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Page.49 人間

 ヘルメスに案内されて通路を歩く。ここもまた先程の部屋とは違い、非隕砂化素材らしきコーティングのされた床が続いていた。

 排砂用の溝も整備されているあたり、この先は砂が入ると困る部屋ということらしい。


「本当はきっちりとした洗浄施設も設けたいところなんですがね。なにぶん、ここでの作業は秘密裏にやらねばならないもので」

「この先には何があるの?」

「アイリスさんはせっかちですねえ。今まさに向かっているというのに」


 ――アイリスはせっかちね。まだ、読み終わってないじゃないの。


 ヘルメスに笑われる。私は口を閉じた。

 雑念は要らない。

 私は仮面をつけて、ただ目的を遂行しなければならないのに。マイド然も越えて機械然と。

 長い廊下。大きな扉に近づくに合わせてもう一度自身を調律する。


「さあ、ご観覧になりなさい。我々の秘密のひとつを!」


 ヘルメスの指が扉の横につけられた機械にセキュリティコードを入力する。

 扉は滑らかに反応し、その先から化学薬品のようなビニールのようなにおいが流れてきた。それから強烈な冷気。


「これは……マイドの工場?」


 私の目にした光景は、二層で目にしたパネル工場に酷似していた。

 ガラスで仕切られた部屋。流れるコンベアー。プレスされる金属部品。

 ロボットアームがおこなう赤や青のコードの配線。出来上がった部位に通電して動作を確かめる工程。

 それから、アトランダムなプログラムによる顔部品の作成。

 大量に作り出されるデスマスク。細かなパーツは違うはずなのに、すべてが同じ顔に見える。


「そうか、“幽霊マイド”のプラントね」


「その通り。もっとも、今はあなたにお見せするためにプラントを動かしているだけで、

 実際にはまともに稼働させ続けるだけの材料も必要性もありません。

 身体は“よそから”引っ張ってくることもできますからねえ」


「あなたの身体は挿げ替えないの? プログラムを改変してリミッターを解除しているんでしょう? 身体には負担が掛かっているはずよ」


 第二層で見せた超人的な運動能力。

 人間もマイドもフルパワーを発揮し続けるとすぐに肉体が崩壊してしまう。


「愛着ですかねえ。活動のために顔は早々に変えてしまったんですが。身体の部品は完全にダメになるまで取り換えないことにしているんですよ」

 ヘルメスは腕を持ち上げて肘を曲げる。少し軋んだ音。


「あなたにいちばんお見せしたいのはそちらではございません。奥をごらんください」

 機械の指が示す向こう。巨大な白いタンクのようなものが見える。


「あれが我々の切り札です。といってもプロトタイプの予備ですが」

「あれは何?」

「コンピューターですよ。単純に処理能力に優れた電子回路の集合体です」

「コンピューター? ただの?」

「ええ、指定されたプログラムを実行するだけの。ですが、処理能力には自信があります。試算ではHi-Storyの一〇%程度の性能を持ちます」


「へえ、外側の技術もそれなりに進んでいるのね。あんな小さな箱で」

 私は遠くに見える白いタンクを眺める。小屋ほどの大きさだ。


「これと同等の設備を十二個のドーム付近に所有しておりましてね。一二掛けることの一〇。ええと、いくつでしょうかね?」

 わざとらしく首を傾げるヘルメス。


「一二〇。Hi-Storyを越えると言いたいのね。でも、台本システムをやめるのに、どうしてそんなコンピューターが必要なの?」


 想像には難くない。だけど実際に何をするつもりなのか、彼の口から聞きださなければ。


「アイリスさんはコンピューターウイルスというものをご存じで?」


「もちろん。今日日そんなものを作る人なんていないけど。

 知らないでしょうけど、Hi-Storyにもウイルスに対抗するプログラムや補助用の外部コンピューターくらいあるわよ。

 一二〇%程度の処理能力じゃHi-Storyは破壊できないわ」


 そもそも彼らが把握しているスペックもきっと、不完全。


「でしょうね。ですが、サブウェイに張り巡らされた通信網を流れてくる台本データを改ざんすることは容易い」


「住民を操る気? 全員をテロリストに変えるとでも!?」

 私は思わず声をあげた。


「御冗談を! 誰がそんなことをしますか。それに誰もそんな台本には従わないでしょう。

 たとえ私だって、“隣人を殴り殺す”とか“破壊活動をする”なんて書かれていたって、

 その通りに演じたりなんてしませんよ。書き換えるのはわずかでいいんですよ。

 Hi-Storyに返される結果が不自然にならない程度。

 それでいてHi-Storyや台本システムに対して不信感が植え付けられる程度です。

 これも全員である必要はありません。ひとは多数派に流されてくれますから、

 七、八割がなんとなくの不信感を持てばオーケーでしょう」


「そうやってひとびとの心を反社会的に変えていくつもりなのね。

 でも、実行に掛かる年月を考慮すると、全ドームでやるには何百年も必要でしょう?」


 まさか彼らはそんな気長な計画を? 私だってあと五十年も生きられないのに。


「これは主計画ではないんですよ。計画は複合的におこなわれます。

 人的、電子的、物理的のみっつです。

 まずは十二ドームのひとびとにHi-Storyを疑っていただきます。

 ひとびとの心の中には普段から台本や配役への不満が眠っているはずです。

 大きな波紋を世論に起こすのです。波紋はあっという間に全ドームへと広がるでしょう。

 その後、物理的な手段によりHi-Storyと中央を機能不全に落として、

 仕上げに書き換えに使ったコンピューターを利用して、Hi-Storyを電子的に破壊します」


「物理的な破壊? 旧時代の核ミサイルでも持ってこようっていうの?」

 実際、そのくらいしないと中央ドームが機能不全に陥るほどの破壊は不可能だ。


「もちろん、発掘くらいはしていますよ。ですが、ニュークの運用はバカのすることです。

 歴史が示しています。実際に核爆弾なんて使ってしまえば、ただのひと殺しじゃないですか。

 持っていることをアピールするケースも想定していますが、やはり脅しに過ぎませんよ。

 Hi-Storyだってそれは分かるでしょう。お嬢さんは映画の観過ぎじゃないですかね?」


 いやですよと手を仰ぐテロリスト。


「中央ドームは広大だし、様々な手段で破壊活動への対策はなされているわ。それこそ、あなたたちが持つ人形みたいに、部外者を排除する機械だってあるのよ」


「そこですよ。我々でも八〇〇年間のうちに、中央ドーム内部に工作員を送り込むのは不可能でした。

 ……だったら逆転させればいいんですよ。中央に所属する人間が工作員になればいいわけです」


「それで私に声を掛けたのね。でも、私ひとりでやれることなんて知れてるわ。知り合いも多いほうじゃないし、みんなタイプが違うし」

「お友達少ないんですねえ」


 ……。

 それに、母親ひとりから抜け出せない娘に過ぎないのに。


「あなたにやってもらいたいのは隕砂を用いた混乱です。

 プロフェッショナルなんでしょう?

 どこにコメットサンド製の製品が使われているのかとか、

 どの位の確率でリミットの連鎖が起きるのかとか、おおよその想定をすることができる。

 アイリスさんはデータ上では二十三歳になっておられます。

 その歳で中央の研究室長を務められるほどの天才だ、そのくらいはできるのでは?」


「リミットや連鎖については長く研究されてるけど、解明は完全じゃないわ。

 物理現象のクセしてランダムなの。今は過去の量子学の再研究からやり直してる。

 あなたの言う通り、私だってまだ若輩者よ。他人の研究の知識くらいしか持ってない」


「第一層では天井の連鎖崩落を予見なさって、それが見事的中したとか」

「たまたまよ。大体の確率と経験からの……」

「砂嵐の吹き込む悪視界の中、何メートルも離れた地点のパネルを指し示したとか」


 彼は私に背を向け歩きながら言った。


「……目はいいほうなの。砂だって不規則に吹き込むんだから、切れ目くらいあるわよ」

「そうですかね。私にはそれが超人的に思えるのですが」

「まさか。私はあなたの何十分の一しか生きてない小娘よ」


「本当に? 第二層で私がマーガレットさんをつけていたとき、

 あなたは長身で身重の彼女を軽々とタクシーに引きずり込んで、

 あまつさえ私とドアの引き合いをなさりました。ロックを解かずとも、大男のつもりなんですが」


 立ち止まり、振り向いて言うヘルメス。


 ――あなたは少しほかの子よりも力が強いかもしれない。自分を律することを憶えなさい。


「……あの時は必死だったから。まさか、あの時もリミッターを解除していたなんて言わないわよね?」


「言いませんけど。あれは虎の子ですから。身体に負担も掛かりますし。

 では、森の中でお会いしたときのことをお訊ねします。

 一瞬で私の映像の裏に回り込んだ動きはなんだったのでしょうか? 馬鹿力でも説明はつきませんよ」


 またも背を向けるコートの男。


「ヘルメス。あなた何が言いたいの? 私はマイドでも、ましてロボットなんかじゃないわ」


 ――あなたはほかの子と同じよ。父親が居なくてもね。


「本当にそうでしょうか?」

「そうよ。食事だってするし、お風呂やお手洗いにだって行くわ。さすがに、その証拠を見せろって言われても困るけど……」


 私は身体を震える位に固く閉じた。


「言いませんよ。見せられてもそれはそれで困りますから。

 仮にそれを拒まなかったとしても、証拠にはなりません。

 他人には見破られない自信があるだけかもしれませんし」


「なんなの? 私のことを信用しないっていうなら、なんで勧誘なんてしようとするの? なんでこんなところに?」

「大きな問題があるからです。それはあちらの部屋に居る者たちがよく示しています」

「ナイトやエヴノのこと? 確かに彼らは危なっかしいわね。私にも好意的じゃない」


「それにクララさんもですよ。人間は不完全です。マイド以上に。機械よりも遥かに。

 私たちマイドや機械の生みの親で、ときおりそれらを越える能力を披露することもありますが、

 組織を構成する単体としては弱く、いびつすぎる。

 正直なところ、現実問題として彼ら、特にナイト・キドを勧誘したのは失敗に思えます」


「でしょうね。私だって、どうなるか分からないわよ。従ったふりをして情報を中央に漏らすかも」

「そうです。普通ならばその線を疑ってあなたをここに招き入れることなんてしない」

「じゃあどうして?」

「それは……」


「あなたが人間じゃないからですよ!」

 ヘルメスは叫びながら振り返る。手にはテーザー銃。


 電極が発射され、私の服に付着する。あいにくドレスは絶縁体。

 私は電極をつかむとケーブルごと引っ張り銃を奪おうとした。


 しかし、それはあっさりと奴の手から離れた。

 

「……!」

 ヘルメスの手には光線銃。気付いた時には先端から発射された赤色の光が私の胸に吸い込まれていた。


「ほら、どっちも通用しないでしょう!? あなたはひとじゃない!」

 違法改造のマイドが叫びをあげる。


「待って! これはそういう素材でできた服なのよ。あなたのコートと同じ……」

 続けざまに発射される光線。足、腕、肩、腹。しかし、レーザーはすべて特別製のドレスに当たっては消える。まるで熱を持たないただの光のように。


「やはりそうでしたか。まあ、その服が普通でないことは分かっていました。あなた、不自然なんですよ。これだけ寒いのに震えてすらいない」

 レーザーを連射しながら言うヘルメス。


「それは私が人間じゃないことの証明にはならないわ。服は服よ。レーザーだって防ぐんだもの、冷気くらい……きゃっ!」

 髪の毛の焼ける嫌なにおい。

 レーザーが頬をかすめ髪の一部を吹き飛ばした。


「ああ……!? アイリスさん……それは、血……ですね?」

 自身でおこなったはずの行為に震えはじめるマイド。


「そうよ。血だって、涙だって流すわ」

 私は頬を指先で撫でる。ヒリヒリとした痛み。火傷になったかしら?

 この期に及んでこんな心配をするなんて、やっぱり私は人間。


「だから困るんですよ。あなたを手に入れたいのは事実だ。

 それは単純に計画に加担してもらうためだった。最初はね。

 だけど、あなたが人間ではないと気づいたときに変更になった。

 始末するためですよ。我々の父にとって障害となるあなたは消えなければいけない」


 ディスクのロード音。


「どうやって殺す気? 肉体のリミッターは改造で外したみたいだけれど、

 マイドであるあなたが人間を攻撃できるようには改造されていないことは分かっているわ。

 パトカーを破壊したときにも周りの人間に危害が加わらないように配慮していたし、

 子供にだって手を出さなかった。何より、今震えているのが証拠よ」


 もう一度レーザー。私は反射的に攻撃をかわす。……もともと私の額があった位置に熱線。


「先ほどまでのは“慣らし”ですよ。あなたは、人間じゃない!」

 また顔狙い。しかし狙われる場所がはっきりしている以上、私は顔を袖で隠してしまえば無敵だった。


「人間よ。それがまともに顔に当たったら死んでしまうわ。やめてちょうだい。私だって、死にたくはない!」


 腕にかすかな熱と衝撃を感じる。連射されている。

 けれど、ドレスがダメになるより先に銃のエネルギーが尽きるだろう。


「マイドが人間に対して攻撃を加えられるようになる状況は限られている。マイド自身のエラーと、その人間がほかの人間に対して大きく害をなす人物である場合だ」

 苦しそうにあえぎながら連射を続けるヘルメス。


「機械体でないなら遺伝子組み換えやクローンによって生まれた人間……生物でしょう。

 遺伝子組み換えは違法。違法であれば“ひと”ではない! なのに、何故狙いが!」


 まるで言い聞かせるように話すマイドの男。何かが床に転がる音。腕に当たっていた感覚も消える。

 今だ。今ならあいつを取り押さえてしまえる。


『私は人間よ』


 地面を蹴り、トレンチコートの男を組み敷くために私は飛んだ。


 ……つもりだった。


 目の前には表情のないふたつの疑似眼球。瞳の奥には赤い光。

 コートから伸びるニ本の腕。


 それは私の身体を持ち上げ、彼の硬い十本の指が私の首を絞め……いいえ。へし折ろうとしていた。


「つらい。あなたは人間ではなイ。あナたは人間ではない」

 繰り返し発せられる機械音声。

 私は一瞬にして手足の先が痺れ、顔に熱が集まるのを感じる。


 意識が遠くなる。目の前の光景が、フェードアウトしていく……。


 * * * * *


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