。


「さっきはよくもやってくれたな」

 震える声が頭上から聞こえる。私は胸を押さえうずくまり、彼の表情を知ることができない。

 それにしても、なんて頑丈なドレスの生地なんだろう。張り切って技術の粋を集めて作っただけはある。

 おかげで何発もピストルの弾を喰らわせられることができるなんてね。

 私は痛みの中、自嘲的に口元を歪める。


 ――頭に固い感触。


 どうやら、余計な心配だったみたいね。あとは一発で充分。


 ハッチの開く音。


「アイリスさん!」

 女性の声。


 それから発砲音。


「クララ! 危ない、出ちゃだめだ!」

 また発砲音。


「すごい音がした! 今のは何!?」

「拳銃だ。あれに撃たれると無事じゃ済まないぞ!」

「アイリスさんは撃たれたの? 大変! 病院に連れていかないと。あなた、酷いことはやめて!」


「来るな!」

 するどい発砲音。


「きゃあ!」悲鳴。

「だから危ないって!」


「あなたも警察に投降して。こんなことやめたほうがいいわ」

 クララがエヴノを説得してる? ダメ。危険すぎる。

 私はようやく呼吸を取り戻し、恐る恐る顔を上げた。


「いまさらやめられるか。警察だって社会システムだ。Hi-Storyの犬だ。真実に気付かない愚か者だ」

 エヴノは目を細め眉間にシワを寄せている。狙いを定めているようだ。

 そうか、こいつは目が悪いんだ。メガネはレンズを粉にして足元に散らかってしまっている。


「クララ、よせって。あいつは気が変になっている。完璧でもなんでもない」

 ナイトが言った。

「お前から殺してやろうか!」

 ピストルのターゲットが変更される。クララの後方。また狙い直し。

「無能なドーム長の無能な息子のクセに! お前みたいな人間を保護するドームも不要だ。病気の女も、脚の悪いガキも! 全員不要だ!」


「みんなが生きるための社会だ。

 みんなが生きるのが難しくなってるから、新しい仕組みを考えるんじゃないのか!

 それを誰が要るだの要らないだの! あんたは間違ってる。そんなのは優しさがない!」


 ハッチの前でいきり立つナイト。


「口だけは達者だな! 物事には優先順位というものがある! お前が優しさとやらを唱えるのなら、その女の前に出て盾にでもなってみろ! ほら、早く!」

 エヴノはピストルを持った手でしゃくる。

 動かないナイト。クララは後方の恋人の不能も、目の前のピストルも意に介さず、両手を広げた。


「やめましょう」


 いっぽう、私は呼吸も落ち着き、身体がまだ動くことを確認した。無理をさせた両腕は痛み、無事なはずの脚まで縛り付ける。

 でも、ここで折れるわけにはいかない。

 エヴノは放って置けない。このままここで私が倒れたら、奴らの活動を止めることができない。


 それにクララも死なせるわけにはいかない。

 ヘンリー・アダムスにはもう、“母親”は必要じゃないかもしれない。それでも彼には“クララ・アダムス”は必要だ。


「ふたりそろって、あの世でガキの世話でもしてろ!」

 狙いを定めるエヴノ。


「ヘンリーは歩ける!」

 私は叫んだ。母親が固まる。エヴノが慌てて私のほうへピストルを向けた。


『私もまだ()れる!』


 クララが固まる。エヴノがこちらを見る。

 そこには私はもう、居ない。


「クララ! 人形たちのあいだに逃げるのよ、あいつは目が悪い!」

 私は彼女を抱きかかえて人形の森に飛び込んでいた。

「アイリスさん! 平気なの?」

「私は大丈夫。私はあなたを死なせはしないわ。ナイト! あなたもこちらに逃げなさい!」

 続く足音。銃声。


「クソッ、肩が折れそうだ。レーザー銃のほうがよっぽどマシだ! お前たち、どけ!」

 人形に叫ぶエヴノ。

 人形は返事をしない。


「クソ! 踊れ、五番! そこをどけ!」


 声紋とキーワード、それから番号と命令。すべてがそろってようやく指令が通る。

 忠実な人形。誰かが言ったように「使うもの次第で有能にも無能にもなる」ワケだ。


「あの拳銃は、旧時代の警察機関が使っていたものです。弾は六発。あと一発撃たせれば……」

 ナイトが人形のあいだを縫って私たちのほうにやってくる。


「あなたは黙ってて」私は短く言った。


「おい! ナイト・キド! お前はどっちの味方なんだ!?」

 人形の森の外から怒声。


「……クララ、あなたはここに隠れていて」

「どうするの?」

「彼を捕まえる。警察に引き渡さなきゃ。みんなの暮らしを脅かすような奴、放って置けないわ」

 私はクララの目をまっすぐ見て言った。今の彼女には、先ほど部屋で見せたような不自然な揺れや震えの症状は見受けられない。


「……分かりました。でも、必ず生きて帰ってくださいね。あの子も、ヘンリーも悲しみますから」

 胸の前で手を握り言うクララ。


「それはあなたもよ。彼にはあなたが必要なのよ」

「……いいえ、分かっているの。あの子にはもう私が必要ないってことくらい。それどころか、私が、私が自分のためにあの子を利用してた」

 母親は目を閉じ、再び震える。ひとつ深呼吸をするとそれは消えた。


「あなたにとって必要なら。彼にそう言うといいわ。彼なら絶対助けてくれる」

 私は彼女の肩を叩くと、人形のあいだを姿勢を低くして進みだした。


「……クソ、クソ! やっと不完全な世界に仕返しができるんだ。

 あんな役立たずどもに邪魔させてたまるか。

 ああ、弾があと一発。ああ、人形が邪魔だ! 役立たずが!

 そうか、人形だ! 踊れ一二番、あの人間の女たちを殺せ。踊れ一三番、あの人間の女たちを殺せ……」


 静かな人形の森の中に不気味なつぶやきが響く。


「お前たちは終わりだ! 終わりだ! 人形を使ってクズどもを殺してやる。

 ここには工場があるんだ。マイドたちも捕らえて改造してやる。

 頭を少し弄れば、こいつらとなんの違いもないからな!」


 そう。多少のプログラムの違い。人間でもマイドでも、私でもあなたでもね。


「やめなさい! 人形が可哀想よ! マイドにも手出しはさせない。彼らも“ひと”よ!」

 私はあえて自分の居場所を教える。

 人形が反応してほかの人形を押しのけこちらのほうへ向かってくる。


「可哀想? バカが。こいつらは機械だ。マイドも機械だ。その区別もつかないのか?

 マイドがどうしてMaidと名付けられたのか知らないのか?

 人間のためにあるんだ。私のような優良な人間のために! 決して役立たずのためじゃない!」


「役に立つかどうかなんて関係ないわ!」


「それはお前もこっち側だから言える言葉だ! この砂嵐の環境から守られた三層で、母親の腹から生まれて、ぬくぬくと育てられたんだろう!」


「違う!」私は唇を噛む。

 人形のあいだから伸ばされる機械仕掛けの腕に気付き、下がった。


「何が違う! 理屈立てて説明の出来ないバカどもはすぐこれだ。『違う!』だの『どうして!』だの『イミわかんない!』だの! もう終わりにしてやる! ラストダンスだ! 踊れ一番、踊れニ番、踊れ三番……」

 彼は命令を下してない残りの人形たちの番号を叫び続ける。


全員(・・)、バラバラに引き裂いて殺してしまえ!」

 大絶叫。一斉に動き始める人形たち。


 命令を受け付けた人形たちのダンスが始まる。

 人形たちは互いにつかみ合い、身体を引っ張り、殴り合う。

 のべつ幕なしに繰り広げられる滑稽な茶番劇。


「何をやっている!? バカどもが! 全員は人間の話だ! クソ! 踊れ一番。命令をキャンセル、ナイト・キドとアイリスと……クララ……クソ! ファミリーネームはなんだ!? いちいち覚えるか! 人間どもを殺せ!」


 命令を変更された一体が他の人形を押しのけ飛び掛かった。


 命令者で、人間であるエヴノに。


 一番の人形は女性型。マイドが好む人間の主婦然とした服装。エプロンまでつけている。


「バカやろう! 俺じゃない! 俺は人間じゃない! ……違う! 俺は人間だ! 放せ!」

 首を絞めようとする人形の腕をつかみ、必死に止めようとするエヴノ。自業自得よ。


 互いに互いを壊し合う人形たち。

 部品が飛び、コードがはみ出し、シリンダーの油が血糊のように飛び散る。

 まるで旧時代でおこなわれていたゆがんで淫靡な宴。


「なんて酷い人形劇なの……」


「踊れ四九番! 一番の人形を破壊しろ!」

 叫ぶエヴノ。腕の押し合いに負け始める。

 返事はない。四九番はすでにオシャカになっている。


「クソォ! クソォ!」

 エヴノの首に機械の指が届く。


「助けろ! ……誰か! 誰か助けてくれ!」

 哀れな叫び。誰もそんな願いなんて……。


 主婦人形が押しのけられた。

「ダメ。ダメ。こんな恐ろしいこと!」

 クララだ。ナイトも一緒に一番の人形を取り押さえている。


「正気なの!? そいつはあなたたちを殺そうとしたのに!」


「それでも、見捨ててしまったら、こいつの間違った考えと同じだ! 僕はみんな救いたい!」

 ナイトが叫んだ。


「みんな、みんなひとなのよ。悪いひとでも、間違いをしても、脚が悪くても、助けられっぱなしでも、身体が機械でも」

 細い腕をニ本いっぱいに使って、機械の腕一本を、やっとのことで抑え込むクララ。

「私も、あなたも、彼も、あの男のひとも……」

 ひとの定義を繰り返し繰り返し列挙していく。


「放っておいて逃げなさい! 今がチャンスなのよ!」

 叫ぶ私。横からディレクターの制服を着た人形が組み付いてきた。


「放して!」

 人形に向かって無意味な叫び。強い力。私の身体をへし折らんばかりだ。


 心の中でフルパワーを念じて力を引き出す。人形の腕が嫌な音を立てる。


「左腕右腕損傷。命令続行不可」

 無感情な悲鳴。


「急に抱き着くなんて、あなたも逮捕されればいいのよ!」

 倒れた人形に罵声を浴びせる。

 クララを止めないと。


「よし、引き離した!」

 ナイトがやってやったぞと声をあげた。

 こちらのと同じように人形の腕はへし折れ、ケーブルをはみ出させている。


「よし……! おまえら、動くな!」

 助けられたエヴノはバタバタと手足を動かし立ち上がると、大きく肩を上下させながら、ピストルをあちらこちらに向けた。


「助けたのに!」

 情けない声をあげるナイト。


「やめて!」

 エヴノの腕にかじりつくクララ。

 彼女が離れたせいで片腕が無事な一番人形がナイトを押さえ付け始めてしまった。


「女! 放せ!」

 エヴノは女性を力いっぱい押しのけると銃口をこちらに向けた。

 まっくらな銃口。黒いひとつ目。負けてたまるか。


『あなたを、捕縛します』


 足が動かない。

 下を見ると足元にすがり付く機械人形たち。


「ゼンイン、殺す」「人間、コロス」


「いいぞ! そのまま押さえておけ!」

 エヴノ・ザミャーチンはようやくゆがんだ笑顔を取り戻す。

 笑ったまま、眉間に深いしわを刻み、目を細め、ピストルの撃鉄を動かす。

 一歩距離を詰め、私の顔の中心に照準を決める。


「死ね!」



 ――くぐもった銃声が響く。


 私の前には誰かの姿。その撃たれた身体が銃撃で吹き飛ばされ、私の胸に飛び込んできた。


 * * * * *


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