表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/57

Page.50 私

 0001-H2800010 アイリス・リデル。西暦三三一〇年、私は中央ドームで生まれた。

 脚の悪い少年に似た環境。未婚の母と、父の不在。


 当然、私もヘンリーと同じように赤ん坊のころから母の手によって育てられた。


 しかし、私と彼とでは決定的に違う点がある。


 クララは肉を持った母親で、私の母は肉を持たない機械の身体だ。

 だから赤ん坊だった私は、母の腕のぬくもりも、乳房からミルクを吸うことも知らなかった。


 それでも私は母の子だ。個体としての性質では、誰よりも母に近い。


 ……そして、私はどの人間からも遠い。


 旧世界からドーム社会へと世界が転換を迎えたとき、多くの技術が封印されたり、放棄された。

 その中のひとつに人間に対して用いられる遺伝子工学があった。


『残り少ない人間の遺伝子は尊重すべきだ。神の作品に手を加えてはならない』


 とあるドームの、絶滅危惧種となりつつあった宗教家のことば。

 これまで遺伝子工学は、ガン治療や先天的な障害に対する有効な治療法として希望を、また、不老や若返りの夢を与え続けていた。


 研究するだけの余裕が無くなったともいえるが、とにかくひとびとは地に潜るのをきっかけに遺伝子工学を封印した(……とはいえ、食べ物では当時に遺伝子を組み替えられたものの子孫に頼ってはいるのだけれど)。


 もちろん、現在は人間における遺伝子操作などはいっさいおこなわれてはいない。

 法的にも禁止されている。研究データは中央三層の上級キャストである私ですら触れることができない情報だ。


 第三層において、無申請で生まれた子供については、後出し申請や病院と孤児院のシステムで生存が保証される。

 これも法律に定まっていることだが、あくまで法律内で“ひと”と定められたものに対してだけ適応される。

 つまり、法律で守られていなければ人権も義務も存在しない。

 よって、ヘルメスが言った「遺伝子操作やクローンだから人間ではない」という弁は通らなくはない。


 しかし、私にそれは該当しない。


 遺伝子組み換えやクローンであれば“もととなる個体や細胞”が存在する。


 私の細胞は母の手によって作られた。

 母はゼロから高分子生体物質を構築して遺伝子をプログラミングしたのだ。

 分子レベルからの創造。


 母オリジナルの容姿や遺伝子の性格付け。

 人間を模倣して作られた私だが、容姿や個性に関しても、もととなる個体は存在しない。


 遺伝子の改変でもなく、旧時代でさえ前例のない技術だ。

 よって、母の行為も禁止されたものではないといえる。


 法的に禁止されておらず、人格もナンバーも持つ私は“ひと”だ。

 私が生まれるまでに、数多くの失敗が繰り返された。

 胚が正常な細胞分裂を始めるまでに数十億パターンもの試行錯誤があったと聞かされている。


「人間の創造における一般的な精子数と生殖行為の回数を掛けた数からみれば、私の研究は妥当な成果を出している」

 母はそう言って私の誕生を喜んだ。

 ちなみに、名前は古い神話の女神から拝借したそうだ。ここだけは借り物。


 私の細胞は人間と変わらないように代謝を繰り返し、マーガレットの子のように保育器を経て、それから粉ミルクを卒業し、離乳食を口にした。

 母は「在宅ワーカー」だったから、いつでも私を世話することができた。

 それでも育児というものは生半可なものではなく、端末で情報を漁りながら悪戦苦闘の四苦八苦。


 母が開発した赤子を黙らせる十八番は、『お砂糖たっぷりの飲食物』だった。

 それでも私が肥満児にならなかったのは、母が理屈屋だったお陰だ。

 それから計算が得意だったこと。マイドなりの子育ての典型だ。


 私は食事のカロリーから運動量まで計算され、数字を基準に育成された。

 おかげで私も体感でカロリー計算ができる特技を持っていて、いつでも素敵なボディスタイルを維持できている……つもりだ。


 母は間違いなく母だった。

 マイドなりに、人間を演じるマイドなりに、あるいは彼女自身なりに私の世話を焼いた。

 泣けば必ず仕事を放って私に構ったし、食品や衣料が人間の赤ん坊に有害な成分が含まれていないか、表示を見ないで自身の機械分析に掛けたくらいだ。


 少しまぬけなエピソードになるけど、眠っているときに私が眉間にシワを寄せていたからって、悪夢を見ていると思って毎回揺り起こした話は愛おしい。

 今思えば、私がときおり「眠たそうな顔をしている」と評されるのは、幼児期の慢性的な寝不足のせいかもしれない。

 少し不可解だったけれど、これからは指摘されるたびに笑いを堪えなければいけないかも。 


 私は、子供たちが学校にあがるまでは他人と触れ合うことはなかった。

 他者というものは映像や情報として学ばされてきてはいたけど、実際に学校へ行くことになり、自分や母と同じような個体が歩いているのを見たときは戸惑いと感動が身体を駆け巡ったのを、今でもはっきりと覚えている。


 それも当然といえば当然だ。

 ドーム社会では旧時代の映像作品以外の写実的な映像を撮影、上映することはマナー違反とされている。

 すべてコンピューターグラフィックスか、誰かが描いた記号的なもので表現されているし、映画やドラマもなかったのだから、見たことがあったのは、見事な作りのマイドボディの母と、鏡に映った幼い自身の姿くらいだ。

 現物とのギャップはドーム間よりも広いものだった。


 それでも、他者とのコミュニケーションには特に問題はなかったように思う。

 友達だってできた。

 私はクラスの問題児になることもなく、ひと並みの苦労を重ねた。

 友人たちと同じように、誰かをからかったり、からかわれたりすることだって。


 片親や親と種族が違うこと、あるいは両方の親が居ないこと。

 それらは多少珍しいくらいで、いまどき、そういったことが原因で差別やいじめの対象になることはない。


 生まれたのがあと数百年早かったら、私は不登校児になっていたかもしれないけれど。

 人間は差別から抜け出すのは毎回苦労している。歴史に学ばない。

 だが現在はそういったヘイトスピーチの多くは根絶されている。


 当時の暮らしの中でつらかった思い出といえば、学校と家庭がクロスするプログラム関係だ。

 たとえば両親が学校の授業風景を参観したり、いっしょに参加するプログラム。

 本来ならこれは親の台本にも織り込み済みになるので、仕事で来られないというケースは存在しない。

 片親でも必ず来てくれるし、孤児なら孤児院の職員が何人もぞろぞろと来てくれる。

 来られないのは急な病気や事故のケースくらいだ。


 母は健康。ラボの世話になんてなったことがない。

 それでも来なかった。彼女は忙しく、それから出不精だった。

 仕事は夜が一番忙しかったから、昼間はよく眠っていた。


 ひとりぼっちということ自体は珍しくはない。

 家に居ても母はこっちを見ていないことが大半だし、放課後だって誰かと遊び回ることはあまりできなかったし。


 それでも、クラスメイトが親と楽しそうに机を同じにしてプログラムをこなしているのを見せつけられると、私は酷く惨めな気持ちになったのだ。

 もっとも、来てくれたとしても親がマイドの人間の子供は珍しかったから、それはそれで私がどういう気持ちになっていたかは分からない。

 マイドと人間はクラス分けされているので、親も人間一色なのだ。


 でも、来てくれないよりはずっとマシだったに違いないと思う。


 この手の話で嬉しかった思い出といえば、“お弁当”だ。

 学校は基本的に給食を採用をしているが、参観授業と同様に、交流を目的としてお弁当が持たされるケースがあった。

 母は出不精ではあったが、自宅でできることに関しては、きっちりと私に与えてくれたから、お弁当も肝いりの傑作を持たせてくれていた。


 そう、子供のお弁当といえばお披露目やおかずの交換だ。

 食べてもおいしいし、よその家との違いや、自分自身や親の再確認の場にもなる。

 そこでは私はヒーローになった。


 たいていの場合、調理者がマイドだと食生活が彩りに掛けるケースが多い。

 マイドはレシピ通りに作るのは得意だが、創作料理にはてんで向いていない。

 彼らには味覚もなければ、食事をする必要もないのだから。

 うちの母も例外ではなかった。

 だけれど、母の作った甘い卵焼きは、友人に大好評で、初めて母を誇らしく思ったものだ。

 ……自分の食べる分が残らなかったのは困るけど!


 初等クラスのころは、母のことで心を煩わすことが多かったと思う。

 確かに母は私を愛してくれていたし、私も母が大好きだったけれど、よそと比べて足りないことは多く、それはとてもつらいことだった。

 母に抗議して、子供なりに理屈を立てて改善を求めたこともあったけれど、彼女に理で敵うハズなんてなかったし、母とディスカッションを重ねるたびに、私は現実を知るばかりだった。


 高等クラスになると、私と母の関係性に変化が訪れた。

 正確には、変化がないゆえの変化。

 たいていの友人たちは、親をウザがり始めたのだ。

 子供らはこの頃には、すっかりHi-Storyの台本にも慣れ、親が将来の配役のために骨を折ってくれる行為を軽視するようになっていた。


 私はというと、知識や知能が伸びてきたために母と会話のレベルが合うようになり、彼女の意向を汲むこともできるようになってきた。

 よって無駄な衝突は避けられたし、お互いがお互いのために提案し合えるよい関係を築けていたように思う。


 少し大人びた印象を持たれるかもしれないが、安心して欲しい。

 私は学校でつらいことがあったときにはちゃんと母に甘えていたのだから。

 旅行にも連れてきていたぼろぼろの愛読書がその証拠。

 私は十六になるまで、ときおり母に不思議の国の冒険を読み聞かせてもらっていた。


 今でも母が物語を読み上げる優しい声を、いつでもはっきりと再生することができる。


 それが、私のこころを落ち着かせる“条件付け”なのだ。


 母は私を自身に似させたかったのだと思う。

 人間体である私は不完全だ。マイドと比べてエラーの発生や体調による反応速度の変化が著しい。

 それを克服するために“条件付け”を教え込むことを母は好んだ。


 これは勉学に関して非常に高い効果を上げた。

 私は常に中央で学力上位をキープ。運動に関しても好成績を修めている。

 特に好きなのは理数系と歴史だ。これらが今の仕事や役職に直結している。

 いっぽう苦手なのは演技や語学。

 あいまいで、その場に居るひとやモノで状況が変動するそれは、“条件付け”で育った私にとって大敵だった。


 ……それでも、オリオン座ではよく頑張ったほうだと思う。

 母は私を絶対評価と相対評価で見てくれるから、帰ったら褒めてくれるに違いない。

 「ややマイド然が足りないけれど、あなたにしてはよく頑張ったわね」って。


 条件付けは簡単。私たち親子両方が持つクセ、『ひとりごと』を昇華したものだ。


 いわゆる自己暗示。


 自分自身に秘めた願いを口にすることをキーに、本来は不可能な次元で身体能力をコントロールすることができる。

 つまりは片手で長身で身重の女性を車に引きずり込んだり、違法改造の男性マイドと綱引きをしたり、目のピントを意識的に調整したり、胃に虫のつくだ煮が入ってもお手洗いまで我慢したりできるというワケだ。

 後天的な技能だから、これは遺伝子を弄った結果でも、私が人間でない証拠でもない。


 ……唯一、私が人間の、人間の女として不完全な部分がある。どうしても否定できない部分。


 動物の雌が持つ、神に最も近しい機能。私にはそれが欠けていた。

 私はドーム社会において成人とされる十六歳になった時点で、初潮を迎えていなかった。


 当然、母は私の身体を調べた。

 細胞分裂や代謝、成長のペースは人間と同等。

 その年齢の女子に相応しい体重や脂肪の増加、骨盤の変化もみられた。


 母性の象徴たるふたつの丘が平均以下なことついては母の塩基配列のミスを疑ったが、

「乳房の大きさと機能は直結しない。人間の男性が魅力的に感じる平均からデメリット分を差し引いた結果だ」

 などと弁解された。……母のボディがあまりグラマラスではない点に、何か恣意的な気配を感じたが。

 まあ、社会で用いられるイメージ映像の女性は特徴を強調しているから、母の言い分も正しいのかもしれない。


 少し話がそれた。

 それで、二次性徴的な過程は経ているのに、月経が無いという検査結果は母に大きなダメージを与えたらしく、


「私の造った子は、神の創った人間には届かないのね」


 と母は嘆き、全身を使ってそれまでに見せたことのない人間然とした悲しみを表現したのだ。

 私は母には平気だと言ったが、彼女の聴覚センサーは機能しなかった。


 私自身は、遺伝子だとか血の繋がりだとかにこだわりを持たないように生きてきたから、自身で産めなくとも「欲しくなったら孤児でもひきとればいいや」くらいに考えていたのに。

 私のこういう思想は孤児やマイド、ドーム社会にとってはメリットだし、反差別的でお行儀がいいし、何より母のためになるもの。


 この出来事ののち、私は母のそばを離れ、ひとり暮らしを始めるようになった。

 そして、それから何年も経つが、私はいまだに不完全なままだ。


 私の空には月はのぼらない。


 家を離れて仕事に就いても、母は干渉してきた。

 ときどきウザったかったけれど、私もときおり自身の意思で母と顔を合わせていた。

 顔合わせればたいていは仕事の話、コメットサンドの研究に関係する話題や、世間での事件や世論に関するディスカッションがおもだった。


 街で連れだって食事やショッピングを楽しむ人間の母娘や、理論的に男性マイドを落とせる人間然としたアクションを共有し合うマイドの母娘のようにはいかなかった。

 それでも、母親と私のオリジナルな関係は決して恥ずべきものではないと、今でも信じている。


 今度の派遣に関しても、私は母のアドバイスを仰いだ。ご機嫌取りなんかじゃない。

 別のドームに足を運ぶなんて、中央全体でも年間片手で数えるほどしかない大仕事なのだ。

 周りに相談するに値するひとはほかに居なかった。精神的な問題においても、実際的な問題においても。


 この旅はずいぶんと不安の多い旅だった。

 ラント座長は下品だし、天井は崩れて落ちてくるし、よそ様の痴情に巻き込まれるうえに、テロリスト!

 年老いたマイドの医者には痛いトコロを突かれちゃうし。


 あのひと、なんて言っていたかしら?

 論理的なディスカッションは好きだけれど、精神医学とか心理学ってジャンルはどうしても好きになれない。


 もちろん、悪いことばかりじゃなかった。

 ひとのいろいろな面を見るのは楽しいし、他人の配役や個人に個性を感じることは、ある種の自己肯定感があるから。


 ジョージ親方や、トマーゾ署長もイイひとだった。

 偉大なる愛の詩人ドランテも、よく分からないけど、多分イイひと。


 「イイひと」の定義って何かしら。

 優しいひと? 正義漢? 受容の出来るひと? おとなになればハンサムになりそうな少年?

 広義に言うなら、ドーム社会に敵対しながらも世界人類をおもんばかるヘルメスだって、「イイひと」なのかもしれない。


 誰かにとってイイひとだけれど、誰かにとってイイひと。


 理想は分かる。本当のところは共感していた。

 母だって同じような疑問を何度も口にしていた。「今の社会は本当に人間のためになるのかしら?」って。


 でも、人間には私も含まれるハズだし、その私の首に両手を掛けている彼がイイひとなんてことはありえないでしょう?


 疲れてしまった。北極星ひとつでも手一杯なのに、オリオン座まで線を繋ぐなんて、土台無理な話なのよ。

 みんなの顔色をうかがって、自分自身の仮面を付け替え続けて……。


 母とふたりきりでも、ひとりぼっちでもつらかったのに。


 少しづつ暗くなっていくのが分かる。

 星が消えていく。それらを繋ぐ線が。

 みずから光を発さない星は、恒星からの光を受けなければ、宇宙の闇に呑まれてしまう。


 遠く自身の星座を離れて、私はとうとう、ひとりぼっちすら超えてしまうのだろう。


 * * * * *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ